波濤の記憶 ~月に叢雲、花に風~   作:COOH

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第1章 第4話 サンドリヨンの番犬

 数日経つと哨戒すらなくなった。燃料が尽きてきたからだが、それは単純に補給が遅れているからだというのがあきれる。このご時世だから補給が滞るのは仕方ないが、だったらそもそもなんでここは泊地なのか。

 

 あきれているうちはまだいい。この広いだけで私の居場所はない建物で一日を過ごすのが初めてで、想像以上に苦痛だった。なぜ苦痛かは分かっていたからなおさら。

 いつものようにいつの間にか夕方になっていた。湿った風が肌にまとわりつき、ちょうど夕日を隠すように厚い雲が張り出していた。

 

「叢雲ちゃん、ちょっと手伝ってくれる?」

腕に抱え込んだ枝豆の株を置きながら声をかけられる。いつものように応えない私に微笑んで有賀に声をかける。

「あなたも手伝ってください。どうせ食べるのはほとんどあなたなんですから」

言われて有賀は新聞を置いて立ち上がる。すれ違いざま、私に声をかける。咎めるわけでなく。

「今日はトウモロコシもらったからな。叢雲、好きだっただろう」

 

「いいかげんにして!」

気づいたら叫んでいた。私の声が頭の中で反響して消えていってようやく感情が追いつく。きっかけなんてものはない。ただ、積もってドロドロに濁った叫びがようやくあふれ出しただけだ。私がどんな態度でも許して、なにも言ってないのに好きなものを知っている。それはまるで――

 

「勝手に家族のまねしないでよ!私は――」

広い部屋の隅で見慣れてしまった写真がちらつく。

「私はあんたたちの子供でも孫でもないの!何も知らないくせに、私の本当の名前も知らないくせに!」

喉が裂けそうな声は反響もせずすぐに消える。感情が霧散した沈黙の中でようやく意識が顔を出す。うつむいているのはただ顔を上げるのが怖いだけだ。そうしているのも限界が来たなら、もう逃げ出すしかなかった。

 

 

 

 あてもなく走ったつもりでも気づけば見慣れた景色があった。眼下に広がる海も暗くよどんでいるくらいで変わりばえしない。立っている気もしなくて膝を抱えてしゃがみ込む。

 私は変わらない。昔から何も言わないで、愛想のいい言葉も選べない。上手く立ち回れないから

 

「だから私は――」

家族に見捨てられたんだ。

閉じ込めていたはずの気持ちが開かれると、目頭が熱くなった。それでも涙は出ない。

 艦娘の適正があると、多額の補償金と引き換えに帝国海軍に身柄を引き取られる。でも決定権は親にあるし、断ることもできたはずだ。急激に悪化した経済の中でそんなことできるのは限られた家だと分かっていても、家族が守ってくれなかったのには変わりない。

 

 もっと愛されていれば――

後悔する私とそれでも変われない私。

手にすることができなかった家族を求めていたのは私の方なのに拒絶するのは、そうすれば決して幸せといえなかったかつてに戻れると思っているからなのだろうか。

どうせもう私の望み通りになる。なのにどこからか冷たい風が吹き体をちぢこめる。

 

「叢雲ちゃん…」

遠慮がちな声が聞こえてきた。思ってもなかった声に体が動かなくなる。当然返す言葉があるわけもない。

「ごめんね。叢雲ちゃんが来てくれて嬉しかったから…」

どうして私は謝られているんだろう。混乱した感情の中に声が入ってくる。私を苛まない声が。

「仲良くなりたいと思ってたけど、困るよね。名前も呼んであげられないのに――」

「違う…」

他のことは分からない。でも、それだけは絶対に誰も悪くない。

 艦娘になった時点で名前も身分も上書きされる。国防の、個人の安全のために過去の名前を名乗ることも探ることも許されない。それを知っているのに私は――

「違うの」

 

ようやく私のやったことが分かった。愛想を振る舞えなかったことじゃない。

私はこの人を傷付けたんだ。

捨てられたくないくせに、嫌われたくないくせに、愛されたいくせに。

 いまさら涙があふれてきた。濡れていく膝が、傷つけるくせに傷つけられる恐怖に震える。

「私が勝手だから、私がダメだから、私が――」

髪が触れる感触にびくつき、痙攣のように息をのむ。すぐそばで声がした。

「大丈夫だから。叢雲ちゃんはいい子だよ」

こんな私でも、ここにいていいのだろうか。

問いかける前に、ゆっくりと頭を撫でるぬくもりに肯定される。何のためか分からないまま流れる涙が尽きるまでただうずくまっていた。

 

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