「ショッピング?デパートで?あんたらが?」
いろいろと想定外のワードが聞こえたのですべて聞き直してしまった。
「叢雲ちゃんも行くよね!」
勧誘でも確認でもなく、私も行くことは決まっているようだった。別に明日の予定はないけれど。
「なに買うつもりよ?」
「もうすぐ鎮守府でお祭りがあるんですよ」
「だからみんなで浴衣着ようぜ」
なんともゆるい話だ。私が艦娘になった当初からすると考えられないけど、そろそろ艦娘が季節を感じることに慣れないといけないのかもしれない。
「あんたも?」
「…行く」
さすがに季節柄こたつからは抜けたものの布団と同化している初雪も頷く。まあ、私もゆっくり買い物をするのは久しぶりだから、いい機会かもしれない。
「それでね、お願いがあるんだけど――」
同伴、ねぇ…
私は知らなかったが、この鎮守府では遠くに外出するのに年齢制限があり、雑に分類すると駆逐艦が外出するなら軽巡洋艦以上の付き添いが必要になるらしい。私がおじいちゃんのところに行くのは何も言われなかったのだけど。
「もしかしてあいつらだけの規則じゃないの?」
口にするとそんな気がしてきた。少なくとも、私が特別扱いされるよりありそう。
前々から頼んでいた軽巡洋艦に急用が入ったため、私にあてがないか聞いてきた。この鎮守府での知り合いは少ないが、私の部隊は私以外軽巡クラス以上ではある。…あいつらより子ども扱いされるのは納得いかないわね。
納得いかなかろうが、艦種と年齢はどうしようもない。いつかのように同僚を探すと木曾と天龍がいた。食堂で雑誌を開いてのぞき込んでいる。
「少し派手すぎないか?」
「つっても流行りの色だぜ?このくらいはねーとむしろ地味だろ」
…私も詳しいほうではないけれど、なんかファッションの話をしているみたいに聞こえる。服装なんて無頓着そうな組み合わせのせいで違和感がすごい。
「あんたら、なんの話してるのよ?」
「ああ、叢雲か。天龍と買い物に出かけるんだが、ある程度めぼしをつけていた」
違和感があるのはともかく、
「ちょうど良かったわ。だったら――」
どんなものがあるのかとのぞき込んで、声が途切れた。これが絶句ってやつなのね。
「どうした?」
「そりゃあんたらの組み合わせになるわね…」
不思議そうにするこいつらは本当に自覚がないのか?眼下に広がる眼帯特集に困惑する私のほうが正常だと思う。私には分からない世界だけど、確かにこの色は派手でしょう…
「んで、何がちょうどいいんだよ?」
「…なんでもないわ」
すぐ影響されるあいつらが一緒に買い物に行ったらろくなことにならないのは目に見えてる。まわりまわって私まで眼帯をつけさせられるはめになりかねない。
「てかあんたたち、いつも同じ眼帯じゃない」
「実は少しずつ違う。俺は柄が目立つのは好きじゃないから分かりにくいだけだ」
「…そう」
「オレも数持ってねえけど、プライベート用に買ってみたくなってよ。女子力アップってやつだ」
「…そう」
私から振っておいて悪いけど、本気で興味がない。適当に流して早めに立ち去る。
ノックをしても返事がないが、鍵はかかっていないので静かにドアを開ける。
「やっぱこの季節は瑞雲カラーで決まりだよね!」
「うむ。祭りであるなら法被で瑞雲を模すのはどうだ?」
「いいね!さっすが日向!」
――パタン
声が遮られ静かになった廊下で思いっきりため息をつく。たしか春先も瑞雲がどうとか言ってなかった?
私の人脈は細く、つながる先だってこんなのばっか。あと残るは――
「まさかあんたが来るとは、ね…」
「なあに?あなたがどうしてもって言うから付いてきてあげたんでしょう?」
それはそうだけど、断られると思っていたから。
「あんた、年下嫌いじゃない」
「素直な子は好きよ。あなたみたいなのとは違って」
「素直ねぇ…」
「なにが言いたいの?」
鼻で笑うと声のトーンを落として見下ろしてきた。コワイコワイ。
「龍田さん、ありがとうございます!」
吹雪一同丁寧にお礼を述べる。そう、確かに素直ではあるの。でも
「龍田さんは叢雲ちゃんと仲良しなんですね!」
「え、ええ…」
龍田はひきつった笑顔で曇りのない笑顔の吹雪に相対する。無邪気を通り越して能天気と言えるこいつらは
「あんたには合わない素直さだと思うわよ」
だからといって特になにがあるわけでもない。予定通りに浴衣を買って、服を試着したら吹雪たちにおだてられてその気になって、私ひとりでは買わない派手な色のアイスをわけあって…そんなかんじ。
「そろそろ帰る時間よ」
龍田が時計を見ながら告げると吹雪たちは元気に返事をした。それを聞いた龍田は私だけにしか聞こえない安堵のため息を漏らす。ほんと、ご苦労様。
肩をすくめるとまたにらんできた。いやいや、労う気持ちは本当よ?
「なーなー、プリクラがあるぜ」
「あ、いいですね」
帰りの出口に向かう途中にあるこのご時世だからほそぼそとあるゲームコーナーで足をとめた。私は入ったことのない暖簾の前で姉妹は立ち止まる。
「龍田さんも一緒に撮ろうぜ!」
ちなみに私は当たり前のように頭数に入れられている。
「あらー、私はいいわよ。吹雪型のみんなで楽しんで」
「なに言ってんすか。もう友達じゃないっすか」
深雪は腕を掴んで龍田を引っ張る。これが今日の龍田の苦労を表した光景だったりする。龍田は作り笑いをしても本心の拒絶や怒りをにじませて相手に察しさせる。なかなかに悪い性格してると思うけれど、裏を読めないどころか裏があるとすら思わない連中には相性が悪い。だから今日一日振り回されてきた。
「深雪ちゃん、ちょっと待って」
吹雪が間に入る。ようやく建前というものを理解できるようになったのね、となぜか熱い感情がこみあげてくる。が、そんな油断をしていた背中が押された。龍田と一緒に。
「やっぱり最初は2人で撮らないと!」
状況が呑み込めない私たちはあっさりと暖簾の内側に押し込まれた。わずかばかりの確かな沈黙。
「なんなの、あの子たち?」
「私に聞かないでよ」
なにをどうすれば私たちだけで写真を撮らせようと考えるのか。不思議を通り越してもはやホラーよ。身を震わせる私に対して、それすら放棄した龍田は肩を落とす。
「とにかく、さっさと終わらせましょうか」
「終わらせるって…」
証明写真のようだと思っていたのに、いろいろボタンや画面があってどうすればいいか分からない。ひとまず触ろうと手を伸ばしたところ、龍田がためらいもなくお金を入れた。
「適当でいいわね?」
…なにを適当?
「あんた、分かるの?」
「天龍ちゃんとたまにねー」
なるほど。どうせ嫌がる天龍を無理矢理引っ張るのが目的だろうけど。
「意外?」
「――なにが?」
「ゲームをしたりプリクラを撮ったりする私たちが」
意外、なんだろうか?私はしようともしたいとも思ったことがない。だって――
「そんな時間があれば槍を振るんでしょうね、あなたは」
「…そうね」
「別にいいじゃない。まだ長い道のり、息抜きぐらいしないとやっていけないわ」
「私はあんたたちをどうこう言うつもりなんて――」
「でも、あなたはあなたを非難するんでしょうね」
あの島から心が離れてしまったら。私が変わってしまうんじゃないかと怖くなる。夜遅くまでゲームをやってしまった日も、なんとなく時間をつぶす会話も、こうしている今でも、心のどこかで言い訳を探している。
「大きな望みが目の前の幸せを否定する理由にはならないと思うけど?」
本当にそうだろうか?もしも、もしも叶わなかったとき、この時間を後悔せずにいられるのだろうか?そんなはずはない。だったら、私の幸せって何だろう?
「まあ、あなたらしくっていいんじゃないかしら?」
「…ごめん」
気づけばうつむいて口に出ていた言葉は、何に向けてだったのだろう。たぶんずっと言えなかった想い。龍田たちの願いを否定したときの、私の不幸を押し付けたときの。どこかで溜まっていても気にも留めなかったのに、どうして今になって。ちゃんと謝りたかったのに、どうしてこんなに脈絡もなく――
龍田はあきれたようにため息をついて笑った。いつもと違う、なんか安心してしまう吐息。
「どうやら余計な心配だったみたいね、最近のあなたを見ていると」
「――え?」
聞き返す前に背中をたたかれる。
「ほら、そんな顔で撮るつもり?あの子たちが心配するわよ」
そう言われても…
目のまえの画面がカウントダウンを始めた。ちょっと待ってよ。あ、前髪が乱れて――
「いっぱい撮れたねー」
吹雪が戦果物を見て満足そうにうなずく。
「はい、叢雲ちゃんの分」
渡された小さな写真には何人も詰め込まれていてなんだか分からない。それ以上に目が大きくなっていたり肌が妙に白くなっていて、思ってたのと違う。みんなこんな感じだから変なことはないと思うけど
「あらあら、上手じゃない」
龍田がにやにや笑うせいで不安になる。龍田はどうなのかと見てみると、営業スマイルに隙がない。予想できてたことだけど。
なんだかさっきの時間が嘘みたい。こんな小さなものだけがたった1つの証だなんて、それでいいのだろうか?言わないといけないことも、終わらせちゃいけないこともたくさんあるはずなのに。
「カメラも買いましたからね。これからもいっぱい撮れますよ」
白雪がバッグからカメラの箱を取り出した。みんなでお金を出し合った、小さなカメラ。
「あ、見せて見せて!」
「ふぶきー、落とすなよー」
「開けるの、帰ってから」
「うう…信用されてない…」
「はしゃがないの。帰るまでがお出かけよー」
騒がしい背中を追う龍田の後ろ姿を眺めた後、もう一度龍田とのプリクラを見つめる。
「まあ、いいか」
何度見ても違和感が残る姿。私にはなんでこんなものを撮りたがるのか分からないけど。これからたくさん機会があるのだから、素直になれない私たちの最初の一枚はこんなものでいいのかもしれない。