竈門炭治郎になったけど妹まで同類だった 作:シスコン軍曹
タッ、タッ、タッ、と。
ステップを踏むような足音と一緒に、蝶のような舞を連想させる動きで、一人の女性が木の枝を跳んでいた。
腰に携えるは日輪刀。素顔には笑顔が張り付き、しかしどこか狂気を滲ませた、いっそ痛々しさすら感じる笑みだったが。
「先ほどの赤い光……鬼の気配はもうないと思ってましたが、あと一つ残ってますね。先程の女性の鬼と関係があるのでしょうか?」
女性の脳裏に、
「あら? 近くに冨岡さんとカナヲもいますね。これは、少し相手の鬼がかわいそうですねぇ。仲良くできる鬼ならいいんですけど……」
口ではそういいながら、むしろ速度を加速させ、鬼の気配がする方向へと進む女性。
「――いましたね」
女性は腰の刀を引き抜く。
その刀は、刀というには形状が奇妙だった。刀身は切っ先だけを残して刃引きされており、明らかに頸を断つための武器ではない。
「じゃあ、さようなら」
仲良くできればいいのに。
そんなことを口にしながら、殺す気しか感じさせない言葉とともに、木々の隙間を抜け広い場所に出る。
歪な存在である彼女が目指していたのは……地面に崩れ落ちて涙を流す炭治郎と、それを背後から見守る禰豆子だった。
「――……ッ⁉ 危ない禰豆子ッ‼」
「えっ……キャアッ⁉」
ガァンッ‼ と。
鋼の打ち合う音と一緒に、火花が散る。
「……誰だ?」
「おや? どうして邪魔をするんですか?」
不思議そうに小首を傾げ、視線は依然と、禰豆子を捉えたまま、謎の女性が問い返す。
疑問を疑問で返されたが、特に気にした様子もなく、炭治郎は答える。
「妹だ。俺の妹なんだ……俺の家族を傷つけるな」
「そうですか……じゃあ、
毒? 唐突に出てきたその言葉に、炭治郎が首を傾げた。
鬼を殺すには、日輪刀で頸を斬らなければならない。当然、人間の毒など効くはずがない。
「名乗っておきましょうか。私は胡蝶しのぶ。私は鬼を斬ることはできませんが、鬼を殺せる毒を作った、ちょっと凄い人なんですよ?」
「な――⁉」
それが本当なら、ちょっとどころの騒ぎではない。
鬼は強い。体の頑丈さもさることながら、真に脅威なのはその身体能力。それに対抗するため、鬼殺隊は呼吸法や型を編み出した。
だが、この毒があれば話は別だ。なんなら、鬼を罠にかけた後、毒を打ち込むでもいいし、遠距離から弓矢などで射抜くという手もある。
相手に近づかなくても、鬼を殺せる。無論、鬼の身体能力ではそう簡単には行かないだろうが、鬼を殺す手段がか一つに限られていた中で、新たな別口を作り出したのだ。
それだけも称賛もの……それを「ちょっと凄い」で済ませられる女性、しのぶに、炭治郎は戦慄を覚えた。
(何者なんだこの人は……毒の存在は、もっと誇ってもいい物なのに……この人は一体、何を目指しているんだ……?)
「もういいですか? じゃあ、殺しますね」
バッ‼ と。
しのぶは一瞬で上空に飛び上がり、突きの構えを取って舞い降りる。
それを迎え撃つように、炭治郎は竜の呼吸の構えを取り――
「ガハッ⁉」
(ダメだ……今の体の状態じゃ、竜の呼吸は使えない……水の呼吸に切り替えないと……!)
激痛で呼吸が止まる。
竜の呼吸が掛けた体への負荷が、まだ完治していない。元々、作り立ての言わば試作品のような呼吸……反動がこの程度で済むのは寧ろ僥倖だ。
しのぶを迎え撃つため水の呼吸を使おうとするも、いつもよりも発動が遅い。一瞬、呼吸を止めてしまったせいで、素早く切り替えることが出来なかったのだ。
呼吸を整えている間に、既にしのぶは炭治郎の間合いにいる。
(まずい……!)
「させん」
ガァンッ‼ という音とともに、影が割り込んできた。
片方ずつでデザインの違う羽織。悪鬼滅殺の字が彫り込まれた日輪刀を構える男。
水柱、富岡義勇が、そこにいた。
「えっ、どうして……?」
「……何やってるんですか、冨岡さん?」
「
短く、明確な拒絶を示す冨岡。
流石に理解が出来ないと言った雰囲気で、しのぶが再び問いかける。
「全く、鬼とは仲良くできないって言ってたくせに、何なんでしょうか?」
「鬼が人を喰らう限りは……そう言ったはずだが?」
「じゃあなんですか? その鬼の娘さんは、人を喰らったことがないと、そう言うんですか?」
「ああ」
「……冨岡、さん……!」
かつての恩人、冨岡の信頼に、胸を熱くする炭治郎。
出会いも、話した時間も、短い。それでも、信頼されている。
「行け。俺が時間を稼ぐ」
「はい!」
「あと――」
「なんですか⁉」
禰豆子を箱の中に入れながら、冨岡の言葉を待つ炭治郎。
「――
「……えっ?」
「行け!」
「――ッ‼」
問いかける暇もない。既に争いは起こっていた。
鋼の打ち合う音を背後に、炭治郎は駆ける。
「……俺は、どうすればいいんだ……?」
既に禰豆子は眠っている。今までで一番大きなダメージを負ったから、眠るのがとても速かった。
しかし、眠っているということは回復しているということだから、気にはしない。
それでも、この状況下で一人というのは、少し心細いと感じた。
「……なんとか俺が逃げたとして、冨岡さんはどうなるんだ? あの人は大丈夫なのか?」
この状況で他人の心配が出来る程度には余裕が生まれているが、しかしあの場に伊之助を置いてきた事、そして既に善逸の事が頭から抜け落ちていることにはまだ気づいていないようだ。
「――ッ⁉ 殺気⁉」
明確な殺意……しかし、自分に向けられたものではない。
より正確に言うなら、自分の背、つまり眠っている禰豆子に向けて発せられたもの。
炭治郎は刀を構え、水の呼吸の構えを取る。
「……そこだ!」
「――ッ⁉」
背後から感じ取った気配に合わせ、回転するように刀を振るう。
互いの刃が打ち合い火花が散り、炭治郎の背後の人物をわずかに照らした。
視線の先には、鬼殺隊の隊服に白いケープを纏い、サイドテールに髪を結んだ、紫色の瞳をした少女がいた。
その手には淡い桃色に染まる日輪刀。口元にはうっすらと浮かぶ笑みが、夜の月の陰に隠れ怪しさを魅せていた。
「……覚えがある。俺と同期の子か……!」
名前は知らない。だが、印象的だったので、記憶に新しかった。
最終選別で唯一無傷、汚れ一つない状態で試験を突破した子。その実力は計り知れず、無意識に刀を握る手に力が籠もる。
「……、」
「くっ……!」
言葉を交わさない。無言のまま刀を振ってくる少女の機械染みた動きが、炭治郎に危機感を与える。
「水の呼吸……」
「花の呼吸」
長引かせると不味い!
直感でそう判断した炭治郎は、勝負を決めるために技を繰り出そうとし、刀を構える。水の呼吸の壱ノ型の構えだ。
それを見た少女は、炭治郎の知らない、全く別の呼吸、未知の技を持って迎撃しようとする。
「【漆ノ型 雫波紋突き】ッ‼」
そこで、技の発動の直前に、
相手は人間だ。それ故、殺傷力が低く、スピードのある漆ノ型を使い、少しだけ攻撃した後で逃げようという算段だ。
……だが。
「【陸ノ型 渦桃】」
炭治郎によって繰り出される最速の突き。
それを少女は、飛び上がり、空中で身を捻りながら回避し、炭治郎の背後を取る。
(読まれた⁉ そんな馬鹿な……‼⁉)
少女の計り知れない観察眼と洞察力に驚愕するが、それよりも問題なのは、一気に窮地に追い込まれたことだ。
背後を取られた上に、技がまだ終わってない故、繰り出される攻撃を迎撃できない。
その上、背には禰豆子が眠っている。箱ごと頸を断たれれば、禰豆子の命はない。
「あガァァアアアーーッ‼」
獣のような雄たけびを上げ、無理やり身を捻る炭治郎。
そのおかげか、少女の放った斬撃は箱には届かなかった。
だが、
「ぐゥゥゥ――ッ⁉」
脇腹を掠ってしまい、血が流れる。
痛い。既に累とのダメージと竜の呼吸の反動で体が悲鳴を上げているのに、その上、刀による裂傷。
今にも倒れてしまいそうになるのを、歯を食いしばって耐える。ここで膝をつけば、死ぬのは自分だけではないのだ。
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
「……、」
少女の口元から笑みが消えている。
しかし、そんなことは関係ないと言わんばかりに、炭治郎は刀を持つ。
そして、再び衝突しようとする……その瞬間、
「カァー! 伝令! 伝令! カァー!」
鎹鴉の叫びが、森中に響き渡る。
その瞬間、互いに動きを止め、しばし睨み合う二人。
そんな彼らに構わず、鴉は伝令を叫んだ。
「本部ヨリ伝令アリ! 炭治郎、禰豆子両名ヲ拘束。本部ヘ連レ帰ルベシ! 炭治郎、及び鬼ノ禰豆子ヲ拘束シ、本部ヘ連レ帰レ!」
「炭治郎、市松模様ノ羽織、額ニ傷アリ! 少女の鬼、禰豆子。連レ帰レ!」
「……貴方、炭治郎?」
「……そうだ」
少女への警戒を少し緩めつつ、刀を収める炭治郎。
それを見た少女もまた、刀を鞘へと戻す。それを見た炭治郎はほっと息をついて、箱を下ろして地面に寝転んだ。
もう、体力は限界だった。
「……どうなるんだろうな、俺達……」
きっと、届いてはいないだろうと理解しながらも、禰豆子へと話しかける炭治郎。
徐々に近づいてくる足音を聞きながら、ふと、思い出した。
「そう言えば、なんで冨岡さん、善逸の事知ってたんだ?」
少し前。
「大丈夫かな、禰豆子ちゃんたち……」
ボロボロの傷だらけの善逸が、月を見上げて呟いた。
「……おい」
「ヒィッ⁉ な、何なの⁉ ……あ、人?」
「俺は冨岡義勇。……何があった?」
「あ、えっと……」
冨岡に問われた善逸が、自分が知りうる限りの情報を開示する。
それを聞いた冨岡は、
「……そうか、よくやったな。もうすぐ隠のものが来るはずだ。そいつらに治療をしてもらうといい」
「あ、はい……えっと、貴方はどうするんですか?」
「無論、残りの鬼を斬る」
「そうですか……はっ!」
そこで、思い当たる善逸。この山にいる鬼は、敵の鬼だけではない。禰豆子も含まれるのだ。
つまり、彼女も殺される可能性がある。それだけは避けねばならない。
「あ、あの!」
「? どうした?」
「あ、いや、そのぅ……もし、もしですよ⁉ もし、人を食べない、優しい鬼がいたら、どうしますか……?」
「?」
回りくどいが、いきなり本題を切り出しても仕方がない。それに、目の前の人物の鬼に対するスタンスを知らねば、話を切り出すことも出来ない。
「……そんな鬼はいない」
「うっ……そう、ですよね……」
「……一人を除いてな」
「えっ……?」
冨岡は、昔を懐かしむように、空を仰ぎ、話しだした。
「これは他言無用で頼む。……二年前だ。俺はある任務で、山を訪れた。その近くで、鬼が出るという報告を受けたからだ。……そこには、確かに鬼がいた。だがそれは、鬼にされた少女だった」
「……、」
「そして、その少女を妹だと言って庇う、兄がいた」
「えっ」
どこかで聞いたことのある話に、善逸が声を漏らして驚く。
それに気づかない冨岡は、彼を知る者がいたら驚くほど饒舌に語る。
「……その二人は、互いで互いを庇い合った。普通、鬼になったばかりの鬼は飢餓状態となり、家族だろうと容赦なく食い殺すはずなのに、妹は兄を庇い、兄はそんな妹を信じて、俺に立ち向かった。……俺は、この兄妹に可能性を見た。こいつらならば、何かを変えるのではないか、とな。俺はその兄妹に鬼殺隊になるよう促し――」
「あ、あの‼ そ、それってもしかして、炭治郎と禰豆子ちゃんのことじゃ――!」
「⁉ ……知っているのか?」
「えっと、俺の……友達で、多分今、戦っていると思います」
そうか、と。一言呟き、
「なら、任せろ」
「えっ……?」
「一度手を取ったからには、最後まで責任は持つ」
「! お、お願いします! あ、俺、我妻善逸っていいます!」
「そうか、二人にも、お前の無事を伝えておく」
そういって、あっと言う間にその場を去っていった冨岡。
その次の瞬間、森全体に赤い光と謎の轟音が響き渡るが、不思議と善逸は恐怖を感じなかった。
「……大丈夫だよな、二人とも。それに、伊之助も……」
共に山へとやってきた仲間を憂う言葉が、夜空へと消えていった。
ふと思ったんだが、なんか善逸の株が高い気がする……何故だ?