お昼代契約ランチちゃん   作:昼飯用

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どれだけ話数を使うつもりだ! 答えろ!


24.傍で見てきた者達

「月島はランともう少し話してるらしい。そう伝言を頼まれた」

「そう……それで、あの子はどうだった?」

 

昇降口前の階段からグラウンドへ降りると、久城は会話もそこそこに問うてくる。その表情には余裕は感じられない。久城にとって月島がどんな存在であるか、容易に想像出来た。

答えを急かす久城へ真実を告げるのは簡単だ。だが、久城はその真実を理解出来ないだろう。何しろ魔術だの亡者の学園だの胡散臭さ盛り沢山だ。これで信じると言われたら、逆に俺が久城の事を信じられない。

 

「おいおい、あくまで七不思議は噂話だろ? 本当に月島が夜な夜なグラウンドを走ってたら、誰よりも先にお前が気付くと思うんだが」

 

とりあえず噂話である事を強調しつつ、誤魔化しておく。七不思議の正体はスプリンター――月島の反転した魂だ。肉体を伴った月島(つきしま)志希(しき)本人ではないのだから、別に丸っきり嘘というわけではない。

非日常を知らない久城に、俺の言葉の裏を読み取る事は出来ない。「……ま、そりゃそうだよね」と軽い答えを返してくれた。

実際問題、スプリンターが亡者の学園に登校しなくなればいい話だ。久城も月島も、知らなくて済むなら知らない方がいいだろう。

 

「もうちょっと嬉しそうにしろよ。何か不満でもあるのか?」

「不満じゃないけどさ。あの子にとって、いい刺激になると思ったんだよね」

「刺激?」

 

俺が聞き返すと、久城は頷く。月島が俺とランと話す事がどう刺激になるのだろうか。

俺の言葉に対してあれだけおかしな感想を抱けるのだ。そう閉鎖的な性格をしているとも思えない。刺激が必要な対人関係を構築しているわけでもないだろうに。

……思い付くとすれば、俺が月島と久城の関係を本人に問うた時の怯えた表情か。

 

「一つ訊くけど。月島ってお前との関係を誰かに言ったりしてないよな?」

「……あぁ、そうだね。あんまり――――と言うか、誰かに明かしてる場面は見た事がないかも」

「誰かに言う必要も無いだろ。態々言ってきたお前の方が、俺には分からない」

 

久城と月島の間だけで完結している関係を、俺とランに言ったって仕方がない。

今回は一応その情報が役に立ってので助かったが、それ以外の意味は俺達には見出せなかった。

俺に返された久城は、俺から視線を逸らしながら照れ臭そうに頬を掻く。

 

「あー……それはね。うちはあの子との関係を公表する事に、抵抗は無いんだけどさ。でも、あんたに言ったのは別の意味があるって言うか、何と言うか」

 

意外にも久城は言い淀む。

俺に対しての別の意味とは、それ程重要な事柄なのだろうか。

 

「はっきりしない奴だな。お前に何を言われても何とも思わない。言ってくれていい」

「……言ったじゃない。あの子はあげないって」

 

言われて、俺は記憶の隅から何とかその記憶を掘り返した。あぁ、そういやそんな事言ってたな。

どうやらあれは冗談ではなく本気で言っていたらしい。

そういう所は可愛い奴だな、と俺は久城への意識を改めた。

 

「あれは自慢じゃなくて牽制されてたのか。する必要無いだろ」

「普段はあの子が隠したがってるから、他の人にはあんなのしないよ。でも、あんたは別。……志希が凄く懐いてる感じがしたから。男子と次に会った時の約束してる姿なんて、うちは見た事が無かった」

 

懐く、か。確かにそれは俺も感じた。俺の発言一つ一つに、おかしな解釈で男らしさやら何やらを感じ取ってしまっていた。

普段は口にしない月島との関係を俺達に告げたのはそれが原因のようだ。

それ自体は別にどうでもいいが、月島の反応に関して俺に因縁を付けられるのは面倒だ。

そういった感情が顔に出ていたのか、俺の顔を見た久城は苦笑いしながら自らの思い過ごしを訂正する。

 

「まぁ、その辺りはうちの心配し過ぎだったけどね。今回あの子に会わせたのだって、それが理由でもあるし。悩んでる事を少しは話してくれたみたいだし、ありがとね」

「向こうが勝手に話しただけだ。それに殆ど聞けなかったよ。今はランが聞いてるだろうけど」

 

あの二人は波長が似ている。きっと俺と話すよりも話は弾むだろう。ランの人見知りだけが少し不安だが、月島相手ならそう酷くもならないだろう。あぁいった年下の気質が強い相手にはそこまで人見知りが発動しないのは、アリスとの会話を見れば分かっていた。

俺は俺で久城の方から情報を聞き出しておこう。何か役に立つかもしれない。

 

「月島の喘息ってそんなにいきなり発症するもんなのか」

 

体育の授業の際、しっかりと吸入薬を持ち歩いているような奴だ。

自分の身体の事は自分が一番分かっているだろう月島が、今更体育の授業程度の運動で限界を見誤るとは考え難かった。

そしてどうやらその推測は当たりのようだ。久城は困ったように笑っていた。

 

「ちょっと頑張りたくなったんだってさ。おかしいね、いつもはそんな無理する子じゃないんだけど」

「……ま、そんな時もあるだろ」

 

適当に返事をして、俺は何となく月島の行動の理由を察していた。

月島が保健室に来る日の亡者の学園にて、スプリンターはランと競争をしている。

あの時のスプリンターはランとの競争を楽しんでいた。魂の衝動が肉体に影響したと考えるなら、月島の自らの限界を見誤った無理にも説明が付く。

……結果として悪い事をした。次の情報を探るか。

 

「どっちが付き合いたいって言ったんだ? お前に呼ばれたせいで、月島に訊き損ねた」

「志希からだね。うちが中学三年の頃かな。うちは中学も陸上部だったんだけどさ、引退する時に告白されたんだ」

 

久城の方は最初から同性愛を意識していたわけではないようだ。

当時を懐かしむように視線を上げて空を見る。釣られて俺も見た。

地面に滴る赤とは違う、物悲しさを見せる茜色がそこには塗り広げられていた。

暫くそれを続けていた久城だが、懐古の始まりに触れたのか物憂げに目を伏せる。

 

「……あの子、さ。告白する側なのに凄く怯えてたんだよ。震える声で『好きです』って言ってきた」

 

月島も自らの好意が普遍的なものではない事には気付いている。普通であれば相手に好意を受け取ってもらえないだけで済むだろうが、月島の場合は相手の反応によってはコミュニティに所属する事すら難しくなる。

 

「そりゃまた、告白された側としては反応に困るな」

 

俺の遠慮ない言葉に、久城は「そうだね」と頷いた。それでも嬉しそうに口元を緩めているのは、きっと久城にしか分からない感情があるからだろう。

 

「でも、嬉しかったんだ。想いに遜色付ける気は無いけどさ、あの子はきっと他の人より一杯悩んだと思うんだよね。それでもうちの事を好きって言ってくれて、付き合ってほしいって自分の欲をぶつけてくれた。……それがさ、嬉しかったんだ」

 

まぁ、好意を向けられて嫌な相手はいないだろう。それでも許容しきれない部分があるかもしれない感情だったのだが、久城の中にはそれさえ許容する何かがあったのだろうか。

 

「あの子、大人しい子でね。マネージャーやってた時から視線は感じてたんだけど、後ろからちょこちょこ着いてくるだけだったんだ。我が儘だって言わないし、何か辛い事があっても黙ってる。そんな子からさ、女同士でも好きだって言ってもらえて、付き合ってって我が儘も言ってもらえる。応えてあげたいって思うのは、おかしな事じゃないよね」

「経験が無いから分からないな。その価値はお前と月島が知ってればいいだろ」

 

そもそも俺にそういった好意を伝えてくる相手なんて存在しない。

事実に基づいた反応だったのだが、久城は意外そうに俺を見ていた。

 

「あれ、ランは違うの?」

「……そういえばお前は勘違いをしてたな」

 

この恋人達は俺とランの関係を自分達と同じだと思っているのだろう。

本当の関係を教えるつもりもないが、勘違いされたままは面白くない。

……俺にとっては久城達にどう思われようがどうでもいいのだが、ランにまで影響があるのは許せない。

 

「俺とランはそんな甘い関係じゃない。お前と月島とは同じとは言えないな」

 

勘違いを教えてやると、久城は「確かにね」と納得した。

だが、納得はしても俺の言葉の意味は理解してもらえなかったようだ。にやにやとこちらを見ている時点でそれぐらいは分かる。

 

「そうかも。うちはあの子が居なくたって、くすりとも笑わなくなったりしないからね」

「……、」

 

どこか微笑ましい物を見るように言ってくる久城に、俺は「違う」と告げる事は出来なかった。

言葉の意味を正しく理解されなくても、久城の言葉は間違いではなかったからだ。

 

「……別に、態度を変えたつもりはなかったんだけどな。ランと一緒に居たって、四六時中にこにこ笑ってた覚えはない」

 

元々の俺は笑う方じゃない。人付き合いの為に色々と教わったりはしたが、基本的には感情を表す仮面に過ぎない。

ここ最近は事件の調査という非日常に傾いていたせいで、尚更気を張る傾向が強かったように思う。

ランとする日常的な会話は、知らず知らず俺が気を抜ける瞬間になっていたのだろうか。

 

「確かに、表情そのものは色々変わってないよ。でも、人が笑うって表情だけじゃないでしょ? 声のトーンとか、話し方とか。そういう目で見る情報じゃなくて、耳で聞く情報の方に深花は感情が出るタイプなんだね」

 

「こーいうのとは縁遠いでしょ」と笑いながら、久城は俺の背中を軽く叩く。

縁遠い所か、こんな風にフランクに接された事は今年度では初めてだ。大方、久城はクラスメイトにもこんな感じなのだろう。

 

「でも、ランと恋人じゃないんだね。あんなに仲いいのに」

「男女の仲が良ければ恋人になるって考えが、俺には分からない。お前の理論で言うなら、こんな風に軽口叩いてる俺達も恋人になるぞ」

 

これ以上は止めてほしい、という警告を込めて告げてみたのだが、久城は中々におかしい奴である事を忘れていた。

けろりとした表情で、とんでもない事を言い放つ。

 

「うちは相手の性別は気にしないし、いいんじゃない? うちと深花、結構相性いいと思うよ?」

 

……この時ばかりは、俺も表情に出ていると確信した。

そんな俺を見て、久城は俺の事をばしばしと叩きながら笑っている。

 

「冗談だよ。志希を悲しませたくないからね」

「安心した。お前、冗談に聞こえないぜ」

「好きになったら性別関係ないのは本当だから。深花と相性がいいと思ってる事もね。お互い可愛い子が近くに居るし、うち等結構似てない?」

 

自分と俺を交互に指差して笑う久城に、俺は自分が降りてきた階段とは別の階段の方を見ながら答える。

 

「悪いな。俺はシンパシーを感じるより、同族嫌悪をする性質だ」

「それは残念。志希と上手く行かなかったら、深花とランを見て直す事にするよ」

 

それも冗談である事を祈って、俺は視線を久城の方に戻す。

久城は本日何度目かのにやつきを浮かべていた。俺はお前みたいに、にやついてはいないのだが。

 

「ランの事、好きなんでしょ?」

 

久城のその返答に、思わず溜息が漏れる。

そんな事問われるまでもない事だった。

 

「他人の事を助けたいって思って、その為に頑張れて、実際助けられたら喜ぶ。そんな奴、嫌いになる理由があるか?」

 

ランがどういう少女なのかは俺が一番よく知っている。

亡者の学園の連中を助けようと頑張っている姿を、俺は傍で見続けてきた。

真っ直ぐで。人の事で悩めて。それでも前に進む強さを持つランを好ましいと思うのは当然の事だった。

 

「応援したいって思ってる?」

「……そうだな。応援してる」

 

俺は、ランが七不思議達を解放しようと頑張る姿を応援していた。それは俺みたいな魔術師には出来ない、人としての気持ちが籠った尊い事だと思ったから。

素直な気持ちを吐露すると、久城はそれを揶揄う事をせずに頷いている。

どうやら、久城はシンパシーを感じるタイプらしい。グラウンドを眺める黒い瞳は細められ、何時かの恋人の姿を見ているのだろう。

 

「うちもそう。あの子がマネージャーをしてる姿、好きだった。志希がうちを応援してくれたみたいに、応援したいって思ってる」

「それで、毎日部活が終わるまで保健室で待ってるのか」

「そう。部活終わった後に、頑張ったねって言ってあげたくてさ」

 

久城は誰に照れるわけでもなく、堂々とそう告げる。

保健室で月島との関係を俺達に告げた時と同じ、一切の迷いを感じさせない久城(くじょう)(れい)という月島(つきしま)志希(しき)の恋人の姿。

きっと干渉を受け付けず、干渉もしない。干渉するのも干渉されるのも、きっと月島一人だけだ。

 

「……そういえば、どうして保健室に居るんだ?」

「暇潰しの場所を探してたら、上桐先生が貸してくれた。まぁ色々と話すうちに、うちと志希の関係も話す事になっちゃったけど。でも上桐先生は偏見とか持たなくて、うち等の関係を受け入れてくれた」

 

「成程」と俺は納得する。保健室の話題を出した時点で上桐の名前が出てくるのは分かっていた。不快な感情は顔に出てはいないだろう。

 

「休日も、備品に触らないなら使っていいって言ってくれた。ちょっと甘いかなって思うけど、いい先生だよね」

 

その言葉に何かを返す事はない。事実、上桐は大体の生徒からは評判はいい。嫌悪感を抱いている俺の方が少数派だ。

これで会話の流れは一度消えた。いい頃合いだと思ったのか、久城は大きく伸びをして昇降口の方を見る。

 

「そろそろ戻るよ。寂しがっちゃうから」

「あぁ。もう随分待ってると思うぜ。来ても良さそうなものなのに、まるで忠犬だな」

「……? まぁいいや。じゃ、また今度ね」

 

久城に適当に返事をすると、月島が待っているであろう昇降口へ戻っていった。

一人残された俺は、久城が戻っていった階段とは反対側にある階段――さっきから視線を感じている方を見る。

 

「色々と聞いてただろ。何時まで隠れてるんだ?」

 

そう言葉を掛けて十秒程。観念したのか、ひょっこりと顔を出す薄青の髪。

それと対照的に耳まで真っ赤になっている顔。ぐるぐると焦点が定まっていない瞳。その癖、やたらだらしなくにやついている口元。

明らかに照れと混乱と喜びが綯交ぜになっているランが、のろのろと階段の死角から身体を出して俺の方へ歩いてくる。

 

「あれから少ししたら、月島さんは着替えに部室に向かっていってしまいました。あんまりお話出来ませんでしたけど、こっちに来て正解だったかもです」

「まぁ、それならそれでいいけど。……さっきから物凄い顔してるな。熱でもあるのか」

「いえ……どこかの誰かが、本人が聞いているのを分かってて凄い事を言いましたから」

 

肩と肩が触れ合ってしまいそうな程近い俺の隣にランが収まる。

触れ合わなくても分かるその熱に、どこか酔ってしまいそうになる自分が居た。

 

「事実を告げる事に躊躇う理由が無い。……嫌だったか」

 

実際、告げる必要だってない言葉だ。頭ではそんな事分かっている。

それでも、知っていてほしいと思ったのは。俺がランを支えてやりたいと思ったからだ。

 

「……嫌だったら、こんな近くに居ません。でも、勘違いだってしません」

 

ランは俺の方を見上げる。

俺を映す瞳の中にある感情は、きっと俺とはベクトルが違うもの。

 

「芳乃君があたしに向けてくれてる感情は、そういう単純なものじゃないですよね」

 

その言葉に込められた意味は落胆か、それとも達観か。

それを問う事は、俺達にはまだ早過ぎる。……いや、それ以上に。

――――問うたその先に、俺は一体どんな選択をするのだろうか。

俺は迷いを覚られないように、いつも通りの冷たさで返す。

 

「さぁな。分かってるのは、さっき久城に言った内容だけだ。魔術師みたいな真面じゃない人間の気持ちなんて、明確にしたら迷惑しか掛からない」

「――――そうでしょうか?」

 

こんな時に限って、ランは短く俺の言葉に疑問を投げ掛けた。

 

「あたしも真面な人間じゃないですから。真面じゃない同士、どんと来いです」

 

にっこりとこちらを見るその表情には、先程までの照れや混乱なんてものは微塵も感じさせない。

あぁ、そうだった。こういう時のお前は強かだった。

俺の様な冷たさで取り繕った強さではなく、その温かさを感じる強さを、俺は信じたんだ。

 

「お互いに必要な相手ですからね。相互理解を怠らないのは合理的だと思いませんか?」

「……ジャックナイフとアリスを説得してた時にも思ってたけどさ。お前、少し俺に毒されてないか?」

 

辟易した俺の言葉に、ランは「そうかもしれませんね」と自慢気に返してきた。




人物メモ

深花(しんか)芳乃(よしの)
魔術師。
ランの事ははっきりと言葉には出来ないけれど嫌いじゃない。

ランチ
お昼代で契約した精霊。
最近俺に毒されて――――近くに居てくれる人に影響されるのは当然の事ですから。

久城(くじょう)(れい)
元陸上部の三年生。月島の恋人。
月島との関係は中学からのようで、とにかく彼女の事を大切に思っていた。
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