波濤の記憶 ~月に叢雲、花に風~   作:COOH

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第3章 第9話 フォレストネスト

 ようやく始まった大規模作戦の第1回ブリーフィング。私は後ろのほうで巨大なスクリーンに映し出された映像を眺める。淡々と話す司令官の口からは大仰なワードが出てくる。日本近海の太平洋を奪還し、最終的にヨーロッパまでの航路を開く、実際大きな転換点となる作戦だ。東南アジアを抜ければ深海棲艦は少ないらしいけど、今までの侵攻を止めるだけの作戦とは違う。

淡々と話してても気合が入るのだから、ちゃんと演出を考えればいいのに。まあ、誠実といえば誠実なのだろう。この鎮守府の艦娘はそんな司令官に慣れているみたいだから、私がどうこう口出すものじゃない。

 ブリーフィングと銘打っても発令はまだ先の、告知みたいなもの。物資の輸送や演習の強化は前々から進められていたわけだし。

 画面が切り替わった。作戦第一弾となる海域の海図。

 

「――っ」

ふいに映し出された光景に息も飲めずに押し黙ってしまった。手が無意識に握られる。

海図の端、普通ならあることも気づかない――

「おい――」

隣の木曾の声が小さく聞こえた。詳しく話したことはない。だから分からないはずだけど、おおよその場所と私の反応で悟ったのだろう。

「やっと…」

 近づけたわけでもない。地図で見るのとなにも違いはない。でも、確かにそこにあった。私が確かにいた、確かに望んだ島を――

「やっと、とらえた――」

 

 

 示された航路は海図の中央を通り、西へと抜けていった。航路を拓くこととはその近海すべてを解放することじゃない。役に立つのかどうか、冷酷なほどの価値判断を経て取捨選択が行われる。そして、あの島は捨てられた。分かっていたこと。

ギリ…

だけどなぜか歯が軋む音がした。

 

「叢雲」

ブリーフィングが終わり、扉が解放された喧噪のなか、木曾が呼びかけてきた。木曾だけじゃない。私の部隊なら、皆察しがついているのだろう。互いの望みを叶えるために、そう約束したのだから。

「分かってるわよ」

気にしていない、そう装う。巨大な範囲を示した海図に写りこんだだけ。人類がそこを取り戻す力を得るのはまだまだ先。好機を逃がすのでもない。だってなんの機会も得ていない。

 私の仲間はなにも言わない。私たちが助けるのはそう懇願したときだけだ。そんな暗黙のルール。ただ、私の望んだものを、思いを、明確に伝える日が近づいてきたのだと知る。

 

 

 

「叢雲ちゃん」

部屋に入ると、吹雪が顔を覗き込んできた。いきなりで、思わずのけぞる。

「どうしたの?」

どうしたもなにも

「急に近づかないでよ」

「そうじゃなくって、なんか元気がないみたいだから」

元気がない、か。吹雪らしい表現だと思う。

「なんでもないわよ」

「でも…」

「あんたには関係ないわよ」

なにがあろうが、なにを思おうが私の勝手だ。だから隣を抜けようとする。でも、両肩を掴まれる。振り払おうとする前に吹雪と目が合う。

「叢雲ちゃん、教えて。私、力になるから」

「…なによ、あんた」

たじろいでも、目はあったまま。肩から伝わる柔らかい感触に力が抜ける。

 そう、吹雪たちには関係ない。無自覚にあった焦燥感を吹雪にぶつけるのは筋違いだ。

 

「ごめん…」

「どうしたの?」

心配するようなあやすような声。謝ってほしいわけじゃないのは分かってる。そして、黙ったままでもダメみたい。

 別に、いいか。

 叶うのも叶わないのもまだ先の話。届かない願いを教えたところで何かが変わるわけじゃない。でも、知ってほしい気がした。艦娘として戦う理由を、叢雲としての私を。

 

 

 

「――私は取り戻したいの。どれだけかかっても、この島に帰りたい」

広げた海図はなんの役にも立たなかった。どこにあるのかなんて、取り戻したい理由には関係ない。むしろ価値を見定められてあきれられるだけだ。でも、みんな最後まで聞いてくれた。初めて話した。おじいちゃんのこともおばあちゃんのことも。かつて木曾が言っていたありふれた悲劇の1つで、聞くだけなら些細な思い出。でも、私にとってのすべて。それを話せたことが、なんだか嬉しかった。

「むらくもーっ」

「なによ――って、深雪!」

深雪が抱き着いてきた。胸元に顔をうずめられる。

「大変だったんだなー!元気だせよー」

「話聞いてた!?別に今落ち込んでないわよ!」

背中をたたいているとどっちが励ましているのか分からない。別にあんたが泣くことないじゃない。鼻水まですすって――

「なすりつけないで!離れなさい!」

急いで突き放す。危ない危ない。油断も隙もあったもんじゃない。

服を確かめて一息ついていると、頭になにか乗った。初雪の手だ。

「…なによ」

さわさわと頭をなでられる。

「…いや、なにか言いなさいよ」

「むらくもーっ、頑張ろうな―!」

「あんたは近づくなって言ってるでしょ!」

再び深雪を突き放してティッシュ箱を投げ渡す。ちーんと盛大な音が聞こえる。

 

「言ったでしょ、まだまだ先の話よ」

それでも、あのちくちくした感覚は胸の奥から消えていた。

…頑張ろう、か。

「ねえ、叢雲ちゃん。待たないとダメかな?」

「――は?」

「だって、せっかく近くを通るんだよ。なんとかできないかな?」

当たり前に優しい言葉をかみしめていたのに水を差された。

「なんとかって、どうするんですか?」

私じゃなくて白雪が聞いたのは、私にはその問いの答えが分かっていたから。作戦会議の時からずっと考えていた。でも、どうしようもない。

 

「攻略海域を広げてもらって――」

「あんた、話聞いてた?戦力の余剰なんてほとんどないわよ。だいたい、どれだけ離れてるか分かってる?私1人のためにどれだけ作戦を変えてもらうつもり?」

「うう…じゃあ、私たちだけでもこっそり――」

「だから、作戦海域からどれだけ離れるつもりよ。深海棲艦もいる中を単艦で――」

私、たち…?

「――とにかく、無理よ」

「そうかなあ…」

吹雪はうなだれる。分かってる。吹雪なりに励まそうとしてくれたんだろう。でも、諦めた思考をもう一度繰り返してしまうことが辛かった。だから、もうこの話は終わり――

 

「じゃ、天龍さんたちに手伝ってもらおうぜ」

――は?

「なるほど…」

「いいですね、それ」

いや、ちょっと待ってよ――

「じゃあ、さっそく天龍さんたちのところに行こう!」

「なんでそうなるのよ!?待ちなさい!」

走りだそうとした吹雪のうしろ襟をつかむとうえっと悲鳴があって吹雪は仰向けに倒れた。困惑した視線を私に上げる。

「ど、どうしたの?」

「どうしたもなにもないわよ!これは私の問題で、あんたたちには関係ないじゃない!」

「でも、みんなで一緒のほうがいいよ?」

そんな当然のことを説明する必要があるのか、とでも言いたげに不思議そうな顔を向ける。ずっと考えていた。私だけでなにができるのかを。何もできない事実の受け止め方を。

「なに言ってるか分かってるの?」

命令違反で済むのならまだいい。沈むかもしれない。誰も助けてくれない海の真ん中で。私のためなんかに。

 

「うん!」

 それを知ってなお、吹雪は頷き跳ね起きた。突っ立っている私の手を握る。

「一緒にがんばろ!」

もしかしたら、本当にもしかしたら、できるのかもしれない。私独りではできなかったことが。

「そう、ね…」

なんだか恥ずかしくなって目をそらす。でも、吹雪の笑顔は見れた。

「私も頑張るから。えへへ、なんたって私は叢雲ちゃんのお姉ちゃんだからね!」

「――は?」

私の中の吹雪はまだやっぱりポンコツな吹雪だ。いや、過去は関係なくとも姉とは認めにくい。

「ほら、お姉ちゃんって言っていいんだよ」

「絶対に嫌よ。馬鹿言わないで」

「ほらほら、照れないでいいから!ね?」

なんだこいつ。ここぞとばかりに押してくる。しかも、このだらしない笑みは何かの勝算があって――

 

 記憶の中の何かがつながって急いで白雪に視線を向けた。

「あ、あんた――」

私以上に高速に首を捻じ曲げて視線を逸らしたのが答えだ。こいつ、吹雪に言いやがった。釣りをしながら漏らした私の気の迷いを。

「しらゆきぃっ――!」

吹雪を突きとばして白雪の肩を掴む。

「ひぃっ――」

「なんで!なんでよ!」

頭を掴んで私に向けさせる。それでも目はあちこちに泳いで合わそうとしない。

「あの…吹雪ちゃんが聞いたら喜んでくれるかな…って…」

――そんなっ

「そんなふわっとした理由で!?監禁されて拷問の末とかなら何とか許せるけど!」

「そ、そこまで追い込まれても何とか、なんですか…?」

「まあまあ、ここはお姉ちゃんに免じて――」

「うるさい!」

背後のポンコツは投げ飛ばす。

「見なさい!この間抜け面を!あんたが生み出したのよ!」

「そのことについては…ごめんなさい…」

「むらくもー、落ち着けって」

深雪が肩をたたく。…確かに少し興奮しすぎていたかもしれない。深呼吸すると、深雪のリアクションが薄いことに気づいてしまう。事情をすべて分かっているかのような――いや、これは――

「あんたも、聞いて――」

最悪な想像を肯定されるのが怖くて声が出せない。そのとき頭に何か置かれた。初雪の手だ。

「な、なにか言いなさいよ…」

本当になにか言われていたら発狂していたかもしれない。先ほどとは明らかに違うなでられ方で十分答えになってしまっている。

みんな――

「みんな、大っ嫌い!」

気づけば部屋を飛び出していた。

 

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