墓前で手を合わせ、いつも見た景色を慣れない2人で見る。3人と言う気にはなぜかならなかった。
葬式は遺された人を追い立てて寂しさを感じさせないための儀式という考えもあるらしいけれど、身内でもなくやることも分からない私にはただただ長い時間だった。長い時間の最後、遺骨は見晴らしのいい山の上、簡素なお墓に納められた。
「本当になにもなくなっちゃったわね」
いつもより強い風になびく髪を抑えながらつぶやくと、おじいちゃんは小さく笑った。
「戦争が始まったとき、あいつを遺して死ぬことを後悔したもんだ。それが看取れて、こうして墓の前で手を合わせている。あいつの墓参りしながら余生を過ごせるなら、それは幸せなことだ」
それが本当にささやかな幸せなのかは強がりなのか、私は知らない。分からないことだらけでも、参るお墓があって、参る人がいることだけは確かだった。そしてそれだけで十分だった。
「そう言えるのもあいつが最期に笑ってくれたからだ…。叢雲、お前がいてくれた良かった」
悲しくも、もちろん嬉しいわけでもないのに、涙が滲み、あふれ出る。もうこれが最後だと誓う涙の1回目だった。
息を整えると肩に手を置かれた。帰り道に入る前に疑問をようやく訊く。
「なんでこの場所に…?」
「あいつが好きな場所だったからな。お前が知っていたのは驚いたが」
なんでこの場所を知っているのか、そう訊いたつもりだったが想像以上の答えが返ってきた。
「知ってたの?」
「昔喧嘩したときにあいつはよくここに来ていたからな」
懐かしむように語っているところ悪いが、私はおばあちゃんが来てくれたときを思い出す。
「迎えに来て欲しかったんじゃないの?」
「そうなのか?」
意外、どころかまだよくわかっていなさそうな声を聞いてしまって思いっきり溜息をつく。
「あんた、おばあちゃんが結婚してくれてよかったわね。ほら、さっさと帰るわよ」
先を進みながら、こうしておじいちゃんの愚痴でも言い合って笑う未来もあったかもしれないと想像してみる。鮮明な映像が少し滲んだ。
「ただいま」
いつもの習慣で声が出て、戸を開ければ目が自然に探す。おかえり、の声が聞こえるまで。聞けないと気づくまで。おはようもおやすみも私は探し続ける。
刻まれた習慣もいつかなくなってしまうのだろうか?寂しさにゆっくりと慣れて新しい日常になったとき、おじいちゃんのいう幸せを知るのだろうか?
目を彷徨わせながら、まだ手に馴染まない包丁を握った。
気まぐれに哨戒をして、槍を振って、料理をして、たまに釣りに行く。変わらない日々の繰り返しの中でただ季節は流れていく。日差しがつらくなくなったときには槍の長さに慣れて、日差しが嬉しくなったときには魚が釣れるようになっていた。気づけば広い家に2人でいることに慣れて、3人でいた時間よりとっくに長くなっていることに気づく。変わらないようで変わっていく日々を、何もないけれどかけがえのないこの島で過ごしていく。
この場所がある奇跡を、ここにいる奇跡を享受しながら、私は分かっていなかった。
奇跡が孕む本当の意味を。