お昼代契約ランチちゃん   作:昼飯用

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ちらほらと、幼馴染の闇


16.幼馴染という存在

「はうー……」

 

保健室から出た後、俺達は家庭科室を目指していた。その道中、二階の渡り廊下辺りまで来たというのに、ランは未だどこかにトリップしている。

原因が何なのかは知らないが、もしかしたら体調不良がぶり返してしまったのかもしれない。

 

「どうした、まだ気分が悪いのか?」

 

あんまりにもぼーっとしてるので声を掛けてみる。まだ辛いのなら、今日は帰った方がいいかもしれない。

だが、反応は無い。俺の声が届いていないようだ。何度か名前を呼んでみても、やはり成果は無い。

呼んでみて駄目なら、後は目の前で手を振ってみるか。

そう思ってランの目の前で手を振ってみる。……すると、そのまま突っ込んできやがった。

 

「わぁっ!?」

 

素っ頓狂な声を出して、反射で俺に飛びついてくる。

驚いた奴が驚かせた奴に飛びついてくる謎の状況の出来上がりだ。

放課後になって暫く経っているおかげで人通りがほぼ無いのが救いだった。

状況を理解出来ていないランは俺にしがみ付いたまま、混乱しながら周りをきょろきょろと見回していた。

 

「え、あ、何が起きたんですか!?」

「お前が幾ら話し掛けてもぼーっとしてるから、目の前で手を振ったらそのまま突っ込んできたんだよ」

 

ランを引き剥がしながら状況を説明する。

どうやら身に覚えがあるらしく、ランは顔を赤くして縮こまった。

 

「あ、その……すみません」

「まだ具合が悪いのなら、今日は撤退するぞ」

「い、いえ! 違うんです!」

 

両手を左右に振って大袈裟にランは否定する。具合が悪いわけではないらしい。

なら何故惚けていたのか。視線で問うと、ランは顔を赤くしたままぼそぼそと呟く。

 

「あの……玲さん、堂々としてて凄いなぁって」

「……あぁ、そういう事か」

 

俺は何となく察した。つまりは久城の月島の関係の事か。

ランの中では、同性愛は隠しておいた方がいい事なのだろう。まぁ、常識の観点で言えばそうずれた事ではない。出る杭は打たれる世の中だ。普通とは違う事は発現しないに越した事は無い。

だが、魔術師である俺が常識を語るのも笑ってしまう。俺はどちらかと言えば、非常識を謳う側なのだ。

 

「……長話、聞くか?」

 

なので、一応訊いてみた。別にこれは必要な事ではない。ランが聞きたくなければ話さないでも良かった。

そう思って訊いてみたのだが、ランは意外そうな反応をする。何かおかしな事でも言っただろうか。

 

「芳乃君がそうやって訊いてくるの、初めてですよ?」

 

ランの瞳は疑問の色に染まりながら、俺を捉えていた。

俺の行動の意味を探る為に、じっと見つめている。そのあからさまに俺を理解しようとする行動を、俺はどう理解すればいいのだろうか。

 

「……そういえばそうだな。別に、これは……」

 

そう言って、俺は口籠る。

『お前にとって何かの糧になればいい』なんて、一体どの口が言うんだ。何故俺はランに干渉しようとする。こいつにはこいつの価値観がある。それに水を注す事なんてないのに。

『忘れろ』と告げようとして、俺は先程とは違うランの瞳に気圧された。迫力があったわけじゃない。唯、言葉にせずとも楽しみだと伝わる程の期待を感じて、後に退けなくなった。

……まぁ、言った事の責任ぐらいは取るべきだろう。俺とランは契約で繋がっているのだ。そういった事には真摯でなければいけない。

 

「……それで、聞くのか、聞かないのか」

「聞かせてください。聞きたいです、芳乃君が考えてる事」

 

気のせいである事を祈って訊いてみて、言葉にされてはもう話すしかない。口は災いの元とはよく言ったものだ。

ぶれたまま戻っていないのかもしれないな、と俺は俺自身を内心馬鹿にしつつ、語る事にした。

 

「人は隠し事をする。そうしておきたいか、するべきは問わないが、隠し事をするのは変わらない。それは何故だと思う?」

「……自分の事を守りたいから、ですか?」

 

何とも可愛らしい答えだった。ランにとっての隠し事は、きっとテストの答案を隠す程度の事なのだろう。

 

「あと……嫌われたくないから、とか」

 

……小さな声で付け加えられたその言葉に、俺は小さく頷いた。

 

「そうだな。つまり、何かしらの得があるから人は隠し事をする。隠し事をしておいた方が印象がいい。隠し事をしておいた方が波風立たない。そうやって周囲との摩擦を無くしていく事で、生き易くなるからだ。俺とお前の正体と目的を七不思議達には内緒にしているのと同じだ」

「……確かに、そうですけれど」

 

自分が隠し事をしていると思ってしまったのだろうか、沈んだ声でランは頷く。

自覚する必要がない事を自覚させてしまった。これは俺のミスだ。

 

「勘違いするなよ。全ての隠し事が悪いわけじゃない。傷付けない為の隠し事だってある。誰かが誰かに嫌われているなんて話、知ってても本人に話したくないだろ?」

 

嘘とは違う。他人を騙すのでなく、何も情報を与えない。

何時かは知れてしまうかもしれないが、とりあえずのその場凌ぎにはなる。

そのまま気付かなければ当人は幸せでいられる。知らぬが仏だ。

 

「説教くさくなったし、話を戻すか。ランが知りたいのは、久城が堂々としている理由だったな。簡単な話さ。……隠し事をする必要が無いんだよ」

「隠し事をする必要が無い……ですか」

「久城は月島との関係に何も迷いが無いんだろう。恋なんて俺の知った事じゃないけれど、久城にとって月島は恥じるような存在じゃない。だから隠す必要も無い。性別なんて二の次だ。文句があるなら掛かってこい。そう啖呵を切れる程の答えがあるんだろ。……そういう奴は強いよ。だがそれ以上に厄介だ」

「……厄介って、どういう意味ですか?」

 

ランの言葉に、少しだけ言葉が詰まった。

ノイズが走る。『もう、満足です。全部、すっきりしました』。

そう、本当に厄介なんだ。答えを得てしまった人間っていうのは。誰の言葉も要らず、唯自分を信じて結末へと向かっていく。

 

「答えを得た奴にとっては、その答えが全てなんだ。閉じてるんだよ。――――その先にあるのが死だろうが何だろうが、自らが得た答えに向かって突っ走る。満足して死にたいって言うけどさ。逆だよ。人間、満足したら死ぬしかやる事無くなるんだ。……本題から逸れた。最後のは忘れろ」

 

いけない。ランの前だといつも一言多くなる。それもこれも、ランが一々俺の言う事にきちんと向き合うからだ。もう少し適当だって罰は当たらないだろうに。

丁度良く家庭科室に着いた。保健室で大分時間を使ってしまったので、今日はここに集中するべきだろうか。

変わらず鍵は開いていたので、三葉はまた一人で家庭科室に居るのだろう。

一応ノックをして扉を開け、中に入る。少し進めば三葉が視界に入った。向こうも入室した俺とランを視認して……何故か俺に視線を集中していた。

 

「あら、具合良くなったのね」

「具合?」

 

聞き覚えの無い情報を返すと、三葉も三葉で不思議そうに返してくる。

 

「五限始まって暫くしてから、上桐先生が教室に来てたの。深花君が具合悪くなっちゃって保健室で休んでるって、先生に伝言してたと思うんだけど……勘違い?」

「あの野郎……」

 

そういえばランをベッドに寝かしてから、あいつが『直ぐ戻ってくる』なんて言って一度消えたのを思い出した。

あれは俺の教室に行ってたのか。それならそうと何故俺に言わない。当人にその情報が回ってこないなら意味が無いだろう。

恐らく、俺に連絡すれば機嫌を損ねると分かっていたから言ってこなかったのだろう。それもまた不快だった。

 

「今日は七不思議の調査の続き?」

「そんな所だ。あと、世間話をしようと思ってさ」

 

なんて白々しい言葉だと思うが、三葉は騙されてくれたみたいだ。

「あら、じゃあ今日は正真正銘のお客さんね」なんて言いながら、キッチンの一つに移動する。

 

「大分元気そうね。もしかして眠かっただけ?」

「実は具合が悪かったのは俺じゃない。ランの方だ。俺はその付き添いをしてただけ。都合良くサボらせてもらったよ」

「あはは……」

 

ランは苦笑いで誤魔化すが、それで誤魔化しきれる内容でもない。

ましてや相手は三葉だ。魂であるジャックナイフ直々に太鼓判を押すいい子ちゃんである。

案の定俺に向けていた視線はランに向けられる。そしてその色は案の定心配だ。

 

「え、大丈夫? 林檎食べる?」

「食べます!」

 

この即答で大丈夫なのは理解してもらえただろう。

ランがうきうきとキッチンに向かってくるのを見て、三葉は安心しているようだ。

願わくばこの林檎で機能停止しませんように、と俺も後を着いていく。

ランと二人して座ると、三葉はにこにこと俺を見た。俺を見たりランを見たり、忙しい奴だ。

 

「何だよ」

「ううん。何でもないの。唯、ランちゃんは大事にされてるなーって」

 

羨むように――――そして何より、悲しむように。

三葉(みつば)恵理(えり)は俺達を見て、その実自分と誰かを重ねていた。

そうして三葉は林檎を剥き始める。慣れた手つきのそれを見て、俺とランは目配せをした。

三葉の魂――ジャックナイフが語ったワード。『危な気が無くて都合がいい女』。その言葉が何を示しているのかは、今の俺達には分からない。

それを探る為に家庭科室に来たのだ。今まではこの事態の全貌を探る為に長居をしてこなかったが、これからは目的が違う。

三葉の悩みは何なのかをはっきりさせなければ、ジャックナイフに対してのアプローチも分からない。

それとなく悩みを探っていかなければならない。残酷だが表情を暗くした今、三葉は悩みの入り口に立っているだろう。これを逃す手はない。

 

「え、えーっと……そうなんですか、芳乃君?」

 

逃す手は無いのだが、残念ながらランは話の繋ぎ方が下手だった。

林檎を貰った事で三葉に対しては人見知りも緩和されているが、それでも完全には抜けきっていない。

いきなり本題に踏み込む事は出来ないので俺に話を振ったのだろうが、それにしたってその話題は無いだろう。

……見ろ、三葉が目を輝かせてしまっているじゃないか。

どうやら答えなければ話は先に進まないらしい。別に恥じるような事でもないから構わないが。

 

「自覚は持ってくれないと困る」

 

短く答えると、三葉は「あら!」なんて感嘆している。それでも林檎を剥く手は止まっていない。

ランはランで顔を真っ赤にして消沈していた。……本当にこいつは、まったく。どうせ、同じ質問を逆の立場でされたら真っ直ぐに頷くくせに。

 

「俺とランの事はどうだっていい。そっちはどうなんだよ。あの幼馴染、唯ならない関係だったと思うけど?」

「それは……その」

 

――――林檎を剥く手が、止まった。

当たりも何も、正解が分かっている会話だった。何しろこっちはジャックナイフに聞いているのだ。本人に聞いているのだから、間違う筈もない。

結局俺が話す事になってしまった。……こういった他人の感傷に干渉するような会話はしたくない。後はランに任せよう。

三葉の明らかな動揺を見て、ランはこちらを見た。残酷に広げた会話の切り口は、ランは少し辛いだろうか。

それでもランは向き合う事を選んだらしい。俺が付けた傷口に、恐る恐る手を伸ばす。

 

「仲が、悪いわけじゃないですよね? 部活の休み時間に態々家庭科室まで来るくらいなんですから」

「……そうね。仲は悪くないわ。寧ろいいかもね……ううん。きっと、凄くいい」

 

それが願望なのかどうかは分からない。唯、俺はこの言葉に、思い出を一つ一つ辿っていくような尊さを感じた。

――――同時に、今にも消えてしまいそうな儚さも。細く脆い糸を辿る、自分を安心させる綱渡り。思い出なんて儚い希望、縋った所で慰めにしかならない。

 

「でも、辛そうです。恵理さんは、山中さんとは一緒に居て楽しくないんですか?」

「……楽しくないわけじゃないんだけれどね。いいの。折角来てくれたのに、つまらない話を聞かせるのは申し訳ないから」

「そんな事ありません!」

 

ランの大きな声に、三葉は少し驚いていた。

驚きのまま俺を見てきた三葉に対して諦めろと鼻で笑って返す。困ったら俺に振ってくるのは、ジャックナイフと変わらない。

 

「友達がそうやって辛そうにしてる理由ぐらい、あたし知りたいです!」

 

ランの言葉に眩暈がした。そんな真っ直ぐな言葉、俺は先ず吐けない。

真っ直ぐな言葉をぶつけられて三葉の心は揺れ動いたのか、暫く経って「本当に……いいの?」なんて訊いてきた。

ランの答えは決まっている。「当然です!」なんて間髪入れずに返されれば、三葉も遠慮する必要も無いと感じたのだろう。ゆっくりと、自分の内心を吐露してくれた。

 

「……幼馴染ってね。近いの」

 

林檎を剥く速度と比例して本当にゆっくりと吐き出されたその言葉は、呪いの入りとしては十分だった。

 

「何でも知ってる。好きな物とか。嫌いな物とか。得意な事とか。小学校の頃、算数が苦手だった事とか。中学校の頃に吹奏楽部に入って、今でも続けるぐらい吹奏楽が好きとか。本当に知っていたい事以外、何でも知ってるわ」

 

続く言葉は何となく分かるが、黙っておく。俺はこれ以上喋らない方がいいだろう。

ランは三葉の言葉を一言一句全て心に刻み付けるかのように、真摯に聞いていた。

苦笑いを繋ぎにして、三葉の話は続く。

 

「向こうも何でも知ってる。好きな物。嫌いな物。得意な事。頑張った事。私が女の子の身体付きになり始めた年頃……あ、ごめん。深花君居たのよね」

「お前がいいなら気にするな。居ない者として扱ってくれていい。続けろ」

 

誰にでも訪れる出来事だ。特段意識する事でもない。

 

「ありがとう。とにかく、向こうだって何でも知ってるの。……知っていてほしい事は、何にも知らないのに」

「恵理さん……」

「私ね。自慢じゃないけれど、料理が上手なの。お母さんに教えてもらって、色んな料理を覚えたわ。先ずはハンバーグ。それからクリームシチューでしょ。肉じゃがでしょ。カレーだって、甘口が好きなのに中辛に変えたわ」

 

家庭的な料理の名前が並ぶ。それがどんな目的で覚えたものであるか、流石の俺でも想像出来る。

 

「包丁使いだってお手の物。私が剥いた林檎、綺麗でしょう? ずっとずっと練習してきたから、当然よね」

「……あぁ。努力の賜物だな」

 

思わず出た言葉に、ランも同意していた。

俺達の反応に、三葉は嬉しそうに「ありがとう」と返した。

剥いた林檎を切り分けて、紙皿に乗せて、相手に渡す。それを何度、三葉は繰り返してきたのだろう。

林檎を食べて、「美味い」と返す。こんなやり取りを何度、三葉は経験してきたのだろうか。

――――そうやって、求めた何かを得る事は出来たのだろうか。

 

「これもね、全部知っているの。『恵理ちゃんはこの料理が得意だよね』。『恵理ちゃんは包丁使いが上手だな。見てて安心出来るよ』。ずっと聞いてきた。そんな嬉しくて苦しい当たり前が、幼馴染なの。きっと私達が幼馴染じゃなかったら。私がこんな風に安心を与える存在じゃなかったら。近過ぎて遠い事も、なかったのかな」

 

知ってほしい。そんな願いであればある程、向こうは何も知らないのだろう。

きっと知らない事は、何が得意とか好きとかの記録や、一緒に何をしたとかの記憶じゃない。三葉(みつば)恵理(えり)という少女が抱えている気持ちの始まりと、その理由だ。

 

「ごめんね。でも、友達にこんな事言ったの初めてかも。少しすっきりしちゃった」

 

ジャックナイフが言っていた意味が漸く分かった。抱えて、膨らませ続け、爆発させる事が出来ない。三葉と山中がどれぐらいの付き合いかは知らないが、三葉がそうやって我慢し続けた結果がジャックナイフに繋がるのだろう。

三葉が抱えている悩みは分かった。考えを纏める必要があるだろう。……あとはランをまた休ませてやりたい。

俺はどこか真剣に何か考えているランの肩を叩いて、退散の合図を出す。まだ下校時間には少し早いが、空き教室に戻る頃には丁度いい時間になるだろう。

 

「あ、あの! また何かあったらお話を聞くだけでも……」

「うん。ありがとうね、ランちゃん。深花君も」

「俺は本当に聞いてただけだ。……そうだ。林檎、もう少し貰っていくな。ほら、ラン。あーん」

「え、ちょ。いくらあたしでも林檎三個同時は無――――もがもがもがもが」

 

剥いてもらった林檎を残すのも悪いので、ランの口に林檎を詰め込んでから担ぎ上げる。

恐らくこのまま山中の事を待ち続けるであろう三葉に手を振られ、俺達は家庭科室を後にした。




人物メモ
深花(しんか)芳乃(よしの)
魔術師。
最近ランに要らない事を言いそうにな――――遠慮しないで、言ってくださいね?

ランチ
昼飯代で契約した精霊。
食べ物を貰うと人見知りがどっか行くのはその場限りで、翌日には多少復活す――――そもそも、食べ物で釣られてませんから! 林檎美味しかったです!

三葉(みつば)恵理(えり)
穂叉(ほさ)学園の三年生。
幼馴染の山中(やまなか)(はる)との関係に悩んでいる。
我慢し続ける性格。あとはランに任せよう。
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