お昼代契約ランチちゃん   作:昼飯用

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基本言ってる事物騒なのが魔術師


11.童話へ還るアリス

「ジャックナイフさん、大分苦しそうでした……」

 

家庭科室を後にして図書室に向かい始めて直ぐ、ランはぽつりと呟いた。

その表情は自分の事の様に暗く、沈んでいる。

……それにしても、苦しい、か。

 

「苛ついていた、じゃなくて?」

 

ジャックナイフの様子を見て、僕は苦しんでいるとは思えなかった。

何しろこっちは八つ当たりでナイフまで投げられたのだ。頭では分かっているのだが、完全な被害者扱いをするのは、僕の視点からだと大分無理がある。

だが、僕の視点からでなければ違う見え方をするみたいだ。

 

「苦しいですよ。自分の願いが届かなくて、こうやってひっくり返るしかなくて。それは苦しくて、悲しい事じゃないんですか?」

「……ごめん、僕には分からないな。理解が出来ないわけじゃない。唯、経験が無いから」

「マスター……」

 

ランの切なげな声には、どんな意味が込められているのだろうか。

僕はこんな亡者の学園にまで来て反転しなければならない程、追い詰められた覚えもない。

追い詰められる神経はどこかに置いてきてしまったし、どうせ見つけた所で碌な代物じゃない。

過ぎた事は戻らないし、起きた事は変わらない。

今の事を思うのであれば、これ以上ランがジャックナイフへの感傷を引き摺らないように話を戻すべきだろう。

 

「次も気を付けた方がいい。ジャックナイフは僕達が三葉と接触した事で変化があった。アリスにも何かしらの変化が起きていると考えるのが妥当だ」

「ジャックナイフさんの様に、暴れていたりするんでしょうか。もしそうだとしたら、傷付けてしまうかも……そうだ」

 

ランは出来ればそんな事あってほしくないと祈るように、こちらを見る。

 

「さっきマスターは『取り押さえるのは簡単だ』って言ってましたけれど。もしそれで相手を傷付けたり……剰え殺してしまったら、どうなってしまうんでしょうか」

 

彼女の怯えた心が、言の葉に乗って僕に届く。

それは至極真っ当な質問だった。だけど、魂だけとなっている奴等を『殺す』なんて表現する当たり、ランの本質は優しさにあるのだと教えられる。

何しろ相手は実体を持たない。そこにありもしない何かを消して『殺した』なんて、僕では考えもしなかった。

 

「問題ないよ。ランの言う通り、相手を殺したとしよう。相手は実体を持たない霊体だ。そもそも死と言う概念が無い。死んでしまうんだったら、百四十年前の亡者達が今更登校する事もないからね」

 

死の代わりに何が起きるのか、それはちゃんと用意されている。

 

「霧散するんだ。それこそ、“結界”という網にさえ引っ掛からなくなるほど細かくね」

「それだと、魂が抜けた肉体はどうなるんですか?」

 

言葉にされなくても、ランの表情からはきっと恐ろしい想像をしているのだと察しが付く。

大方魂が肉体に戻らず、廃人にでもなると思っているのだろう。残念かどうかは知らないけれど、人間はそんなに脆くない。

 

「肉体と魂は精神で繋がっているって話はしたね。それは霧散しても変わらない。細かくなった魂の一つ一つが、肉体へと還っていくんだ。少し早い下校さ、早退とも言うかな」

 

まぁ、ラン曰く殺されたのだからそんな可愛い表現でもないだろうけれど。

安堵しているランに釘を刺すように、僕は続ける。

 

「けど、危険性が無いわけじゃない。魂は肉体を動かす原動力だ。それを霧散させたら、元通りにしても以前の通りに動く保証は無い。殺さないで済むならその方がいいのは間違いないよ。……それに、戻れるのは還る身体を持っている存在だけだ。ここに登校している緑の靄達はそれを持たない。この意味は分かるね」

 

残酷な現実を言葉にする事も無い。そんな気遣いは逆にランを不安にさせてしまっただろうか。

沈んだ声で返ってきた返事に、僕は静かに返す。

 

「要は殺さなければいいんだよ。だけどきっと、殺さなきゃいけない相手は放っておいたら僕達を殺す。ランはあの三人を助けたいんだろう? だったら先ずは君が殺されちゃいけない。前に言ったよね、荒事は任せろって。殺すなら、僕が殺すから」

 

さらりと言った僕の言葉に、ランはこちらを神妙にじっと見ている。

こういう時のランは何かを問いたがっている事は、そろそろ分かってきた。

 

「何が聞きたいのかな」

 

そして、そうやって理解されている事も、ランは理解しているようだった。

驚いた様子もない。唯開けたくない扉を開けるように、静かな声で僕に問う。

 

「マスターは今までも事件を解決した事があるんですよね?」

「あるよ。あくまで手伝いだけどね」

「……その時、誰かを殺した事はありますか?」

 

訊きたかったのはそういう事か。

僕がこの手を血に染めた事があるかどうかは、ランが気にするような事でもないと思う。

だけど、勘違いされたまま信頼関係に罅が入るのは面倒だ。信じてもらえるかどうかはわからないけれど、しっかりと説明はしておくべきだろう。

 

「無いよ。誰一人殺した事は無い。僕の知らない所で何が起きてたかは保証出来ないけれどね。それとも、人殺しに関わったかもしれない僕とは一緒に居られないかな」

 

ランはゆっくりと首を横に振って否定した。

意地の悪い返しだった。ランを相手にしていると、答えが分かっている事を確認したくなるのは何故だろうか。

 

「殺す事に、躊躇いは無いんですか」

 

流石にその質問には答えなければならないだろう。

僕は魔術師だけれど、殺人鬼というわけではないのだから。

 

「あるよ。もしかしたら出来ないかもしれない。自分の死だって受け入れてしまうかもしれない。だけどランが殺されてしまうのなら、僕は躊躇わず殺す。言っておくけれど、正義感からじゃないからね。君はあの三人を助ける。それはこの事態の解決に必要な事だ。だから、その鍵であるランを失うわけにはいかないんだ」

 

残酷だと思われただろう。だけど魔術師とはこういうものだ。

必要であればどんな犠牲であろうと払う。考えるのは犠牲の大小ぐらい。

“元老協会”であろうと“制隠協会”であろうと、根っこの部分は変わらない。

 

「……あたし、マスターには誰も殺して欲しくありません」

 

ぽつりとランは呟く。伏せられてしまった表情からは、何も読み取る事が出来ない。そしてそこから続く理由は、僕には大分衝撃的なものだった。

 

「たとえどんな理由があっても、きっとマスターは、殺してしまったその人の死を一緒に背負って生きていくと思いますから」

「――――、」

 

そんなわけない、とは答えられなかった。ずっと心のどこかで燻っていた火種。燃えないように抑えつけていた篝火。それが少しずつ大きくなるのを自覚して、僕は奥歯を噛んだ。これは今考えていい感情じゃない。

僕の異変を察したのか、ランは困ったように笑いながら話題を変える。

 

「すみません、変な事を訊いてしまいました。あ、ほら。もう図書室は目の前ですよ。行きましょう?」

「……うん。そうだね」

 

気付けば階段も上がりきり、特別棟四階の廊下も半分以上進んでいた。

程なくして図書室の扉の前まで来た。少し警戒したけれど、家庭科室の様に外にまで漏れる異常は確認出来ない。

 

「開けますよ、マスター」

 

相手がアリスという事もあり、ランは精力的だった。

ゆっくりと扉を開けて、中に入り――――飛び込んできた光景に、目を疑った。

 

「……何ですか、これ」

「まぁ、穏やかじゃないね」

 

僕達が見たのは散乱した本だった。収められるべき本棚は全て倒されていて、まるで大地震に襲われた後の様だ。そしてその壊された平穏の中に、少女の啜り泣く声が木霊する。

 

「アリスちゃん……?」

 

確かに、状況からしてアリスで間違いないだろう。

ランは以前アリスが座っていた窓際へ歩き出す。倒された迷路の壁から溢れ出た物語を踏まないように気を付けながら、奥へ奥へ。

変わらず、アリスはそこに座って泣いていた。両手で顔を覆っているせいで表情は窺えない。本は開かれず、膝の上に置いたまま。月光に照らされ、ウェーブが掛かった長い茶髪は煌めいている。だけどそこに優美さは感じられない。まるで時の歪みに呑まれた迷子みたいだと、他人事の様に思った。

 

「アリスちゃん!」

 

ランはアリスの元へ駆け寄った。一応僕は警戒して眼鏡を外しておく――――が、それも杞憂に終わりそうだ。近付いた事によりランの存在に気付いたアリスが顔を上げた。その両目からは大粒の涙が止めどなく溢れ続けている。

暴れる様子はない。そこに居るのは一人で泣きじゃくる少女だった。

 

「ひっ、く……。お姉、ちゃん……それに、お兄ちゃんも……」

「大丈夫ですか、怪我はしてませんか!?」

「――――何があったのかな」

 

僕達の存在を認知したアリスに、眼鏡を掛け直して問う。普段の口調で話し掛けたら威圧する事間違いなしだ。

それと、近寄って目線を合わせてみる。前回、ランがアリスを怖がらせないようにしていた事だ。

アリスは泣きじゃくりながらも、何とか説明しようとしてくれた。

 

「あの、あのね……アリス、悪い子なの…………。だから、仲良くできないの……」

「悪い子? アリスちゃんは悪い子なんですか?」

 

ランが問うと、アリスはこくりと頷いた。それを受けたランが宥めるように「そうだったんですね」とアリスの頭を撫でる。

話が抽象的過ぎてよく分からない。泣きじゃくっている子供からは真面に話を聞くのは難しそうだ。落ち着くまで待った方がいいだろう。

ランがアリスを泣き止ませている間、僕はそっと本の一つを拾い上げる。

それは案の定童話だった。反転した図書室の中で増えていた一冊だ。表紙にはタイトルも何も書かれていない。きっと中身はオリジナルだろう。昨日ランと一緒に呼んだ童話もそうだが、この図書室にはどこかで見た事があっても、出典としてはオリジナルの童話が混ざっている。

中を開いて確認する。魔女に関しての記述は無い。別の一冊を取って開いてみると、魔女は出てきた。……特に魔女に縛られているわけではなさそうだな。昨日は偶々二回連続で魔女の童話を引き当ててしまっただけか。

そうこうしている内にアリスを泣き止ませるのに成功したようだ。顔を上げると、元気になるのは無理だったようだが、どうにか目を赤くしながらもアリスは落ち着きを取り戻していた。

 

「もう大丈夫ですか?」

「うん……ありがとう、ランお姉ちゃん」

「いえいえ。いいんですよ」

 

ランはアリスの頭を撫でて、穏やかな笑みを浮かべた。

落ち着いたなら話をしたい所だが、焦るとまた泣かせてしまうだろう。話をするタイミングはランに任せた方がいいだろう。

更にたっぷりとアリスを宥めてから、漸くランは話を始めた。

 

「それで、アリスちゃんはどうして泣いていたんですか? 誰かに意地悪されたんですか?」

 

ランの質問に、アリスはふるふると首を横に振る。

どうやら誰かに危害を加えられたわけではないらしい。亡者の学園に僕達以外の誰かが居る可能性が増えなくて助かった。

 

「……それと、すみません。一つだけ確認したい事があって」

「……何?」

「アリスちゃんの肉体の名前は、蓬生(ほうじょう)和佳(わか)さんという名前ではないですか?」

 

ジャックナイフの時と変わらずの速攻に――――数瞬、アリスが固まった。

その反応が答えだった。しかしアリス本人からの肯定が欲しくてランは畳み掛ける。

 

「和佳ちゃんはあたしが童話が嫌いな事を知っていました。でも、それはマスターの他にはアリスちゃんしか知らない事なんです」

 

魂が得た情報が漏れ出て、肉体が保持している情報量を凌駕する。これは本来あってはならない事だ。

魂と肉体の経験のずれによって起きた情報の食い違いは、肉体にはさながらデジャヴュの様に感じられた事だろう。事実、三葉と蓬生は自ら口にした言葉に首を傾げていた。

アリスは観念したのか、やがて小さく頷いた。

 

「うん……私はあの子の魂なの」

 

やはり、アリスは蓬生(ほうじょう)和佳(わか)の魂だった。

彼女も何かしらの心の弱みを突かれ、亡者の学園に登校させられていたのだろう。

 

「あんまり、蓬生の事は好きじゃないみたいだね」

 

僕が問うと、アリスはこくりと頷いた。

ジャックナイフは性格上普通に口にしていたが、アリスも自らが蓬生の魂である事を即座に認めようとしなかった。

何かしらいい感情を持っていないのは明白だ。だから反転をしているのだろう。正反対にならないといけないぐらい、理想の自分が遠いから。

 

「アリスは悪い子。嫌なの。言いたい事を言う勇気が無くて、いつも怒ってしまうのは」

「それってあたし達が図書室を出ようとした時に入ってきた、あの男の子との事ですか?」

 

アリスは頷く。

そういえばそんな奴居たな、と僕も記憶を漁る。あの時は上桐の名前を出されたせいでぐらついていた。詳しくは憶えてないけど、何やら怖がらせた気がする。

名前は一瞬だったので全然憶えていない。事件には直接は関係なさそうだから、一瞬じゃなくても憶えてないだろうけど。

 

栗山(くりやま)(じん)って言うの。あの子とは一年生から同じクラスで、いっつも喧嘩してる」

 

確か同じ委員会になれるように仕向けたんだったっけ。それで距離が縮まらないのだから、きっと筋金入りなのだろう。

普通の学生は色々と大変なんだな、と思ったけれど、亡者の学園に登校している時点で十分普通ではなかった。

自分の事を他人事の様に語るアリスの姿を見て、尚更その印象は深まった。

 

「素直になれないから喧嘩をするのに、あの子は素直になれないの。ずっと距離は縮まらないまま。もう時間は半分も過ぎちゃった。次に変わる時も、一緒になれるかは分からないのに」

 

クラス替えの事だろうか。確かにもう一年の半分を使っている。文系理系で別れる都合もあるし、同じクラスになれる可能性は確かに低いだろう。

魂が理解しているのなら、理性的に考える脳味噌がある肉体は殊更理解している事だろう。そしてそれが焦りに繋がる。

初対面の僕達にまで相談してきた背景には、そういった事情もあったのだろう。

まぁ、色恋沙汰で人と仲良くするとかどうとかは、僕には縁遠い話だ。力になれそうもない。余計な事を言う可能性もあるし、この荒れ果てた図書室の片付けでもしていた方がましだろう。

 

「そうだったんですか……今までは、どんな事で喧嘩していたんですか?」

 

僕は眼鏡を外して、“身体能力強化”を使って本棚を持ち上げる。

別に何も補強しなくたって本棚ぐらい持ち上げられるが、楽出来るならした方がいい。

 

「えっと……いつも遅刻してるから、早く来てほしくて『責任感がない』って怒っちゃって」

 

とりあえず全部の本棚を元に戻す。後は適当に本を戻せばいいだろう。

勿論、童話以外は背表紙をひっくり返して収納するべきだ。

 

「来てもサボるから、一緒にお仕事をしたくて『見てないと直ぐサボる』って怒っちゃって」

 

地面に落ちている本を童話かどうか確認してから本棚に片っ端から戻していく。

そういえば、この本棚の事はアリスは何も気にしていない。これはアリスの領域として、彼女の精神状態でも表していたのだろうか。

仮にそうだとしたら、素直に身体を使って暴れられる分、ジャックナイフの方が真面なのかもしれない。

 

「――――そうやって言い合ってる内に、どんどん自分が嫌いになって、『もう知らない』って怒っちゃうの」

「うーん……自分が嫌いになっちゃうのは、悲しいですね……」

 

本棚は片付け終わった。もう途中から聞いていなかったが、同じような事の繰り返しだった事だろう。

それ等全てを聞いて最後に出た感想がそれなのは、ランらしいと言うか何と言うか。

そして、ランとしてはまだまだ聞いていてやりたいのだろうけど、生憎とこっちは制限時間がある。

スプリンターが誰の魂か分かっていない以上、こっちもヒントぐらいは掴んでおきたい。

 

「ラン、そろそろ行くぞ。悪いな、アリス。お前の悩みは向こう側の状況を見て考えるよ」

「……う、うん。深花お兄ちゃん、何か変?」

「マスターはこっちが素なんですよ。猫被りなんです」

 

あんまりな説明だが、まぁ別にそれで構わない。

 

「……何だか、そっちの方がお兄ちゃんらしい」

 

何故か安心しきった笑みを浮かべるアリス。ジャックナイフ共々、眼鏡を掛けてる方の評判が悪い。

まぁ話し方が白々しいのは自覚している。次回からはこっちの方がいいだろう。……本当、あいつの言った通りだな。

ランはアリスに手を振ると、俺の方へ戻ってくる。もう少しアリスと居たがると思っていたが、思いの外言う事を聞いてくれた。

 

「じゃあ、また来ますね。アリスちゃん、ファイトですよ」

「う、うん。ありがとう、ランお姉ちゃん。……深花お兄ちゃんも、片付けてくれてありがとう」

「暇だったからな。戻し順は適当だから、期待しないでくれ」

 

アリスが俺達に控えめに手を振ってくれたのを確認して、図書室を後にした。




人物メモ

深花(しんか)芳乃(よしの)
魔術師。
一応人は殺したことが無い。躊躇いはある。だけど現状はランを守る為なら躊躇わず殺す。

ランチ
昼飯代で契約した精霊。
俺に誰も殺してほしくないと願い、その理由は俺の何かを刺激した。
今回はアリスが相手だったのでしっかりと役目を果たした……のだろうか。途中から聞いてないから知らな――――果たしましたから!

アリス
何個か足りない七不思議の一つ、“童話へ還るアリス”。
蓬生(ほうじょう)和佳(わか)の魂が反転した姿。
同級生である栗山(くりやま)(じん)と仲良くなりたくて、素直になれない自分に悩み、泣いていた。
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