…なれないことはするもんじゃないわね。
結局日が沈むまで訓練に付き合ってしまった。にしても、この私の指導がまったく伝わらないのはどういうことなんだ。うちの部隊では結構ちゃんと伝わったのに…
まあ、高尚な教えは素人には早かったのだろう…うん、きっとそう。
お風呂あがりで火照った体を冷ましながら頷く。部屋の扉を開けるとまだ明かりがついていた。
「まだ起きてたの?明日も早いんだからもう寝なさい」
何か話していた同僚たちは時計を見て大人しくそれぞれの寝床に戻ろうとする。
「もう少し…」
だが、初雪だけはこたつから出ようとしない。のぞき込むと
「なにそれ?」
「ゲーム」
いや、それは知ってるけど…
手元の画面では2人が戦っている。これが格ゲーってやつね。
「面白いの?」
「初雪、強いんだぜ」
初雪が静かにうなずくと深雪と吹雪が近くに来た。
「すごいんだよ。私なんてぜんぜん勝てないんだ」
「あんた基準じゃ参考にならないわね」
「そんなー」
結局、初雪中心に集まってしまった。確かに手の動きをみると、普段からは想像できないほど速く動いているけど…
「くだらない。所詮ゲームでしょ?」
「でも、やってみると楽しいですよ」
白雪が控えめに反論する。こんなゲームしなさそうなのに。
「ちょっとやってみようぜ。これ対戦できるからな」
どこからか出したもう1つのゲーム機を渡された。しかも深雪も持って構えている。
「初雪とやるんじゃないの?」
「素人が初雪とやろうだなんて甘いぜ。まずはこの深雪様を倒してからだ」
いつの間にかキャラクターの選択画面が開かれた。付き合ってられないと思っていたが、素人扱いとは心外だ。確かにゲームなんて触ったことがないけれど――
「結局戦いの基本は間合いとタイミングよ。実戦を積んだこの私があんたらに負けるはずないじゃない」
よくわからないけど強そうなやつを選んで、ボタンを押した。
「卑怯よ!腕が伸びるなんて聞いてない!」
「へへへ、油断しちゃいけねえぞ」
ろくに近づけないまま終わってしまった。駆け引きもなにもない。
「深雪ちゃんすごい!」
「うるさいわよ!」
吹雪を恫喝して黙らせたので気持ちを切り替える。そう、まだ一本取られただけよ。
「もう見切ったわ。2本勝負にしたことを後悔なさい!……なんで後ろとられてんのよ!?」
「ゲームなんだからテレポートぐらいするぜ」
「隠してたのね!」
「出すまでもなかったからな。深雪様の本気を出させたことは褒めてやるぜ」
余裕たっぷりに笑われて、逃げ帰るわけにはいかなかった。
「これで分かったわ!もう一回やるわよ!」
何度やっても、何度やっても勝てない…
ようやく電撃が出せることに気づいたのに、待ってたかのように火を吐かれた。もうわけが分からない。
「ね、深雪ちゃん強いでしょ?」
隣で声をかけてくる吹雪と目が合った。そうだ、こいつだ。
「…えぇ?」
「まずは練習台がいるわ。吹雪、ちょっと相手しなさい」
首根っこを掴んで深雪と変わらせる。まずは勝ち癖をつけるところから。
「私だってけっこうやってるんだからね」
吹雪が鼻息を荒くゲーム機を構える。大丈夫だ、構えでわかる。こいつは雑魚ね。
「…って、なによこの蹴り!隙が無いじゃない」
「ふふんっ、負けないからね!」
見たことのないキャラの連続蹴りに徐々に追い詰められていく。
「でも吹雪これしかできないぜ。ほら、ここでジャンプして後ろとれば――」
「深雪ちゃん!それはだめぇ!」
…なるほど。本当にそれしかできないと分かれば悩むことはない。あっという間に決着がつき、それと同時に吹雪は机に突っ伏す。
「うう…叢雲ちゃんに負けた…こっそり練習してたのにー」
「才能の差よ。さて、白雪」
「えっ、私ですか!?」
吹雪を慰めていた白雪が驚いて飛び跳ねた。残念だけど、逃がしてあげない。あんたも倒した勢いまま深雪と戦うんだから。
「――っ!なんか飛んできた…」
もう現実との違いを散々思い知らされている私は動揺なんてしない。…避けられるかは別だけど。じわじわと削られていくもののなんとか間合いを詰める。端にいるから背後は取れないけど近づけばなんとかなる。
「…それ、だめ」
自分の手元を見たまま初雪がつぶやいた。嫌な予感しかしない、でももう飛んでしまった。
「んなっ!?」
着地の寸前で蹴り落とされた。倒れている間にまた距離を取られる。そしてまたなにかを飛ばされる。
「私もこれしかできないんですけど…」
「これだけって言われても――」
結局何もできないまま時間切れになる。なんて陰湿な。
「白雪っ、あんたがこんなことする子だとは思わなかった…」
「いや、そんなこと言われても…ゲームですし…」
…そう言われたらその通りなんだけど。そう、たかがゲーム。どうも熱くなりすぎた。
ふと初雪を見る。
「…なにそれ」
「通信対戦。結構強い…」
いつものようにゆっくりとした平坦な声なのに、指だけは見たことのない速度で動いてる。それに対応して画面のキャラクターが動いているけど、さっきまで私がやっていたゲームと同じとは思えない。
そもそも対戦と言っても、今や電波も貴重なリソースなんだけど。軍は優先的に使えるとしても、これは艦娘の特権で済ませていいのだろうか?
「ま、いいわ。初雪、それ終わったら相手してもらうわよ」
「いいけど」
「おいおい、それは無茶だぜ」
分かってはいるけど、それでも見極めないといけない。私の今の場所を。
「叢雲ちゃん、頑張って!たぶんダメだけど…」
「うるさい!負けるつもりで戦う艦娘がどこにいるのよ!」
…まあ、気合だけで勝てるほど甘くないのは知ってたけど。
頭がガンガン痛む。一晩中画面を見続けるなんて慣れないことをしたせいだ。
「どうした?お前が体調管理を怠るなんて珍しいな」
休憩時間に座り込む私に木曾が声をかけてきた。珍しく心配が声から感じられるのが申し訳ない。
「動きもおかしかったな」
それは誤解だ。私の動きは完ぺきだったはずだ。ただし
「私から電撃が出せたら――」
「…本当にどうした?」
口に出てしまったのがまずかった。木曾が心配どころか怪訝な顔をした。
「実は…」
不本意ながら白状した。あらぬ誤解を受けて出撃に支障を出すわけにはいかない。
「ゲーム?お前がか?」
「あれ、けっこう良くできてるんだよなー」
なんとなく一番聞かれたくなかったやつ、天龍が木曾の肩に肘をかけて割り込んできた。
「お前もやってるのか?」
「ちょっと前に流行ってたからな。木曾もどうだ?やってみるとハマるぜ」
「天龍ちゃん、私に勝てないでやめたの忘れちゃったのねぇ」
「てめえ!俺だってガキどもには勝てらあ!」
なんだか不毛な方向に話が盛り上がってきているのをぼけっと見つめる。あのゲーム、有名だったんだ。
「はいはい、そろそろ休憩終わるよ」
いつものような伊勢の号令でどうでもいい話が切り上げられる。私もゆっくり立ち上がる。
「ま、遊びすぎもほどほどにね」
「…なによ」
怒られると思っていたのに、伊勢は満面の笑みで背中をたたいてくるから、私のほうがなんだか不満げになってしまう。
「まあ、そんなときも必要ということだ」
「なんかムカつくわね」
相変わらずよく分からない日向と背中をたたき続ける伊勢に挟まれて、日常に戻っていく。変わったことと言えば、天龍が時々私の部屋に来るようになったくらい。初雪にぼこぼこにされて、深雪と盛り上がってる。