「それで、どうして深花君はランさんを校内に?」
上桐は世間話をするような気軽さで問うてくる。恐らく、俺ならばこの程度の事普通にやるとでも思っているのだろう。理解した気になっているその様子に腹が立つ。
ランが多少お茶菓子を食べたらさっさと退散してやろうと思っていたのだが、まだ憶えてやがったか。……あいつの事も、忘れたとは言わせない。忘れないだけでいい。
「……調べ事だ。ランも連れていった方が何かと都合が良かった」
背凭れに寄り掛かったまま、上桐の方を見ずに答える。
ランは背凭れに寄り掛かって後方へ身を乗り出し、俺の顔を見上げ続く。
「そうなんです。芳乃君、あたしが居ないと生徒さん達と円滑にお話も出来ないんですよー?」
にへら、とだらしなく笑うランに対する反応は無い。
事実だから仕方がないというのもあるが、今の俺には余裕が無かった。
「やっぱり、相変わらずみたいだね」
上桐の面は見えないが、どうせ過去を思い出して笑んでいるに違いない。
絶対後ろを振り向いてなんかやらない。俺の現在を過去を想う出しにされるのは我慢ならない。
「調べものと言うと、一体どんな? グラウンドを見ていた事と、何か関係があるのかな」
ランはお茶菓子を食べながらこちらを見て指示を待っている。自らがこの学園の生徒ではない事がばれている以上、余計な事を伝えてしまう事に警戒をしているのだろう。
冷静な判断をしてくれて助かった。俺が上桐と話さなければならないのが癪だが。
「この学園の七不思議だ。聞いた限りは四つしかなかった。……グラウンドを見てたのは、そこに七不思議の一つがあったからだ」
「あぁ。そういえば夏休み明けぐらいから、少し聞くようになったかな。ここに相談しに来る生徒達も、噂話程度には興味を持っているみたいだね」
やはり、生徒達の間ではそこそこ流布しているようだ。
もしかしたら俺が興味無くて聞き流していただけで、俺の周りでも七不思議について話していた奴が居たかもしれない。
別にお前から情報を得たいわけじゃないのに、上桐は律義に考える。
「グラウンドに該当する七不思議……確か、“走り続ける少年”だったかな。死ぬまで走り続けるなんて、怖いよね」
「さぁな。ハシリドコロでもキメてたんじゃないか?」
「ハシリドコロって……何ですか?」
「食べると幻覚作用や異常興奮を引き起こす有毒植物だね。食べると錯乱して走り回ってしまう事から、その名前を付けられたそうだよ」
上桐の豆知識に、ランは素直に感心していた。
要らない事を言ってしまった。こいつは職業柄どんな悪態を吐いても会話を続けようとするのだと思い知らされる。
ランがお茶菓子を食べてさえいなければ、さっさとこの場所から立ち去ってしまいたかった。
「……どうせお前も何も知らないだろ。グラウンドにも見た感じは異常はなかった。所詮噂は噂だ。七不思議なんて、あるか無いかぐらいが丁度いい」
「おや、無いものを探すようになったんだね。相変わらずと言ったけれど……そうか、もう半年も経つんだ。深花君が僕の知らない側面を得ていても、おかしな事じゃない」
分かったような風に言う上桐の言葉に、苛立ちを隠しながら「お前は変わってないな」と返す事しか出来ない。
そんな俺と上桐のやり取りをお茶菓子を食べながら聞いていたランも、何かしら察したのだろう。
明らかに内容をじっくりと考えてから、俺と上桐の会話に入ってくる。
「もしかして、ですけど。芳乃君と上桐先生って、深いお知り合いなんですか?」
まぁ、流石に予想は付くか。普段の俺をランは見ている。上桐の名前を聞いただけであれだけぶれたのも見られている。実際に会ってしまった後の俺の態度は言わずもがな。
どれだけ鈍くたって、上桐と俺の間に、俺を乱す何かがある事は分かるだろう。
ランは自分で訊いておきながら、不安そうに俺を見上げていた。
俺が踏み込まれたくない領域というものを、探しているのだろうか。その薄青が不安に揺れる事を俺は望まない。何でもないように振舞って、早く答えてやらないと。
「別に。唯、共通の知り合いが居たってだけだ」
「……そうだね」
――――初めて、上桐の声が沈んだ。
どんな表情をしているのかは分からない。思わず振り向きそうにもなったけど、誰かに肩を掴まれているかのように動けなかった。
きっと見なくてよかったのだろう。見たら、何をするか分からない。
「共通のお知り合い、ですか。それって……芳乃君のお友達ですか?」
「あぁ。今はもう、転校した。今年の二月の話だ」
「僕の所に、他の生徒と同じように相談にも来ていてね。それが縁で、僕と深花君はここまで軽口を叩き合うようになったって感じかな」
俺と上桐の説明にランは一応納得したみたいで、「そうなんですか」と頷いた。
しかし、何か疑問があるのか俺の顔をじーっと見ながら難しい顔をしている。
暫くそうしていたのだが、疑問を思い出したらしい。
「あ、芳乃君! 芳乃君、友達居ないって言ってたじゃないですか!」
「だから居ないって。現状はな。嘘を吐いたみたいな言い方は止めろ。と言うかお前、俺に友達居ないの確認して楽しいか? ……もういいだろ、帰るぞ」
もうそろそろランもお茶菓子に満足しただろう。
さっき久城が部活が終わる時間だと言っていた。そろそろ根城にしている空き教室に戻るべきだ。
下校時間を過ぎた後に校内をうろついていれば、ランを連れている連れていない関係なく疑われる。
未だお茶菓子を貪ろうとしているランの首根っこを捕まえて、そのまま担ぎ上げる。こいつ本当に軽いな。
「あぁ、まだ食べたいものが……あ、上桐先生、ご馳走様でした!」
「うん。またおいで……やっぱり僕、片棒担ぎ過ぎかな」
「いいな。その内破滅させてやるよ」
ランを担いだまま保健室のドアを開けて廊下に出る。教室棟の一階の最奥に存在する職員玄関の一つ前の部屋である保健室は、職員とすれ違う可能性が高い。
さっさと三階の空き教室まで移動したいのでランを担いだまま階段を上る。
「……あれ、担いだままでいいんですか?」
「急ぎたいからな。あぁ、重くないぞ、安心しろ。……図書室から思ってたけど、お前、意外と体温高いな」
「――――んーっ!?」
ばしぃ! とランは俺の背中を叩いた。大分痛い。
抗議の為に叩いたのか、俺に何か知らせるために叩いたのか知らないが、階段を上ってる最中に背中を叩かれるのは堪ったもんじゃない。
「ごふっ、おま、息が……!」
「馬鹿なんですかマスターっ! セクハラですよ!?」
「……まじか。すまん」
多分ランの顔は真っ赤なんだろう。デリカシー無いのはともかく、セクハラは不味い。流石にそれぐらいは分かる。
今は一階から二階まで上がっている途中だが、降ろした方がいいだろうか。
階段を上がりきった辺りで訊いてみる。
「……降りるか?」
と言うか降りた方がいい。現在俺はセクハラの真っ最中の筈だ。
そう思って提案してみたのだが、ランの反応は鈍い。
思い返せば事ある毎に担いだり、抱えたり、抱き寄せたり、大体セクハラ扱い出来る行動をしてきた。
自分が昼飯代で契約した精霊だからって、気安く接し過ぎたか。呆れられてしまったかもしれない。
「……ラン。今までの事は――――」
「別に、このままで大丈夫です」
そう言って、ランは自分から俺にしがみついてきた。
さっきより明らかに体温が上がっている。緊張しているのは間違いない。
ランがこんな事をする理由はよく分からないし、流石に俺だって動揺する。
「……いいのか?」
「大丈夫です。他の人にやられるのは嫌ですけれど、芳乃君――マスターになら、別に嫌じゃありません」
――――実体を持っているせいなのか、しがみつかれているせいなのか。
体温。重さ。身体の柔らかさ。呼吸。揺れる薄青の髪。その全てが、俺に教える。
俺が契約したランチという精霊は一人の女の子なんだと、今更意識した。
「……礼を言った方がいいのか、これ」
「要りませんよ。あたしも楽ですから」
「そうかよ。お前も人の事言えないぜ」
どうにも照れくさくて返してしまった皮肉に、「かもですね」と返される。
上桐と話していた際に溜まっていた心のざわめきは、知らない間に消えていた。
ランを担いだまま三階まで上がり、廊下に誰も居ない事を確認して空き教室までまっしぐらだ。
空き教室に入ると、俺とランは二人して息を吐いた。
「どうにかばれませんでしたね」
「そうだな。見つかってもどうにかなると言っても、見つからないに越した事はないからな。……じゃ、降ろすぞ」
「えー」
「降りろよ! ……実体化は、別にしててもいいから」
それでも文句をぶーぶー言ってくるランを無理矢理降ろした。担いでいる意味が無い。
俺はこっそり持ち込んで敷いていた段ボールに腰を下ろす。下校時刻が過ぎてから亡者達が登校するまでの間、仮眠を取る為の寝床としても使っている。
ランも隣に座ってきた。実体化した状態でこの部屋に留まるのは初めてだから、所在ないのだろう。いつもはふよふよ浮きっぱなしだからな。
さくっと人払いもしておく。これで夜まで待機可能だ。
「それで、芳乃君……じゃなくて、マスター。この後はどうするんですか?」
ランが今後の予定を訊いてくる。
昨日はそのまま仮眠を取っていたが、今日は放課後の情報を纏めなければならないだろう。
……殆ど確信に近い仮説も出来た事だしな。
「それじゃ、結論から行くか」
「はい!」
薄青の瞳の輝きはどうせ直ぐに失われる事になるだろう。
何しろ小難しいし長いし魔術が絡む。最後まで起きていられるだろうか。
「家庭科室に居た
「……?」
「おい、おでこをくっつけるな。熱とかねえから。理由なら順番に説明してやるから」
「……本当ですか?」
「本当本当。……だから落ち着け」
さっきからやたらくっ付いてくるランを離す。ほんの少ししか離れてくれなかった。当人が嫌じゃないなら別に構わないが、少しばかり心臓に悪い。
ラン自身も混乱しているのかもしれない。夜になるまでに落ち着いてくれればいいが。
「あいつ等が言った事が引っ掛かったんだ。お前の趣味嗜好を知っていた」
そしてそれは、亡者の学園でないと知り得ない情報だった。
「三葉はお前が林檎を気に入っていている事を知っていて、蓬生はお前が童話を嫌いな事を知っていた。……お前がジャックナイフとアリスの前で見せた嗜好だ。一つ一つの情報は、俺とお前、そして七不思議の三人しか知らない」
ランも思い当たるのか、拳を顎に当てて考えている。
「……確かに。言われてみれば、そうですよね。でも、あの二人がジャックナイフさんとアリスちゃんでなかったなら」
「俺達の他に亡者の学園に誰かが居た事になる。話はその方が簡単だけどな」
何しろそいつを取っちめればそれで終わりだ。裏が取れ次第協会に確保してもらい、拷問でも何でもして解決してもらえばいい。
「しかし残念ながらそうはならない。ジャックナイフの方は特にだ。三葉の林檎の剥き方、憶えてるか?」
「凄く上手でしたよね。皮に実が殆ど付いてなくて、とても綺麗で……そういえば、ジャックナイフさんも」
ランも気付いたようだった。その通り、ジャックナイフと三葉の林檎の剥き方は、使っている刃物さえ違えど一緒だった。
慣れ親しんだ手法は簡単には変わらない。あまりにも上手い林檎の剥き方は、ジャックナイフと三葉が同一人物である大きな証拠になる。
「でも、どうして恵理さんと和佳ちゃんが亡者の学園に……それに姿まで変えて。もしかして、二人共魔術師なんですか? あたし達と同じように、登校が始まるまでそこに居たんでしょうか?」
「それはないな。あの部屋を亡者の学園に居る為の拠点にしていたなら、何かしらの痕跡が残る。少なくとも家庭科室と図書室には何もなかった」
「だったら……どうして」
「あいつ等が自分で言ってただろ。……登校したんだよ、他の亡者共と同じようにな」
俺の言葉に、ランは目を剥いた。
「登校って、“結界”が強まったあの校舎に、生身で入れるんですか!?」
「無理だ。だが、生身じゃなければ登校出来るんだろうな。だから、身体を捨てればいいんだ。正確に言えば捨てさせられたんだろう。……あの二人、多分スプリンターも含めて三人。あいつ等は被害者だ」
――――順序が逆だったんだ。初めから。
あいつ等が居た場所が特別だったんじゃない。あいつ等が居たから、特別だった。
亡者の蔓延る学園の中に居る生者。その特別性が、世界の帳尻合わせを耐えきる程の歪みをこちらに残していた。
その歪みが死ぬだの殺されるだのの怪異性の尾鰭を付けて七不思議となり、この学園に広まったのだろう。
「被害者……」
ランが苦し気に呟く。その様子が気になって「大丈夫か」と問えば、そっと袖を掴まれた。
不安は煽ってしまったようだが、説明は続けてもいいらしい。瞳で先を促される。
「幽体離脱みたいなもんだ。魔術では人間は魂と肉体に二分して考えられる。それ等二つを繋ぐのが、精神という紐だ。夜になれば、あの三人の肉体は家にあるだろう。肉体から魂を抜いて亡者の学園に誘導すれば、家から学園へ登校した事になる」
考えてみれば、ジャックナイフが言っていた『外側に付いたラベル』というのはそのままの意味だ。自らの肉体に付いた名前の事を言っているのであれば、それから抜け出してしまった魂には名前は無い。
アリスだってそうだ。誰も魂には名前を付けないのだから、答えられる筈もない。
「でも、精神で繋がっているのなら、戻ってしまうんじゃ……あ、そうか。ここの“結界”は外に出さない為に張られているんでした」
ランの納得に頷く。大事な事は憶えてくれていて助かる。
「そして“結界”が弱まる下校時刻になれば、精神の引っ張りが勝つ。そうしてあいつ等は家に帰り、肉体へ還る。魂だけで行う、二度目の学園生活の出来上がりだ。考えた奴は大したもんだ、性格悪いな」
「……理屈は分かりました。でも、どうして姿が変わるんでしょうか。それに性格もです。ジャックナイフさんも、アリスちゃんも、あれじゃまるで反転して……」
……そう。残念ながら、その通りだ。
まさか、“結界”がそんな所にまで作用するとは思っていなかった事自体が、俺のミスだろう。
「それがあいつ等の願望なんだ。『ひっくり返す』。三人が共通して言っていたワードだ。魂を抜くなんて簡単に言ったけどな、そう簡単な話じゃない。あいつ等が心の内に抱いている何かしらの不満。ひっくり返しでもしないと現状では届かない願望。そういった心の隙を突かれて、あいつ等はあそこに登校させられている可能性が高い」
「そう……なんですか。魂って、要するに心の事なんですね。心の弱みを突いて、夢の中に誘い込む誰かが居る……そういう事でしょうか」
「だろうな。そんな面倒な事を出来るのは魔術師じゃないとありえない。教員を含めて、この学園に在籍している奴で俺以外の魔術師は協会に登録されていない。潜りか何かは知らないが、俺の領域で好き勝手実験染みた事してくれやがった礼はしてやるよ」
「はい。あたしはそういう事には賛同出来ないですけれど……。皆が夢から覚めるお手伝いなら、頑張りたいです」
俺は「そうだな」と苦笑いで返す。その辺りはランに頑張ってもらわないと困る。
ランは不思議そうな顔をしている。自分の言った事の意味がまだ分かってないらしい。
「いいか。心の弱みを突かれて登校させられているのなら、あの三人を救うにはその弱みを消す必要がある。要は悩みを解決しなきゃいけないんだ。あいつ等がどんな願望を持っているかは詳しくは分からないが、そんなお悩み解決なんて俺には出来ないからな。ラン、お前に任せた」
「分かりました」
ランは即答した。事態の解決を決心した時の様に、一片の迷いもない。余程自身があるのだろうか、と思ったがそういうわけでもないらしい。
……俺もいい加減意地が悪い。分かっていた。ランがそうやって頑張ろうとするのは、そんな理由からじゃない。
助けてやりたいのだ。何も被害者はあの三人だけじゃない。“結界”に登校させられている百四十年前の亡者達も、本当だったらもう眠らせてやるべきなんだ。
死人はもう帰ってこない。生者と死者は交わるべきじゃない。逆もまた、当然の事。
「頼りにしてる。……その代わり、この事件の全貌を明かすのは任せろ」
どの道全てやらなければいけない。不要な事なのでランに言うのは避けるが、この“結界”を無理矢理壊す事だって出来る。
だが“結界”を無理矢理壊せば何が起きるのか分からない。もしかしたらあの三人に影響がある可能性だってある。
犠牲者を出さずこの事件を解決するには、正攻法で一人ずつ助けていくしかない。
「さて。方向性もやる事も決まったし、夜まで休むか」
言い放って、俺は段ボールベッドに横になる。放課後から色々歩き回って疲れた。フィジカルよりメンタルが擦り減っている。
「……、」
目を瞑って意識を底に落としていこうとすると、何かやたら温かかった。
……この温度は知っている。何しろさっきまで感じていた。
有体に言うと、ランが俺の背中に張り付いていた。添い寝である。いきなりだな。
「……何してるんだ、お前」
「…………あたしも眠ろうかと。駄目、ですか?」
「駄目じゃねえけど。……何かあったか?」
言って、自分で驚いた。俺は今、何を言った?
覚悟を問うたわけでもない。状態を訊いたわけでもない。ランの様子の理由を深く知って、干渉しようとしたのか。
「何でもなくは……ないですけれど。あたしにも分かりません。ですから、答えが分かるように協力してください」
返事をする事は出来なかった。
俺はそっと、ランの熱に融かされるように。現と夢の境を彷徨って。夜を待った。
人物メモ
魔術師。
ぶれたせいだろう。どこか俺らしくない。
デリカシーが無いとはよく言われる。
ランチ
昼飯代で契約した女の子。
セクハラ紛いの事をしてしまったのだが、別に俺にならいいらしい。謎――――乙女心は複雑なんです。あたしにも分からないんですからね!
この学園の養護教諭。
ランを黙認した。七不思議については他の相談してくる生徒から多少は聞いているようだ。
時折分かった風に俺の事を言ってきて腹立つ。