波濤の記憶 ~月に叢雲、花に風~   作:COOH

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第4章 第4話 劣等星

 もうすぐ大規模作戦が始まろうというところ、私は久しぶりに司令官に呼ばれた。

「叢雲、言うまでもないが君達は本来の作戦とは外れた動きになる。こちらも極力支援はするが、危険が確実に大きくはなる」

「…やめろって言いたいの?」

「いや、そこの是非を今更話すつもりはない。その先のことだ」

…その先?

「覚悟はしておいてくれ」

――ああ、そういうことか。

 

 深海棲艦が現れた原因も、なになのかも分かっていない。だが、はっきりしている行動原理が一つだけある。それが人工物を狙う性質。船や港を破壊するので結果的に人間にも直接被害が及ぶが、例えば海に投げ出された人を積極的に襲う事例は確認されていない。…襲われたなら報告しようがないだけかもしれないけれど。逆に、人のいない船や施設は関係なく破壊されている。つまり、あの島だって…

 

「分かってるわよ」

それでも、元の形なんて何もないかもしれないけれど、あの生活が戻ってくるわけじゃないけれど、それでも私は取り戻したい。

「わがままだってことも、分かってる」

「だったら何も言うことはない。最終的な編成はその時になるまで決められない。なにかと忙しい駆逐艦中心だからな。万全の準備をしておいてくれ」

そんなこと、言われるまでもない。言いたかったことは本当にそれだけのようで、私は背を向けた。

「これは俺の我儘なんだろうが――」

ドアノブに手をかけながら振り返る。

「沈むなよ」

「…それこそ言われるまでもないわよ」

ちょっとだけ乱暴にドアを閉めた。

 

 

 

「我儘か…あなたらしいな」

長門は中身のない湯呑に手を伸ばすと提督と目が合った。

「悪いな、また君達を巻き込んで」

「それこそ余計な言葉だ。私とてこの鎮守府の一員だ。もちろん叢雲も」

だから提督に従うことにも、今回の作戦についても異論はないと言外に告げた。

「誰も沈ませない、か…」

提督の言葉を口の中で思い起こす。提督はそう言う以外になかったのだろう。長門とは違う戦場を生き抜いて、生き残ったからこそ自らの命すら諦めた艦娘を救うには。およそ不可能と思われる誓いを提督は守った。今のところは。

 

「俺もここまで優柔不断だったとは思わなかったよ」

漏れ出ていたのか、提督は苦笑した。

 沈ませたくないのであれば、余計な事をせずに与えられた作戦を遂行していれば良かった。もちろんそれで安全とは言えないが、戦線を広げて戦力を分散させることに比べればよっぽど堅実だろう。

「これで良いのだと、私は思う」

だが、現実はそう簡単ではないのだろう。

「沈まないとは、ただ生きていればいいということのではないのだろう」

それだけで済むのなら、金剛は、鳳翔は、吹雪はその言葉を求めなどしなかっただろう。生きるために捨ててしまえば、自分が自分でいられない。そんなものが確かにあるから、戦わなくてはいけない。

「それを教えてくれたのはあなただ」

かつて仲間を見捨てる決断をしたことが間違いだとは今でも思っていない。その時の長門にはそれしかできなかったのだから。

「あなたがいたから私は仲間を失わずに済んだ。ならば今度はあなたが何も捨てないために力になろう」

それが長門の、この鎮守府の答えだ。

「…ありがとう」

笑みを向けられたところで申し訳ないが、そろそろ秘書艦の仕事として仕分けた書類を部屋の隅から持ち上げる。崩さないように慎重に提督の前に運ぶと机がたわんだ気がした。大規模作戦の前のためただでさえ煩雑な事務仕事が、作戦変更によりさらにややこしいことになっている。

「すまないが、こればかりは私ではどうしようもない」

提督のため息を背に、逃げるようにお茶を淹れにいった。

 

 

 

「むーらくーもちゃん」

「…なによ」

執務室から出ると吹雪に呼び止められた。まあ別に大した用事なんてないのは分かってる。

「ごはん食べに行こうよ」

想像に輪をかけて大したことじゃなかった。まあもう日も落ちたし断る理由もない。

「みんなは?」

「えっと、深雪ちゃんが遠征で――」

同じ部屋の姉妹は出払ったみたい。駆逐艦はみんなそれぞれ忙しい。…私だって普段は結構忙しい。

 だから2人しかいないのだって珍しくもなんともないわけで、食堂で夜ご飯を食べて、私の日替わり定食のカツを物欲しげに見るものだから一切れあげたりした。そんな何でもない夜だと、大規模作戦がもうすぐだと忘れそうになる。ふと見上げた夜空に浮かぶ月は少し欠けていた。

 

 

「ねーねー」

明かりの消えた布団の頭上から声が降ってきた。

「もう寝なさいよ」

夜更かしすると寝坊するんだから。

「がんばろうね」

「…言われるまでもないわよ」

寝返りをうった。カーテンの隙間から差し込んだ月明かりだけではなにも見えない。

「私ね、ずっと強くなりたかったんだ」

「知ってたわよ」

別れたあの朝から。でも吹雪は、きっともっと前から、ずっと。

「私がここにいるのはみんなのおかげだから、強くならなくっちゃって、みんなの役にたたなくっちゃって、ずっと思ってたんだ」

結局私には、吹雪のことなんて分からない。私には誰かに託されたものも、誰かのために戦ったこともないのだから。でも確かに救われたんだ。吹雪を助けた、私の知らない誰かに。そんな誰かが間違っていなかったと証明したかった吹雪に。

 

「…ありが――」

「ありがと、叢雲ちゃん」

息を吸い込んでいるせいでさえぎられてしまった。

「私、少し変われた気がする」

私はなにもできていないのに、感謝を伝えないといけないのは私なのに。先に言われるとなんだかいいづらくて黙ってしまうのは、私が成長していない証拠なのかもしれない。

「この作戦で、もっと変われるのかな?」

そんなの――

「分かんないわよ」

私は変われたのかもわかってないのに、なんであの島に戻りたいのかも本当は分かっていないかもしれないのに。この先に何があるのかなんてわかるはずがないじゃない。だけど、だから。

「それを確かめに行くんじゃない」

「そうだね」

真っ暗な中でも、笑った吹雪が見えた気がした。

そう。願いの先にあるものを確かめるために、私たちは戦うんだ。

 

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