波濤の記憶 ~月に叢雲、花に風~   作:COOH

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第4章 第5話 mirror house

「しっかし、変わり映えしないわね…」

「いつも通りでいいじゃないか」

と、時雨。

「っぽい!」

と、夕立。

「一番槍といえば私だからね」

と騒がしいのは白露。

「一番と聞いたら負けてられないぜ」

と更にうるさくするのは深雪。そして――

「がんばろうね!」

相変わらず能天気な吹雪。これが私たちの艦隊の編成だ。時雨の言う通り、訓練の意義が正しく出ているのだから文句の言う筋合いはないけれど。

「珍しく寝坊しなかったじゃない」

集合は日が昇る前だというのに。

「えへへ、今日は大事な日だからね」

笑顔で答える吹雪と親指を立てる深雪。…視界が滲――いや、集合時間を守るのは人として当たり前のこと。目頭を熱くするようなことじゃない。私も寝ぼけているようだ。

 

「叢雲ちゃん…その…」

出撃準備をしている私の横で夕立が目線を下げた。言いたいことは分かっているから、肩をよせて遮る。

「いいのよ。あんたが頑張ってるのは分かってるから」

結局今日まで改二になれることはなかった。期待してなかったわけじゃないけど、私だってなんでできているのか分からないのだから、仕方ない。

 この作戦までに成果を出すことが夕立の目標だったのだろう。でも、私はそこまで焦っていない。

「終わったらまた練習しましょう」

作戦の後もまだまだ戦いは続くのだから。なんなら、一緒に訓練する時間が終わってしまうことが名残惜しいくらい。

 夕立が一緒に戦ってくれることが嬉しかった。だから謝らせてはあげない。

「おーい、早く行こうぜー」

深雪がせかす。動き出すのは全艦隊がそろってからだから急ぐ必要もないのだけど、私は呼ばれるままに海面に足をのばした。

 

 

 

 もうずいぶんと沖に出た。風もない気持ちの良い快晴だ。

「おめーらはそろそろこの海域から離脱だな」

隣の艦隊で並走していた天龍がレーダーで周囲を確認しながら声をかけてきた。天龍は私と違って従来の作戦に沿って航行する。だからここでお別れで、ここからは味方の援護も期待できない。天龍は片手をあげる。

「わりいな、手伝ってやれなくて」

「あんたがいたら心配事が増えるだけよ。ばかなこと言ってないであんたたちはあんたたちでちゃんとやりなさいよ」

まったく…普段もっと気を使ってほしいことが山ほどあるのに、こんなときだけ余計な気遣いをやってくる。

「…ねえ」

天龍の隣にいるのに目を合わせてくれない龍田に呼びかける。

「あんたは、好きになれた?」

あんたも、とは言えない。何が、とも言わない。龍田が自分に似ているから嫌いだといった私から、私は変われたのだろうか?龍田はもう違うのだろうか?

「…さあ」

予想していた通りの応えが返ってくる。

「あのね、この作戦が終わったら――」

「余計なこと考えないの」

小さく開いた口に指を立てて遮られる。やっと目が合った。そのかすかな笑みが何を意味するのかは分からなかった。でも、語り合うこともないし、表情で分かり合えるほどの仲じゃない関係がもうずいぶんと長い。今までもこれからも、龍田とはこれでいい。

「それとも、また助けて欲しいの?」

「…ばか言わないでよ」

助けられるのはもう十分だ。ここまでで、これまでで。あとは私の戦いなのだから。

「行ってこい」

天龍にこぶしを出される。言われるまでもない。

「はいはい、そっちは任せたわよ」

痛いほどこぶしを突き合わせて航路を別った。

 

 

 

「右舷、魚雷来てるわよ!」

「了解」

私の指示を受けて時雨が回避行動をとる。艦隊の隣に魚雷の航跡が浮かぶ。もう数回目の戦闘で疲労が見えてきた。練度は十分にあるから迅速な応答には問題ないが、少しずつ見落としが増えてきている。かすり傷も負うようになってきた。それでも負担を感じないのは

「深雪ちゃん!面舵!」

「オッケー!」

艦隊の指揮半分は任せられるから。私が動けば吹雪もそれに合わせて指示を出し、吹雪の戦闘に合わせて私が艦隊を動かす。確認の必要もない連携。だから――

「叢雲ちゃん…」

私を見たのはつまり、そういうことなのだろう。

 

 私たちが進む海の上空には、忘れもしない暗雲が渦巻いていた。島を呑み込んだ嵐が示すものは、深海棲艦の根城だ。事前の海域を映した衛星写真ではそんなものはなかったが、刻一刻と変化する海で目の前の現象を否定するのは無理な話。

 電探に映る深海棲艦の数も増えている。もちろん重巡や戦艦も含めて。駆逐艦隊で戦艦とまともに当たるのはほとんど無謀で、戦えるのはそのために訓練をしていた私と、ほかはせいぜい吹雪くらい。吹雪に求められた判断の答えは…決まっている。

「退くわよ」

艦隊の動きを止めながら伝える。

「ぐずぐずしてる暇はないわ。もう撤退戦としても厳しそうね」

「叢雲ちゃん…でも…」

夕立の弱々しい目と合う。

「いいの。また来ればいいんだから」

これは私の望みで、私のわがまま。私のすべてを賭して願ったものだから、諦めきれなかったものだから、退くべきだと思う。だってここで友達を失ってしまったら、私は本当に諦めるしかできなくなってしまうから。

 たった1人だったあの日とは違う。ただ逃げるしかできなかったあの日とは。

 暖かい光が一瞬体を包み込む。もう私にとっては体にしみ込んだ改二を携えて前に出る。

「あんたたちはさっさと退きなさい。時間は稼ぐから」

――なんだ、私も成長してるじゃない。

「手伝ってもらうわよ、吹雪」

こんな当たり前のように巻き込んでしまうなんて。だって、1人だと大変だし。

「できるわよね?」

「うん!」

吹雪は引っ張ってくるまでもなく横に並ぶ。その瞬間に吹雪の艤装が換装される。吹雪にとっては2度目でも、私にはできることが当然の気がしていた。吹雪も驚きもせず、いつもの気が抜けた笑顔を向けてくるだけ。今だけは、それに付き合ってあげる。

 ほら、大丈夫。今じゃいけない理由なんてない。またここに戻ってこれる。

私の夢はまだ白昼夢だった。それだけ。

 ――あの日とは違う。

そう心に告げ、撤退戦は始まった。

 

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