波濤の記憶 ~月に叢雲、花に風~   作:COOH

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第4章 第1話 月

 これは、これから始まる長い長い闘いの最初の軌跡――

 

 

 

 

「むらくもちゃーん!」

「なによ?」

吹雪が意味もなくご機嫌なのはいつものことだけど、今日は輪にかけて声が大きい。夜戦演習明けの私の気分などお構いなし。

「いい話があるんだ」

どうした?マルチ商法にでも引っかかったの?

「叢雲ちゃんも驚くと思うなー」

「だったらさっさと言いなさいよ」

「まあまあ、ちょっと待ってよ」

しばいてやろうか。だいたい、ちょっともなにも、もうすぐこの話は終わり。私が夜勤明けに吹雪の相手をしているのはもう恒例になってしまっている、深雪曰くの悪だくみのため。

 あの日、吹雪の手を掴んだ後の醜態は思い出したくもない。でも、こうして私はここにいる。叶わないと思っていた未来の目の前に。

 吹雪だけじゃない。この扉の向こうに、一緒に戦ってくれる人たちがいる。それは私には抱えきれないほどの幸せだ。

 

「Hey!ブッキー!遅いデスヨー!」

――ん?

向こうにはやけにハイテンションな奴が待っていた。

「金剛さん!もう来ていたんですね!」

「ブッキーに呼ばれればたとえ火の中水の中デース!」

…なんだこれ?

吹雪は平然と話しているけど、私は何が何だか分からない。ふぶきが…よんだ?

「えへへ、驚いた?」

固まっている私を嬉しそうに見つめる吹雪。あのしばきたくなるだらしない笑顔だ。驚いたとかそんなんじゃない。それに吹雪の様子を見るに嫌な予感がした。

「驚くのはまだ早いよ!」

ほら、やっぱり。

「じゃーん!司令官でーす!」

申し訳なさそうに座る司令官の姿に、さすがに思考が停止した。

「ほらね、おどろいた―― パシンッ

で、しばいた。

「え?むらくもちゃ――」

首を絞めて黙らせる。

「このっ、あんたぁっ、ゲホコボっうえっぅ――」

吐き気がした。空気を通す仕事を忘れた喉を深呼吸で無理矢理開く。落ち着け、落ち着け私。そう、ゆっくり息を吸って…吐いて。うん、そうそう。大丈夫。

 

――まだ怒りは残ってる!

「こんの!ばかやろうがっ!」

「ふぎゃん!」

吹雪を投げ飛ばして上にのしかかる。起き上がることを許さずにマウントポジション。スムーズに動けたのは日々の鍛錬のおかげ。

「なにしれっと裏切ってんのよ!あんたみたいな、あんたみたいなポンコツを信じた私がバカだった――!」

「WOW!バイオレンスはダメデース!」

後ろから羽交い絞めにされて振り上げた腕を掴まれる。こいつも吹雪の一味か!

…戦艦との体格差では抵抗も虚しく吊り上げられる。

「ゴカイデス!ゴカイデスヨー!」

ゴカイ…?なにそれ?

「叢雲、落ち着いて聞いてほしいんだが」

司令官が、気持ちはよくわかる、と全身で表現しながら近づいてきた。

「俺はお前たちを止める気はないぞ」

――えっと、それはどうゆう…

「吹雪から聞いたが、勝手なことをされるくらいなら作戦に組み込んだほうがよっぽどましだ」

どうせやめろと言っても聞かないだろう、と吹雪を一瞥した司令官はぼやく。

「あ…そう、なの…」

気が抜けて周りを見回してみると、先に集合していたみんなが神妙な顔をして目線を私から逸らしている。というか、私以外知っていたのか。

 だったら止めなさいよ。1人醜態をさらしてしまった恨みが募ってきたが、この様子からして

「うう…ひどいよ…」

倒れたままさめざめと泣くこいつに口止めされていたのだろう。いや、なおさら止めてあげなさいよ。こうなることは分かってたでしょうに。

 

 仕方なく吹雪を引っ張り上げる。

「でもいいの?」

この頼りなさそうな司令官に尋ねてみる。命令違反を企てていたことのお咎めがないどころか全面的に協力までしてくれるらしい。戦力はかなり厳しいと言っていたのに。

「褒められたことではないけどな。だが、戦うのは君達だ。君の戦う理由がそれだというのなら俺は頑張ってやりくりするしかないさ」

「Hey Hey、サムライガール!私のテートクの懐の広さに感謝するデース!」

アンタはアンタでうるさいわね。ひとまず無視しとこう。

「よくそれで司令官が務まるわね」

「む、叢雲ちゃん!」

吹雪が止めにくる。たしかに素直に感謝するべきところだったかもしれない。

 

「まあ、俺もそう思うよ。ただ、1つ条件があってだな」

身構える私に司令官は苦笑をさらに深める。

「元帥にはちゃんと話してこい」

「…おじいちゃんに?」

事の経緯は話してはいるんだけど…

「どうせ会えてはいないだろう?大事なことなんだからきちんと顔を合わせたらどうだ」

確かにしばらく会えてないけど、どうしてそんなことを知ってるのだろう。

「君は結構分かりやすいからな」

吹雪ほどじゃないが、と一応のフォローを入れた後、司令官は少しの間を開ける。

「あと、元帥にこの作戦を行うことを伝えてもらえると助かる。やんわりとでいいから…」

「し、司令官!?」

「テートク―!そこは命令違反の責任は俺がとる、ってシーンじゃないんですカ!?やっぱりテートクはヤサオトコデース!」

「事前確認の何が悪い!だいたい俺は目をつけられてるんだからそうそう勝手な真似はできん!」

この司令官、前になにかやらかしたのか?まあ、よく考えたらおじいちゃんには命令違反するって言ってたようなものだから、組織的に動く分には止められもしないと思うけど。

 なんて言う前に騒がしさは広がって、いつもの慣れた光景に戻っていった。

 

 

 

 

「私、やっぱりあの島に帰りたい」

あの時と同じように大切な人たちのために、大事な人たちのおかげであの時とは違う言葉を告げた。

「また心配かけちゃうね」

「そうか」

おじいちゃんはあの時のように、いつものように静かに答えた。

「叢雲」

湯呑を机に置く音がして、私と目が合う。

「いい友人を持ったな」

友人…そうか、友達、か…

騒がしくてだらしなくて人の話なんて聞かなくて、そんな困った奴らだけど――

「うん!」

友達って響きがなんだか嬉しい。

 だから、私はまだ帰れない。

「まだやらなくちゃいけないことがあるの。吹雪がヨーロッパに行ってみたいって英語の勉強してたし」

行先はドイツのはずなんだけど。日向や伊勢の相手もしないといけないし、そうそう、世界だって救わなきゃいけない。やることはたくさんある。のんびりしている時間なんてないくらい。

 

 私はもうたくさん背負ってしまった。抱え込んだものを下ろそうとするたびにまた増えて、誰かに引き受けてもらって、そうやってずっと進んでいくんだ。

おじいちゃんはゆっくりと頷く。

 

「月に叢雲花に風、という言葉がある」

「なにそれ?」

私の名前…

 余計な言葉は知っているのにな、とおじいちゃんは嘆息する。いいからもったいぶらずに教えなさいよ。

「綺麗な月を雲が隠す、つまりは良いことには邪魔が入るという意味だ。無粋の意味でも使われるな。このように叢雲とはあまり良い意味でつかわれる言葉ではない。そのような名前を持ったお前には大変な苦難が待っているんじゃないかと――」

「なにそれ」

急に何を言い出すかと思ったら。

「そんなくだらない心配してたの?名前で決められたらたまったものじゃないわよ」

「俺達は心配するくらいしかできないからな。くだらない心配もさせてくれ」

おれたち、か。ずっと見守ってくれていたのだろうか。私が気づかなかっただけで、そんな迷信も気にしてしまうほど。私がわがままで自分勝手でも。

 

でも、もう大丈夫。

「変なこと考えないでどっしり構えときなさいよ。なにがあったって勝ってやるわよ」

困難の象徴のような名を冠した彼女が私には想像の出来ない苦痛の中で、それでも前に進んだように。私の手を取ってくれたように。

「まだまだ時間はかかるかもしれないけど。私は絶対に負けないから」

 私にはおじいちゃんが背負ったものは分からない。でも、この海を取り戻せたときにすべて下ろせるのなら、おろせていたのなら――

「一緒に帰ろ、おじいちゃん」

おじいちゃんはなにも言わず頷く。口約束にもならない、小さな約束。

 

 

 

玄関の先で顔を合わせる。ようやく馴染んだこの家から出ていく理由なんて本当はもうないのだろう。それでも、もう迷うことはない。

 誰にも理解されない孤独な夢は背を預ける仲間を得て、一緒に進んでくれる友達と一緒にあった。

「また来るね」

だから私は別れの言葉を告げる。ここに迎えに来ることを約束して。

 

 

 

 バス停のベンチに座り見上げると月が見えた。足元が明るいと思ったら今日は満月だ。

手をかざして丸い月を隠してみる。

「無粋…か」

私が艦娘になったことも、島を失ったことも、いろいろな人を傷つけたことさえも無粋なんて言葉になるときが来るのだろうか。

 顔に落としていた影を消すように辺りが暗くなる。手を下げてみると満月は黒い雲に覆われていった。

なんだ――

同じ名前を持つせいでひいき目なだけかもしれないけど、雲の隙間からこぼれる月明かりは

「別に悪くないじゃない」

そう思えただけで、なんだか嬉しくなって脚をぶらぶらと振ってしまったり。

 

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