パチッと指を鳴らした音が聞こえた。目を開けると目の前には「何か」が宙に浮いていた。
「え……あ……?」
どういうことだ? 僕は死んで…… というかここはどこだ?
「ここは死後の世界です。第一世界の櫻田亘流さんは死にました。私は死神です。あなたに二つの選択肢を与えます」
「死神……確かに僕はあの時死んだはずだ。ここが死後の世界ということも理解できなくはない」
言われてみるとなるほど。赤髪に短い角、細長い尻尾や黒い羽、そして見えなかったが鎌のような物も持っているようだった。
「間もなく全ての世界の魂が収束します。その前に決断してください『このまま死後の国で暮らしますか』それとも『転生しますか』」
突然すぎる出来事ばかりだったが、、意外にも俺の頭は素直にそれらの情報を受け入れていた。一度死という衝撃的すぎた出来事を受け入れたからだろうか。
「すみません。一つ質問してもいいですか」
「はい」
「転生を選んだ時、その先は俗に言う異世界……ファンタジーの世界ですか? それとも前の世界と似たような世界ですか?」
「どちらともそうと言えます。大前提として世界はあなた達が思ってるよりも広い。あなた達が想像している異世界はどの世界にも存在しています。次の世界もほとんど同じです。どんな環境に生まれてくるかはわかりません」
「……なるほど。ではあと一つ、『記憶は消えますか?』」
「それはあなたが選択可能です。しかし、あなたが『人間』として誕生した時、相当な精神力が無ければその記憶は上書きされます。もっとも、あなたならその心配はいらないと思いますが」
なんだそれ。いや、死神なら僕の人生を知っていてもおかしくはないのか?
それと第一世界やら全ての世界やらとはなんだ? まるで僕が複数人いるかのような言い方だ。
ツッコミどころはいくつもある。だが、もうどうでもいいことだ。俺の答えはもう決まっている。
「転生させてください。記憶は残したままで」
「……! 分かりました。では直ちに準備します」
一瞬表情が変わったがすぐに戻る。何か変な事は言っていないと思うのだが。
「最後に聞かせてください。次はどんな人生を望みますか?」
「怠慢な人生」
「──」
死神はそれ以上は何も喋らなかった。どんな世界だろうか。少しの不安とちょっぴりの興奮。ああ、次こそは————
繰り返そう。真堂翔磨は怠慢である。部活動はどこにも属せず、授業中も適当。体育の授業では普段つるんでいる数人の友人と一緒に最後列を走っている。
しかし彼のポテンシャルは高い。テストでは常に全教科平均以上の成績をとっている。今後の評価に期待する。
「……ぶっ! あははははは!」
「なんですか会長人の評価なんか見て。それにしてもなんでこんな書き方してあるんだ」
「いや、全くもってその通りだと思ってな……ぶふっ!」
「あのですね……」
夏休み前2週間となり。暑さが本気を出してきた今日、俺は生徒会室に呼び出されていた。
「大体なんで俺なんですか。パシリなんて生徒会の他のメンバーとか委員長とかにやらせればいいじゃないですか」
「そう言うな。幼馴染の仲だろう? それともなんだ嫌なのか?」
「嫌です。それと幼馴染は関係ないです」
「関係あるんだよなそれが。実際お前の担任に『何か言ってやれ』と言われているからな。でも私も別に他人に性格や態度の矯正を強いるようなタチじゃない。そこでパシリというわけだ」
「そんな適当な理由で今までコキ使ってきたんですか? というかパシリにしてたの別に今回が初めてじゃないでしょ。それに会長となれば生徒の個人情報を自由に見れたりできるもんなんですか?」
「むしろ権力欲しさに生徒会長になったまである」
「そんな横暴な……」
「ん、なんか言ったか?」
「いえ、何も」
俺はそう言いながらパソコンにデータを打ち込む。ああ、早く帰りたい。
そんなことを思っていると生徒会室のドアを叩く音がした。
「失礼します」
「あいよ、って花じゃんどしたん」
「武部由仁
「え、なんでちょまぁぁぁ!」
風紀委員長の島田花
「翔磨代わりにその書類片づけといて!」
「は?」
会長はそのまま島田に引きずられて部屋を後にする。ちらりと先ほどまで彼女が座っていた席に置かれている仕事の山を見た。
「帰るか」
パソコンを閉じて生徒会室を後にする。あんな量の仕事を手伝うなんて冗談じゃない。
俺と島田と会長……武部由仁は小中高を同じ学校で通っている。家もそれなりに近い、というか会長は俺の家の隣だからな。昔はしょっちゅう遊びに来てた。大体追い返してたけど。
昔から綺麗な顔立ちだとは思っていたけど高校三年生になった今、女優だと言っても誰も疑わないくらいの美少女だ。美少女というより美女? そこら辺の境界線はわからないがとにかく健全な男子なら全員魅力的だと思うであろう顔だ。
一方島田は俺と同い年の17歳で何度か同じクラスになったことがある。風紀委員と言っても漫画みたいに「風紀が乱れてますよ!」とは言ったりしてこない。しかしやっぱり風紀委員長というか、その立ち振る舞いは品行方正、成績は常に学年一位。一部の理系なんて理数科目でけちょんけちょんにしてしまう勉強モンスター。中学の頃どうしようもない問題児を複数人改心させたらしい。 ついでに言うと彼女は童顔で低身長なのでよく中学生に間違えられる。時々それでからかわれることもあるが特段怒ったりはせず軽く流している。
そんな彼女が何故こんな偏差値70に満たない高校に入学したのか。その理由は彼女が所属している華道部にある。なにもうちの高校の華道部は全国でも有名らしく一族一人の例外もなく華道界の最前線を走っている島田家の跡継ぎがここに入学するのは当然だとか。俺も一回だけ島田の作品を見たことがあるけどなんか、こう、すごかった。専門家じゃないからどこがすごいかはよく分からなかったけど。その時見てきてくれた人間一人一人に感想を聞いて回っていた島田が印象に残っている。俺も感想聞かれたけどとりあえずその時ハマっていた漫画のセリフで返した気がする。噂によるとファンクラブたるものもあるらしい。
ちなみに俺がこの高校を選んだ理由は近かった、それだけである。そしたら入学して武部が同じ学校で驚いたね。武部は顔立ちが良いからあまり絡まれると俺まで目立つから最初は出来るだけ他人のふりしてたけど武部が生徒会長になったがいいか昼休みに弁当を食べてる途中、普通に呼び出しをくらうようになった。
結果一日の睡眠時間が1時間減ってしまった。許せない。
そんなことを帰宅しながら思い出していると途中で公園の横の道を通る。今日も何人かの小学生がはしゃいでいた。
太陽が雲に隠れて若干涼しくなる。
「そういえばあの時は土砂降りだったな」
今でも忘れない。彼女をここで拾った時のことは。
再び太陽が顔を出した。熱気が再度降り注ぐ。
「アイスでも買って帰るか」
家に帰る前に近くのコンビニで二種類のアイスを購入する。チョコレートと、バニラ味。どちらも新発売の商品だ。鞄に入れて溶けないうちに自宅へ走って帰った。
「おかえりなさい。翔磨」
玄関を通って直ぐにある二階へとつながる階段の下で彼女は待っていた。
真堂凜音、あの日拾った俺の妹である。
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