お昼代契約ランチちゃん   作:昼飯用

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美少女ゲーで言う所のOP流れる所まで


プロローグ

聖女の様な微笑みで、彼女は俺を捉えた。

……あぁ。知っている。この笑みはきっと、俺の知らない意味があると。

ノイズが走った。今年の二月。給水塔から、咲いていない筈の桜が散った。

 

「――――では、契約を此処に。対価は先程示した通り。其は明日のお昼代、我は服従。御手を此方に。重ね、握り、誓いましょう。何時如何なることがあろうとも、あたしとあなたは一心同体。あなたも願い、祈ってください。……契りは結ばれました。どうかあたし達の未来が、闇夜を払う光でありますように」

 

契約。それはこっちの業界では特別な意味を持つ。

法や書面での拘束よりずっと強力な、呪いに近い強制力。

その対価として払うものは様々だ。自らの肉体の一部であったり、魔力の回路を繋げるものであったり。

両者合意であればある程、その対価の価値は高く、断る理由は存在しない。

――――その中で。

 

「マスター。これから、明日のお昼代、よろしくお願いしますね」

 

どうして俺は精霊との契約で、昼飯代を差し出さなければならないのだろうか。

 

 

          ◇

 

 

九月十七日、深夜零時。私立穂叉(ほさ)学園。三階のとある空教室。

静まり返った学園内に、俺と自称精霊は居た。

教室の中心に描かれた魔法陣。後で消さなきゃいけないのが億劫だ。その中心に立っている少女。

さっき俺が召喚して契約した、薄青の髪の少女。自称精霊らしくローブの様な服を漂わせ、ふよふよと浮いている。地面に接地する事を想定していないのか裸足である。

俺から巻き上げた昼飯代を手で弄び、満足げに笑ってもいた。ぱっと見で俺とそう変わらない年齢なのだが、笑うとどこか幼く見える。

 

「お昼代は確かに。えーっと……お名前何でしたっけ?」

「それはこっちの台詞だ、昼飯精霊。お互い名乗ってもないのに対価だけ要求しやがって」

 

まだ召喚しただけなのに速攻で対価を持っていかれた。酷い世の中だ。

……まぁ、マスターとして先に名乗っていくのはいいだろう。

 

深花(しんか)芳乃(よしの)。忘れるなよ」

「……何か女の子みたいな名前ですね」

「ほっとけ。……そっちの名前は」

 

腕を組んで暗にいい加減にしてくれと伝える。最初の方に威厳を示しておかないと、こいつはどこまでも自由になる気がする。もう遅い気もするが、やらないよりはましだろう。

名乗るだけなのに「んーと」とか言いながら唇に指を当てているんだ。絶対今名前考えてるな。

 

「あ、昼飯だからランチとかどうです? ランちゃんって呼んでくださいな!」

 

考えてる事を隠す気もないようだった。もしかしたら本当に名前がないのかもしれない。

……それにしても。

 

「ランチ、ランね。分かったよ」

「おや、いいんですか?」

「いいも何も、お前がそう言ったんだろ。ラン」

 

薄青の髪を揺らして頷く彼女の名前を呼ぶと、嬉しそうに彼女は笑んだ。名前を呼ばれる事が好きなのか、名前以外で呼ばれる事が嫌いなのかは定かではない。

……さて、これ以上ここに居るのは色々と不味い。今日は別にこれ以上の用は無いのだ。

お互いの名前も分かった所で、さっさと帰る準備をしよう。

 

「それで、マスターは? こんな時間になんで学校に? 不良?」

「お前を召喚する為だよ。今この時間が一番魔力の流れが静かだったの。不純物まで運ばれるのは面倒だ」

 

ごしごしと布で床を擦って魔法陣を消していく。魔法陣を書いた布を広げれば掃除する必要が無かったと今更気付いたけれど、もう遅かった。

そんな俺をぼーっと見ながら、ランは人差し指を唇に当てて何かを考えていた。

暫くそれを行っていたのだが、漸く内容が纏まったのか、安定しない口調で言ってきた。

 

「そもそも何であたしを召喚したのですか? あたしを名指しで召喚する為にここに来たなら、理由があるんじゃないの?」

 

敬語だったりそうじゃなかったりするのは、ラン自身の気質か、それともまだ色々と安定していないからか。

 

「名指しって言うか……ちゃんとこの学校由来の精霊が欲しかっただけ。お前じゃなくてもよかった。と言うかチェンジ出来るならチェンジで」

 

仕事のついでに確かめられればいい程度の認識だ。足枷になりそうなら切り捨てた方がいいかもしれない。

……本来なら、今更俺が深入りするような事でもないのだから。

 

「なー!? こーんなにもキュートなランちゃんのどこが不満なのですか!?」

 

キュートな所以外……などと冗談は置いておいて。

ちゃんとランを召喚した理由を話しておかなければ、今後の事にも差し支える。

粗方掃除し終わった床を拭いた布をゴミ箱に投げて、俺はランの方を見た。

 

「時間が無いし細かい事は後にするけど、俺の素性だけ。俺は魔術師だ。この学校に通って学生もしているけど、“制隠協会”に属して“執行者”なんて事もやってる」

「……? マスターはまだ思春期が終わってないのですか?」

 

可哀そうな人間を見ているような目をするランに、俺はどこか心を揺さぶられた。思い出す必要も無い事を思い出しそうになって、思わず声を荒げてしまう。

 

「確かに終わってねえけど! 真面目な話だから! ……要するに、魔術を使って悪さしてる奴等をこらしめましょーって警察機関に属してるって事。たとえば今お前と共謀して悪さをしたら、たちまち俺もお尋ね者だ」

 

その他にも、魔術の発展の為研究を続ける“元老協会”がある。

“元老協会”と“制隠協会”の関係は完全に犬猿の仲だ。そりゃ“元老協会”の非人道的な側面を抑制する事が“制隠協会”の始まりなんだから当然だろう。

 

「成程。マスターは正義の味方なんですね?」

 

凄い雑な理解だった。もうそれでいいか。

……ランの方も、その先の問題を理解しているようだし。

 

「それで。その正義の味方さんが出動するような事態が、今この学園で起きていると」

「そうそう。俺はその解決の為に、こうして学園を調査してるってわけ。お前を召喚したのもそういう理由だよ。現地ガイドみたいなものか。俺は人間だから、人間の視点じゃ気付かない事も多いかもしれないしな」

「成程。つまり私は、アドベンチャーゲームでいう調べるコマンドの虫眼鏡アイコン役ですね?」

 

ランは何でこうも俗世的な事を知っているんだろう。今の所、恰好以外精霊感が零なんだが。

時計を確認すれば、そろそろいい時間だった。いい加減校舎から出ないと面倒になる。

 

「とにかく今日は帰ろうぜ。細かい疑問から根本的な問題まで全部が全部、明日からの方が都合がいい」

「えー、そんなぁ。あたしは今し方召喚されたばっかりの元気精霊なんですよ? MPマックスなんです。呪文の一つも唱えて魔術の一つもぶっ放さないと、気が済みませんよ」

「敵に会ってないのにMPを無駄遣いするな。それ俺の明日の昼飯代だから。分かってんの?」

 

召喚したランの維持に掛かるコストは全て俺持ちである。無駄遣いはさせたくない。まぁ早い話が俺の明日の昼飯代で、それが無くなると契約を維持出来なくなる。

故にランは俺に服従せざるを得ない。もう既に大分服従してないけれど、これが契約というものだ。

ランもそれは分かっているようで、「はいはーい」とやる気なさそうに返事してくれた。

 

「それで、どうやってこの学校から出るんです? 召喚されたばかりのあたしでも分かりますよ。今この校舎は昇降口が閉まってる。と言うか、この教室の外とか出たら色々鳴るんじゃないのです?」

 

随分と現代のセキュリティに慣れている精霊だった。その通りなんだけど。

しかし、教室から廊下に出たらセキュリティに引っ掛かるのだったら話は簡単だろう。この教室からダイレクトに出てやればいい。

俺は一度眼鏡を掛けて、目を瞑って深呼吸。そして外して目を開く。――――あぁ、エンジン掛かってきた。

 

「よっし、じゃあちょっと窓を開けてっと……」

 

ちょっととか言いつつテンションのままに教室の窓の一つを全開にした。

以前勢いのままに窓ぶち破って協会からガラスの弁償代を請求された事を思い出して、窓を開ける選択をした自分を褒めてやりたかった。

まぁ、これからはランが傍に居るとはいえ本格的に活動を開始する。冷静な判断を怠らないようにしないとな。

 

「あ、あの……マスター? もしかしてですけれど――――」

 

俺の様子を不審がったランを抱える。小さく悲鳴が聞こえたけれど、ははぁん、知りませんなぁ。

窓枠に足を掛けて下を確認する。着地予想地点に危険物無し。大丈夫。安全。

 

「舌噛むなよ」

「注意事項が完全にジェットコースターなんですけどいやいや待ってくださいってマスターあたし達まだ出会って十五分でお互いの事情もあんまり知らないしこういうのはまだ少し早いやぁぁぁぁあああああああああああ!! あたしそもそも飛べるのにぃぃぃぃいいいいいいいいいい!!」

 

校舎三階の空き教室から、昼飯代で契約を交わした精霊の絶叫がフェードアウトしていった。

 

 

          ◇

 

 

「急なGは死ぬ……死にます」

 

校門を無事抜けて、学園前の公園がある通りまで到達した。一先ずは安心である。

ランがふよふよと空中に浮きながら俺の後を着いてくる。げっそりとしていて、風にでも飛ばされていってしまいそうだ。

 

「あれぐらいどうにかならないのか。これからほとんど毎日あれだぞ」

「契約破棄してもいいですか……? と言うより、あたしは一人で脱出出来ますから!」

「あ、そうだっけ」

 

猛烈な勢いの抗議を受けて気付く。そういえばその手があった。ランは飛べるんだった。

……まぁ、今回はランの耐性を調べる為だと思おう。仕方のない犠牲だった。急なGに弱いと分かっただけでも儲けものだ。

とりあえず気付かなかったふりをしていると、ランは遂に風に飛ばされ掛けていた。

 

「マスター……少し休んでいってもいいですか?」

 

ランがちらりと横目に見ていたのは公園だ。どうやら本当にしんどいようだ。

まぁ、確かにいきなり担ぎ上げて飛び降りたのは、心臓に悪かったのかもしれない。今のランに心臓があるかどうか知らないが。

 

「……まぁ、俺も悪かったし」

「本当ですか!? マスター優しい!」

 

いいとは言ってないのだが、公園へ一直線に向かっていった。休む必要なんてないぐらいには元気そうだ。

そして吸い込まれるようにベンチに座っていた。ランは本当に精霊なんだろうか。

俺も公園内に入ると、ランは手を振りながらこちらを呼んでくる。

 

「あんまり騒ぐな。本来だったら俺はこの時間帯に出歩けないからな。警察に見つかりたくない」

 

もう日付も変わっている。未成年は補導対象だ。

別にどうにかする手段がないわけではないのだが、そもそも見つからない方がいいのは明白だ。一々対処するのも面倒だ。

こそこそとベンチに座って空を見上げる。今日は雲一つない快晴だったようだ。月が唯一人、孤独に輝いていた。

今見ている月が、いつか見た月と被る。ノイズが掛かった映像は、俺の後悔の証なのだろう。

月を仰ぐのは特別意識してする事じゃない。それは俺ではない誰かが、自分を慰める為に行っていた事だ。

また思い出さなくていい事を思い出しそうになって、俺はふとランを見た。

心配はないだろうが、深入りするのは良くない。俺は唯必要だったからランを召喚して、ついでに興味を満たしたかっただけだ。

 

「マスター。気になってたんですけど」

 

座る必要も無いのに座ったベンチから放り出した足をぱたぱたと振りながら、ランは俺の方を見る。

 

「さっき校舎から慌てて脱出してましたけれど。あのまま校舎内に居続けたらどうなっていたんですか?」

「ん? 別に、大した事じゃないよ」

 

そう自分で言って。脳裏に起こる、ノイズが掛かった最後の光景。

目線を学園の校舎へ向ける。外からでは何ともない、いつも通りの校舎だけど。

 

「――――亡者だらけの、救いの無い学園生活さ」

 

そう。本当に救いの無い。

亡骸だらけの思い出を、一つ一つ砕いていくような。悲しく虚しい一日が、今あそこでは起きていた。

 

 

          ◇

 

 

――――学園の屋上に響くのは。

 

「おはよう」

 

虚しいけれど、それを救いだと信じている声。




人物メモ

深花(しんか)芳乃(よしの)
俺。魔術師。“制隠協会”所属の“執行者”。私立穂叉(ほさ)学園三年生。黒髪鉄色目。以上。

ランチ
契約した精霊。対価は俺の明日のお昼代。通称ラン。
飛べるけど急なGには弱いらしい。俺に服従を誓うと言いながら凄く自由。
薄青の背中まである長い髪。髪と同じ色の瞳。身長は浮いてるからあんまり分からない。胸はそこそ――――ぼいんぼいんですよー!

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