竈門炭治郎になったけど妹まで同類だった 作:シスコン軍曹
十二鬼月。
鬼舞辻無惨に多くの血を与えられ、さらに沢山の人間を喰らうことで強くなり、鬼舞辻直々に認められ、数字を与えられた者。
その一人が、今、目の前にいる。
(下弦の伍……だが、関係ない!)
震えはない。むしろ、怒りでより力が籠もる。
繰り出す技は一つ、拾ノ型のみ。
「水の……」
「遅いよ」
シュン、と。空気を斬る音がし、累の手から糸が伸びる。白い糸だ。だが、それは炭治郎へと向けられたものではなかった。
咄嗟に、累の真意に気づき振り返るが、時すでに遅し。そこに、倒れて再生を待っていたはずの禰豆子はいなかった。
そして、ビチャリ、と。炭治郎の持つ刀に、赤い液体が掛かる。ゆっくりと、上を見上げると、
「ね、禰豆子ーーっ‼⁉」
「が、アァァ……‼」
「今思い出したけど、こいつ、さっき僕に逆らった奴だね。少し、教育しないと」
「禰豆子を、離せェェェェェェッッッ‼‼‼」
突貫。
技も出さずにただ突っ込むだけ。冷静さを失い、怒りで我を忘れた獣のように、累へ牙を剥く。
「うるさいよ。このくらいで死にはしないだろ、鬼なんだから。でも、しばらくは出血させる。それでも従順にならないなら、日の出までこのままにして……少し炙る」
恐ろしいことを口にしながら、炭治郎へと糸を伸ばす。怒りで回りが見えていない炭治郎は、一瞬で糸に殺されそうになり、
「オラァ‼」
突如、右から何かが衝突してきて、間一髪で回避できた。
「何やってんだテメェ! ちゃんと相手を見ろや! 勝手にくたばってんじゃねぇぞ‼ お前を倒すのは、この俺なんだからな‼」
「伊之、助……?」
猪の被り物をした、刃毀れの酷い日輪刀を二本持つ男、嘴平伊之助が、怒り心頭と言った様子で叫ぶ。
「さっさと立て、アイツは強ェ。今まで戦ったどんな鬼よりも。けど、負けねぇ。負けるつもりは毛頭ねェ。俺は鬼殺隊、嘴平伊之助だァ‼」
勇ましい叫びとともに、累へと向かっていく伊之助。
「なんだお前……僕らの問題に関わるな、死ね」
「うるっせぇゴミ糞がァ! 獣の呼吸【肆ノ牙 切細裂き】ッ!」
前方向に素早く放たれた六連撃が、累を捉える。
だが――
「――なっ、刃が、通らねぇ……!」
「当然だ。お前なんかじゃ、僕の体に傷をつけるどころか、糸すら斬れないよ」
少し離れ距離をとった伊之助に、累が呆れた様子で告げる。
そして、白い糸を伊之助に向けて放ち、
「ンだとォ‼ 舐めんじゃねェェェ‼‼ 【弐ノ牙 切り裂き】ッ‼」
勢いと同時に十文字に放たれる二刀。
そして、パキーンッ、という音が響く。
「な、折れ……」
「伊之助ェ! 【陸ノ型 ねじれ渦】ッ‼」
危うく首元を切られる、その寸前に、炭治郎が割り込んで糸を切り裂いた。
(……俺じゃ斬れなかった糸を……こいつは簡単に……!)
伊之助が、自身の手元にある折れた二刀を見て思う。
助けるつもりが、逆に助けられた。その事実が、伊之助の自信にヒビを入れていく。
「伊之助! ボーっとするな!」
「……えっ」
ドガッと。腹を蹴り飛ばされ、木に叩きつけられる。
呼吸で受け身を取り損ね、さらにダメージが広がっていく。
(まずっ……俺、足手纏いにしかなってねぇ……)
「伊之助‼」
自身を呼ぶ声が、遠い。意識が朦朧とする。
(俺って、あんまり強くねぇのか……? 畜生……)
そこで、伊之助の意識は暗転した。
「よくも伊之助を……絶対に許さない‼ 水の呼吸【拾ノ型 生生流転】ッ‼」
うねる龍の如く回転する剣技が、累へと迫る。
「何回同じ技を使うんだい? もう見切ったよ。血鬼術・刻糸牢」
蜘蛛の巣の檻のような技が、走る炭治郎を覆い隠す。
情けない。何度も敵の策に嵌り、窮地に陥る。今までは助けもあってなんとか生き延びたが、これは無理だ。
だから、探す。ここから逆転する方法を、自分の中で。
(この糸を斬るにはまだ回転が足りない……死ぬわけにはいかない。禰豆子も伊之助も、アイツに殺されてしまう!)
だが、どれだけ思考を巡らせても、打開策が浮かばない。
檻の迫る速度がゆっくりに感じるが、それでも、時間が圧倒的に足りない。
(どうする……どうすれば……?)
『少年。呼吸だ。だが、ヒノカミ神楽ではない』
知らない声だ。だが、どこか懐かしさを感じる。
『君が使うのは、君だけの呼吸、君だけの舞いだ。怒りも、悲しみも、守りたいという思いも、全てを込めて』
『大丈夫だって。アンタなら出来る、
『「お兄ちゃん‼」』
ドクンッ、と。心臓が鼓動する。
脳裏に廻る、竈門炭治郎の人生、竈門炭十郎が行う舞い。そして、自身の人生。姉の声。
殺すためじゃない、守る為に振るう刃。
「我流、竜の呼吸【
現れたのは、
手足に長い尾、そして体表。そのすべてが銀色の鱗で覆われており、炭治郎の持つ『銀色の日輪刀』を彷彿とさせる、飛竜とも呼ぶべきもの。
そして、その竜が糸に喰らいつき、それと同時に炭治郎が刃を振るうと、糸の檻は簡単に砕け散った。
(な、に……なんだ、あれは……⁉)
累が目を見開いて驚愕する。
今までとはまるで違う、異質な技。本来、鬼殺隊士の技は、その時に発生するエフェクトは、剣士の闘気が形となったイメージに過ぎない。
だが、目の前の竜は、イメージというには、余りにもはっきりしていた。まるで、すぐそこにいるかのような……
(いや、違う……あれは……!)
だが、やはり竜はいない。
それは、単なるイメージに過ぎない。では、何故そこにいるかのように感じるのか? 答えは一つ。
(あの場にいるのはアイツだけ……僕が、アイツを竜だと思い込んでいる……?)
炭治郎から放たれる闘気が、対峙したものに竜というイメージを植え付け、幻想を見せていた。
十二鬼月である累に、それだけの闘気を見せつける。その事実に驚愕する暇もなく、
「く、そっ!」
ヒュンヒュン、と。赤い糸が、炭治郎を引き裂かんと縦横無尽に駆け巡る。
糸は、独特な、今までとは一風変わった動きをする炭治郎を完璧には捉えられずに居るが、炭治郎のほうは限界が近かった。
(まずい……呼吸が最適じゃない。体にかかる負荷が大きい! 一気に勝負を決めないと、こっちが先に倒れてしまう‼)
いきなり生み出して、即実践投入したせいか……強力だが、デメリットが大きい。
時間をかけて完成させればなくなるだろうが、今はできない。している場合ではない。
走れ。皆を守る為に。
「はぁぁぁぁぁぁぁああああああああ―――ッッ‼‼」
(こ、いつ……‼)
張り巡らされた糸を次々と切り裂き、一気に懐へと近づく。
一瞬で近づかれたことに驚愕した累が、全力で後方へと飛んだ。それを追尾するように追い縋る炭治郎に、累は迎撃のため糸を、最高強度で放つが、刃が折れることはなかった。
木を使って入り乱れるように逃げる累を、炭治郎はどこまでも追い続ける。途中木の枝に衝突するも、へし折って突き進んでいく。
最早、その目は累以外を見てはいない。己が敵を滅するため、力を振り絞る。
「「っ」」
刃が、届く。その寸前まで累を追い詰めた炭治郎。だが、それと同時に、累の頸元と、炭治郎に向けて糸が伸びた。
片方は累が死を回避するための物、もう片方は飛び込んできた炭治郎を細切れにするためのもの。
逆転を確信し、ほくそ笑む累。だが、
(? ……何故、こいつは絶望しない……死を前にしているんだぞ……⁉)
炭治郎は、その瞳は、決して諦めていなかった。
声が、届く。
まるで獣のような……それ以上の何か、竜のような咆哮が耳鳴りに木霊する。
「……お兄ちゃん」
真っ暗な世界。
見渡す限り何もない世界……そのある一点で、一際強く輝く光。銀色の輝き。
それが、禰豆子を照らす。
『――立って』
誰かの声が聞こえる。知らない声、だけど何故か、よく知っている声だった。
『お兄さんを守る為に、立って』
「……できない」
涙交じりに、禰豆子が呟く。
「守りたい……助けたい。なのに、体が動かないの……!」
どれだけ力を込めても、腕が上がらない。体が持ち上がらない。その事実に、ただ歯を食いしばることしかできずにいる。
そんな禰豆子へ、声の主の少女は、ほっそりとした手を伸ばし、
『じゃあ、一緒に立とう。
「……どう、いう……?」
ドクン、と。鼓動のような音とともに、掌が熱くなる。
その手には、燃える……紅蓮の炎。
「血鬼術……爆血ッ‼‼」
カッと目を見開いて、掌に籠る熱を解放する。
叫びとともに、周囲に張り巡らされた糸が
「何⁉」
(ここだ! ここしかない‼)
カンッ‼ と。銀の刃が、大岩のような固さをした累の頸元に届き、音を鳴らす。
いつの間にか、炭治郎は炎を纏って燃え盛り、その背後で飛ぶ竜は、銀色の体表を、紅蓮に染めていた。
「これが俺達の……
赤い閃光と、竜の咆哮が、森全体に駆け巡った。
(死ぬ……僕が? あり得ない……どうして……)
死ぬ間際、累の脳裏に廻ったのは、失われた人間の記憶。
自信を強い体で産むことのできなかった母の懺悔と、死す時もともにいるという父の悲しい親愛。そして、それを裏切って、自ら繋がりを断った自分。
皮肉な話だ。誰とでも繋がる、糸という力を持ちながら、それは本当に斬ってはいけないものほど切り裂いてしまうのだから。
(……ごめんなさい……ごめんなさい……‼)
決して届かないだろう懺悔。そう分かってはいても、言わずにはいられなかった。
そして、気づく。落ちていく自分の頭を、ジッと見つめる操り糸の鬼の視線に。
「(ごめん、ね……)」
ゆっくりと、彼女に向けて謝罪の言葉を口にした。伝わっているかは分からない。でも、せめて一言、言いたかった。
できることなら、届いておいて欲しい。最後にそう思って、灰となった。
「……さようなら、累」
祈るように手を握る操り糸の鬼が、小さく口にした。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
息切れが酷い。呼吸を維持できないほどに。
炭治郎がなんとか全集中の呼吸・常中を行おうとするが、余程負荷が酷いのか、まるで呼吸が続かない。
出来ないなら仕方がない。そう思って少し深呼吸をし、糸がなくなったことで地面に落ちた禰豆子のもとに急ぐ。
「大丈夫か、禰豆子⁉」
「……うん。平気……それより」
禰豆子が茂みから現れた操り糸の鬼へと視線を向ける。それは、どこか困惑したものだった。
無理もないだろう。彼女が鬼である以上、人を喰らった存在である以上、斬らなければならない。
だが、困惑の理由はそれだけではない。
「……あれ? なんかさっきと姿が変わってる?」
今までの真っ白な肌はすっかりなくなり、黒い髪と黄色い瞳、明らかに別人ともいえる風貌となっていた。
「これが私の本当の姿なの……どうせ死ぬなら、せめてこの姿を見てほしかった」
「え、それって……」
「禰豆子、下がっててくれ」
ボロボロの体で、刃毀れが酷い刀を構える。
繰り出す技は一つだけ。
「水の呼吸――」
「貴方の背中を見て、胸が高鳴った」
「⁉」
刀が震える。いや、刀を持つ手が震える。
「ずっと考えて考えて……ようやく今、分かったの」
「――【伍ノ型 干天の、慈雨】……‼」
緩やかの雨に打たれたような感覚が、操り糸の鬼の頸から全身に駆け巡る。
まるで痛みを感じない一撃。
「……ありがとう、累を解放してくれて。そして、私に、本当の恋を教えてくれて」
「っ」
その言葉を最後に、少女は泡となって消えた。
前にネットで龍の呼吸って言うのを見つけたけど、特に関係はないです