お昼代契約ランチちゃん   作:昼飯用

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分割祭り


27.桜との日々

七月十二日。季節は春から夏へと変わっていた。

穂叉(ほさ)学園の屋上には太陽の光が燦々と降り注ぎ、熱されたコンクリートは今にも湯気が立ち上りそうだった。

これから夕方になっていくとはいえ、まだまだ陽が落ちる気配はない。空に浮かぶ太陽は閃光弾染みた明るさで世界を照らし続けている。

そんな熱に溶けてしまいそうな昼下がりの終わり。俺は屋上のフェンスに凭れ掛かりながら中庭を見つめていた。

 

「あー、こんな所に居ました!」

 

聞き慣れた声が聞こえて、俺は面倒そうに屋上の出入り口の方を見た。

俺を捜しに来たであろう声の主――染衣(そめい)(さくら)は、呆れたような苦笑いを浮かべながら俺の事を見ている。

 

「今日はカウンセリングの日ですよ。忘れちゃったんですか?」

「……そういや、そんなのもあったな」

 

呆れたまま俺の近くに座った桜へ答える。正直に言うと、別に場所が変わるだけでやっている事は変わっていないのだからどこだっていい気がした。

四月の終わりに桜と出会ってから、カウンセリングと称した保健室での桜との会話は週に一度の頻度で続いていた。例えば、今日の授業の事。例えば、来週提出する宿題の事。例えば、お互いのクラスで授業の進捗に差が出ているかどうか。

そんな当たり障りの無い会話を、この三ヶ月弱続けてきた。

 

「ちょっと詰めてください。給水タンクの影に入りたいです」

「……お前が逆側に座ればいいだけじゃないか」

 

そう言いながらも、俺は座ってる位置をずらして桜へ場所を譲った。

桜は「ありがとうございます」と満足気に笑んで、さっきまで俺が座っていた場所に身体をずらす。

 

「上桐先生が『いつもみたいに屋上じゃないかな』って言うから来てみたら、本当に居るんですもん。昨日あれだけ確認したじゃないですか」

「今週は確か保健室に一回呼び出された。あれで相子だろ」

 

俺と桜はカウンセリング以外でもこうして屋上で話していた。

昼休みと放課後は殆ど一緒に居た。桜自身は俺の様に友人が居ないわけではないのだが、それでも俺との付き合いを優先している。理由は謎だ。問うても『何時か話す』の一点張りだった。

 

「上桐は何だって? あいつ一応俺のカウンセリングの責任者だろ」

「普段やってる事ですからね、『そのままお話ししておいで』って言われました!」

「適当だなあいつ……と言いたいけど、まぁその通りなんだよな」

 

この三ヶ月弱の間に、俺の口調は大分荒々しいものになっていた。

桜曰く、俺の口調は上辺だけの会話の胡散臭さに拍車を掛けるようだ。まぁ、確かに胡散臭い奴は穏やかな口調と相場が決まっている。なので俺の口調を変える所から俺のカウンセリングは始まった。最終目標が何なのか、カウンセリングを受けている俺自身知らないが、別に変えて困るものでもない。桜が提案した仮面を張り付けて、俺は学園生活を送っていた。

 

「今週は誰かとお話ししましたか?」

「……待ってろ、今思い出す」

「あぁ、思い出そうしてる時点でもう大丈夫です」

 

随分な言い草だが、それはそれで事実だった。思い出せば出てくるのは成長した証ではないだろうか。干渉しない程度の付き合いだが、会話が途切れるのではなく終わらせられるようにもなった。

それもこれも、この三ヶ月弱の間ずっと桜に張り付かれていたからだ。

俺との会話の違和感を感じて一日限りの付き合いになると思ったのだが、桜は次の日も俺を捕まえにやってきた。

桜から感じる儚さを払拭出来なかった俺は、あれよあれよと捕まってしまい保健室に連行された。そんな日々が暫く続いた後、放課後の拠点である屋上を突き止められた。その時点でもう諦め、桜が屋上に来る事を条件に日常での会話を了承してしまった。

上桐はそんな俺達を微笑ましそうに見ていた。助けてほしいわけではないが、見守られるのも何だか癪だ。

 

「芳乃君はまーた空を見てるんですね。世捨て人ですか?」

 

桜との出会いから今までを思い返していると、知らず俺は空を仰いでいたらしい。桜がにやにやとそんな事を言ってきた。

意識せずに収めていた青から、見ている事を強く意識する桜色へ視線を移す。

 

「捨てる程世の中に関わってねえよ。偶には桜じゃなくて青が見たくなっただけだ」

「下が駄目なら上ですか。極端ですねー。また中庭を見てたんですか?」

 

桜は俺が言う『桜』が自分の事ではなく、中庭にある桜の事を指しているのは理解している。

最初の方は間違えられていたのだが、今では勘違いをする素振りも無い。

 

「そんなに中庭が好きなんですか? 芳乃君って変わってますよね」

 

変わっている云々については、桜にだけは言われたくなかった。

 

「別に好きじゃねえよ。眺めているだけだ。中庭見るのが退屈だったら、反対側行ってグラウンドでも見てろよ。陸上部とか見てる方がまだ面白いだろ」

 

「面白さ求めてるわけじゃありませーん」なんて子供みたいな調子で返しながら、桜は手持ち無沙汰をアピールするようにがしゃがしゃと金網を揺らしていた。

 

「中庭って慰霊塔と桜しかないじゃないですか。桜に至っては時期もとっくに過ぎてますし……そういう趣味ですか?」

「どういう趣味だ」

 

相変わらず好き放題言ってくれる桜に返すが、悪びれる様子は全くない。

高い金網のフェンスから中庭――慰霊塔を囲む桜を見つめていた。

 

「そういえばですけど、慰霊塔の周りに咲いてる桜って一本だけ違いますよね。他の桜は多分枝垂れ桜……でしょうけど、あの桜の品種って何なんですか?」

 

自分と同じ名前だから興味があるのだろうか。まるで俺が知っているかの様に訊いてくる。

まぁ、事実知っているのだからその判断は間違いじゃない。俺は慰霊塔を囲む桜の木の内、一本を指差した。

 

「あの桜はソメイヨシノだよ。日本じゃ観賞用として代表的な桜なんじゃないか?」

 

夏は青々とした葉が生い茂っているが、秋になれば枯れ始め、気温が下がっていくに連れ散っていく。

今の状態が見ている分には一番気が楽だった。

 

「へえ……どうして、枝垂れ桜に混じって一本だけソメイヨシノが植えられているんでしょうか」

「全部枝垂れ桜の方が良かったのか?」

 

確かに統一された方が景観としては綺麗だろう。春先になればなる程、一本だけ品種が違う違和感は強くなっていく。

だが、桜は首を振って俺の言葉を否定した後に、笑顔でこう言ってきた。

 

「逆ですよ逆。全部ソメイヨシノの方が良かったです」

「……それはまた、何で」

 

殆ど無意識で、俺は桜に問うていた。

別に大した理由は無いのかもしれない。だけど、何故桜が枝垂れ桜ではなくてソメイヨシノの方を選んだのか、俺は知りたかった。

俺の問いに「理由なんて決まってますよ」なんて当たり前の様に答える。

 

「私と芳乃君の名前が入ってるじゃないですか。選ぶなら断然ソメイヨシノですよね」

 

――――その言葉を告げる時の桜の笑顔を、俺は直視出来なかった。

上辺だけ取り繕った大層な理由より、唯自分だけの理由を素直にぶつけてくる。

きっと、桜は訊かれれば誰にだって今の理由を言うのだろう。それが桜にとって、誰にも恥じない答えであるから。

桜は中庭を見つめ直し、俺へ問いを投げ掛ける。

 

「随分立派な桜ですけれど、中庭に桜が植えられてから何年ぐらい経つんでしょうか?」

「百四十年だ。枝垂れ桜の寿命は大体三百年って言われてる。だけどお前の好きなソメイヨシノは五、六回は植え替えられてるよ」

「そうなんですか!? ソメイヨシノは三十年ぐらいしか持たないんですね」

「いいや。六十年ぐらいって言われてる。長くないのは別の理由だ」

 

何故俺がソメイヨシノの事情を知っているのか、そもそもソメイヨシノが短命な理由は何故なのか。

そういった一切の疑問を問うより前に、桜は言葉ない植物を悼んだ。

 

「そうですか……。可哀そう、誰かの都合で薄命を背負わされるなんて」

「……俺には出来ないシンパシーだ」

 

だからこそ、哀悼に目を伏せる桜の言葉が耳に痛い。

あそこに桜を植えた連中にも聞かせてやりたいぐらい、人として当たり前の答えだった。

そんな風に直向きな桜の言葉に感心していたのだが、普段の行いが悪かったらしい。

唯の否定だと受け止めたのだろう。俺の言葉に対して桜は呆れ笑いを浮かべていた。

 

「相変わらずデリカシーがないですねー。たとえ共感出来なくても、話を合わせないと。恋人出来ませんよ?」

 

全くの誤解だが、このまま桜の話をするよりは明るい話題だろう。

敢えて誤解されたまま、俺はその話題に乗る。

 

「人の心配をするより、自分の心配をした方がいいぜ。こんなのと一緒に居ると悪評が広まって、叶う恋も叶わなくなる」

 

何しろ俺は担任からカウンセリングを勧められる程度には評判が悪いのだ。屋上と保健室以外で桜と会わないのは、桜の評判を気に掛けているからだ。

別に俺の無いに等しい友人関係には何のダメージも無いのだが、普通の学生である桜にとっては堪ったものではないだろう。

だが、俺の言葉に桜は得意気な笑みで人差し指を左右に振っている。

 

「私が好きな人はそんな事気にしませんよ。寧ろ芳乃君と仲がいい事を喜ぶんじゃないですか?」

「そりゃ俺の事をよく知らないからだろ」

「そんな事ありません。上桐先生は芳乃君の事を分かってくれてるじゃないですか」

 

意外な名前が出て、俺は言葉を返す事が出来なかった。きっと俺は間の抜けた顔をしていたに違いない。

俺の間抜け面を見て、桜は得意気に笑っていた。してやったり、という表現が最適だろう。そこには羞恥など微塵も感じられなかった。

 

「想定外でした? 芳乃君が女の子の気持ちを察する日は遠そうですねー」

「否定はしない。お前が誰を好きだろうと、俺には関係ない事だしな」

「あー、そういう事言います? 女子がこういう事言うのって結構勇気が要るんですからね!」

 

俺の肩を叩きつつ言葉では憤慨しながらも、桜の表情は明るかった。

何故、桜が上機嫌であるのかは俺にはさっぱり分からない。桜の言う通り、俺が女子の気持ちを察する日は遠いだろう。

……まぁ、遠いなら遠いなりに歩を進めなければならないのだろう。桜は『勇気が要る』と言っていた。勇気が要る内容を俺に告白してくれた事は、桜に信用されている証拠だろうから。

 

「……さて、保健室に行くか」

 

立ち上がりながら言う俺を、桜は驚いたように見て立ち上がった。

両者の距離感を縮める事は出来なくても、物理的に距離を近付ける事は出来るだろうと思ったのだが、何か間違えただろうか。

……そう思ったのだが、どうやらそれは杞憂のようだった。

流石の俺でも、にやついた表情に変わった桜を見ればそれぐらいは分かる。

 

「上桐にカウンセリングの様子をモニターしてもらわないといけないからな」

「……素直じゃないですねぇ!」

 

止めておけば良かった、という後悔と共に、桜に背中を叩かれながら保健室に向かっていった。

 

 

          ◇

 

 

十一月五日。防寒具の一つでも身に付けるべきだと催促するかの様に、気温は下がっていく。

部活や委員会などの用事がない生徒は、暖を求めるようにそそくさと校舎から去っていく。

そんな生徒達の流れに逆らうように、俺は保健室の長椅子に居座っている。今日はカウンセリングの日だった。

 

「なぁ、上桐。俺は訊きたい事があるんだが」

「どうしたんだい、君が僕に質問なんて珍しいな」

 

あれ以来、カウンセリングの日は一応は保健室に向かうようになっていた。

『彼女の監視』をカウンセリングの前に簡易的に行うだけで済まさなければならないのは不服だったが、桜の上桐への恋情を知ってからは無下にするわけにもいかなかった。何しろ、俺の居場所に桜が左右されてしまうのだ。カウンセリングの日ぐらいは本来行う場所に居て然るべきだろう。

それ自体は別に文句があるわけでもない。義務に従う事はその立場に置かれた人間がするべき事だった。

だが、それはそれとして。俺にはどうしても訊きたい事があった。

 

「このカウンセリングは何時まで続くんだ。もう半年経ってるんだが?」

「うーん、それは染衣さん次第かな」

「監督義務を放棄すんな! お前が終了の判断を下さないと永遠と続くんだからな」

 

ノートパソコンのキーボードを叩きながら何かしらの事務仕事をしている上桐に対して、恨みを込めながら言ってみる。だが、上桐は軽く笑ってからコーヒーを啜るだけでこちらに振り返る事は無い。

俺も座っている長椅子の前にあるテーブルに置かれている湯呑みを持って、一口啜る。気温が下がり始めたこの季節には丁度いい。

 

「ははは。大分その話し方が馴染んできたね。染衣さんの提案の賜物かな」

「あいつと話してる間、喋り方や一人称を間違えると『違いますよー』って笑顔で圧掛けてくるんだよ。俺と話してて平然としてるし、俺より桜の方がやばい気がするけどな」

「普段は屋上で話しているんだよね。どんな話をしているのかな」

「大した事は話してない。真面な会話は……桜がソメイヨシノが俺とあいつの名前が入ってて好きとか、そんな程度の話だぞ」

 

俺が今週したクラスメイトとの会話は思い出さなければ出てこないが、桜とのカウンセリングは思い出すまでもない。

うんざりした様子が伝わったのか、上桐は顔だけをこちらに向けた。おかげで気付いたが、何やら苦笑いを浮かべている。

 

「大した話じゃなくても会話になるのも相性じゃないかな。それに、今の深花君の方が初めて会った時より親しみやすいよ。僕と君達じゃ世代が違うからね。当然感性にもずれがある。同年代とのやり取りを上手くする為の工夫は、同年代同士の方が見つけ易いのかもしれないね」

「桜がそんな七面倒な事考えるような奴かよ。そもそも、俺の考え方は変わってないんだ。外面が変わっただけでも腹の内が変わってないんだから、何れは違和感に変わっていくじゃないか」

「それも大丈夫じゃないかな。僕の予想だけど、深花君はきっと長い付き合いになる相手はそう多くないと思うから」

 

上桐の発言を否定する理由は一つも無かった。意識的にそうするにしろ無意識でそうなったにしろ、長い付き合いになる人間が少ない方が上手くいくだろう。

生徒の俺に対して養護教諭らしくない言葉を言うようになった上桐だが、呼び捨てている代償として受け入れておく。別に気を遣われたいわけでもない。

 

「多かれ少なかれ、人は自分を曝け出す相手を選ぶからね。それ以外の相手には摩擦が少なくなるように、他者に合うような意見を使い分けて過ごす」

「別に気にしないけどさ。誰も本音で喋らないって、凄い世界だな。臆病なのか薄情なのか、或いはその両方か」

「そうだね。君が染衣さんから貰ったのは、そんな世界を生きる為の仮面かな?」

「仮面だけ付けてもな。中身が伴わなきゃ意味ないぜ」

 

自分がどれだけ社会不適合者かは自分でよく分かっている。

上桐だってそれは知っている筈なのだが、何故か顎に手を添えて何か思案している。

 

「それは考え方次第かな。深花君は本音で世界を生きていける強さを持ってるとも言えないかい?」

「残念ながらそれはないな。桜に散々言われてきた。デリカシーが無いってさ」

 

前髪を切り過ぎたとか、体重が増えてたとか、そういった事を言われても気の利いた言葉を返せるわけがない。『良かったな』とかテンプレートから適当に引っ張ってこなくなっただけでも、十分な進歩だろう。

ぶーたれて叩いてきながらも口元が笑っていた辺り、桜もそれは分かっていたのかもしれない。

ここまで話して、「そういえば」と上桐が椅子を回転させて俺の方に身体を向けた。

 

「染衣さんの姿が見えないけれど、どうしたのかな。流石に深花君だけここに来るって事は無いよね」

「課題出し忘れて補習だとよ。さっき連絡があった」

「そうなんだ。深花君はここで彼女を待っているんだね、正直意外だ」

「あいつを待たせると煩い。なら、待ってるしかないだろ」

 

今までもカウンセリング前に行う監視が長引いて桜が保健室で待っている間、相手をしていたのだろう。上桐は苦笑いしながら「そうだね」と同意する。

そしてノートパソコンを閉じて立ち上がった。

 

「さて、と。そろそろ職員会議の時間だから、僕は職員室に行くよ。誰か来たら対応をよろしくね」

「おい、俺は怪我人の処置なんて出来ないぞ」

「この間、染衣さんと怪我の処置の仕方について色々と話してたと思うけどな。あれで問題ないよ。病人が来たり自分じゃ処置出来ないって思ったら、僕を呼んでくれればいいし。その為にも居てほしいかな」

 

俺の返事も待たず、上桐は手帳や何かしらの資料を持って出て行ってしまった。

カウンセリングの事と言い、上桐はどこか養護教諭としての責任を放棄しがちではないだろうか。

 

「――――お待たせしましたっ!」

 

上桐が出ていってから数十秒後。暇になったので長椅子に寝転がって眠ろうかと思った瞬間に、保健室のドアが勢い良く開かれた。

確認するまでもなく桜だ。俺に休憩する時間は与えられない。

上桐との会話が休憩しなければいけない程疲れたわけじゃない。寧ろ、疲れるのはこれからだった。

 

「補習はどうだった、他にもお仲間は居たのかよ」

「居ませんでした! 先生も『どうしてお前だけにこんな事しなきゃいけないんだ』みたいな目でしたよ?」

 

まぁ、それも教員の仕事の内なのだから仕方がない。

桜は羽の様に軽い足取りで、俺が座っている長椅子の背凭れに手を突いた。

この距離感も慣れたものだ。俺が言う事でもないけれど、桜はきっと人との距離が他の人より近い。

 

「因みに俺は『補習から解放されたお前の相手をしなくちゃいけないのか』みたいな目を出来てるか?」

「芳乃君は最近私の扱いが雑過ぎやしませんか? 友達はもっと大切にしましょうよ!」

 

桜は不平不満を言いながらも笑顔だった。どうやら補修が終わったのが余程嬉しいらしい。

……それにしても、桜は変な事を言っていた。

 

「俺とお前って友達なのか? いつも屋上で会話にもならない話をしているだけだろ」

「名前で呼び合って、いつもお話ししてるんですよ? 友達でなければ何なんですか!」

「知らねえよ」

 

当初の予定通り、長椅子に寝転がる。桜が言うなら、俺と桜は友人なんだろう。

俺は否定する時は必ず否定する。その習性を理解している桜は、勝手に言外の意味を察してだらしない笑みを浮かべていた。

 

「ほーんと素直じゃないですねぇ! 私と芳乃君は友達友達ですよー!」

 

上機嫌な桜が背凭れから身を乗り出して、俺と目線を合わせる。

桜色の長い髪が重力に引かれ、桜の背中から流れていく。俺の顔にまで落ちてきそうで、反射的に手を前に出してしまった。

さらりとした、絹の様な柔らかい触感が俺の指と指の間を抜けていく。温度なんて無い筈なのにどこか熱を感じた事に驚いて、思わず手を引っ込めそうになってしまった。

自分の髪を触られているのに、桜は少しも気にしている様子はない。上機嫌なまま保健室を見渡して、一つの事実に気付く。

 

「上桐先生は居ないんですか?」

「職員会議だ。ついさっき出てったばっかりだから、暫く帰ってこないだろうな」

「成程。私の補習が終了したのもそんな理由なんですかね」

 

そう言われて俺も納得した。桜の補習を担当した教師はそもそも補習をする事に乗り気ではなかったようなので、補習を強制的に打ち切れる理由に職員会議を選んだ可能性は高い。

桜は「んー」なんて珍しく何か考えるような声を出して、まるで答えが決まっていたかのように俺の方を向いた。

 

「芳乃君。私、上桐先生に告白しようと思うんです」

 

――――いきなり言うには、随分と重たい内容だった。

俺の手と、指に掛かる桜の髪が視界を遮って、はっきりとは表情が見えない。

だが、桜の薄い笑みが俺を見ているような気がした。こいつはどんな時だって迷わない。俺の意見だって必要としていない。桜は何時だって自分の事は自分で決めてきたのだ。

俺に言ったのだって唯の報告に過ぎない。だが、桜にだって勇気が必要な時はある。上桐への好意を俺に告げた時に知った事だ。

今回もきっとそうなのだ。俺が桜の友人であるから、勇気を出して話してくれた。

なら俺は、桜の勇気を無駄にしてはいけないのだろう。それが俺の友人としての務め……いや、俺が自分の意思でする干渉だ。

 

「そうか。届くといいな、お前の気持ち」

「――――っ、はい! 頑張って届けます、私の気持ち!」

 

まるで桜が咲くかの様に。満開の笑顔で桜は頷いた。

きっと間違いじゃない。俺が桜の背中を押す事は、微かでも桜が変えた俺が出来る干渉なのだと、信じたかった。

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