波濤の記憶 ~月に叢雲、花に風~   作:COOH

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第3章 第10話 轍

「この部屋は避難場所じゃないんだけど」

二段ベッドの上からのぞかせる白露の目がなんとも冷たいが、私は小さくなって座るしかない。

「ま、事情はきかないけどさー」

「叢雲も大変だね」

寝転んで見えなくなった白露に代わって時雨が本から目線を上げる。内容があれだけにあまり説明もできないけど、こくこくと頷いて肯定する。

 

「吹雪ちゃんと仲良くしないとダメっぽいー」

「仲良くったってね…」

それができたら苦労しない。あいつらは私の繊細な心など分かりはしないのよ。

「でも、叢雲ちゃんは吹雪ちゃんのことあこが――ぽい?」

――今なんつった?

気づけば夕立の胸倉をつかんでいた。

「なんであんたが知ってんのよ…」

「苦し…ぽ…い…」

「叢雲、落ち着いて」

そう言われても、無理な相談。一応首元は解放するけど。

「ふ、吹雪ちゃん、みんなに言ってたっぽい…」

――あいつっ!

そうだ。吹雪が言いふらさないわけないじゃない。心の機微など理解できないやつがあれな内容を広める姿を想像して絶望する。

「みんなって誰よ!」

「ゆ、夕立といっしょに白露ちゃんも…」

「巻き込むな!バカっ!」

だんまりを決め込んでた白露が跳ね起きてベッドから降りようとするが、私がはしごを外すほうが早かった。

「は、話し合おう。あ、時雨!姉を見捨てる気か!?」

「話し合うことなんてないわよ…」

はしごは高く掲げられ――

「ひぃ――」

「ぽいぃぃー―!」

「忘れなさい!」

振り下ろされた。

 

 

 

「――で、今日になったと」

「めんぼくない…」

日が照らす道場の真ん中で私は小さく座り込む。木曾があきれたのは他のみんなの心情を代表して、だ。

「とにかく、オレはいいぜ。どうせ世界の海を相手にすんだからな」

「天龍ちゃんがそういうなら私も文句ないわ」

「ふむ。善は急げということか」

「と、ゆーことだけど、どう?」

「どうと聞かれても…」

伊勢に振られても答えようがない。そんな簡単な話じゃないはずなのに。

「よかったね!」

吹雪が肩に手を置いてのぞき込んでくる。その笑顔が胸に実感を落とした。

 望んでいいのだろうか?まだ遠くにあると諦めたものに手を伸ばしていいのだろうか?

 迷う理由なんてない。私はずっとそのために生きてきたのだから。だけどどこか――

「命令違反って学校の時見たいでドキドキするな!なあ白雪」

「私は悪いことなんてしたことありません」

「入念な準備と計画が必要だな。どうする?」

「ここでいいんじゃねえか?極秘の会議ってテンション上がるよな!」

「天龍ちゃんと同じにしないでくれる?」

「天龍さん!あたしは好きだぜ!」

どこかにあるためらいはずっと残っていた。

 

 

 

「叢雲」

人がはけていった道場の出口で、私は呼び止められた。

「なによ?」

最後に日向が1人残っていた。

「迷いは剣筋を鈍らせる。君に今更説くことでもないだろうがね」

こいつは普段寡黙なくせにいざ喋ると回りくどい。

「あんたはこんな作戦には反対?」

命令違反して戦線離脱なんて作戦とも言えない。だけど――

「いや。敵戦力の読めない海域への少数投入、私達の本分だろう」

「だったら良いわけ?」

日向も口をはさむ気がないどころか肯定的だ。

「私も伊勢も、剣道しかしてこなかった。私の全てと言えるほどのものではないのだろうが、誇れるものなどそれくらいだ」

電灯の光が消された道場に日差しが降る。窓の形に切り取られたそれを見ながら、日向は目を閉じる。

「艦娘になったときに手放したはずだったが。今こうして剣を振るう機が与えられ、私達だけが持つ力がある」

腰に、竹刀から変わった真剣に手を添える。

「これを幸運というのかもしれないな」

日向は私を見る。

「それを君と元帥が連れてきてくれた」

「そんなこと…」

私じゃない。おじいちゃんがしたことで、私はただ流されるだけだった。

「感謝などではないよ。ましてや君への善意でもない。私の望みに君が応えてくれた、だから私も君に応える。私達の関係はただそれだけだ。だから遠慮なく使えばいい」

立ち止まったままの私を追い抜く。

「まあ、揺らぐ剣筋も味があるさ。今の君は実に楽しそうだ」

後押しされたはずの言葉の返事を探している間に、日向は陽光に照らされた道に溶けていった。

「なんなのよ…」

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