お昼代契約ランチちゃん   作:昼飯用

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やっとここまできた


26.回想するソメイヨシノ

四月二十五日。放課後に僕は保健室に向かっていた。別に怪我をしていたわけではない。担任からこの学園の養護教諭と話をするように言われたのだ。

この穂叉(ほさ)学園に入学して一年が経っていた。この一年間は問題なく過ごせていた。これからも何もなく過ごせると思っていたのだが、進級に伴って変わった環境は僕の対人関係を許してはくれなかった。

新しい担任の目には、僕はクラスから浮いているように見えたらしい。馴染んでいた覚えもないけれど、誰とも話せない程浮いていた覚えもない。必要な事柄は話せるのだから、事務的な連絡が滞る事もない。

世間話は相手の反応が芳しくなく続かない事が多いけど、他のクラスメイトには事務連絡すら出来ないようなコミュニケーション能力の持ち主だって存在している。僕も彼等の様に真面に会話にならなければ、放っておかれていたのかもしれない。何事も中途半端は良くないという事か。

……いや。残念ながらそうでもないのだろう。僕の“属性”は恐らくは他者より強い性質を持つ。“無干渉”という“属性”は他者への干渉を阻む。誰かと関わるという事は、誰かに干渉するという事。“無干渉”を持っている僕は、他者への干渉を知識としてでしか持たない。

対話をする事で情報を得る。普通の人間だったら情報を積み重ねて経験にしていくのだろう。だけど僕はその情報を経験ではなく知識としてしまう。知識だけの行動には中身が無い。きっと、僕の担任はその辺りを感じ取ってしまったのだろう。

だから僕の事を養護教諭に託した。些か無責任な気もするが、各専門分野の人間に任す事は間違いじゃない。合理的と言うべきだ。

保健室の前まで辿り着いた。養護教諭には話が通っているらしい。遠慮する事はなく、ノックをしてから扉を開ける。

 

「こんにちは。失礼します」

 

中に入って挨拶をすると、事務机で何かの作業をしていた男性が僕の方を見ている事に気付いた。白衣を着ている事から察するに、養護教諭だろう。

少し癖のある茶髪は短く、黒い瞳は穏やかに僕を捉えていた。人の顔に興味は無いけれど、童顔と呼ばれるような特徴がある。意識しているかどうかは分からないけれど、外見から他人を威圧するような感じの人間ではない事は明らかだった。

 

「いらっしゃい。どこか具合が悪いのかな?」

 

男は柔和な笑みで僕に問う。他者に警戒心を抱かせない為の配慮だろうか。それともこの男の本質を表す態度か。どちらにしても、保健室を利用する躊躇いを無くす効果はあるのだろう。

 

「いいえ。あなたが養護教諭ですか?」

 

確認をすると、男は柔和の笑みのまま頷いた。

 

「そうだよ。僕は上桐(かみきり)(さとる)。君は?」

「二年の深花(しんか)芳乃(よしの)です。担任から保健室でカウンセリングを受けてこいと言われたので」

 

僕が保健室に来た理由を伝えると、上桐先生は不思議そうに首を捻った。

担任からは話が言っている筈なんだけど、伝達の齟齬があったのだろうか。

だが首を捻っていたのは数秒だけで、やがて納得したように口を開いた。

 

「あぁ、そうか。名前だけしか聞いてなかったから女の子だと思っていたんだけど、男子生徒だったんだね」

「成程。勘違いでしたか」

 

僕の名前は男性的ではない。名前だけしか聞かなかったのなら、確かに女子だと思われてもおかしくはない。

機嫌を損ねたのかと更に勘違いしたのか、上桐先生は「無神経だったね」と謝罪する。

 

「理由は理解出来ますから、特に不快には思っていません」

「そうか……よかった。これからカウンセリングをするのに、いきなり敏感な場所を刺激してしまったかと思ったよ。さぁ、そんな所に立っていないで、どうぞ座って」

 

上桐先生は安堵したような笑顔で立ち上がり、中央にあるテーブルを挟む長椅子へ僕を招く。

怪我の処置に使う病院にあるような丸椅子は別にあるから、ここは本当に雑談の為に設置されているのだろう。

招かれるまま座った僕へ、上桐先生は淹れながら軽い様子で話し掛ける。

 

「カウンセリングって言っても、気構えなくていいからね。僕とお話して、人と普通に話す事に慣れてもらえば深花君は問題ないと思うから」

「そうですか。よろしくお願いします」

 

淹れてもらったお茶を受け取って頭を下げる。何かをしてもらうのだから、挨拶は大事だろう。

恙無く学園生活を送るには、人間関係のトラブルは少ない方がいい。別に居心地なんて気にしないけれど、悪目立ちをするのは『彼女の監視』という目的の為には都合が悪かった。

「こちらこそ」なんて人のいい返事が返ってくる。どうやら上桐先生には好印象を与えられたみたいだ。

 

「じゃあ先ず、普段と同じように会話してみようか」

「分かりました。話題は上桐先生にお任せします」

 

こういった会話は慣れているのか、上桐先生は直ぐに話題を出してくる。

 

「深花君は二年生だったよね。もう新しいクラスには慣れたかな?」

「慣れましたよ。意思疎通に困った事はありませんね」

 

まぁ、僕が取る意思疎通なんて連絡程度のものだ。これが出来ない方がどうかしている。

上桐先生がどこか引っ掛かるように首を捻った。僕はおかしな事を言っただろうか。

 

「どうしたんですか」

「あぁ、いや。何でもないよ。……あ、そうだ。中庭にある慰霊塔の周りにある桜は見たかな。もう散ってしまったけれど、満開の時は本当に綺麗だったよね」

「そうですね。綺麗です」

 

相手に同意をしておけばとりあえず間違いはない。そう思って答えたけれど、上桐先生の反応は芳しくなかった。

さっきの反応からして、どうやら対応を間違えたようだ。

 

「何か気に障るような事を言いましたか」

「ううん。……だけど、そうだね。これは確かに、問題は無いけれど問題かな」

 

気に障った内容ではないけど、会話は続かない。上桐先生が言う『問題は無いけれど問題』という形容は確かに正しいのだろう。

実際僕はこの対応の仕方で問題なく学園生活を送ってきた。相手と友好的な関係を築けたと訊かれれば否だけど、険悪な関係になったかと問われればそれもまた否だ。

僕としては自分の役割が果たせれば何でもいい。人間関係が原因で役割を果たす事に障害になるのは困るが、それはそれで仕方がない。

 

「話してる内容に敵意が一切無いのに、一定の距離を感じさせ続ける。会話のレスポンスも凄く早いし、何だろう……まるでマニュアルと話しているみたいだ」

「マニュアルですか。的を得た言葉だと思います」

 

顎に拳を当てて独り言の様に呟いていた上桐先生に、僕は同意した。

経験ではなく知識を使って対話をし、相手に適した反応ではなく普遍的な対応を返しているのだ。それをマニュアルと呼ばずに何と呼ぶのか。

僕の言葉に上桐先生は自分の言葉が聞かれていたのだと気付き、慌てている。どうやら本当に独り言だったようだ。

 

「事実は事実ですよ。気にしないでください」

 

今の評価は上桐先生の中では失礼な事を言った認識になるのだろう。だが、それは無用な心配だった。

都合の悪い評価を言われると逆上する人間も居るが、僕はそもそも都合の悪い評価というものに共感が出来なかった。

自分に対する評価は自分の行動の評価に他ならないのだから、それを事実として受け止めて気に食わなければ直すなり何なりするべきだろう。

 

「……参考にしたいから訊くんだけど、先生と話す時ってどうしてるのかな」

「相手の言葉を待って、それに答えています。先生と話す時は事務的連絡が殆どですから、手順化に苦労はしません」

「やっぱり、手順化をしているんだね……。そうなると、僕ではあんまり力になれないかもしれないね」

 

どうやら僕の人との付き合い方を理解したらしい。上桐先生は腕を組んで考え込んでいた。

確かに、上桐先生も生徒に関わる義務がある教員である事に変わりはない。義務を伴う立場である以上、普通の会話というのは難しい。

 

「そうなると、誰か生徒に協力してもらおうか……だけど、深花君と事務的会話以外の話題を続けられるぐらい押しが強い生徒か。あんまり思い付かないけれど……」

 

上桐先生はまたぶつぶつと何かを考え始めた。そもそもの問題である僕の“無干渉”を知らなければどうしようもないと思うのけれど、言ったって理解はしてもらえないだろう。

上桐先生にも面子がある。このまま新しい案が出るまで待っている方がいいだろう。淹れてもらったお茶を飲みながらそんな事を考えていると、保健室の扉が勢い良く開かれる音がした。

 

「失礼しますっ!」

 

そう高らかに宣言して入室してきたのは、声からして一人の女生徒のようだ。別に振り返る程の事ではないので、音を頼りに情報を得る。

保健室に用なんてなさそうな程元気な様子だが、上桐先生は彼女の対応は慣れているのだろう。

動じる素振りは見せず、当たり前の様に彼女の方へ視線を向けた。

 

「いらっしゃい。染衣さんは、今日もカウンセリングかな?」

「はい! カウンセリングという名のお手伝いです!」

 

上桐先生との会話から察するに、この染衣という女生徒はこの保健室の常連らしい。

どうして保健室の常連になるのかは分からないけれど、彼女には彼女なりの理由があるんだろう。

そして、上桐先生は彼女との会話で何か閃いた様子だった。名案だとばかりに僕の方を見る。

 

「そうだ、染衣さんとお話しして練習するのはどうかな。染衣さんとなら生徒同士だし、対応が固まってしまっている教師の僕より効果的だと思うんだ」

「いえ、そこまでしてもらう理由がありません」

 

カウンセリングを受けるという義務は果たした。結果さえでればそれがどうであれ構わない。

上桐先生は職務に対して真摯なようなので納得はしないだろう。だけど、その真摯さは普通の人間にこそ向けられるべきだろう。

一応は学校に通ってはいるが、魔術師である僕にとって真面な学園生活は特段望んでいるわけではない。

また担任から何かを言われるかもしれないが、その都度こうして保健室を訪れればいいだけなら簡単だ。言われる事が分かったのなら次回から本気で取り組めばいいし、何も言われなかったならばそれでいい。

そんな思惑を込めてきっぱりと断ったのだが、当の上桐先生ではなく染衣さんからの反応があった。

 

「ん? 私は何をすればいいんですか?」

「実は彼……深花君は、人と自然に話すのが苦手みたいでね。クラスメイトに少し敬遠されているみたいなんだ。もし良ければ、彼のお話しの練習相手になってくれないかな」

 

生徒のプライバシーに直結する内容なのだが、上桐先生はぺらぺらと染衣さんに話していた。

僕がこの件を気にもしていない事を理解したのだろう。それでもこうしてカウンセリングを続けようとしているのは、上桐先生にも何かしらの思惑があるのだろうか。

まぁ、それはそれで別に構わない。僕には関係が無い事だ。余計な干渉はせずに、退散させてもらおう。

 

「お話ですか? いいですよ、しましょうしましょう!」 

 

染衣さんは僕の隣に腰を下ろしながら僕に語り掛ける。急に話を振られた筈なのだが、大分乗り気のようだ。

話し掛けられた事によって、僕は初めて染衣さんを見た。

一先ず目を引いたのは、華やかさを感じさせる桜色の髪。背中まで伸びている長い髪は、色と相まって枝垂れ桜を想わせた。

髪の色と同じ瞳を細めてにこにこと笑う表情も、明るい声音と相違ない。上桐先生とは違った近寄り易さを周囲に感じさせている事だろう。

目もさる事ながら、鼻梁は細く整っている。薄い唇も印象的だ。

他人の容姿に対しての評価には大分疎い僕だが、それでも情報として彼女は美人だと判断出来る。

だけど、何故だか僕は彼女の顔立ち全てに儚さを感じてしまった。……正直、苦手なタイプだと思う。

 

「……どうかしましたか?」

 

顔に出していなかった筈なのだが、僕が彼女に抱いた感想を感じ取ったのだろうか。笑みを崩さぬまま彼女は訊いてくる。

伝える事でもないと思うので、僕は誤魔化す事にした。

 

「何でもないよ。気のせいじゃないかな」

「そうですか? だったらいいです……そういえば、お互い自己紹介がまだでしたね!」

「……やっぱり、やるんだね」

 

しれっと退散しようと立ち上がろうとしていたのだが、どうやらそれは出来ないみたいだ。

「やりましょう話しましょう!」と染衣さんが元気に言っているのを見てから、上桐先生へ視線を移す。

上桐先生は柔らかな笑みで僕達を見守りつつ、長椅子から腰を上げる。教師である自分が近くに居ると、僕達がリラックス出来ないとでも思ったのだろうか。

ここは一つ、覚悟を決めるしかないようだ。下手に逃げてややこしい事になるより、この一回で確実に終わらせた方がいい。事務机に戻っていく上桐先生の背中を見ながら、僕はそう考える事にした。

 

「僕は二年の深花(しんか)芳乃(よしの)。よろしく」

「私、同じく二年の染衣(そめい)(さくら)です! よろしくお願いしますね?」

 

僕の手を掴み、ぶんぶんと激しく振る染衣さん。普段人に触れる事がない僕にとっては、彼女の体温は慣れない刺激だった。

上桐先生が事務仕事をしながら僕達の様子を見守っているのが横目に見えた。微笑ましそうに見ているのだが、このやり取りはカウンセリングが進んでいると認識されている。

 

染衣(そめい)(さくら)……」

 

彼女の名を呟いて、僕はさっき感じた彼女への感情に納得した。

綺麗だと思いながら、儚さを感じる。それは一年の中で一瞬だけの輝きを放ち、その後は夢であったかの様に散っていく、彼女と同じ名前を持つ植物に抱く感情と同じだった。

僕が名前を呼んだ事で、染衣さんは嬉しそうに頷く。

 

「そうです、綺麗な名前ですよね! もし良かったら、これからも名前で呼んでくださいね?」

「それは……」

 

桜。僕にとって、それはあまりいいイメージではない。僕には全然関係ない事ではあるし、今更僕が背負うような事でもないのかもしれないけれど。それでも罪の証であるその植物の名を口にする事は憚られた。

それに、もう彼女と会うつもりはない。カウンセリングは今日で終わりにしたかった。彼女の監視をするには屋上の方が都合がよかった。そんな相手に名前で呼ばれるのは、流石に染衣さんでも不快に思うのではないだろうか。

だが、彼女は期待に目を輝かせながらこちらを見つめ続けている。その桜色の瞳を僕に向け続けられるのはあまり好きではなくて、思わず目線を逸らす。

思えば、初対面からこうして根本的に苦手意識を持ってしまうのは初めてかもしれない。……と言うか、こうして気圧される経験だって殆どなかった。

僕が目線を逸らした先に彼女は身を乗り出して回り込む。逃がす気はないようだ。

……仕方ない。

 

「……桜さん」

「呼び捨てでいいですよ?」

 

そう言ってくるという事は、そうしないと納得をしないという事だろう。出会って十分のやり取りでもその程度ならもう理解した。

それに、呼び捨てでいいのなら僕だってその方が楽でいい。

 

「……桜」

「はい、芳乃君! それじゃあ先ずは何からお話ししましょうか、私はですね――――」

 

僕に名前を呼ばれると嬉しそうに微笑んで、桜は再び僕の手を取って強く振る。

彼女になされるがまま揺さぶられ続ける僕。何とも間抜けだと、僕自身が思っていた。

かくして、僕は出会ったのだ。共に約一年間を過ごす事になる少女、染衣(そめい)(さくら)と。

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