お昼代契約ランチちゃん   作:昼飯用

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おわかりいただけただろうか……阿保みたいなタイトルから想像が付かないぐらい、基本的に話が暗い事を……


8.保健室の主

図書室から出てランを放した後、俺は無言で歩きだす――――筈だったのだが、足を止める事になった。

ランが俺と繋いだ手を放さない。実体化したランの熱が伝わっている。緊張しているのか、仄かに汗を掻いていた。

 

「……どうした。グラウンドに行くぞ」

 

言ってみても、ランは俺の言葉に従わなかった。

どうあってもここを動かないという気持ちより、どこか俺の気持ちを落ち着かせようとする思いやりを感じる。

 

「その前に落ち着きましょう。そんなふらふらした心で行っても、大切な事は何も見つけられませんよ?」

「なら問題ないな、一応の確認をしに行くだけだ。新しい発見をしたいわけじゃない」

 

俺を諌めるランの言葉も表情も優しくて、何故だか悔しかった。まるで反抗期だ。

……あぁ、そうか。俺はまだ思春期だったな。あの時から何にも変わってない。

ランは静かに首を横に振って、「そうじゃありません」と否定する。

 

「あたしが言っているのは、事件の事なんかじゃありません。きっと芳乃君は、目を瞑っていても正解には辿り着くでしょう。……そうじゃなくて、もっと大切な事です」

 

……何が大切かなんて、そんな事。ランに言われなくたってとっくに気付いている。

それをもっと大切にしなくてはいけなかった事も……もう戻らない事も。

そんな事に今更気付いたって、もう過去には戻れないって、俺は知っているんだ。

だからこそ、桜が散った後に残った仮面を拾いあげ、顔に張り付けて生きている。

 

「様子がおかしくなってしまった理由は、残念ながらあたしには分かりません。あたしは、自分が魔女のお話で気分が沈んでしまう理由も分かりませんから。……だけど、あたしは芳乃君と一緒に居られますよ? 朝も、お昼も、夜も、契約が切れるまで。あたし達はずーっと一緒です」

「……孤独になりたかったら、どうするんだ」

 

孤独なら、何かを穢す心配も無い。

そんな考えと苦し紛れから出た言葉も、ランの前には無力だった。

 

「ないですね。だって……一人ぼっちは、辛いですから」

 

『俺は一人の方が気楽だ。別に辛くはない』。そう告げようとして、呑み込むより前に喉から出ようともしなかった。その言葉を否定してはいけない気がした。

これは、ランがランチである為に最も大切な何かの一つであると、俺の直感が告げていた。

俺は改めて、ランという存在を見た。俺と明日の昼飯代で契約した精霊。さらりと流れる薄青の長い髪。普段元気な癖に時折儚さを感じさせる薄青の瞳。大体笑ってる癖に偶に口角を下げる唇。ちゃんと昼飯代を使ってるのか疑問に思う重さ。

何も思い出さなければいい――――俺も、お前も。深花(しんか)芳乃(よしの)とランチのまま。この事態を解決しても、一人ぼっちにならないように契約を続けて。過去に蓋をした魔術師と、本当にそうなのかも分からない精霊。そんな関係を、続けていけたなら。

――――何時かはあいつとの全てを、自らの一部として抱えたまま生きていけるだろうか。

……どうやら、ぶれ過ぎたみたいだ。半年以上避けていると、耐性も薄れてしまっているらしい。俺はどうにか心を落ち着かせ、無理矢理に思考を切り替える。

 

「……そうだな。今の所は一緒に居るか。お互いぶれた時、どうにかする相手が必要だからな」

「そうですよ。あたしは多分、芳乃君が居れば何とかなりますから。芳乃君も、あたしが居れば何とかなりますか?」

 

何とかする、と言いきらないのはずるいだろう。……俺は小さく「そうだな」とだけ答えて、ランの反応も見ないまま歩き出す。

ランは暫く発言のリピートを要求していたが、俺に引っ張られていたせいか諦めたようだ。……そういえば手を繋いだままだった。放しておこう。

 

「あ……」

 

放した途端、ランは残念そうに声を漏らす。歩くのが楽だったからかどうかは知らないが、手を繋ぎ続けるのは不味いだろう。

 

「目立たない方が都合がいい。お前、この学園に在籍してないの忘れてないか?」

「あ……そ、そうでした。隠密隠密……」

 

どうやら本当に忘れていたらしい。そしてお前のその容姿で隠密は無理だ。普通にしてた方が一番目立たない。

夜と同じルートで下駄箱まで行き、上履きのまま昇降口へ。昇降口からはグラウンドを一望出来る。

何故グラウンドに出ないかの理由は簡単だ。

 

「部活、凄いですね……」

 

これに尽きる。陸上部の他にもサッカー部までもがグラウンドを半分に分け、それぞれのテリトリーで活動していた。野球部は別の専用グラウンドがあるのでそこで活動している。

ランは俺より数歩進んで、物珍しそうに部活に勤しんでいる生徒達を眺めていた。そういえば本当の意味で部活を見るのは初めてだったな。

夕日に焼かれながらも青さを失わない髪を揺らしながら、ランはこちらへ振り向いた。

 

「場所を直接調査するのは、無理そうですよね」

 

ランの言葉に頷く。活動している生徒が多過ぎる。調査は家庭科室と図書室の様には行きそうにもない。顧問の目も厄介だ。

 

「あの様子じゃ異常も何もないだろ。今直ぐ空き教室に戻ってもいいんだが、興味があるならもう少し部活を見ていくか?」

「いいんですか!?」

 

ランは目を輝かせた。どうやら部活には興味があったようだ。尻尾があればくねらせているに違いない。

「好きにしろ」と答えれば、再びグラウンドの方へ向き直って部活動を観察していた。

陸上部はトラックを走って記録を計測したり、幅跳びを飛んだり、ハードル走をしたり。

サッカー部はパス回しをしていたり、実戦形式のミニゲームをしていたり、体力作りにサーキットをしていたり。

そしてそれを記録したり、補助したりしているマネージャー。

とにかくあの場の全員が全力だった。いい汗を掻いているんだろう。

 

「これが青春なんでしょうか?」

 

ランが振り向かずに訊いてくる。

訊いてくるが、訊く人間を間違えているとしか言いようが無かった。

 

「別に運動だけが青春じゃないだろ。さっきの三葉の幼馴染みたいに、文化系の部活をしてる奴だっている。と言うか、夢中になってる事があるなら部活じゃなくてもいいんじゃないか」

「例えとしては、何です?」

「知らん。青春を謳歌する事に一番縁遠い俺に訊くな」

 

青春を謳歌してる魔術師なんて聞いた事が無い。

俺の年代なら、こうやって普通の学校に通ってる方が少数派だ。魔術師の学校は協会だからだ。つまり、俺は魔術師の出世コースからはドロップアウトした存在と言ってもいい。

俺は魔法なんて興味無いから出世なんかどうでもいいし、そもそもこの学校に通わなければならない理由があったのもあるのだが。

まぁ、それでも訊かれたからには例えぐらいは出さないといけないんだろう。

何かしら青春に値するメジャーな趣味があっただろうか、と脳内を探り始めた時。

 

「――――そうだね。恋愛とか、学業とか。どれが青春になり得るかは、当人次第じゃないかな」

『え?』

 

ランは単純に知らない声に振り向いただけだが、俺はそうは簡単には行かなかった。

ぞくりと、した。脊髄が熱くなる。俺の精神を逆撫でする、優しい優しいむかつく声。ノイズが走る。俺がむかついているのは、そんな理由からじゃない。

もっと大事な、最期の瞬間。それを穢した俺の干渉。ふわりと浮く彼女の身体。まるで咲くように広がっていく、桜色の髪。――――あいつは、最初から最後まで笑っていた。

ノイズは治まらない。走り回って、俺の記憶を塗り潰す。くそ、分かってた。放課後に校舎をうろつけばこうなる可能性がある事くらい。

――――脳髄ごとノイズを振り払うように。前を向き続ける方が好きなのに後ろを振り向いて、そこに立っている人間の名前を嫌々呼んだ。

 

「上桐」

「やぁ、深花君。こんな時間まで校舎に居るとは、珍しいね」

 

何時の間にか昇降口の境に立っていた男は、柔和な笑みを浮かべる。

上桐(かみきり)(さとる)。この学園の保健室の主である養護教諭だ。少し癖のある茶髪に、柔らかな印象を裏付ける黒い瞳。俺は詳しくないが、少し童顔な気がある。

教員の中では取っ付き易い部類にいるおかげで、悩み相談をしに保健室に赴く生徒も多数いるらしい。図書室でランが言った通り、恋愛相談をする生徒だっている筈だ。

――――唯。それ等一切を何もかも抜きにして。俺はこいつが嫌いだった。

 

「別に。そろそろ帰ろうと思ってた。グラウンドを眺めるのはもう飽きた」

 

語気が静かに荒くなる俺の言葉も、こいつの前では無力だ。

どこか懐かしそうに受け流すその姿勢が、どうしようもなく俺の神経を逆撫でしていく。

自分を律するのに精一杯で、少しでも気を抜くと手を出してしまいそうだった。

 

「相変わらず気難しいね、君は。……そっちの子は? 見た所、三年生みたいだけど……見た憶えはないかな」

「あ、え、と……あ、あたしは」

「ランだ。お前だって生徒全員憶えているわけじゃないだろ」

 

人見知りで動揺しているランをフォローする為に睨みながら言うと、上桐は苦笑いで頬を掻いて「恥ずかしながら、そうだね」と肯定した。

それだけで終わってくれればいいのに、どうしてこいつは会話を続ける。

 

「じゃあ、ランさんを知る為に保健室でお話でもどうかな。時間があればだけど」

「保健室は寄合所じゃないぞ。正しく使えよ、養護教諭」

「そ、の……お気持ちは嬉しいんですけれど……」

「そんなに豪華ではないんだけれど、お茶菓子とお茶もあるよ」

「あるんですか!?」

 

五秒前まで断ろうとしていたくせに、速攻で食い物に釣られたランには溜息を吐くしかない。期待した表情でこちらに許可を求めてきた事に、もう一度重ねる。

人が好さそうに笑った上桐は、「勿論だよ」と言って校舎内に戻っていく。着いてこい、と告げているのだろう。

ランが行くしかないなら俺だって行くしかない。二度と立ち寄りたくない場所だったが、仕方がない。

 

「……お前、三葉の所で散々林檎食べただろ」

「いやぁ……誰かと食べるのって、何か楽しくてですね……」

 

廊下を歩きながらランに小言を言ってみると、ランは照れ笑いで誤魔化してきた。

……誰かと食べるのは楽しいのかどうかなんか、もう憶えてない。

 

「おや、三葉さんって、三年の三葉さんかな。元家庭科部の」

 

上桐は俺達の会話に参加してくる。ランもランで、当然の様に返していく。

 

「ご存じなんですか? そうなんです、さっき家庭科室で林檎を剥いてもらいました」

「……本当、飴一つで誰にでも着いていくんじゃないだろうな」

 

食べ物で釣られたせいでランは人見知りをどっかに置いてきてしまったようだ。

……何だか、むかついた。

機嫌が悪い俺の相手は慣れているのか、上桐は動じない。

 

「三葉さんは一度、僕の所に相談しに来ているからね。内容はプライバシー保護の関係で言えないけれど」

「当たり前だ。口が堅くないとやってらんないだろ、スクールカウンセラーなんて」

「そうだね。……だから、君が当校の生徒じゃないランさんを連れている事も、僕の心の内に秘めておくよ」

 

何気ない言葉に、ランは息を呑んでいた。俺も小さく舌打ちをする。

……やっぱり気付いてやがったか。まぁ、別にその可能性を考えていなかったわけではない。大したショックじゃなかった。

 

「知ってて何も言わないのは職務怠慢じゃないか? 校内に不審者を招き入れてるんだぜ?」

 

鼻で笑って嘲ると、上桐は困ったように腕を組む。

 

「うん。実はそうなんだ。僕は知らず、君の片棒を担いでしまった。君とランさんが悪さをしない事を、祈るしかないみたいだ」

 

上桐は『参ったね』と言わんばかりに頬を掻く。

その態とらしさに感謝出来る程、俺は大人じゃなかった。

 

「……虫唾が走る。その態とらしさを見せるのに、どれだけの時間が掛かったんだか」

「君のその悪態も懐かしいな。もう半年以上も、真面な会話をしていなかったからね」

「今だって話したいわけじゃない。寧ろ話したくない。ランの付き添いじゃなければ、保健室にだって二度と近寄らなかった」

 

普通だったら諍いになってもおかしくない俺の言葉を、上桐は受け止め続けた。

……もういい。これ以上はこいつの傲慢さに気が触れそうになる。俺がこいつを嫌いな理由は俺しか知らないし、何よりランが怯えてしまっている。

折角ランが誰かと食べる事が楽しいと分かったんだ。手遅れかもしれないが、これ以上空気を悪くするのはランに悪い。

丁度保健室の扉の前に行くと、一人でに扉が開いた。

 

「あ……先生」

「おや、久城さん。もうお帰りかな」

「はい。もうそろそろ、部活が終わる時間ですから」

 

中から出てきたのは女生徒だった。

活発そうに揺れる、首辺りまでの茶色いポニーテール。クールに落ち着きを見せる黒い瞳。高めの身長も相まってぱっと見は大人びた印象だ。

上履きは三年のものだった。上桐と何やらやり取りをしている間に、ランがこそこそと俺の傍に寄って耳打ちしてくる。

 

「またクラスメイトじゃないですよね……?」

「大丈夫だ。見分けがつかない」

「全然大丈夫じゃないんですけど。芳乃君はもう少しだけでも他人に興味を向けてください」

「だからこれでも真面になった方だ。以前はもっとやばかったぜ」

「どれだけ酷かったんですか……」

 

他人と殆ど会話が続かなかったレベル、だというのは黙っておこう。

別に言葉が話せなかったわけじゃない。態度が白々し過ぎて向こうから怖がってしまうだけだ。

『久城』と呼ばれた女生徒は上桐に挨拶して俺達の方へ歩き出す。昇降口にでも行くのだろう。

そのまま俺達の事は無視すると思っていたのだが、何故か俺達を通り過ぎた少し後で足を止めた。

 

「……校内で堂々といちゃいちゃと。随分とお熱いね」

「ん? ……あぁ、これはこいつがくっ付いてるだけだ。気を悪くさせたか」

 

言って耳元のランを引き剥がす。

先に行け、と目線で上桐に伝えると、「後でね」と言い残して保健室に入っていった。

 

「あうっ……す、すみません。見苦しい所を見せてしまいました」

 

ランは頭を下げて謝る。これ俺も謝らないといけないのか。

とりあえず後ろに振り向こうとした瞬間、久城がおかしそうに否定したのを聞いて振り向くのを止めた。

 

「いいのいいの。別に風紀がどうとか言う気はないから。唯ね、羨ましいなぁって思ってさ」

「羨ましい……? ま、まさか……芳乃君の事」

「ラン、待て。俺はこいつの事を知らないぞ。『久城』が苗字か名前かどっちなのかも知らない」

「苗字だよ。うちもそっちの事知らないね。『芳乃』って名前? 随分と女っぽいけど」

 

首を傾げた後に要らない事を考え始めたランの思考を二人して止める。

俺の名前が女っぽいのは放っておいてくれ。特に意味はない。

……と言うか、別に久城と話す必要はなかったんだった。俺としてはこのままこいつと話してた方がいいのだが、ランの為に保健室に行くべきだろう。

 

「じゃあな。また会ったら自己紹介でもしようぜ」

「そだね。んじゃね、芳乃と……ラン?」

「さ、さようなら!」

 

そのまま気配が遠ざかっていくのを確認して、俺とランも保健室に入る。

カーテンで仕切られたベッドが二つ。上桐の事務机が一つ。怪我人が座る丸椅子が二つ。お茶菓子が置かれているテーブルと、テーブルを挟むように配置された長椅子が二つ。生徒の健康診断結果などの書類が収められているであろう鍵付きの大棚が二つ。まぁ、どこにでもあるような普通の保健室だ。

……そして、微かに香る消毒液の匂い。その匂いが俺の中の何かを刺激して、来た事をもう後悔していた。

 

「ラン、長椅子に座ってろ」

「芳乃君は?」

「背凭れに腰掛ける。……あんまり座りたくない気分だ」

 

俺達が久城と話している間にでも淹れていたのか、上桐は盆に湯呑を三つ乗せて持ってきた。

 

「お茶、淹れたよ。熱いから気を付けてね」

「ありがとうございます。芳乃君、どうぞ」

 

ランが礼を言って湯呑を二つ受け取ると、一つを俺に差し出してくる。

要らない、と言おうとして言葉を呑み込む。

……仕方がない。もう部活が終わるような時間だ。そう長居もしない。これもランの為だ。

この場限り、と自分に言い聞かせて、俺は一応会話をする事にした。

 

「……頂くぞ」

「うん。どうぞ」

 

うっかり湯呑を握り潰しそうになったが、どうにか堪えて一口飲む。

……流石に淹れたては熱い。

ランはどうやら猫舌らしい。一生懸命息で冷ましながら、どうにか一口目を飲んでいた。




人物メモ

深花(しんか)芳乃(よしの)
魔術師。
大分ぶれたが持ち直し、またぶれさせられた。
上桐とは半年以上会話をしていなかった。と言うか二度とする気も無かった。

ランチ
昼飯代で契約した精霊。
食べ物を貰うと人見知りが直る。
今回はそれぐら――――マスターがぶれた時、何とかするのはあたしです! 逆もまた然りです!

久城(くじょう)
保健室から出てきた女生徒。茶髪ポニテ。クールな黒い瞳。三年。名前は知らない。

上桐(かみきり)(さとる)
この学園の養護教諭。少し癖のある茶髪。黒い瞳。
取っ付き易いらしく生徒から相談事をよくされている。
俺とは半年ぶりに話したが、相変わらず憎たらしい程物事柔らかだった。俺はこいつの事が嫌いである。
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