波濤の記憶 ~月に叢雲、花に風~   作:COOH

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第1章 第6話 Deep Blue

 廊下のつきあたり、扉を引くと板張りの間がのぞく。外から見てそこに建物があることは分かっていたが大きい物置程度に考えて気にしていなかった。覗いてみたのは単なる好奇心でしかなかったが、予想と違って何もない板張りの空間が広がっているだけだった。なぜかおそるおそるのぞき込む。高いところにある窓と神棚、ただっぴろい間、私はこういったものに詳しくはないけれど、その乏しい知識からするとこれは…

 

「叢雲、なにしとるんだ?」

背後から声が聞こえ、私はなぜか扉を閉じて隠すようにする。が、おじいちゃんは別に見られて困るものじゃないと言って扉を開ける。

「昔は道場だったんだが。父が師範をやっていてな」

「昔?」

「一応俺が継いだことにはなっているんだが、教える生徒がいなくてはどうしようもない」

確かにこの島では剣術の流行りすたり以前に人がいない。若者といえる人を見た記憶もないし。髭をなぞりながら淡々と語るおじいちゃんはだだっ広い板張りの中央に正座をする。諦観の混じった言葉と伸びた背筋はずれて見えて、埃の落ちてない床を踏んで私は近づく。

 

「ねえ、私に教えてよ」

見上げられると変なことを言ってしまったのか不安になる。

「継いだってことは教えられるのよね。…そうだ、艦娘の戦闘とかで役に立つかもしれないじゃない」

 

「教えるのはかまわんが…」

おじいちゃんは立ち上がり床の間に飾られていた日本刀を取ると再び座りなおす。つられて私もつい正座をしてしまう。鯉口を切られ覗く刃を初めて見た私は輝きに目を奪われる。

「それ、本物?」

首肯にさらに姿勢を正す。刀身の全てが露わになり、窓から降る光を弾く。

 

「刀鍛冶はもうほとんどいないが、伝承された技術にさらに研鑽を重ね現代の科学技術も取り入れ進化し続けている。斬ることに関してはほとんど極められたと言っていいだろう」

鞘にしまわれた刀がどこかぞんざいに床に置かれる。

「だが、電子と火薬の世界では無意味だ。砲弾を交わす艦艇の中で剣が人を救うことはない」

おじいちゃんは右目、があったはずの場所に手をかけた。もう見慣れて気にもならなくなった眼帯が外される。ピンク色の太いすじとただれた跡はもう完治していて、だからこそ消えることはないのだろう。

 

「深海棲艦が現れる前、人間同士で争っていた時の話だ」

人が殺しあう、そんなことが実際にあったなんて考えもしなかった。でも想像できない世界の痕跡が目の前にある。

「もう語られることはないだろうがな」

呟く心情は分からない。けれども、だからこそ私は刀を掴む。初めて手にする刀は想像より少しだけ重かった。

 

「で、教えてくれるのよね」

おじいちゃんは驚いたように見返してくるが、私には関係のない話だ。元より砲弾や魚雷ですら仕留めるのに苦労する深海棲艦を刀で切りつけてどうにかなるとは思ってない。ただ、知りたくなった。無意味と断じられるまで追求した道のりを、断じてなお床を磨き続けている想いを。

「ああ」

この刀を構えられるようになるのはいつになるのか分からない。

おじいちゃんの気持ちが理解できるのはまだまだ先でも、今笑ってくれるのが嬉しかった。

 

 

 

お墓の前で私は手を合わせてみる。合わせてみたものの、会ったことのない人へ何を思えばいいのか分からない。

「ねえ、あの写真の人って――」

「息子だ」

別に驚きはしなかったが、私から聞いたのに言葉に詰まる。親になったことすらない私はその心情が分からない。そんな私が言葉を探しきる前に、おじいちゃんは続ける。

 

「海難事故で、な。孫一緒にいたんだが、遺体も見つかっていない」

「事故って、深海棲艦の?」

疑問ではなく確認のつもりだったが、静かに首が振られる。

「それより前の話だ」

「この人とは仲が悪くてね。なかなか孫も見せに来てくれなかったのよ」

まったく想像できない話に目を丸くすると、おじいちゃんはバツが悪そうにした。だからその後はおばあちゃんが引き継いだ。

 

「この人、仕事ばっかりでほとんど家にいなかったからね。私が熱を出して寝込んだ時も帰ってこなかったら、それ以来どうもね」

おじいちゃんよりも自分を責めるような声音にまた言葉を探す。少しずつ語られる思い出に私はいなくて、聞いている私は寂しいような、そんな話を教えてもらって嬉しいような、不思議な想いに浸る。おじいちゃんたちの懐かしむように静かな、悲しさとは違う感情の名前を私は知らない。

 お墓に再度、ここにいない人たちに手を合わす。深海棲艦がいない世界の死も、私はまだ知らなかった。

 

 

 

 視界ばかりが広くても、私は不機嫌に小さくなっていた。久しぶりに来た山の上から見る海は相変わらず見慣れたものだから、答えをくれるわけでもヒントが降ってくるわけでもない。目下私の悩みとは――

 

「少しくらい手加減してくれてもいいじゃない」

剣術を習い始めたものの、まったく勝てない。言葉にしてさらに情けなくなる。いや、手加減をしてくれているのは分かってる。でも防戦一方では楽しいわけないのだから手加減ついでにちょっと攻めさせてくれても。…絶対に言わないけれど。

「帰ろう」

哨戒帰りに寄り道しても上手くなるわけじゃない。遊歩道に入るところで何かが足に当たる。空から降ってこなくても、ヒントは足元に落ちていた。

 

 

 帰るとそのまま道場に向かう。

「おじいちゃん、早くするわよ!」

私が最近ふてくされていたのを知っているので不思議そうにしながら、今の私基準ではゆっくりと道場に入ってきたおじいちゃんに鼻息荒く拾ってきた木の棒を突きつける。いつも使っている木刀よりずっと長い。

 

「何がダメだったかって、リーチよ、リーチ!射程距離!これだったら近寄らせもしないわ!」

思いついた私をほめてやりたくなるがそれはまず勝ってからだ。

「ほら、かかってこれるもんならかかってきなさ――」

パン!と乾いた音がして棒が手から消える。見失った棒が転がり、壁に当たって止まるのをぼけっと見ていると頭から星が弾ける。

「いたっ!」

竹刀で叩かれた頭を抱えてしゃがみ込む。はたき飛ばされた棒を握っていた手もじんじんする。

 

「遠い間合いで戦う発想は悪くないがな」

「だったら叩くことないじゃない!」

涙目になりながら抗議するが、様子を見に来たおばあちゃんに頭を撫でてもらったのでそれで良しとした。

 

 

 次の日、私の前に転がったまま放置していたはずの棒が置かれた。多分昨日私が拾ってきたものだと思うが、削られて細くなり先は刃を模したように膨らんでいる。

「なにこれ?」

「これからはこれで練習しろ。刀よりも槍が有利なのは道理だ」

「…私はそれで昨日負けたんだけど」

 

持ってみると手に馴染んだ。木刀よりも重いけれど、とげもなく握りやすい太さだ。

「いいの?」

「あらゆる武器と戦うことを前提にしているからな。槍術も教えられないことはない」

この現代で何を想定してるのか。あきれそうになるが、私はおじいちゃんの背後にある日本刀を見る。横に並ぶために、同じ景色を見たくて始めたのに。

「模倣ではなく自分に合った形にする。技を会得するとはそういうことだ。芯にあるものが同じならばそれでいい」

芯って何だろう?よくわからないまま構えてみる。重くて違和感があるけど、これが私なのだと唱えてみた。

 

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