竈門炭治郎になったけど妹まで同類だった 作:シスコン軍曹
「えっと……どうして、ここに……?」
禰豆子が自身を抱きかかえる善逸に問いかける。
そもそも、彼女は黙ってここに来たので、誰かがその後を追いかけてくるまでには相当時間が掛かるはずだ。
しかも、禰豆子の危機的状況に偶然間に合う……そんなことが、普通起きるのか?
「俺は禰豆子ちゃんのいるところなら、何処へだって駆けつけるよ」
「えっ……」
「そしてこんなところからはさっさとおさらばしたい所存ですゥゥゥゥゥゥッッ!」
一瞬、善逸の言葉に胸が高鳴るのを感じた禰豆子だったが、すぐに気のせいだと思った。
自分を抱えたまま敵前逃亡を図る善逸に、彼女は、
「ちょ、降ろしてください!」
「いやダメダメダメ! あんなキモイの相手にしてらんないし、禰豆子ちゃんにも近づけたくないって! って、邪魔すんなお前ら!」
来た道を戻ろうとする善逸の行く手を、人面蜘蛛たちが塞ぐ。
「逃げられると思うなよ、鬼狩りめ。そもそも、何故その鬼を守る?」
「ハァ⁉ ンなもん決まってんだろ! お前らより何十倍、いや何百倍もいい子で可愛いからだよ! あと、すっごい優しいし!」
「ちょ、善逸さん……!」
「っていうか、お前らなんなの⁉ お前、なんか超デカいし! こっちの奴も滅茶苦茶気持ち悪いしっ!」
(なんなんだこいつ……?)
恥も外聞もなく泣き叫ぶ善逸を見て、逆に困惑した鬼。
「何やってるの、兄さん?」
「――ッ⁉ る、累⁉」
「えっ」
すると、鬼がぶら下がっていた小屋の天井から、声が聞こえた。
全員が一斉にその方向へ視線を向けると、恐らくは十歳前後であろう少年の姿をした、累と呼ばれた鬼が、異様な雰囲気で佇んでいた。
「そんな奴ら、さっさと殺してよ」
「……あ、あぁ。わ、分かってるさ。ただ、少し遊んでててな……」
「ふぅん……ん?」
すると、累は禰豆子に視線を向けて、
「……なに、ソイツ? 鬼?」
「……見つけた、十二鬼月ッ!」
「ちょ、禰豆子ちゃん⁉」
累を睨みつけ、凄まじい跳躍力で累に迫る禰豆子。
「へぇ……」
まるで、面白そうな玩具を見つけた表情で、右手を禰豆子へと向ける累。
瞬間――
「――ッ⁉ ガ、あぁ……ッ!」
いつの間にか、禰豆子が糸によって縛り上げられていた。
体中に巻き付けられ、食い込んで血が噴き出している。激痛からか、禰豆子は嗚咽を漏らした。
「……こんなものか。少しは楽しめると思ったけど」
「禰豆子ちゃんっ‼ おいお前! 禰豆子ちゃんを離せ糞餓鬼ッ!」
怒り心頭の善逸が、木を伝って跳躍し、累へと肉薄する。
目の前の鬼は、あの巨大な蜘蛛鬼と違い、気迫も何も感じない。それ故、善逸は不思議と鬼相手なのに、恐怖を感じず動けた。
だが、
「鬱陶しいよ」
「――ゲボッ⁉」
「! ……ぜ、善逸さんっ!」
善逸が刀を抜くより早く、累が善逸の横腹を蹴り飛ばした。
飛んだ時よりも早いスピードで地面に叩きつけられ、肺の中の空気がすべて吐き出された。
更に叩きつけられた衝撃で、地面に僅かにヒビが入る。
「あ、がぁ……!」
「……もういいよ。兄さん、早いとこ片づけてね」
「あ、ああ……任せとけ」
すると、累はあっという間に姿を消した。
そして、近くから累の気配がしなくなったことを確認した兄蜘蛛は、ホッと、安堵の息を漏らす。
「ふぅ……さて、と」
すると、兄蜘蛛は吊るし上げられ、苦悶の表情を見せる禰豆子に近づき、
「へっ……、斑毒痰ッ!」
「⁉ ガァァァァァァァ―――ッッ⁉⁉」
兄蜘蛛の吐き出した液体が、禰豆子の右腕に掛かった瞬間、彼女の腕が瞬時に溶けだした。
いきなり右腕を溶かされ、悲鳴を上げる禰豆子。
そして、その声を聞き、少年が立ち上がる。
「お、まえ……何やってんだ……何やってんだ蜘蛛野郎ッ! ……ぐッ――!」
「はっ、さっきの累の攻撃であばらが折れたか。そこで見てな、この鬼の四肢が順番に溶かされていくのをな!」
「て、メェ……!」
善逸が痛む体に鞭を打ち、無理やり雷の呼吸の構えを取る。
しかし、善逸が攻撃するよりも先に、人面蜘蛛となった鬼殺隊士たちが攻撃を仕掛けた。
善逸はその攻撃を躱すのが精一杯で、禰豆子のもとへ行けない。
(早くしないと……禰豆子ちゃんを助けないと……!)
善逸は耳がいい。
それこそ、寝ている間に話しかけられたことが分かることもあったくらいだ。人の感情を、その人物が発する音で、感じ取ることすら造作もない。
だから、分かるのだ。禰豆子が、兄蜘蛛に対して怯えの感情を持っているのを。それを必死に隠しているのを。
(俺しかいないんだ……俺が助けるんだ! 絶対に‼)
不思議と、震えはなかった。先程までの様に、兄蜘蛛に対して恐怖の感情が湧いてこなかった。
「雷の呼吸……【壱ノ型 霹靂――」
「チッ、させるか!」
兄蜘蛛が善逸に毒液を吹きかける。
それを咄嗟に横に飛んで躱し、再び壱ノ型の構えを取る。だが、その度に妨害される。そんな状況が続いたせいか、遂に見抜かれてしまった。
「はっ、さっきから馬鹿の一つ覚えのように同じ構え……お前、一つの技しか使えないな?」
「――ッ!」
(見抜かれた⁉ ……クソッ、俺が壱ノ型以外の技も使えたら……!)
「この程度が鬼狩りとは笑わせる……消えろ。どうせその怪我では大した脅威にはならないだろ。特別に見逃してやる」
兄蜘蛛の言う通り、善逸は雷の呼吸の技を、壱ノ型しか使えない。
それで何度、自身の育手である、桑島慈悟郎に怒鳴り散らされ、殴られたのか分からない。
だが、そんな彼が残した言葉が、善逸の脳裏に蘇る。
―――極めろ。泣いていい、逃げてもいい。……ただ諦めるな。信じるんだ。地獄のような鍛錬に耐えた日々、お前は必ず報われる。
(そうだ。諦めるな……どんなに辛くても、楽な方に逃げるな! そこに禰豆子ちゃんを助ける方法はない!)
『消えろよ』
(……えっ)
それは、師の言葉ではない。
自身の兄弟子、
いつも修行から逃げてばかりの善逸に投げかけられた、否定の言葉。
兄蜘蛛が放ったのと、同じ言葉。
『何度も言わせんじゃねぇ。消えろよ』
―――そうだよ。俺に何か出来るはずがない。
『先生が、お前に稽古をつけた時間は、完全に無駄だ!』
―――じーちゃんの期待には答えられないよ。早く逃げよう。
(……うるせぇ。うるせぇんだよ……)
―――親のいない
誰かの役に立ったり、一生に一人でいいから、誰かを守り抜いて幸せにする、ささやかな未来ですら……。
(……でも爺ちゃんは、何度だって俺を、根気強く叱ってくれた。何度も何度も逃げた俺を、何度も何度も引きずり戻して……)
善逸の脳裏に、師範によってボコボコにされる記憶が浮かぶ。
(明らかにあれ、ちょっと殴り過ぎだったけど……俺を見限ったりしなかった)
「うるさい!」
「……あ?」
「……禰豆子ちゃん?」
突如、叫びだした禰豆子に、兄蜘蛛は怪訝そうな目を向け、善逸も彼女を見上げる。
「善逸さんは、いっつも頑張ってた! 常中を習得するときも、どれだけ泣いたって諦めなかった! この程度? アンタが善逸さんの……
「……チッ、喧しい娘だ。どうやらよっぽど死に急ぎたいらしいな」
そういった兄蜘蛛は、今度は禰豆子の左足へと毒液を吹きかける。
「――ッ‼」
「なに……?」
溶かされた足から感じる激痛で、絶叫を上げそうになる禰豆子だが、歯を食いしばって堪える。
その姿に思わず疑問の声を漏らす兄蜘蛛を他所に、
(善逸だって苦しいんだ……! 累は十二鬼月……、その攻撃をまともに受けて、更に地面に叩きつけられて、痛くないはずがない! 辛くないはずがない! 怪我だって、私みたいに治らない! ……それでも、私の為に耐えて、戦ってくれてるッ‼)
ならば、自分がこれ以上、泣き叫ぶのは許されない、絶対に。
そして、その姿を見た善逸は自然と、刀を握る手に力を籠める。脇腹から感じる痛みが遠のいていくのを感じる。
いつもより一層……集中する。
「……ありがとう、禰豆子ちゃん。……そっか、俺のこと、ちゃんと見てくれてたんだ。……雷の呼吸――」
「バカめ! お前たち、飛び掛かれ!」
技を放とうとした善逸に、大量の人面蜘蛛たちが飛び掛かる。
その様は、まるで砂糖菓子に群がる蟻のようだった。その様子を見て勝利を確信する兄蜘蛛。
だが、次の瞬間、群がっていた蜘蛛たちが弾き飛ばされた。
「⁉」
(な、なんだ……?)
空気が、揺れる。まるで雷雲が発生した空のように……重い。
間抜けな声を発した兄蜘蛛が、善逸のほうを見て、思わず地面まで落ちるほど、驚く。
「【壱ノ型 霹靂一閃――」
善逸の雰囲気が変わるのを感じた兄蜘蛛は、咄嗟に小屋まで飛び上がる。
それと同時に、善逸が動いた。
「――六連】ッッ‼」
一瞬だった。
「……えっ?」
いつのまにか、兄蜘蛛は地面でなく、
頸を動かそうとするが、頭から下の感覚がなかった。
そして、上空には、
(……斬ら……れた……? 俺が、あんな奴に……?)
そこまで確認し、漸く自身が斬られたことに気づいた。
そして、同時に疑問が生まれた。
アイツは一つの技しか使えないはず。今の技は何なんだ?
だが、その疑問に答える者はいない。最後まで思考し続け、兄蜘蛛は消滅した。
「……うぐっ――!」
善逸が小屋の上に落下する。
幸い、距離が開いている訳で放ったから、落下によるダメージは少なかった。
痛む体に鞭を打ち、這いずってでも動こうとする善逸。
(まだ終わってない……禰豆子ちゃんを糸から解放しないと……!)
「善逸さん!」
えっ、という言葉が、善逸の口から洩れる。
禰豆子を縛っていた糸は、兄蜘蛛のものではない。故に、兄蜘蛛を倒しても、糸は消えない。
だからこそ、善逸は這ってでも助けようとしたのだが……。
「再生した腕で引き千切りました!」
「あ、さいですか……てことは、もう治ったの?」
「はい。足はもう少し、時間が掛かりそうですけど……それより、善逸さん! どこか、蜘蛛に噛まれたところはありませんか⁉」
「えっ、いや、特に、ないけど……」
「ほ、本当に⁉ よ、よかったぁ……」
心の底から安心する禰豆子に、目を見開く善逸。
以前まではもっと辛辣だったが、いつの間にか親密になっていた。いや、別に親密なのが嫌ではない。寧ろもっとお願いしますではあるが……それでも気にはなる。
だが、今はそれを聞いている暇はない。
(! そうだ……こうしてる間にも、炭治郎達は……!)
「ぐッ……!」
「ちょ、大丈夫ですか⁉」
「こ、これくらい、平気……いや無理。無理だわこれ」
善逸、折れる。
というか寧ろ、今までよく頑張ったと褒めて欲しいとすら思う。
「……禰豆子ちゃん、炭治郎のところに行ってくれ……」
「えっ?」
「俺、ちょっと動けないからさ……お願いだ」
「そ、そんな……もし他の鬼に見つかったら……」
「だったら尚更……ここに居たらダメだよ……もし君に何かあったら、炭治郎に怒られる、からさ」
「……ごめんなさい」
「ん?」
突如、謝りだす禰豆子に、善逸が怪訝な目を向ける。
「私……勝手なことして、みんなに迷惑かけてばっかりで……本当に、ごめんなさい……!」
「……大丈夫だよ」
「……えっ……?」
ボロボロと涙を流す禰豆子の目元を、そっとぬぐい、頬を撫でる善逸。
「俺が君を守るから……だから、君はどこまでだって走ってくれ。俺は必ず追い付いて、君を守るから。どれだけ躓きそうになっても、俺が引っ張ってあげるから」
「……あ」
「頼む……行ってくれ」
「――ッ!」
その言葉に、弾かれるように動いた禰豆子が、あっと言う間に走り去っていく。
禰豆子が走っていく姿を見ながら、ほっと息をつく善逸。
そして、思い出したかのように呟いた。
「……そっか、俺、初めて鬼を倒したんだ」
別に初めてではない。善逸は今までも鬼を倒してきた。ただ、寝ているせいで気づいていないだけで。
だが、だからこそ、善逸は一歩を踏み出した。自分の意志で、心で、鬼に立ち向かったのだ。
「……爺ちゃん……俺、少しは強くなれたかな?」
そう呟いた善逸は、薄れゆく意識の中で、
(炭治郎……伊之助……禰豆子ちゃん……無事で、いてくれ、よ……)
ただただ、仲間の無事を祈っていた。
――――――
一方そのころ、炭治郎は……。
「何なの、お前?」
「……こっちが聞きたい」
背に、
とんでもねぇ炭治郎だ。
因みに、作者は善ねずが大好物です