竈門炭治郎になったけど妹まで同類だった 作:シスコン軍曹
シン、と静まった森の中で、二人の少年が対峙する。
片方は全身が真っ白な肌で覆われ、その手は蜘蛛の糸であやとりをしていた。
もう片方は緑と黒のはんてんを羽織った、銀色の刀を構えるボロボロの少年だった。烈火の如き視線で、白い少年……累を睨みつけている。
「……少し、本気を見せてあげる」
ぼそり、と。累が呟いた瞬間、彼の掌が血の色に染まり、それが糸に伝わって糸の方も変色していく。
まるで本物のセンサーのように、赤い糸が周囲に罠のように張り巡らされた。
(しまった……この糸の強度は、ヒノカミ神楽ほどの技でないと斬れない……! ……いや、拾ノ型なら!)
「水の呼吸【拾ノ型 生生流転】ッ‼」
水の流れが何かの生き物の形をした……緑に輝く瞳、蛇のようにうねる胴体。その姿はまさしく龍。
そのようなイメージを持たせられる剣技が、累へと迫った。その迎撃のため、累は強化した糸を使って炭治郎を切り刻もうとする。
だが、炭治郎はその糸に何度も刃を重ねる。最初ははじく、いなすことしかできずにいたが、回転するごとに一撃の威力が増して行き、
「やった……!」
「何?」
赤い糸を切り裂いて、勝ちを確信する。一気に止めを刺すため、より一層、柄に力を籠める。
(厄介だな……血鬼術・
瞬間、炭治郎の目の前に竜巻のような渦を巻いた糸が、容赦なく襲い掛かってくる。
そして、直感で理解した。今のままでは、目の前の渦を裂くことはできない、と。
(どうする……? どうすれば……!)
「危ない‼」
何かに突き飛ばされ、左の茂みに埋もれる。そして、肉の裂ける音が聞こえた。
誰かが身代わりになった、自分の。それを認識した瞬間、急いでその人物の介抱に当たろうと飛び起き、
「……え、禰豆、子……?」
「う、うぅ……、大、丈夫……?」
片足の無くなった禰豆子が、地面に倒れ伏して炭治郎の安否を問いかける。だが、それどころではなかった。
この世の終わりかのような絶望の表情を見せ、すぐさま禰豆子に駆け寄る炭治郎。
「禰豆子! 禰豆子、禰豆子‼」
『大丈夫か⁉ しっかりしろ‼ 絶対に助けるから……死なないでくれ‼』
「……えっ?」
重なる。自分の知らない……否、よく知る人物と。
それは、前世。自分が竈門炭治郎を名乗るより前の話だ。
ある少年がいた。名は
両親は死別したが、姉と、その姉が拾ってきた少女、義理の妹が一人。姉の名は
少しだけ特殊だった家庭、だが一般的な生活をし、普遍的な不自由ない生活だった。姉は既に成人しており、少年も高校生。妹も中学に入学し、一年が経っていた頃だった。
幸せだった。口にすることはないが、そう思える生活だった。
一瞬で、崩れ去ったが。
(そうだ……あの時、帰りの電車が遅れて、家に帰るのが遅くなって……)
今日の晩御飯は何かな、とか。そんなことを考えながら帰宅した。ただ、それだけだったのに。
家に着くと、何故か電気がついていなかった。そこで、僅かに疑問に思ったが、二人とも家を出ているのか? と思い、特に気にすることもなかった。
玄関前につき、ドアノブに手をかけ、何故か
いや、何かあると思いたくなくて、無意識にそう思うようにしていただけなのかもしれない。
扉を開けて、玄関で靴を脱ぐ。何故か、ボロボロだった。流石に、何かがおかしいと思わざるを得なかった。
『……は?』
リビングにやってきて、不安が、あり得ない妄想……非現実的な事実が、目の前にやってくる。
血まみれでグチャグチャの部屋。壊れた机や割れたテレビ。長い髪が乱れた女性……血を流しながら息絶え絶えのようすで、その脇から流れる出血は、もうその人物が長くないことを刻みつけていた。
だがそれでも、駆け寄って抱き起す。
『……アンタ……なんで?』
『なんでとかどうでもいいから‼ 何があったんだ⁉ なんで、なんでこんな……‼』
ガサゴソと。近くから音がした。まさか、いや、そんなはずはない。
『おい、誰だそこにいるのは……?』
『⁉ ひひぃ! お、俺は悪くねェ! いきなり家に戻ってきたそいつらが悪いんだ! この時間は誰もいないはずなんだ! なのになんで……‼』
見たこともない知らない男性。汚らしい格好をした40代後半の男だった。
強盗……いや、その男性の目的は空き巣だろう。どちらにせよ、そいつがどうしようもないクズだという認識が少年の中で出来上がっていることに、変わりはなかったが。
『……あ』
狼狽し、年下の少年にすら怯える情けない男……その足元には、
そこから先のことは覚えていない。ただ、気が付くと自身は全身傷だらけで血まみれで、床には顔中が腫れ上がり、ボロボロのボロ雑巾のような男が横たわっていた。
『もういいから……救急車、美優を……』
『な、何言って……二人とも助ける――』
『昔、言ったでしょ? 私とあの子、どちらとも大変なことになってるなら、美優から助けろって……。私はいいから……早くしろバ……ヵ……』
『!……、』
瞳から、光が消えた。最後に妹を託して、姉は死んだ。
涙も出ない。既に枯れてしまった。だから今は、これ以上失わないように……。
『お、兄ちゃん……? 戻ってきたの……?』
『大丈夫か⁉ しっかりしろ‼ 絶対に助けるから……死なないでくれ‼』
『……大、丈夫だ、よ……私、強い、し。将来、は某女子プロレスラーを……越えるんだよ……? だから、泣かないで……』
こんな時まで兄を気遣う妹の優しさに、また胸が締め付けられた。何故だ、何故こんなことに。何も悪い事なんてしてなかったはずなのに。
疑問だけが渦巻く中、携帯で救急車を呼び、介抱する。
いつもの暖かさがなく、少しづつ冷たくなっている。
『……ああ、なんでなんだろう……どうしてこんなことになったのかな……?』
『……もう喋るな……お前はきっと助かる……だから……!』
『……お姉ちゃん、は……?』
『っ』
思わず口籠る。真実を告げるべきか、それとも隠すべきか。だが、そもそも口籠った時点で、答えているようなものだ。
少女は目を伏せ、そっか、とだけ呟き、何も言ってこなかった。その瞳から、悲しみの涙だけを流して。
世界は、思ったより残酷だ。優しい人物から死んでいく。それを、身をもって理解させられた。神様は最低だ。クズみたいな奴ほど生かしている。決して罰の一つも下さない。
『お前だけは……守り続けるから……もう二度と、こんな目には合わせない……必ず守るから……‼』
『お兄ちゃん……ッ⁉ お兄ちゃん!』
『?』
グサリ、と。背中に何かが刺さり、熱したように熱くなる。さらに、その熱さが胸にまで届いた時、少年の意識は暗転した。
心臓を突き刺された。即死だ。背後にいたのは、顔の腫れ上がった男。涙と鼻水で顔をクシャクシャにしていて、見るに堪えない相貌となっている。
しかし、少女にはそんなことは関係なかった。最早その視界に映っているのは、屍となった少年だけだった。
もう、これ以上はいいだろう。そのまま妹も死んだ。最後に、少年への未練を残して。
「……あ、ああぁ……。禰豆子禰豆子禰豆子っ‼」
殺された後、何が起きたかは分からない。だが、想像はできる。
手元が震える……呼吸が乱れ、ただ名を呼び続ける。その姿は、人を守る鬼殺隊などではなく、大切なものを取り上げられそうになって怯える、一人の少年だった。
「……そ、の……女、まさか、兄妹……妹?」
震える声で、累が発した。
全くもって予想外。彼の表情が、その内心を物語っていた。
「妹は鬼……? それでも人間の兄を庇って……一緒に、戦って……そうか……」
ついに理解した。そう言わんばかりに歓喜の感情を滲ませ、言葉を続けた。
「これが……本物の絆‼ 僕が求めるべきもの……欲しいッ‼」
そして、今までとは雰囲気が変わった様子の累が、炭治郎へと言葉を投げかけた。
「……坊や。話をしようか」
「話……だと……⁉」
炭治郎の声が荒れる。
「ふざけるな! 禰豆子を傷付けたお前と話すことなんて何もない‼」
「そう言わないでくれ。僕はね、感動したんだ。君たちの絆を見て、体が震えた。この感動を表す言葉は、きっとこの世にはないと思う」
嘘偽りが感じられない。だからこそ、逆に不気味だった。胸に手を当て、穏やかな笑みを浮かべて言葉を続ける累。
「でも、君達は僕に殺されるしかない。悲しいよね、そんなことになったら。でも一つだけ……。それを、一つだけ回避する方法がある」
累は口元に人差し指を立て、
「君のその妹。君の妹を、僕に頂戴。大人しく渡せば、命だけは助けてあげる」
「………………………………………あ?」
一瞬、本当に理解が出来なかった。まるで言語の違う外国人に話しかけられたような、そんな感覚。
だが、相手が話すのは日本語。当然、理解は追いついていく。
そして、
「何を言ってるんだお前は……」
「君の妹には僕の妹になってもらう、今日からね」
「
斬る、とか。倒す、とか。そう言った何処か誤魔化した表現ではない。もっと直接的で、それ故炭治郎の心境を明確に表していた。
ドス黒い殺意、慈悲の欠片も感じない気配。僅かに累が目を細めるが、咎めるわけでもなかった。
「……禰豆子はモノじゃない。自分の意志がある……禰豆子が望まないことを、強制するつもりはない……!」
「大丈夫だよ。心配いらない、絆を繋ぐから。僕の方が強いんだ。恐怖の絆だよ、逆らうとどうなるか、ちゃんと教える」
「貴様ァァァァァァァッッ‼‼」
吼えた。
最早、隠されもしない強烈な殺気が累に叩きつけられるが、当の本人は涼しい顔で、
「鬱陶しい……大声出さないでくれる? 合わないね、君とは。もういいよ、殺して奪うから」
「お前を、殺す……‼」
炭治郎が殺意とともに刀を構える。
「威勢がいいなぁ。できるならやってごらん。十二鬼月である僕に勝てるならね」
左目に掛かっていた髪をたくし上げ、そこに書かれる数字を見せつける累。
そして、再戦が行われた。
因みに累君は既に禰豆子と出会ったことを忘れています。
本人からすればどうでもいいことなので