「さっさと起きなさい!」
部屋に入ると目覚まし時計がいたるところで鳴り響いていた。耳をふさぎたくなるほどの音でも布団にこもり続ける彼女達には起きたくないという消極性ではなく絶対に眠るという強い意志を感じる。こんな光景も数日続けば慣れたもの。
当の私は朝の散歩を終えたところ。本当に健康的な習慣がついているものだ。
「吹雪、今日は朝から演習でしょ!初雪、こたつで寝るなって言ってるわよね!」
「叢雲、母ちゃんみたいだな」
「深雪、あんたはパジャマ投げるなって何度言えば分かるの!」
「うへえ」
「おはようございますー」
「寝ぼけてないで顔を洗ってきなさい」
どいつもこいつも…
良い習慣は身につくのが遅いとはよく言われるけれど、数日の短い時間では艦籍上での姉たちの矯正はできそうもない。それどころか私のほうが馴染んできている気がする…
あわただしい朝の恒例行事を終えてみんな散らばっていく。決して歴戦の猛者とは言えないけれど艦歴はそれなりにある彼女達は相応に忙しいらしい。一方、艦娘としては最古参レベルの私は不相応に手持ち無沙汰気味だったりする。独りになった部屋でゆっくりとお茶を飲んで一息つく。少しばかりの静かな時間を味わったのち、部屋の隅に立てかけられた槍を手に取った。
「やあ、早いじゃん」
鎮守府内の道の交差点で見慣れた顔が反対からやってきた。ちょうど分岐で隣に並ぶ。私はここで左に曲がるから、当然伊勢は右に曲がる。目的地は同じ鎮守府の端だ。
「試したいことがあるのよ」
昨日の訓練で気になって、と続けると伊勢は隠すことなく感嘆をもらしたけれど、同じところに向かうのだから目的はそう変わらないだろう。
「どうよ、最近は」
「余計な苦労が増えたわね」
どうもこうもない、と隣に並んで歩く速度を落とさずに答える。
「そっかそっかー」
前を向いていてもにやついた顔が想像できた。
「なによ」
「私はあんま変わらないからさ。相変わらず日向と一緒で、出撃もあんまりないし」
「羨ましいわね」
私はどれだけ振り回されていることやら。今朝なんて枝毛を見つけてしまった。
「なんにせよ、叢雲が楽しそうでなにより」
「はあ?なに言ってんの?」
なんだか前にも同じようなことがあった気がする。そして同じように否定した気がする。
「君もまだまだですなあ」
頭を乱暴になでられた。やめろ、枝毛が増える!
抵抗しようにも身長差があるからこうされるとどうしようもない。逃げるために前に走ると伊勢はにやにやを通り越して声を上げて笑った。本当に腹立たしい。
「そういやさ、近いうちに私たちも普通の艦隊に混ぜられるみたいよ」
私をいじめて満足した伊勢が告げた言葉に、数歩先にいた私は振り返る。
「基本的に私たちが独立なのは変わらないけど、いろいろと運用を試してみたいって提督に昨日言われた」
「…試すって?」
「私たちの実力を知りたいってのもあるんだろうけどさ」
詳しくは知らない、と伊勢は肩をすくめた。それでも、ようやく始まることは分かり切った。
「…いよいよね」
「普通の艦隊戦なんてもう忘れちゃったけどさ、その戦果次第で今後どんな運用されるかが決まってくる」
伊勢は気の抜けた伸びをして、また私の頭に手を置いた。今度は目があった。
「舐められるわけにはいかないよね」
「当たり前じゃない」
そのために私たちは訓練を重ねてきた。最前線で戦わなければ、望みは叶わない。
いつの間にか門の前に着いた。私たちの目的地、武道場に。
「叢雲、せっかくだし一戦付き合ってよ」
「一戦って、あんた勝つまでやめないじゃない。10回くらいは覚悟しとくわ」
しゃがみ込んで頬杖をついていた。私は海上で、見つめる先は訓練をしている一団だ。
「焦らなくていいからね。そうそう、上手だよ」
訓練といっても新しく入った艦娘の航行訓練だ。目新しいものは新人に声をかけながら先導する吹雪だが、それを物珍しく感じるのは私だけみたい。一度同じ海域で戦ったものの、私の中では今まで、あの立つこともままならない新入りと同じ動きをする吹雪しかいなかった。指導するために後ろ向きに航行する吹雪の技量をあの新人が理解するのはいつになるのだろう。私が島に行って別れたあの日からの歳月をようやく実感する。
「むーらくーもちゃん」
休憩時間になって吹雪が横に付けてしゃがんだ。横に滑るのも、私は今普通にやっているけど海上にとどまってしゃがむのも、巡行を前提とした艦娘の足回りでは結構難易度が高い。
「叢雲ちゃんもどう?」
どう、と聞かれても。まさか吹雪に手を引かれるわけじゃないだろうから、教える側か。
「いやよ」
どちらにせよ即答だ。
「あんたこそよくこんな面倒なことできるわね」
「楽しいよ。みんなとも仲良くなれるし」
そこらへんの感覚を私が理解することはなさそう。…だったらどうしてここに来ているのだろう?
「叢雲ちゃんが教えてくれるならみんな喜んでくれると思うな」
「そんなわけないでしょ。それに私は忙しいの」
「剣やってるんだよね!」
私が使っているのは槍だけど、訂正するのもめんどくさい。部屋に置いてある槍は物干し竿とでも思われているかしら?
そんな心中など知らず、吹雪はたぶん刀を振っているのであろう動きをする。
「かっこいいよねー。私もやってみようかな?」
好きにすればいい。そのへっぴり腰では怪我するのが目に見えているけれど。でも
「あんた、うまくなったわね…」
へなちょこな振り下ろしでも機関の動力でしっかりとバランスはとっている。イメージ通りの吹雪と確かに変わった吹雪が一緒にいるせいで、不思議な感覚にとらわれる。そんな私から漏れ出たつぶやきに、吹雪はへらっと相好を崩した。
「頑張ったからね」
「…そう」
頑張った、言葉にすれば確かにそれだけなんだろう。この笑顔の向こうにある、何のために、どんな想いで、なんてものは誰も考えない。私だって、ほんの少ししか知らない。同じ鎮守府にいたはずなのに。それが吹雪で、彼女の強さ。
休憩が終わりまた同じ訓練が繰り返される。実感したはずなのにまだまだ奇妙に見える光景を私は静かにみつめていた。
「それはね、こうやって、キュッって感じで…分からない?じゃあ、シュッとかは…」
必死にジェスチャーを繰り返す吹雪に、なんだか妙に安心した。だけど、見慣れていたぽんこつの吹雪は、静かに見ているにはじれったすぎる。
「ああ、もう!」
私のほうがうまく教えられる。急いで駆けつけて押しのけた。
「キュッとかシュッとかわけわかんないこと言ってんじゃないわよ。それはギャッでしょ、ギャッ!ほら、やってみなさい……なんでわかんないのよ!」