お昼代契約ランチちゃん   作:昼飯用

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本当は二話の内容だったもの。尚終わらなかった模様。


3.二人目

ジャックナイフが林檎を剥いていた家庭科室から出た後。

 

「ごほっ……マスター……。……次はどうするんですか?」

 

林檎で咽ていたランが復活したので肩から降ろす。

昨日校舎から脱出する際に抱えた時も不思議なくらいに軽かったのは、彼女が精霊だからだろうか。

 

「次は小さな女生徒に会いに行こうか。図書室に居る筈だ」

「図書室……ですか。それもこの特別棟にあるんですか?」

「そうだよ。最上階である四階の一番奥。位置的には職員室の上かな」

 

尤も、ランは職員室がどこだか分からないだろうけど。

ともかく、移動開始だ。階段を三階分上がるのは少し疲れるけれど仕方がない。

よく見るとランは浮いていた。亡者達の姿が無いのをいい事に楽してるな。

階段を上り始めた辺りで、ランは僕に問い掛ける。

 

「ジャックナイフさんとの会話はどうでした?」

 

どうでした? と訊くのは、自分が林檎を食べていただけの自覚があるからだろうか。

 

「まぁ、収穫はあったかな。はっきりと会話が出来たのが大きいよね。嗜好性や嗜虐性も分かってきた。適当に会話を合わせるだけでも、分かる事はあるから」

「マスター、面の皮が厚いですもんね。話してる事の大半が嘘でしたよ?」

 

放っておいてほしい。何かしら情報を集められるなら、嘘でも何でも吐けばいいのだ。

ここは僕達にとっては異世界。せめて情報ぐらいは貪欲に集めていかないと、何時まで経っても事態の解決は果たせない。

長い階段を漸く上りきる。ランも歩行に戻る。廊下の途中には亡者達が何人か居た。

 

「この廊下の突き当りが図書室ですよね?」

「うん。プレートに書いてあるから間違えないかな」

「よし、出発進行です!」

 

やる気を出して、ずんずん進んでいくラン。ジャックナイフとの会話の時は林檎を食べてただけだけど、今回は役に立ってくれるだろうか。

突き当りのドアの前まで歩ききると、上のプレートを確認する。昼間の学校と同じ、『図書室』だ。

 

「マスター。ここですよね?」

「そうだけど。でも、ここも家庭科室と同じように昼とは少し違っているかもね」

 

家庭科室の包丁差しにジャックナイフが刺さっていたように、何かしらの異常事態は覚悟をしておいた方が良いだろう。

それがジャックナイフと同様に、あの小さな女生徒との会話のヒントになればいいけれど。

唯、放課後になるとそれぞれが決まった場所に必ず向かっている。決して無関係ではない筈だ。

 

「覚悟はいいかい? 怖かったら僕の後ろに下がってね」

「大丈夫ですよ。優しそうな子でしたし!」

 

それ以前に君には人見知りの気がある事は、言わないのが優しさだろうか。

図書室のドアを開ける。中の雰囲気は家庭科室と大差ない。確かな違和感は存在しているけれど、よくよく見なければ気付かない。

そもそもが夜の学校の図書室なのだ。大きな欠損が無ければ、その異常性が小さな異常を覆い隠してしまう。

 

「こんにち――――むぐっ」

 

意気揚々と大きな声を出そうとしたランの口を塞ぐ。

 

「図書室では静かに。昼でも夜でも、これは常識。いいね」

 

すっと顔を近付けて、小さな声で注意する。

いきなりの事で驚いたのか、ランは顔を赤くして固まってしまっていた。

待つ事数十秒。その間にランの大きな薄青の瞳とか、整った鼻筋とかを確認してたけど、急に電源が入ったのか弾けるように離れた。

 

「りょ、了解です……」

 

小さな声でぼそぼそと返事をしてくる。

――――何故だかその姿に違和感を感じなかった。普段は元気なんだけれど、違和感を感じない程度には物静かな一面も彼女は持ち合わせているのだろうか。

ランが落ち着いたので、いい加減図書室に入室する。

別にこの学校の図書室は有名なわけでもない。普通も普通、何の変哲もない図書室だ。面積としては家庭科室より少し広いぐらい。中に入ると先ず、受付のカウンターの方を確認した。女生徒は居ない。受付で亡者達相手に本を貸し出しでもしているのかと思ったけど、その線は無さそうだ。

ランの方も周りをきょろきょろと見渡していたが、見つけるには至らなかったようだ。

 

「ここに居るんですよね?」

「うん。毎日放課後になると、ここに通ってた。今日だけ居ないなんて事は無い筈だけど」

「ですよね。もう少し探してみましょうか」

 

二人揃っての図書室の探索を始める。

規則正しく並べられた本棚はまるで迷路の様だ。面積としては迷う事なんてありえない筈なのに、同じような光景が自分の位置情報を奪っていく。何より、全部が全部同じ光景にしか見えない。

それでも迷路の面積が小さ過ぎて、女生徒は直ぐに見つかった。

 

「あの子……ですよね」

 

ランの言葉に頷きで返す。少しだけ丈が余っている制服。背中まで伸びる、軽くウェーブが掛かった茶色の髪。手元に開いている本に書かれているであろう文字を追っている、垂れ目がちの黒い瞳。

――――ジャックナイフとは対照的に柔らかな雰囲気を纏った女生徒が、窓際の椅子に座りながら本を読んでいた。

もう一メートルと少しぐらいの距離まで近付いている……のだが、僕達に気付く気配はない。

余程集中しているのだろうか。まるで本の内容に意識を持っていかれてしまっているようだ。

 

「こんばんは、少しいいかな」

 

とりあえず声を掛けてみる。

……声を掛けてから十秒程経過して、漸く本から意識を逸らしてこちらを見てくれた。

 

「……お兄ちゃん達、誰?」

 

ぼーっとしたと言うか、気の抜けている様な表情で見つめてくる。

……そのまた数秒後、彼女は目を逸らしてしまった。

何か機嫌を損ねてしまっただろうか。問うまでもなく、彼女はそっぽを向いたまま続ける。

 

「……怖い人、嫌いだから」

 

しっかり僕の事を指差してそう言った。僕、まだ声を掛けていただけなんだけどな。

僕の直ぐ後ろでランがくすくすと笑っていた。明日のお昼代は無しかな。

 

「純粋な子には、猫被りも意味ないんですかね?」

 

ランの言う事に頷くのは若干癪だったけれど、事実として間違っていない。

僕が無理であるならば、この場を任せるのは一人しか居なかった。

 

「ラン、交代。優しそうな子だから、大丈夫だよね?」

「はいはーい」

 

ランはずいずいっと僕の前に出て、屈んで彼女の目線と自分の目線を合わせる。

成程。警戒心を解くにはあぁすればいいのか。――――そういえば、あいつもそうやっていたな。

こちらからでは見えないけれど、ランはきっとにこにこと笑顔を浮かべているのだろう。

それが作り笑顔かどうかは疑うまでもない。作り笑顔が出来る程、ランは器用ではないと思う。

 

「こんばんは!」

 

元気いっぱいな挨拶だが、図書室で大声はマナー違反だ。

 

「こ、こんばんは……」

 

幸い他に人は居ないし、女生徒本人も気にしてなさそうだから別にいいか。僕だって正直どうでもいい。

挨拶を返してくれた事により嬉しくなってしまったランが距離を詰めていっていた。

 

「初めまして、あたしはランチって言います。ランって呼んでくださいね?」

「う、うん……ラン、お姉ちゃん」

「――――はぁぅ」

 

何だかランが胸を抑えてよろめいていた。何か精神に干渉でもされたんだろうか。

別に身体に負担が掛かっているわけでもなさそうだったので放っておいたら、動悸が治まったのか体勢を整える。

そして、咳払いをして僕の方を見た。

 

「後ろの怖いお兄さんは深花(しんか)芳乃(よしの)って言うんですよ。怖いですけれど、暴力は振ってこないので大丈夫です!」

「あんまり怖いを強調しないでもらえないかな」

「……虐めてこない?」

「虐めないよ。君を虐める理由が無い」

 

裏を返せば理由があったら虐めてしまうように聞こえてしまうけど、今はそれが真実だ。

事態を解決する為にやらなきゃいけない事ならばやるし、必要ないならやらない。慈善事業でここに来ているわけでもないのだから。

一応は僕の言葉を信じてくれたのか、僕から目を逸らすのを止めてくれた。純粋、というランの評価は強ち間違いではないのかもしれない。

 

「あなたのお名前は、何て言うんですか?」

 

問うた後にこちらに振り返ったランに頷いて返す。これが聞きたかった。

ジャックナイフには名前が無かった。予想に過ぎないけれど、きっと彼女にも――――。

 

「……分からない。あれは私の名前じゃ、ないから」

 

やっぱりだ。ジャックナイフは知らず、この子は分からない。

自らの名前を言えないなんて普通じゃない。この空間自体が普通じゃないのを差し引いても、この異常は際立っている。

だが、彼女に名前がないのは不便だ。どうせ今回限りで終わるような間柄にはならないだろう。

 

「うーん……名前が無いんですか。困りましたね」

 

それはジャックナイフにも言ってあげてほしかった。

頭を抱えてうんうん悩んでいるランを放っておいて、辺りを見回す。当然、僕達を挟んでいる本棚しか目に入らない。だけど、それでいい。

軽く見ただけでも分かる、異質な本棚の中身。彼女が読んでいた本のカテゴリー。

 

「君の名前は……アリスとか、どうかな」

 

今まで見てきた本棚もそうだった。所々背表紙がひっくり返されて収納されている、童話だらけの本棚。

イソップ、グリム、アンデルセン。書物としての特性はそれぞれ違っていても、世間的には一纏めに童話で括られている創作物。

童話に囲まれた図書室の主である彼女には、これ以上ない名前だろう。

 

「アリス……うん、いい。気に入った! ありがとう、深花お兄ちゃん」

 

華の様に柔らかい笑み。僕には妹はいないけれど、シスコンになるのはこういった瞬間がきっかけかもしれない。

 

「うん、気に入ってくれて良かったよ。考えた甲斐があったな」

 

ランの『嘘吐け』とでも言いたそうな視線を無視して、作り笑顔でアリスへ微笑んでみる。

アリスは柔らかくはにかんで、再びお礼を言ってくれた。雰囲気や言動も相まって、その表情は凄く幼く見える。

さて、名前も与えた所で、調査開始だ。取り調べとも言う。僕がジャックナイフにしたように、ランにはなるべく多くの情報を引き出してもらいたい。

 

「ねぇ、アリスちゃんはどうやってこの学校まで来たんですか?」

「お家から登校してきたの。お姉ちゃん達もだよね?」

 

ランがこちらへ振り返るので頷く。どうやらこの辺りもジャックナイフと同じようだ。

 

「そうなんですよー。ここ、緑色のもやもやした人たちばっかりじゃないですか。お話出来なくて、困っていたんです」

「確かに……あの人達、怖い」

 

アリスは怯えたように口元を本で隠してしまう。

確かに、慣れてないと……慣れていても、普通の人には怖いのだろう。

 

「だから直ぐ、放課後になると図書室に来るの。ここなら、誰も来ないから」

「他にも二人、アリスちゃんみたいにはっきりと顔が分かる生徒がいますよね。お知り合いじゃないんですか?」

「ううん。……あんまり、知らない人とお話するの、得意じゃないの」

 

どうやらランと同じ人見知りらしい。お互い波長が合ったのだろう。このまま続けさせた方が何かしらの収穫はありそうだ。

僕は本棚に収められている本の内、背表紙がひっくり返されている本を抜き取る。

表紙を見てみると、『君と一緒に』と書かれていた。中の分を読んでみると、童話の様な挿絵がない普通の小説だった。

 

「そうなんですか。……アリスちゃんは図書室で何をしていたんですか?」

「童話を読んでいたの。それだけだよ?」

「それだけ……なんですか?」

 

ランの問いに、静かにアリスは答える。

 

「私は私でありたいの。他に何も要らないの。ずっとずっと、私はアリス。素直な心。素直な気持ち。ひっくり返って見た夢は、ハッピーエンドに繋がってるの?」

 

まるで子供に昔話を聞かせる母親の様だ。残念ながら、母親と呼ぶには彼女の容姿は幼過ぎるけれど。

ハッピーエンド。幸せな終わり。それはきっと、当人にとってか周囲にとってかで大分変ってくる。

当人にとってなら簡単な事だけど、周囲にとっても幸せな終わりは、きっとそう多くない。

 

「……ハッピーエンド、ですか」

 

ランの言葉が詰まる。どうやらランにも思う事があったのだろう。

それきり会話は止んでしまった。情報の量はジャックナイフと同程度だ。

だけどアリスの場合はまだこちらに興味を示してくれている。引き下がるにはまだ早い。

僕は適当に抜いたひっくり返された背表紙の本をアリスに見せた。

 

「ねぇ、この本……と言うか、色々な本が背表紙をひっくり返して本棚に収められているけれど。これはアリスがやった事?」

 

問えば、首を左右に振って否定される。

となれば、この校舎が亡者達の学園に変わった時にひっくり返ったと考えた方がいいか。

そのまま何冊か抜いてみるが、哲学書に自伝、自己啓発書といった具合に、見事に子供が読まない書物ばかりだ。

 

「アリスはこういった難しい本は読むのかな?」

 

また首を振って否定される。

 

「そんな難しい本、読めないよ。お兄ちゃんは読めるの?」

「読めるよ。読み聞かせるものじゃないけどね」

 

本棚に本を戻して、僕も童話を一つ引っ張り出す。

未だに黙りこくってしまっているランをアリスが気にしてしまう前に、こちらに引き込んでおこう。

一緒に童話を読んでおく事で、友好的な印象をアリスに植え付けておこうか。

 

「ラン、おいで。絵本を一緒に読もうか」

「は、はい……」

 

そっと寄ってきたラン。その様子は気も漫ろ、という表現が相応しい。

一体どうしたんだろう。ハッピーエンドという単語を聞いてから様子がおかしい。

 

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です……。心配ありませんよ、マスター」

 

弱々しく笑うラン。だが、この様子をアリスに気付かれるのも不味い。

ランと共に床に座り、童話を開く。

童話の内容はありきたりだった。王子様に愛されるお姫様。それを邪魔しようとする魔女。王子様の友人である小人達の頑張りによって魔女の企みは阻止されて、そのまま王子と姫は結婚した。誰もが認めるハッピーエンド。

童話なだけあって短い。別の童話を取ろうと思い、座った位置からでも取れる一冊を適当に取った。

 

「可哀そう……」

 

ランの呟きは誰に向けたものだろうか。

気になるけれど、アリスの前では訊かない方がいい。僕は新しい童話を開いた。

今度の内容もありきたりだった。王子様との恋愛の障害がある少女。その少女を、どこからともなく現れた魔女が助けてくれる。そしてそのまま王子様と結ばれてハッピーエンド。デウスエクスマキナ。体のいい何でも屋。

本を閉じて、本棚に戻す。次の本を探そうかと思ったが、ランが急に立ち上がったせいでそれは叶わなかった。

 

「ラン?」

 

名前を呼んでも俯いたまま、こちらを見てはくれない。

唯、下から覗く彼女の表情からして、何かを思い詰めているのは明白だった。

心配したアリスがおどおどとした様子で口を開こうとした瞬間、ランの声が静かに図書室に響く。

 

「私、童話って嫌いです」

 

それはこの部屋においてどれだけのタブーなのかは想像に難くなかったけど、それより僕はランが物事を嫌いだとはっきり言った事に驚きを隠せなかった。

苦し気に胸を掴んだランは、絞り出すように続ける。

 

「魔女はいつも嫌われ者か、王子様とお姫様を繋げる舞台装置。魔女も魔女です。そのままをよしとして、足掻く事さえ諦めて。悪者でいいって、舞台装置でいいって。そんな事ある筈ないのに。一人ぼっちは、辛いのに」

「……お姉、ちゃん?」

 

アリスは童話を否定された事より、ランの様子を心配していた。自分の好きな物より相手の事を尊重出来る、優しい性格なのだろう。

なら、今が好機だろう。ランの様子はこれ以上放置しておけない。撤退した方がいい。

 

「アリス。ランは本をあまり読まないからね。少し疲れちゃったみたいだ。休ませてあげないと。……また、来てもいいかな?」

 

安心させるようにアリスに作り笑顔を浮かべると、落ち着かない様子で頷いてくれた。

 

「う、うん……。お姉ちゃん、大丈夫? 苦しくない?」

「……すみません。またね、アリスちゃん」

 

僕はランを抱えて、早足に図書室を出る。

アリスの事はジャックナイフと同じくらいは分かった。収穫としては上々だ。

――――そして。

ハッピーエンド。魔女。一人ぼっち。

幾つかのワードが、ランという精霊の輪郭を浮かび上がらせた。




人物メモ

深花(しんか)芳乃(よしの)
俺。アリスに怖がられた。でも途中から少しは打ち解けたのでセーフ。

ランチ
お昼代で契約した精霊。アリス担当。
ハッピーエンドという単語を聞いたり、魔女が出てくる童話を読むと様子がおかしくなる。
……邪魔をしにも来れない辺り、結構な重症らしい。

アリス
童話だらけの図書室で、童話を読んでいた女生徒。名前がなかったので俺命名。
子供っぽい口調。そして子供っぽい本の趣味。素直な心と、素直な気持ち、らしい。
ジャックナイフとは違って俺に怯えたぐらいで、様子は随分と落ち着いていた。
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