お昼代契約ランチちゃん   作:昼飯用

6 / 33
三話になる筈だったもの(予定大幅オーバー)
そして今回で更に予定をオーバーした模様。


5.何個か足りない七不思議

九月十八日。昼休み。

俺とランは亡者の学園での安全地帯として使っている、三階の空き教室に移動していた。

椅子に座って頬杖を突いている俺の周りをぐるぐると回って、ランは暇を潰している。

空き教室には人が近付かないように人払いをしてある。何故かここには来ようと思えない程度の簡単なものだが、元々この空き教室には何もないのでそれで十分だ。

二十週ぐらいした後、ランは飽きたのか俺の前で止まる。

 

「マスターはお昼ご飯を食べないんですか?」

「お前の脳味噌どうなってるんだ?」

 

霊体の状態でふよふよと浮いているランに向かって、睨み付けながら言う。

俺のお昼代は、昨日の調査の前にランとの契約の対価に使ってしまっている。この調査が続く間、俺に昼飯は無い。元々気が向かなければ食べていなかったが。

その事を思い出したのかランは苦笑いで誤魔化した。「それでそれでー」とあからさまに話題を変えようとしている。

 

「昨日のお昼休みは教室で一人ぼっちだったのに、どうして今日は空き教室に移動したんですか?」

「俺だって好きで教室に居るんじゃない。前に根城に使ってた場所が今は封鎖されたから、仕方なく居るだけだ」

「根城? どこですか?」

「どこでもいいだろ。今はもう入れないんだから」

 

そう。もういいんだ。思い出すような事じゃない。

そんな事より、ここに来た意味だ。

 

「寝る前に情報を送った相手が居たろ。その人が今日の昼までに情報を集めてくれるらしい。だから今はその報告を受ける為に、邪魔が入らない場所に移動したってわけだ」

「寝る前って……確か一時過ぎでしたよね? あれから半日ぐらいしか経ってないですけれど……。それで報告が出来る程度には情報を集められるって……」

 

ランが若干引いているが、組織としての協会の力を考えれば不思議な事ではない。何時だって組織という存在の力は偉大なものだ。あと、今回頼んだ人は色々と規格外だから、もう気にしない。

まぁ、確かに俺が頼んだ内容を考えれば、些か早過ぎる気もするが。

 

「ええっと……何について調べてもらったんでしたっけ?」

「ジャックナイフ、アリス、スプリンターの三人が居た場所についてだ。あいつ等がどういった相手かは分からない。どういった原理で亡者の学園で容姿を持っているかも、そもそもあいつ等が本当にあれだけの存在なのかも定かじゃない。先に進む為には、俺達はもっと他の方法であいつ等を知る必要がある」

 

あいつ等は亡者の学園の住人だが、亡者の学園だけで得られる情報だけじゃ限界がある。

視点を変えるのは調査の基本だ。それに則っているだけだが、何故だかランは感心していた。

 

「成程……。マスターって、こういう調査に慣れているんですか?」

「俺単体でやった事はない。けど、今から電話を掛けてくる先輩の調査に、何度か連れていかれた事はある」

 

あれは思い出したくない。調査自体より、先輩に気に掛けてもらった事による、協会からの圧がもう嫌だった。

派閥なんてものは何故存在するのだろう。俺は仕事を手伝っただけなのに、何故取り入った扱いされなければならないのか。

まぁ、それが今の調査の勘に繋がっているのならいい経験ではあったのだが。

「とにかく」と俺は話を戻す。

 

「あいつ等はそれぞれの場所で、林檎を剥き、童話を読み、走り続けていた。それが目的かどうかは知らないが、あいつ等はそれだけだった。閉じてるんだ。今の現状で満足して、それ以上は続かない。このままあいつ等に接触し続けても、事態の核心には至れない――――おっと、来たぞ」

 

着信によってスマホが振動した。画面に表示された名前は『秋月(あきつき)神無(かんな)』。俺の“制隠協会”での先輩だ。協会からの代理人として、俺に事件の解決を依頼してきた人でもある。

ランにも会話が分かるようにスピーカーホンにしてから通話に出ると、男性とも女性とも分からない中性的な声が聞こえてくる。

 

『もしもし? 深花(しんか)芳乃(よしの)君の携帯ですか?』

「はい、合ってますよ。秋月さん」

 

想像通りの聞き慣れた声に返すと、数秒程無音になった。

電波が悪いのかと少し待ってみると、軽い感じの反応があった。

 

『あー、そうみたいですね。契約した精霊さんも一緒なんですね』

 

ランが目を剥いて俺の方を見た。霊体である自分の存在を感知しているのが余程驚きだったらしい。

それ以前に秋月さんは通話をしているだけでこの場には居ない。その状態でどうやって俺達の様子を見ているのかの方が疑問だったのだが、考えるのを止めた。こういう人だ。“最強の魔術師”、とまで評されているのだから、何が出来ても不思議じゃない。

そんな俺達の驚きを無視して、秋月さんは本題に入る。

 

『調べてほしかった内容は、深花君達が潜入した……ええっと、亡者の学園、でしたっけ。そこに居た三人の容姿がある幽霊達。その三人が居た場所……家庭科室、図書室、グラウンドについてでしたよね?』

「はい。あの三人だけが容姿があるのはどう考えたって何かある。そして放課後になると必ずそれぞれの場所に居て、下校時間になるまで居座り続けるのには、何かしらの理由があると思っています」

 

経験から言う所感でしかないが、秋月さんは否定しなかった。

 

『私もそう思います。人は自らの魂が求める何かと引き合います。それが肉体という枷から解き放たれている霊体なら尚更の事です』

「魂が求める何かと引き合う……」

 

ランはそのワードがどこか気になっているのか復唱していたが、今は後回しだ。

 

『家庭科室、図書室、グラウンドについて調べたところ、とある噂話が出てきました』

「噂話?」

 

ごくり、とランが固唾を飲んだ。

俺の鸚鵡返しに『はい』と答えてくれた秋月さんは、たっぷりと間を取った後。

 

『――――七不思議、です』

 

そんなあまりにも学園チックな単語を告げてきた。

ふよふよとこちらに寄ってきたランが、表情で「本気ですか? この話本気なんですか?」と問うてくる。

ランの気持ちも分からないわけではない。だが、別に蔑ろにしていい話でもなかった。

 

「そう馬鹿には出来ない話だ。ここは学園だぞ、寧ろ変な都市伝説より信憑性がある」

「そうなんですか?」

「学生という小さなコミュニティが作り出す、細やかな幻想。真偽の程も定かじゃないが、きっかけは確かにある。流した誰かが確実に居る。問題はそこだな。……すみません、秋月さん。続きをお願いします」

 

俺とランだけならこのまま話してもいいんだが、今回は秋月さんに調査結果の報告をお願いしている立場だ。

秋月さんも抱えている案件はこの件だけじゃなくて忙しいだろうし、用事はさっさと済ました方がいいだろう。……なんだけど。

 

『あ、はーい。雪菊音(ゆきね)ちゃーん。お腹が空いたんでちゅかー? 準備をするので、もうすこーしだけ、待っててくだちゃいねー?』

 

電話越しに聞こえる猫撫で声に、そんな気遣いは不要なんじゃないかと思った。

まぁ、分かってたけどさ。この為のだけに俺は二週間もの間待たされたんだから。

 

「……電話の向こうで何してるんでしょうかね?」

「弟さんの娘さんを一緒に育ててるんだとさ。姪っ子が可愛いんだろ。もうそろそろ一歳になるかならないかだったっけか」

 

秋月さんの弟さんも、その奥さんも魔術師だ。仕事柄忙しいので、時間帯で世話をしているようだが……ってのは俺達には関係のない事だった。他人の事情には無干渉であるべきだ。

少しスピーカーにノイズが入った。恐らく両手を自由にする為にスマホを耳と肩で挟んだのだろう。

何か棚を開けるような音と共に、秋月さんは報告を始めた。

 

『先ずは家庭科室です。“林檎を剥く少女”……深花君の情報と組み合わせるなら、“林檎を剥くジャックナイフ”、ですか』

「まんまですね」

『夜になると、家庭科室から何か物音が聞こえるようなんです。まるで何かを剥くような音が……。その音が気になって家庭科室の扉を開けたら、そこには物騒なナイフで林檎を剥く女生徒が。そして女生徒に気付かれたら最後。捕まって、林檎の代わりに全身の皮を剥かれてしまうそうです……!』

「ひぃぃいいいい!」

「耳元で怖がるな。煩いから」

 

抱き着いてきて怖がるランの口を手で塞いで黙らせる。

とりあえずこれが一つ。七不思議だからあと六つか。

秋月さんは『次は図書室ですね』と前置いた。コンロに火を点けるような音が聞こえてくる。

 

『“童話に還るアリス”。夜、図書室から何か声が聞こえるようなんです。小さな女の子が、まるで何かを歌っているような声が。それに惹かれて扉を開けて、図書室の中に入るんです。……中には誰も居ません。あるのは、図書室の窓際に椅子の近くに落ちている、一冊の童話の本だけ。どうしたんだと思って近付いて覗いてみれば……童話の本に吸い込まれてしまうそうです』

「むごむごむごむご!」

 

この話のどこが怖いのか知らないが、ランは恐怖を身体中で表現するように震えている。口を塞いでいた手を放してやると、より一層抱き着いてきた。実際に亡者の学園に行った事があるくせに、七不思議を聞く方が怖いのか。

それにこいつ、自分が精霊というファンタジーど真ん中な存在なのを忘れてはいないだろうか。

とにかくこれが二つ目だ。あと五回もこれを繰り返すのかと思うと気が重い。明らかに鍋で何かかき混ぜてる音がめちゃくちゃ聞こえてくるし。

 

『次に、“走り続けるスプリンター”ですね。夜、グラウンドから足音が聞こえてくるそうです。その音に誘われるようにグラウンドに向かってみれば、そこには走り続ける一人の男子生徒が。男子生徒を見ると、彼の懸命に走り続ける姿に触発されるように、一緒に走り続けてしまうそうです……死ぬまで、ね』

「……何か冷静に考えると、入りが大体一緒じゃありませんか?」

「急に冷静になるなお前……。ま、七不思議なんてそんなもんだろ。あと四回これが続くんだぞ、疑問に思うのが早過ぎる」

『よし、それじゃあ次が最後ですね』

『――――え?』

 

あまりにも聞き捨てならない言葉を告げられて重なった俺達の声にも動じずに、秋月さんは続けた。

 

『“月に笑む少女”です。唯、これは……うーん。夜の屋上で、唯月に笑んで浮いているだけらしいんです。出会っても何もしてこないし、そもそも気付いている様子もないらしいんですよね』

「え、ちょ。最後の奴情報短過ぎ……というかもう最後――――」

 

秋月さんのやる事成す事に大体慣れた俺でも流石に抗議したが、秋月さんには関係無かった。

 

『あ、雪菊音ちゃーん! もう出来ますから、大丈夫でちゅからねー? そんなわけで報告は以上です。また調べ事がありましたら、次回の定時報告の際に教えてくださいね?』

 

どうやら姪っ子さんの空腹が限界の様で、無理矢理切り上げようとしていた。

俺の仕事は姪っ子さんの空腹以下の優先順位らしい。

 

『あぁ、それと』

「?」

『一日で随分と情報を集められましたね――――二週間の下調査が役に立ったみたいで良かったです』

 

その言葉に、背筋に冷たい電流が走った。

それを最後に、通話は終了した。……ばれてたか。しかも期間まで。確かに俺は、秋月さんからの依頼があった二週間前から、無断で亡者の学園に単独侵入して調査をしていた。

ランにも秋月さんの言葉の意味は伝わってしまったみたいだ。

明らかに俺を責めるような視線をゼロ距離で送ってくる。どれだけ目線を逸らして逃げても、薄青の瞳は逃してはくれない。

 

「マスター……あたしを召喚する二週間前からの調査、勝手にやっていた事だったんですか?」

 

じとーっとこちらを見てくるラン。近い。

こいつ自身が理解しているかどうかは知らないが、ランは美人だ。目鼻は整っているし、何よりこいつが気安く話し掛けてくるせいで距離が近い。

明日の昼飯代で契約しているというどこか白ける状況でなければ、勘違いもあったかもしれない。

まぁ、そんな事より今はランの追撃を躱さなければ。

 

「いや、ちょっと異世界染みたあそこがわくわくしてさ。ちょっと我慢出来なかったと言うか」

「嘘ですよね?」

 

駄目だった。普通に見破られた。殆どノータイムで返したのに何故だ。

……そうか。調査の時にランの前で嘘を吐き過ぎたな。俺の言葉の信用性はゼロだった。

魔術師なんてそんなものだが、ランに信用されないのは何となく辛い。

こんな時にはどうすればいいんだったか。……あぁ、そうだ。しっかりと謝っておくべきなんだ。

 

「悪かったよ」

 

こんな下手くそな謝罪でも、ランは受け入れてくれるようだ。

……違う。最初からランは怒ってなんかいない。唯、俺の事を心配しているんだ。

 

「危険な事だと分かっていたんですか?」

「……あぁ。軽率だったかもな。それで取り越し苦労だったんだ、安堵は出来ても笑えない」

「取り越し苦労……? 何か別に目的があったんですか?」

 

しまった。口を滑らせた。俺はあの二週間でジャックナイフ、アリス、スプリンターの居場所を突き止めている。取り越し苦労では誤魔化しきれない。

もう逃れる事は出来ないだろう。嘘を吐いても直ぐ見破られる。

 

「あったよ。でももう終わった事だ。今回の件には関係がない」

「……そうですか」

「……何をしていたのか訊かないのか?」

 

今度は逆に俺が訊いてしまった。

てっきり根掘り葉掘り聞かれると思っていた。だが、ランにそのつもりはないようだった。

ランはふふん、と得意げに笑って人差し指を俺の頬を突っついてくる。

 

「どうせ訊いても答えてくれないんですよね? それぐらい、この短い間の付き合いでも分かりますよ。だから訊きません」

「それは魔女の話で動揺したお前に対しての、俺の対応への仕返しか?」

 

意地の悪い返しだと自分でも思ったが、ランはすっかり慣れてしまったらしい。

 

「さぁ? ……その代わり、話してもいいと思ったら、話してください。あたしはこの事態を解決するまで、何時でもマスターの傍に居ますから」

 

頬を突きながらそう告げるランの声は優しげだった。……そういった声を聞くのは、久しぶりだ。

頭の中に少しちりちりとしたノイズが走る。あんまり良くはない傾向だ。

まぁ、でも。こうやって俺の事に深入りせずに待ってくれるランには感謝しかなかった。

 

「……期待するなよ。話す必要が無ければ、俺はきっと話さない」

 

こう返すのが精一杯な俺へ、ランは笑って「待ってます」と答えた。

どうやらこの話はこれで終わりにしてくれるらしい。ありがたい事……なのだが。

 

「ところでマスター。あたし、疑問に思ってる事があるんですけれど」

「何だ。この事件はまだまだ疑問だらけだぞ」

「いやー……そういった複雑なものですらなくてですね」

 

すっ、とランは俺を突っついていた手を開いて、何かを数える。

一つ、二つ、三つ、四つ。……何を数えているのかは言われなくても分かるのだが、口にせずにはいられないらしい。

 

「“林檎を剥くジャックナイフ”、“童話に還るアリス”、“走り続けるスプリンター”、“月に笑む少女”。……マスター。指が一本余りましたよ? 七不思議、何個か足りませんけど? 四不思議なんですけど? 四天王なんですか?」

 

ランの疑問も尤もなのだが、それは俺に言われても困る。

と言うかあんなのがあと三人も居たらと考えたら、仕事より面倒くささの方が勝ちそうだった。

 

「……まぁ、謎は少ない方がいいだろ。楽が出来るなら四天王でも三本の矢でも俺は構わない。……言いたい事は凄く分かるけどな」

 

どうどう、とランを宥めてから引き剥がして、俺は椅子から立ち上がる。

そろそろ昼休みが終わる時間だ。教室に戻ろう。

 

「今日は夜の前に、放課後から七不思議を調べるぞ」

「……何かすっきりしませんけれど、分かりましたー。……あれ? そもそも根本的な疑問に気付けていないような」

 

腕を組んで考え込み始めたランを放っておいて、俺は空き教室から出て行った。




人物メモ

深花(しんか)芳乃(よしの)
俺。魔術師。
ランを召喚する前の二週間の間、無断で亡者の学園を調査していたのがばれた。

ランチ
怪異現象は実際に見るより話しに聞く方が怖い派――――怖くないですけれど!?

秋月(あきつき)神無(かんな)
俺の“制隠協会”の先輩。俺にこの事件の解決を依頼した人。
つよい。なんでもあり。全ての事情は姪っ子さんの前に露と消える。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。