「む、叢雲ちゃん…!」
夜も遅くに帰ってきたら意外なことに迎えがいた。もちろん吹雪たちではない。私の姉妹艦はどうせぐっすりおやすみ中だ。
「どうしたのよ」
夕立は妙に緊張しているというか、怯えているみたいに見えた。私、そんなに怖がられること…してたわね。
思い返してみると夕立には初対面から強く当たりすぎたような…
「その…やっぱり、改二…ぽい…」
とぎれとぎれでだんだん小さくなっていく声でも聞き取れたのは何が言いたいのかもう分かっていたから。
「あのね…」
夕立に少し優しくしようと思った矢先だけど。
私は夕立が好きだ。頑張っているし、ちょっと能天気なところもかわいい。でも、それとこれとは別。いや、別にできないから私は諫める。
「何度も言ってるでしょ?あんたが危ない橋を渡る必要ないじゃない」
「でも――」
夕立は息を吸い込む。今度ははっきりと伝えるために。
「やっぱり夕立も強くなりたい。白露ちゃんたちに心配かけたくないし、吹雪ちゃんや…叢雲ちゃんを助けてあげられるようになりたい――っぽい…」
恥ずかしそうに顔を下げた夕立を見て、ようやく分かった。夕立は確かに幸せなのだろう。命を賭けて戦うことなど考えられないくらい。でも、幸せだからこそ戦いたいのだ。今の幸せを守るために。幸せを与えてくれた人たちのために。
「…分かったわよ」
そんな人たちの中に私を入れてくれたと思うのはうぬぼれでなければいいけど。
「正直、私だってよく分かってないのよ。それでいいなら、あんたが無茶しないなら、付き合ってあげるわよ」
「叢雲ちゃん!」
全力で往復するしっぽが見える気がするほど表情が明るくなった。だから、そんなに期待しないでよ。
「てか、吹雪には頼まないの?」
「頼んでみたっぽい…」
そりゃそうか。でもこのリアクションは…
「吹雪ちゃん、頑張ろうとしか言ってくれないっぽい」
「ま、あいつに根性論以外期待するのは酷な話ね」
論理的な解説をする吹雪など想像できない。とはいっても、私も答えを持っていないことは変わりない。それでもここは違いを見せておかないと。
「そうね、私から言えることがあるなら――」
「ぽい!」
「そのぽいぽいってのをやめなさい!自信もってはきはきとするところからよ!」
「…すっごく根性論っぽい!?」
「で、で、どうするの?」
「ま、地道に訓練していくしかないんじゃない」
「そっかー…叢雲ちゃんも分かんないか…」
露骨にがっかりする吹雪のほっぺをつねってやる。
「吹雪ちゃんと叢雲ちゃんは改二になったときどんな感じだったっぽい?」
不毛な攻防を見かねた夕立に割って入られた。どんな感じ、ねえ…そんなのが参考になるとも思えないけど。
「んーとね、なんかこう、がんばろう!みたいな…?」
「なによそれ」
単純すぎるというか、それを吹雪らしいというか。
「私がもっと強くならないと、って。みんなを守らなきゃって。でもどうしたらいいか分かんないからがんばろうって思ったらなんかふわってなった、みたいな?」
首を傾げられても私も夕立も首を傾げ返すしかない。
「どっちにしろ当てにならないわね。どう考えても私とは違うし」
「叢雲ちゃんはどうなの?」
「なんでもいいでしょ」
しつこく聞いてくるけど、こんな心情の吐露を恥ずかしいとは思わないのかしら…思わないでしょうね…
「…ムカついてたのよ」
観念してつぶやくと2人とも一歩引いて身構えた。吹雪は散々伸ばされたほっぺを重点防御する。うん、これは私の日ごろの行いを反省するべきところだ。
「あんたたちじゃないわよ」
「な、なにに…?」
深海棲艦だったり同僚だったり、なにより私自身にだったり。要約するなら
「いろいろよ」
それ以上語るつもりはないと話を終わらせる。参考にならないことは分かっただろうし。
夕立は再び頭をひねる。夕立は私とは違う。投げやりな感情をぶつけたあの時の私とは。夕立は自分の意思で、自分じゃない人たちのために改二を求めている。そんな優しさは私にはないもので、託された想いを背負った吹雪ともまた違うものなのだろう。だから私たちには夕立に教えられることなどないのかもしれない。
「まあ、なんにせよ練度を上げないとね」
そもそもどうすれば改二になれるのかなんて分かっていない。改二になれる艦娘は数えるほどしかいなくて、改二が確認されてからずっとあり続けていた疑問だ。私たちがやろうとしているのはそういう問題だ。
「何度も言うけど頼らないのが第一よ。自由に使えようが、ね」