お昼代契約ランチちゃん   作:昼飯用

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この話含めて多分あと四話。多分ね!


29.月に咲く死垂桜

ふと、目が覚めた。

長い夢を見ている気分だった。実際、俺は夢を見ていたのだろう。

誰かに見せられた、桜と出会ってから彼女の最期を看取るまでの長い夢。悪趣味にも程がある。

ゆっくりと瞼を持ち上げる。亡者の学園の校舎の天井と、夢の終わりで見た薄青の髪が、未だぼやけている視界で何とか確認出来た。

どうやら俺は廊下に寝転がっているようだ。それにしては何だか、頭部が浮いているような。

 

「……マスター?」

 

俺が目覚めた事に気付いたのか、薄青の髪が揺れた。

後頭部の弾力と熱を伴う感触と言い、寝転がっている状況と言い、どうやら俺は膝枕をされているようだ。

天井を収めていた俺の視界に、見慣れた顔が飛び込んでくる。見慣れた顔だ。笑った顔も、怒った顔も、悲しんだ顔も。この亡者の学園で色んな表情を見てきた。

だが、そんな表情――今にも泣きだしてしまいそうな表情は、流石に初めて見た。

 

「ラン――――わぷっ」

「マスター!」

 

そのままランの上体が倒れ込んできて、ランの膝に顔を挟み込まれた。ぎゅうぎゅうとランの腹部が押し付けられている。

人に触れられる事は慣れていないので、あまり得意じゃない。それは手を繋ぐ程度の接触を割と頻繁に行っているランが相手でも例外じゃない。

筋肉の感触が強い四肢はともかく、腹部の柔らかさは特に苦手だ。四肢より若干体温が高い気がするのも苦手に拍車を掛けている。

そして何より――――息が出来ない。完全に密着しているせいで普通に窒息する。折角夢の中から戻ってこれたのに、また夢の中行きは勘弁してほしかった。

喋れる筈もないので、腕を回してぽんぽんとランの背中を叩く。

ランは何故か興奮しているので気付いてもらうのには時間が掛かったが、暫くすると気付いて上体を起こしてくれた。

 

「す、すみませんマスター! 苦しかったですよね!?」

「……まぁな」

 

解放されたので、俺はごろりと転がってランの膝から降りた。

冷たい廊下に顔面を擦る趣味もない。そのまま両腕に力を込めて起き上がる。

貧血の様なくらつきが襲ってきたが、壁に手を突きながら何とか立ち上がった。

顔を上げれば、俺を取り込んだ姿見が目の前にあった。くらつきが去るまでの間見つめてみたが、鏡に映っている俺は今の姿のままだ。

そこまで調べて、姿見に呑まれる前には無かったある術式が発動している事に気付いた。これが俺を姿見に取り込んだ“結界”だろう。

 

「……成程。ラン、俺はここから出てきたのか?」

「はい……あたしが引っ張り出したので、あたしと一緒に出てきました」

 

やはり、夢の最後に現れた奴はランだったらしい。くらつきが治まるに連れ事態が呑み込めてきた。

助けてくれた事には素直に感謝をするが、一つ訊かなければいけない事が出来てしまった。

 

「それで……見たか?」

 

視線をランに向け直して問うと、ランも何の話であるか分かっているようだった。

それは当然だろう。最後に俺を夢から引っ張り出したランは、同じ夢の中に居た。夢の中に居たのなら、内容を知っていて当たり前だ。

ランは誤魔化す事なく頷く。申し訳なさそうな表情をされるのは、何故だかこっちの方が申し訳なく感じた。

 

「結末は前に教えた。経緯は見た通りだ。つまらないものを見せたな、忘れろ」

 

事実、つまらない話だ。俺の知り合いが自殺をして、俺がそれを別の事故に歪曲させただけ。

くらつきが治まっても身体を蝕む嫌悪感だって、俺の個人的な感傷に過ぎない。

口頭で説明すれば十分だ。ランが実際に知る必要なんてなかったんだ。

――――だと言うのに。

 

「いいえ。忘れません。あたしが知る事が出来なかったマスターの思い出を、あたしは憶えていたいです」

 

そんな風に毅然とした態度で言われたら、俺からは何も言えなくなってしまう。

それと同時に、どこか嬉しく思っている自分がいた事に気が付いた。

ランなら桜を誤解する事なく、桜の事を憶えていてくれるのだと、俺は信じているのだろう。

これだけは一人で行くつもりだったけれど、一緒に来てもらった方がいいのかもしれない。

 

「分かった。……なら、行くぞ」

「どこへですか? マスターはさっきまで気を失っていたんです。姿見で自分の顔色を確認していないんですか。今日はもう戻った方がいいですよ」

 

ランに言われずとも、それぐらいは分かっている。酷い顔だ。身体には何の異常も無い筈なのに、姿見に映っていたのは血の気なんて微塵も感じられない幽霊の様な顔。

気力で立っているのとは逆の状態だ。身体には何の異常も無いと頭で分かっているのに、俺の身体は言う事を聞きたがらない。

いいから黙って動け。お前に休んでいる暇なんかない。一刻も早く、あの場所に行かないといけないんだから。

 

「心配ない。寧ろこれからする事に関しちゃお似合いだよ。悪いけど、止めたって俺は行く」

「ちょ、ちょっと、マスター。止めませんけど、あたしも行きます。置いていかないでください」

 

言う事を聞かない身体を無理矢理引き摺りながら階段を上って上階を目指す俺を、ランは追い掛けてくる。

追い掛けると言っても、ふらついている俺とはっきり歩けるランの歩行速度は比べるまでもない。

あっという間に追い付かれて、隣に並ばれた。心配そうに俺を覗き込むその姿を見て、何とも情けない気持ちになった。

 

「肩、貸しましょうか?」

「いい。終わったら頼む……それまでは、一人で立つさ」

 

そんなやり取りを終えて階段を上り続け、辿り着いたのは屋上に繋がる扉の前。

夢の中で気が遠くなる程訪れた、思い出の場所に繋がる門。

胸に抱いた嫌悪感が膨れ上がっていくのを感じた。同時に風船が爆発するかの様な焦燥に駆られる。

 

「マスター……。もしかして」

「お前が考えてる通りだよ」

 

今まで散々脳内に過ったノイズは、もう掛からない。嫌悪感が膨らんだ原因も、焦燥に駆られる理由も、手に取るように分かる。

いけない、指先が震えてきた。どうにかなる前に動かなくては。

鉛の様に重い扉を開けると、あの日の様に大きな月が黄金に輝いていた。その光が全てを照らしてくれる事を祈るように、俺は屋上へと踏み出した。

――――そして。当然、あいつはそこに居た。

 

「……やっぱりか」

 

空に浮かび、月を食み、生を嘆く。死に辿り着く悲劇に呑まれ、途絶えた時間の先を歩んでしまう。

反転した世界で、唯一自らの望みを叶えられず。

月に笑み――――死垂桜(しだれざくら)が咲いていた。

 

「……マスター、あの人って」

「お前はそこから見ていれば十分だ。……こいつだけは、俺がやる」

 

切なげに呼んだランを、俺は小さく制する。

思えば、“月に笑む少女”の悍ましい姿に見惚れていたのも当然の事だ。

貌の無い笑顔も、赤い滴を垂らす手足も、血管へと様変わりした髪も。それら全てが、あいつが生を全うした証なのだから。

 

「芳乃君? まーた会いましたね、こんばんは!」

「声が、はっきり聞こえた……!?」

 

ランが驚くのを他所に、俺は自らの定位置と化していた場所に向かう。

中庭を一望出来る場所。あいつがずっと隣に居た場所。

そこまで移動して、俺は“月に笑む少女”に視線を向ける。変わらず、あいつは喜びを表現するように笑っていた。

目線が合った“月に笑む少女”は前回の様に俺に突撃してきた。

突撃に気付いたランが俺を大きな声で呼ぶが、俺は一切それを気にしない。

……確か、飛び込んだら受け止めろとか言ってたよな。一々注文が多い女だ。

俺は受け入れるように両手を広げた。それを確認したのか“月に笑む少女”は口元を嬉しそうに緩め、俺と同じように手を広げた。

“不干渉”を籠めた魔力を全身に流す。そうして、何の遠慮も無く突撃してくるあいつを受け止めた。

重さなんてまるでないのに何故か倒れそうになるけれど、何とか踏ん張って前を見る。

 

「……ふふ、少しは女の子の扱いが分かったみたいですねー。一緒に居る彼女さんのおかげですか?」

 

“月に笑む少女”は満足げに笑みながらこちらを見るが、俺が応える事は無い。

死人と話す趣味なんてない。俺がこの屋上にやってきたのは、お前と話をする為じゃない。

ゆっくりと力を籠めて、“不干渉”の魔力を流し込んだ。

俺が思った通りならば、これできっと――――。

 

「……やっぱり、芳乃君はそうしてくれますよね」

 

安堵したような声だった。顔は見えないけれど、笑っているのだと確信した。いや、確信するまでもない。こいつは、何時でも笑っている。

出会ってから、別れるまで。そして別れてからも、笑っていた。

“月に笑む少女”は自らの身体に起こる異変を確認しながら、喜びを声に乗せる。

 

「芳乃君」

 

もう半年以上聞いていない筈の声なのに、ついさっき聞いたような声だった。

自分の馬鹿さ加減に呆れてくる。この声を聞いて、あの笑みを見て。俺は一体何を勘違いしていたのか。

“無干渉”で無理矢理に触れている感触が、少しずつ薄れていく。

視界に映る彼女の身体が光を放っている。これまでの七不思議と同様に、亡者の学園から去っていく合図だろう。

やがて、するりと俺の腕の中から彼女は抜けていき、月に誘われるようにゆっくりと浮遊をしていった。

俺と見つめ合っていた“月に笑む少女”は、俺に貫かれた時の様に別れ際に一瞬だけ視線を逸らした。

彼女が最後に見つめていた場所を、俺は何となく察した。

ソメイヨシノ。たった一度だけあいつが好きだと言った、俺とあいつの名前が入った桜。

俺がそれを見る事はない。この終わりはあいつだけのものだ。俺は生きていて、あいつはもう死んでいるのだから。

 

「ありがとう」

 

最後の最後に、俺に向き直った特大の笑顔に返す言葉なんてない。

それを分かっているのか、彼女も言葉を続ける事は無い。

月を背景に、透けた身体を桜の花びらの様に霧散させて。七不思議の一つ、“月に笑む少女”は――――月に、咲いた。

 

「桜、さん……」

「……“月に咲く死垂桜(しだれざくら)”ってとこか」

 

ランの呟きが夜空に響く。光の粒子が完全に消えた事を確認して、俺は漸く中庭の方を見た。

偽りの桜は時期なんて関係なしに咲き誇っている。

“月に咲く死垂桜(しだれざくら)”が消えたとしても、亡者の学園という異界には何ら変わりなんてなかった。

 

「良かったんですか、桜さんとお話ししなくて」

 

屋上の入り口から見守り続けていたランの質問の答えなんて分かりきっている。

余韻なんてものはない。結局、終わってしまえば簡単な事だった。

染衣(そめい)(さくら)は半年以上前に死んでいる。俺はその死の瞬間に立ち会っているのだ。桜がもうどこにも居ない事なんて、俺が一番よく分かっている。

 

「死人と話す趣味は無い。今更話す事なんて一つも無いよ」

「……話す事は無くたって、伝えたい事はあったんじゃないですか」

「あったから何なんだ。生者と死者は交わらない」

 

交わらないからこそ、生者は死者との関りで何かを得てはいけないのだ。

生者には死者との思い出があるのだから、それを頼りに生きていくしかない。

これまで俺がそうしてきて、これからもそうしていくように。

縋るように、フェンスへと指を掛ける。桜とくだらない会話の中で背を預け続けていたこの場所に、何かが残っている気がしたから。

 

「あいつは他の七不思議とは違う。お前が助けてきた奴等と同じようにする必要なんてない」

「……そうですか。マスターがそう言うなら、きっとそうなんでしょう」

 

納得したのか、それきりランは桜の事を喋らなかった。唯、そっと俺の傍に来て、俺の左腕を取って自らの首に掛けた。

 

「どうした」

「マスターが言ったんじゃないですか。『終わったら肩を貸してくれ』って」

 

そういえば、そんな事を言ったような気がする。

その判断は間違いではなかったのだろう。俺の推測を確かめる為には体力は温存しておいた方がいい。

“月に咲く死垂桜”が消える直前に見ていた場所。去年まで慰霊塔の傍で咲いていたソメイヨシノ。

俺が考えている通りなら、亡者の学園の原因と、実行した犯人はきっと――――。

 

「……マスター?」

 

ランが俺を呼ぶので視線を向けると、心配そうにこちらを見ている。怖い顔でもしていたのだろうか。

今はもう嫌悪感も焦燥感も薄れていっている。体力面では元々あまり消耗をしていないのだから、精神面で安定してきたのであれば問題はない筈だ。

俺はゆっくりと首を振って否定する。ランを悪戯に怯えさせたくはなかった。

 

「ラン。“月に咲く死垂桜(しだれざくら)”はまだ完全には消えてない。このままだと、明日も同じように屋上に現れる」

「確かに……状況だけ見れば、前回消えた時と同じですもんね」

「あぁ。だから、亡者の学園から戻ったらあと一仕事ある。付き合ってくれるか?」

 

一瞬の間もなく、「桜さんの為なら」と返してきたランに礼を言う。

得意気になりながらも照れるランを見て、思う。――――本当に、お前が居てくれて良かった。

 

 

          ◇

 

 

「……ふぅ」

 

知らず、深い溜息が出ていた。穂叉(ほさ)学園から帰ってきた後、マスターはいつも通りの人間的活動をして眠りにつこうとしていた。

同様に、あたしもマスターの横に寝転がっている。マスターはあたしが隣に居るのが当然かの様に何も言わなかった。

今日は色んな事があり過ぎた。スプリンターさんが亡者の学園から解放されたと思えば、マスターが鏡の中に囚われてしまい、夢としてマスターと桜さんの一年間を観る事になった。やっとの事で鏡の中から助け出しても、マスターは意識を取り戻すなり“月に咲く死垂桜(しだれざくら)”さんに会いに行ってしまった。そして亡者の学園から戻ってきてから一作業。

正直言うと、事件に巻き込まれていないあたしの方が疲れてしまった。

自分も巻き込まれたというのに、一日の終わりには入浴や食事等の普段通りの生活を送れるマスターとの違いは何なんだろうか。経験の差だろうか。

そう納得してしまえばそこまでなんだけれど、何だろう。あたしはどこか引っ掛かっていた。

 

「どうした、溜息なんか吐いて。今日は予想外の事態が多かったから疲れたのか? なら、早く寝ろ」

「それはこっちの台詞なんですけれど……」

「だから寝るんだろ、明日で全て終わらせる。秋月さんへの根回しも終わったし、お前も自分の役割忘れるなよ」

 

マスターの忠告を受け止めて、あたしも眠ろうと目を瞑る。

あたしに忠告をした時点で既に限界だったのか、マスターは直ぐに意識を手放した。そんなマスターの寝息を聞きながら、あたしはふと考える。

明日が最後。それは亡者の学園で起きている一連の事件の解決と同時に、マスターとあたしの契約の終わりを意味していた。明日のお昼代を貰う事は、きっともうないのだろう。

契約が終わると、マスターとあたしはどうなるのだろう。そんな疑問は浮かんできても、マスターに訊く事は出来なかった。それを訊く資格は、きっとあたしにはないから。

明日で全てが終わる。七不思議の人達を助けるってあたしの役目は、しっかりと果たせた。事件の解決はマスターの役目だ。あたしに出来る事は明日の役割を確実に遂行する事。

先ずは事件の解決を。逃避的な思考だけど、そもそも解決出来なければ契約の終わりは来ないのだ。

七不思議の人達が被害者だと分かった時、あたしは助けたいと思った。その気持ちだけは嘘じゃない。嘘にならないように必死だった。それが自分の中に何もなかった、あたしのたった一つの願いだったから。

そしてその願いを最後に叶えてくれるのは、あたしの隣で眠っている人。

 

「……今日はいい夢を見れるといいですね」

 

もう、今のあなたには必要のない願いかもしれないけれど。

本人には届かないその言葉を、あたしはいつも通りに呟いた。




深花(しんか)芳乃(よしの)
魔術師。
鏡の中の夢からランのおかげで無事帰還。後に“月に咲く死垂桜(しだれざくら)”と接触し、彼女を解放した。

ランチ
明日の昼飯代で契約した精霊。
スプリンターを無事説得し、その後は鏡の中に囚われた俺を救いだした。
事態解決に多大な貢献を――――あたし、自分の願いに従っただけですよ?

スプリンター
何個か足りない七不思議の一つ、“走り続けるスプリンター”。
ランによって説得された事により、亡者の学園に登校させられる事はないと思われる。

染衣(そめい)(さくら)
半年以上前に自殺した筈の少女。
経緯は明らかになってはいないが、その魂は何個か足りない七不思議の一つ、“月に咲く死垂桜(しだれざくら)”として亡者の学園に囚われていた。
彼女の魂が誰かに弄ばれる事は、もうないだろう。
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