波濤の記憶 ~月に叢雲、花に風~   作:COOH

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第3章 第7話 BITTER SWEET GIRL

「なんか、久しぶりに落ち着いて食べれた気がするわ」

食後のお茶を飲んで一息つく。両手で持つ湯呑から手にゆっくりと熱が伝わる。不思議なことに、いつまでたってもお茶を淹れるのはおじいちゃんに敵わない気がする。

 

「忙しいみたいだな」

机の向こうでおじいちゃんが同じようにお茶をすする。お互いの近況――おじいちゃんは安易に口に出せないことも多いが――を話しながらの食事を終えて静かな余韻に浸りながら、それでも少しずつ言葉を交わす。

「引っ越しも終わったし、だいぶ慣れたわ」

新しい同僚にも、騒々しい日々にも。時々白露型の部屋に逃げたりもするけど、それももう自然なことのように感じる。

 

「おじいちゃんは鎮守府に来ないの?」

艦隊の指揮とかではなく、私たちの部隊のためにだ。私たちは鍛錬を積んで、確かに技量が上がった。だが、上がったところで、鉄を切るのはなかなか簡単にいかない。深海棲艦と戦うにはまだ足りない。

「まだほとぼりが冷めてないことだし、1つの鎮守府に入れ込むのも外聞が良く無くてな」

どんな外聞なのか分からないけれど、偉い立場も大変なのだろう。私がいる時点でひいきにする理由になりえるのだし。でも、私たちだけではまだまだ及ばないことが多い。もうすぐ戦火が交わろうとしているのに。

「それに、鎮守府は提督に任せるものだ。余計に口出しをするものではないな」

「…あの司令官、そんなに信用していいの?」

「不安か?」

たしか、おじいちゃんが推薦したんだっけ?別に何が悪いってわけではないんだけど…

「なんか頼りないのよねー」

艦娘との距離が近いせいもあるだろうけど。ぼやくとおじいちゃんは苦笑いする。でも、否定はしない。

「確かにな。お前は宗谷のところにいたから、余計そう思うんだろう」

前の鎮守府の司令官は淡々どころか冷淡なイメージだった。私が特殊な部隊だからってわけでもなくて、だれにでも同じような事務的な対応だ。外から見てる分にはだけど、私は嫌いじゃなかった。

 

「提督もいろいろといるものだ。成長もするし変わっていく。何が正しいとかではない」

ふーん、と気の抜けた返事をして、ふと思った。

「おじいちゃんはなんか変わったことないの?」

「どんなことだ?」

近況を話していてもそこまで大きな事も起きていないようだからなんとなく訊いてみただけで、何を期待してたのかは私にもよく分からない。ちょっと考えてみて、最初に出てきたのは

「好きな人が出来たり、とか?」

「…この歳だぞ?」

おじいちゃんは目を丸くしながらも間を置かずに返した。確かに言い方が変な気がしたけど、

「なんかこう、良い人とかいないの?老いらくの恋、みたいなの」

どこで覚えたんだ、とおじいちゃんはあきれる。

「浮気を考えたことは一度もないのがささやかな自慢なんだがな」

考えられたことはあるかもね。私が見ていた範囲ではいまいち想像できないけれど、おばあちゃんも苦労してたみたいだし。

「それとは違うでしょ。別に悪いことじゃないんだし」

「…おまえがそんなことを言うとはな」

肯定も否定もせず、おじいちゃんは髭をなでる。私もなんでこんな考えが出てきたのか。まあ、想像つくけど。

「心配なのよ。相変わらずでき合わせのものしか食べてないし、片付けもできないんだから。遺産目当てでもいいから、世話してくれる人見つけたらいいじゃない」

「ふむ、そうか…」

「ちょっと、なに真剣に考えてるのよ!」

「お前が言ったんだろう?」

「そうだけど、やっぱなし!」

想像しようとしてうまくできなかったけど、なんか嫌な感じはした。だからなし、だ。

 

「そうゆうのって無理にするもんじゃないわよ。もういい歳なんだし」

「それは俺が言ったんだが…」

どうもばつが悪くなって台所に向かう。

「鎮守府も近くなったし、私が来てあげるからそれでいいでしょ?」

蛇口をひねって食器をすすぐ。今日は2人分だからすぐに終わる。

「叢雲、今夜は泊っていくのか?」

湯呑を持ってきて隣に立つおじいちゃんに首を振る。

「明日の朝に深雪と釣りする約束してるから。初雪にももっと簡単に遊べるゲーム教えてもらうし」

「そうか」

「なによ。鎮守府は近くなったし、また時間あるときには泊りに来てあげるわよ」

「…いや、今になってこんな気分を味わえるとはな」

おじいちゃんは1人で納得してお風呂のお湯を張りに行った。

「なんなのよ、いったい…」

 

 

 

 

 雨は嫌いだ。昔からなんとなく好きじゃなかったけど、あの島で暮らすようになってからはっきり嫌いになった。雨だとおじいちゃんは釣りに行かないし、洗濯物は乾かない。あの日々で嫌いになったものだから、今でも嫌い。

「ぼくは好きだけどな。静かでいいじゃないか」

「私の部屋はうるさいのよ」

普段分散している吹雪たちが集まるものだから。最近は天龍もゲームをやりにきたりしているからなおさら。だからこうして避難してきてる。

「夕立もあんまり好きじゃないっぽい」

「そうかな…」

時雨は自分のことのように残念がる。名前に縁があると親近感がでるのだろうか、と思ったけれど夕立はそんなことはないみたい。

 

「白露は?」

「遠征っぽい」

こんなふうに、私たちの任務は天候を選んでいられない。だから訓練も演習も天候は考慮してくれない。やっぱり雨が降っていいことなんてないじゃない。

「でもこうして叢雲が来てくれるんだから、悪いことばかりじゃないさ」

「…あんた、よくそんなこと平然と言えるわね」

あきれるやら感心するやら。私が大きく息を吐いて立ち上がると

「もう行くのかい?」

なんて本当に名残惜しそうに言うからたちが悪い。

「好き嫌いはともかく、雨でも体は動かしておかないとね」

ドアを開けて別れを告げた。

 

 

はずなのに、けっこうすぐに呼び止められた。夕立だ。何の用、などと尋ねるまでもなかった。

「言ったはずよ。改二のことは忘れなさいって」

意図してきつい口調を使うと夕立はたじろいだ。

「でも…」

「でも、じゃないわよ。…まあ、私もちょっときつく言ったかもしれないけど」

以前言った。自分の命が大切なのは幸せなことだと。それは紛れもない本心だ。そして夕立は幸福であることを否定しない。

「あんたは十分に戦えてる。わけの分からない力に頼ろうとするのはやめなさい」

「でも、夕立、みんなの役に立ちたい、っぽい…」

「それを誰が望んでるの?」

答えを聞きたいのではなく、黙らせるための質問。

わざわざ追いかけてきて切り出すのだから、夕立が時雨に限らず白露型の姉妹に聞かれたくないのは分かっていた。もっとも、時雨は夕立の行動を見透かしたうえでなぜか止めなかったのだろう。

 

「私たちは運がよかっただけ。何かが違えば沈んでいたわ」

今だから分かる。体の内側から上がってくる冷たい感覚はたぶん深海棲艦と同じもの。それが何なのかなんて、なんで改二になったかなんて分からない。ただ言えるのは無防備に踏み込んで戻ってこれた夕立に2度目の保障はないということ。そして、その2度目を試す理由がないということ。

「今が幸せならそれでいいじゃない」

分かってくれ、と懇願する。でも、誰もが命を賭ける価値を見出せない願いを、命を賭けてまで望むしかない私にその力はないのだろう。

 いつかと同じように、立ち尽くす夕立に背を向けた。

 

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