お昼代契約ランチちゃん   作:昼飯用

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三倍に膨れ上がった過去編が終わる


28.桜散る夜

深夜零時。日付は変わって二月九日。俺は座りながら、いつもの定位置で屋上のフェンスに背中を預けている。

普段であれば自宅で明日の準備でもして、夜が明けるのを眠って待っているような時間帯だ。

だと言うのに、俺は穂叉(ほさ)学園の屋上で飽きもせずに中庭を眺めていた。

流石に深夜にもなれば、慰霊塔の周りは騒がしい。霊的な存在を知っている程度の俺の目でも、朧気ながらあいつ等の存在が処理出来ていた。

 

「流石に少し、冷えますねえ」

 

呑気な声が聞こえて、俺は視線をそちらに向けた。

夜空の群青とは対照的な桜色の髪を躍らせて、桜は給水塔の上に座りながら月を眺めている。

何故俺がこんな時間に学園の屋上に居るのか。答えは簡単で、桜に呼び出されたからだった。と言っても、態々校舎に侵入したわけじゃない。唯下校時刻を過ぎた後も屋上に留まり続け、守衛の目を誤魔化しただけだ。

守衛も業務外となった今となっては、普通に話している分には何の遠慮も必要ない。

唯、この寒空の下数時間待機するのは流石に堪えた。防寒具がなければ風邪を引く所だっただろう。

 

「そっちに飛び込んだら受け止めてくれますか?」

「断る」

「呼び出しには応じてくれるのに、こういうお願いは聞いてくれない。芳乃君のツボがよく分からないですねー」

 

俺としては桜が俺に何を求めているのか分からなかったが、桜も本気ではなかったのだろう。

桜は伸びをした後、今の会話が無かったかの様に言ってくる。

 

「呼び出しておいてこう言うのも何なんですけれど、大丈夫なんですか? お家の人とか、心配したりしないんです?」

「今更過ぎる疑問だな、それ。一人暮らしだから問題ねえよ」

 

俺の母親は魔術師だが、父親は一般人だ。両親はここから少し離れた場所に住んでいる。

住居は穂叉(ほさ)学園に進学する際に、学園の近所にあったアパートの一室を借りた。別に実家から通学しても問題は無かったのだが、近い方が何かと都合が良かったのだ。

両親からの魔術師でありながら学生生活を送る事への反対はなかった。父親の一般人としての感性から言えば高校に通うのは当たり前で、母親に至っては同じように穂叉(ほさ)学園に通っていたのだ。反対する理由も無い。

 

「そうなんですか? 驚きです」

 

言葉とは裏腹に驚いた様子など微塵も見せずに、桜は月を見続けていた。

どうやら桜は月にご執心らしい。月見の時期はとっくに過ぎているのだが。

 

「見てください、芳乃君。とっても綺麗なお月様ですよ」

 

月見桜の言葉通り、俺も月を見た。

借り物である黄金の輝きを放ちながら、太陽の代わりにしては控えめに世界を照らしている。

……まぁ、確かに。綺麗か綺麗じゃないかと問われれば、綺麗な部類には入るのだろう。

 

「私、月が好きなんです。毎日姿が違って、誰かの傍に寄り添うように控えめにそこに居て。だけどしっかりと自分があって。子供の頃から、家のベランダでよく見てました」

「あっそ。何に憧れてるのか知らねえけど、そろそろ用件を話してくれてもいいんじゃないか。態々一緒に月見する為に屋上に残らせたわけじゃないだろ」

 

俺の言葉に、桜は「相変わらずデリカシー皆無ですね」と苦笑いを浮かべている。

冬の透明な空気は感情まで伝わり易くするのだろうか。桜が俺に呆れているのがよく分かった。

呆れられるのはいつもの事だ。愛想を尽かされなかっただけましだろう。

月を眺めたまま。桜は指を唇に当てて考える素振りを見せた後に、独り言の様に呟いた。

 

「私、上桐先生にフラれてしまいました。あのお仕事を始めた理由の為に、私の想いには応えられないそうです」

「ふぅん。……そりゃまた、ご愁傷様」

 

一応社交辞令の様に慰めておくが、自分でも酷いと思える程白々しい言葉だった。生徒と教師。そこには大きな倫理の壁がある。

想いがあればそんな壁どうにでもなると思える程、俺は恋を知らない。寧ろ、そういった柵は手段を問わず確実に取り払っていくべきだとも思っている。

たとえば、上桐が養護教諭を辞めるとか、桜が学生を辞めるとか。欲しい何かを得る為に何かを失うのは、そうおかしな事でもない筈だ。

そんな俺の考えが顔にでも出ていたのか、桜は不満を漏らす。

 

「あー、何ですかその対応。女の子が傷付いていたら、強引且つ優しく抱きしめるものですよ?」

 

なんて事を言っているが、それは今の桜には不要だろう。

傷付いている女はそんな風に笑っていない。誇らしげな笑みは後悔や傷心とは程遠いものだ。

俺の推測が正しかったのか、桜は月に捧げていた笑顔をこちらに向ける。……いや。振り下ろされた笑顔は、少し変わっていた。

あの笑みの意味は――――きっと、喜び。

 

「なーんて、芳乃君ならそう言ってくれると思ってました。変に同情されるのも何だか嫌ですからね」

「友達に同情一つしないのもどうかと思うけどな。自分で言っておいて何だけど」

「……いいんです。世間的には少数かもしれませんけれど、それが救いになる人だって存在しますよ」

 

それがまるで自分だと言わんばかりに、桜はまた笑みを変えた。

慈しむように目を細めて、俺を見る。染衣(そめい)(さくら)という存在に、深花(しんか)芳乃(よしの)という存在を見つめられていた。

……どうしてだろう。桜と初めて会った時に感じた儚さを、今更より一層強く感じる。

それが月光に照らされる姿から来ているのか、初めて見た色の桜の笑顔から来るのかは分からない。

 

「私が芳乃君と一緒に居たのも、他人にあまり興味を持たない所が気楽だなって思ったからです。どこまで近付いても気の休まる距離感の友人って、とても貴重ですから」

「そりゃどうも。相変わらず褒められてる気はしねえな」

「確かに褒めてはいませんけれど。だけど今までだって、芳乃君の考え方を否定してきたつもりはありませんよ?」

 

桜の言う通りだった。桜と行ってきたカウンセリングで、俺の中身は大して変わっていない。

桜から貰ったのは、外界と接する際の仮面だけ。上辺だけの会話を誤魔化す荒療治。与える印象が違うだけで、俺の立ち位置も何もかも、別に大きく変わってはいないのだ。

それは彼女が俺を否定しなかったから。肯定されていた覚えもないが、桜は俺の中身を受け入れていた。

だから今、俺は桜から笑顔を向けられている。俺がその笑顔からどんな不安を感じても、それだけが事実だった。

 

「意外だな。てっきりお前は誰とでも仲良くして、それが苦にならない人間だと思ってた」

「あはは、よく言われ……はしないですけど。人疲れは結構し易いですねえ。ひろーくあさーくとか、気楽そうに見えても相性がいい人ばっかりとは限らないですしね」

 

困ったように笑う桜。桜が他の生徒と一緒に何かをしている姿は殆ど見た事はない。

態々屋上に来てまで俺と話していたのも、屋上には殆ど人が来ない事も手伝っていたのかもしれない。

 

「今更そんな告白、俺とお前には必要ないと思ったけどな。どうでもいいけど、一応理由ぐらいは聞いておくか」

「謝りたいと思ったんです。芳乃君を友達だって自分から言っておきながら、芳乃君の隣をぺらぺらな人間関係からの避難場所にしてた事を」

 

また、桜の笑顔が変わった。自らの性根に嫌悪したのか、申し訳なさそうに眉を寄せていた。

その表情を、俺は見ていたくなかった。それを見るぐらいだったら、たとえ不安を煽ろうともさっきの笑顔の方が好きだった。

変えられるだろうか。俺の言葉で。目の前の桜の笑顔を。

 

「謝られる謂れも無い。それぐらいの利用、誰だってやってるだろ。俺が干渉しない事がお前の役に立ったなら、儲けもん程度に考えておけ」

「……ありがとうございます」

 

憑き物が落ちたかの様に清々しい笑顔を見て、俺は安堵した。

今夜は無理かもしれない。だけどきっと、夜が明ければ戻っているだろう。いつもみたいに俺に呆れたように笑い、今日あった事を楽し気な笑みを添えて語る。そんな毎日に戻っている筈だ。

 

「さーて、最後の最後にいいものが見れました。優しい言葉を掛けてくれる芳乃君なんてレアですからね、冥途の土産にしては贅沢過ぎです」

 

大きく伸びをして、桜は立ち上がった。

冷たい風が吹いた。それは給水タンクの上に立つ桜の身体を頼りなく揺らす。

桜は自らの身体の揺れなんて気にする事は無く、月を見上げている。

 

「……ここに芳乃君を呼んだのは、告白の結果を聞かせる為じゃありません」

「まだ用件すら始まってなかったのか。お喋りが好きな奴だな、お前も」

「そりゃあ喋りますよ。芳乃君と話す、最後の機会ですから。……でも、これ以上は贅沢ですかね」

 

桜は月を見上げたまま、寂しそうに笑んでいた。

その寂し気な笑みに気圧され、俺は桜が発した言葉の数々を追求する事は出来ない。

 

「思い出さなくていいんです。芳乃君は、私の事を憶えていてくれますか?」

「何だそりゃ。今更お前を忘れるのは無理だろ。卒業しても憶えてる」

 

俺の言葉を、桜は頷いて受け入れた。

だがその笑みの寂しさは消えず、原因は俺には分からない。

 

「約束ですよ。私の事を誰も憶えていないのは流石に寂しいですから」

 

桜は一度だけゆっくりと目を閉じて、開ける。

たったそれだけの時間の中で、どれだけの思い出が脳裏に過ったのだろう。

 

「上桐先生には想いを届けられました。芳乃君には優しい言葉を掛けてもらえました」

 

踊るように、桜の髪が風に乗った。

その光景が散りゆく花弁に錯覚して、思わず彼女の名前を呼ぶ。

 

「……桜?」

「もう、満足です。全部、すっきりしました」

 

風が吹いて乱れた髪に遮られ、桜の口元は見えなかった。

俺は金網のフェンスに手を掛けて、無理矢理に身体を起こす。身体を起こした勢いのまま、桜の方へ近付いた。

月光に照らされてた髪は鏡の様に光を反射して、思わず目が眩んでしまう。だが、たとえ目が眩んだとしても逸らすわけにはいかなかった。

逸らしたが最後、もう一度前を向けばそこには桜が居ない気がした。

何があっても染衣(そめい)(さくら)に近付かなくてはいけない。深花(しんか)芳乃(よしの)の魂がそう叫んでいるのに。

 

「芳乃君」

 

――――名前を呼ばれただけで、俺は一瞬にして足を止めてしまった。

どうしてなのか分からなかった。身体が言う事を聞かなかった。

桜はくるりと回って、俺の方を見た。最後に見た穏やかで満足気な笑顔と、終わりの言葉。

 

「ありがとう」

 

それが当たり前かの様な気軽さで、桜は後方へ軽く飛んだ。

桜が立っていた給水タンクの頂上の高さは、転落防止の為に設置されている金網のフェンスより高い。給水タンク自体も屋上の隅の方に設置されてはいるが、フェンスとは事故で転落しても問題ない程度には距離があった。

だが、そこから意図的に飛んでしまえば超える事は造作もない。

重力に引かれて桜吹雪の様に乱れる桜の髪に見惚れながら、頭のどこかでこの先の未来を理解していた。

思考とは切り離された身体がゆっくりと歩いて、給水タンクの裏のフェンスから下を見た。

目の前で起きた夢みたいな光景の結末を見届ける義務が、俺にはあった。

 

「――――そうか」

 

赤く咲いた桜の中で、唯一残っていた笑みを見て。知らず呟いていた。

笑顔の中には、どれだけの孤独への欲求が隠されていたのだろう。何時でも笑っていた桜は、何時でも孤独を求めていたのかもしれない。

多くの友人に囲まれながら、桜はきっと誰とも分かり合わなかった。必要だっただけで、求めてなんかいなかったから。深くなればなるだけ、悪意の無い干渉が増えていく。自分を偽って生きていく。きっと桜はそれを嫌ったのだ。

干渉をしない友人が必要だった。それが俺だった。真面な会話にもならなかった屋上での逢瀬は、桜の中では正しく友人とのやり取りだったのだろう。

上桐への告白も、交際が目的だったわけじゃないんだろう。抱いた恋情を抱えたままでいる事が正しくないと思ったから、想いを伝えたかったのだ。

桜はどこまでも自分に素直だった。やりたい事をやっていた。彼女の望みは全て果たされた。だから終わらせた。遺書なんてない。遺す必要がある想いなんて何一つ無いのだから。

そしてきっと、誰もが時間と共に染衣(そめい)(さくら)を忘れていく。

上桐への告白と、桜への優しい言葉。その二つの干渉が今を作った一因であるならば、俺はその干渉の責任を取らなければならないのだろう。

だから、俺だけは忘れない。最期に桜とした約束の通り、俺は彼女の事を忘れる事はないだろう。どうせ桜以上に俺と関わる存在も居ない。お前がくれた仮面を付けて、“無干渉”に従って生きていこう。俺にしてやれるのはそこまでだ。そこには無駄も何もない。桜の一生の価値は、桜だけが決めればいい事だ。

先ずは下の処理から始めなければ。自殺として処理をされるのは、一連の出来事を調べられる事に繋がる。この学園で協会の息が掛かっていない警察に嗅ぎ回られるのは我慢ならない。適当な事故として処理をするのが妥当だろう。

そんな風に考えながら、自分の足が動かない事に気付いていた。

あぁ、分かってるさ。自殺として処理させないのは、都合が悪い以上に、彼女の死につまらない勘繰りを入れてほしくなんてないからだ。忘れていくような連中が一時の興味だけで桜の死を弄ぶ事が嫌だと思ったからだ。

そう思った時点で、自分が気持ちを取り繕った事は明白だった。彼女の死に俺が誇りを持っているのであれば、外野の雑音なんて関係ない。俺が干渉をしなければ、桜は死ぬ理由に俺への満足を使う事はなかったのかもしれない。どうしてもその一念が頭から離れてくれなかった。

桜だけで完結させる筈の死を、俺の干渉が穢した――――俺は、干渉をするべきではなかったんだ。

一人で行くのは可哀そうだなよな。止められなかったのは俺のせいだ。

待っていろ、今直ぐ俺もそっちに行くから。誰もお前へ悪戯に干渉しない世界で、これからはずっと一緒に居よう。

そうと決まれば、足は羽の様に軽かった。まるで恋人と明日会う約束をしたかの様な足取りで、俺はフェンスに近付いていく。

明日が待ちきれない気持ちを訴えるように右手を掛ける。俺と桜の間に聳える柵に思えて、煩わしくて仕方がない。

そんな柵を乗り越えようとして指に力を込めた時――――誰かが、俺の左手を掴んだ。

引かれた左手なんて無視をすればいい。桜が下で待っている。そう理解しているのに、俺はそこから動けなかった。

 

「誰かに言われて決めるなんて、マスターらしくないですよ」

 

俺は向こうが誰か知らない筈なのに、声の主は俺がどうあるべきかを分かっているような口振りだった。

――――だけど。繋いだ手から伝わる温もりを、俺は知っていた。短い間だが、ずっと感じている温もりだった。

その声と温もりに安心感を覚えていた事も、それをくれる存在を大切だと思ってる事も。俺は知っているんだ。

くい、と。俺の手を引く力が強くなった。どうやら我慢が出来なくなったらしい。仕方のない奴だ。

口元に微かな笑みを浮かべ、俺は彼女へ振り返る。桜色とは対照的な、薄青の髪が視界に入った。彼女の口元にも俺と同じような笑みがあるのを確認して、気が緩んだのだろうか。

白んでいく視界の中。彼女の微笑みだけを、最後まで見続けていた。

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