波濤の記憶 ~月に叢雲、花に風~   作:COOH

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第1章 第9話 龍

 その日、初めて緊急の入電が入った。といってもただの電話と変わらずに見え、私はただ居間に座っておじいちゃんの様子を見ていただけだった。不意に叢雲、と声をかけられて初めて見る剣呑さに背筋が伸びる。

「深海棲艦の侵攻が始まった。ここに到達する前に――」

 

全てを聞くまでもなく理解した私は呼び止める声も聞かずに飛び出す。警報が響く道を息を切らして走った。息ができずにせき込む私は、浮かんでしまった最悪の想像を振り払いたくて、落ち着く時間も惜しみ艤装を装着する。足をふらつかせながら進む私は電探でその影を認識し、待たずして視界で捉える。

 水平線に広がる黒い群れが暗雲を引き連れ、先に到達した雨が私を打つ。人が伺い知ることもできない遠洋で生じた活性化の最後、あふれた深海棲艦の浸食現象だ。艦隊なんて規模じゃない数の暴力が水平線の切れ間で撃鉄を上げている。

 

「…やめてよ」

見たくなくてうつむく。閉塞された喉からこぼれた声は自分でも聞き取れないくらい震えていた。

「もう…奪わないでよ…」

深海棲艦なんてものがいたから、私は家族を失った。それでもようやく手に入れた居場所が今、崩れようとしていた。

嫌だ嫌だいやだ――

怒りで見据えたはずの目は揺らいだ。膝が震えて、錯覚したからだが芯から冷たくなる。その感情を認めたくなくて冷気とともに湧き上がる暗い灯に体を、心を、すべてを委ねる。全身に燃え広がった黒い輝きがあふれ出し、私の中の獣が胎動する。

――いやだイヤだイヤダ――

 

<叢雲!>

頭の中にいつも聞いていた声が響く。

「…おじいちゃん?」

漏れ出し、再び内部まで延焼しようとしていた輝きが止まる。

<島民の避難は終わった。増援は来ない。お前も近くの鎮守府まで帰還しろ>

「いや――!」

私の全てが否定されるのをただ拒んだ。近くに他の要所もなく、拠点にも使えない島に人がいれたのはただ、奇跡的に侵略がなかっただけだ。失えば取り戻すことはできないし、こんな簡単に崩れる奇跡がもう1度起きるはずがない。

 だからすがる。交わした言葉に。

「ここが好きだって言ったじゃない!ずっと一緒にいようって言ったじゃない!」

それだけで私は戦える、そう思ってもどこかで分かっている私は嗚咽で言葉を乱す。

「――おばあちゃんにお参りしてすごせたら幸せって、言ったじゃない…」

そんな小さな願いも叶わないなら、叶えられないなら私はなんでここにいるんだ。

 

 再び澱んだ光が漏れ出し、機関が回転数を上げる。

 この島で生まれた叢雲は、この島のために戦いたかった。勝手な私が傷つけても受け入れてくれた人たちに返さなくてはいけなかった。

そのためになら命を捨てても良かったのに――

<叢雲、撤退だ。お前が戦う理由はない>

聞こえてくる声はそれを許してくれなかった。

<もうその島には――>

どれだけ目を閉じても響いてくる。

<――なにもない>

そうか――

その言葉を聞いたとき、私を巡っていた力が消えた。

――私は、負けたんだ…

 私が命を懸けても、何も変わらない。島が深海棲艦に侵される運命に狂いはない。

私は無力で、みじめだった。

 

 

長い航路を進んだ先に鎮守府があった。どうやって航行したのか覚えてないが、ただ長かった感覚だけがある。なじみのない港に見慣れた人が立っていた。どう会えばいいのか分からなかったのに、気が付けば縋り付いていた。服から絞り出された雨が腕を伝った。戦うことすらできない無傷の艦娘はただ泣いた・

冷え切った手が背を撫でるのを感じながら、私は誓う。

必ず、あの島を取り返す――

 

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