竈門炭治郎になったけど妹まで同類だった   作:シスコン軍曹

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胡蝶の夢

 

「……暇だなぁ」

 

 深夜。

 蝶屋敷の屋根で月を眺める炭治郎が、不意に呟いた。

 寝そべりながらそう言う炭治郎の表情は、退屈に満ちている。

 ここは大正時代だ。平成でも令和でもない。現代の娯楽なんて一つもないのだ。

 

「……鍛錬しかない、か……そう言えば、刀はどうなんだろ……鋼鐡塚さん、怒ってないといいけど」

 

 鱗滝さんですら刀を折ったら骨を折るとか言ってきたのだ。刀匠だとどうなるか想像も出来ない。

 

「――こんばんは。今夜は月が綺麗ですね」

「うおっ⁉ ……し、しのぶさん……ビックリさせないでくださいよ……」

 

 いつの間にか、寝そべる炭治郎の後ろに、しのぶがいた。

 音もなく背後に立たれると心臓に悪い。

 しのぶはニコニコと屈託のない笑みを浮かべて炭治郎の横に腰掛ける。

 

「そ、それで。一体どういったご用件で……?」

「そう固くならないでください。……少し、貴方と話がしたくて」

 

 話? 炭治郎が不思議そうに首を傾げる。

 

「……そう言えば、どうして俺たちをこの屋敷に連れてきたんですか?」

「禰豆子さんの存在は公認になりましたし、君たちは……というか、特に君は怪我が酷かったですしね」

「うっ……」

「それから……君には私の夢を託そうと思って。―――そう、鬼と仲良くする夢です」

 

 あっけらかんとしのぶが言う。

 

「鬼と……?」

「ええ。禰豆子さんと一緒に頑張る貴方を見ていると、もしかしたら……って思えるんです」

 

 やはりニコニコと笑みを浮かべるしのぶが言う……だが。

 

「難しい……と思います」

 

 炭治郎は顔を俯かせたまま答えた。

 意外な返しに、しのぶの表情が僅かに揺れる。

 

「禰豆子が特別なだけなんだと思うんです。あの()だけが人を喰わないでやっていけるだけ。……しのぶさん、俺は……鬼が人を喰うことは仕方ないと思ってます」

 

 その時、初めてしのぶの笑みが引きつった……気がした。

 

「……どうして、そう思うんですか……?」

「……だって、同じですよ、俺達と。俺達は人間以外の生き物を糧に今日を生きてる。自分たちより弱い生き物を犠牲にしてるんです」

 

 しのぶは、炭治郎の持論に反論しない。

 

「鬼からすれば、人間にとって食料が、食料として見れないだけ。人間がその対象になってしまった。本来なら、俺達が食べる生き物たち意思があれば、俺達みたいに反抗するでしょうし」

「……」

「多分、そう言うことだと思うんです」

「だったら、なんですか? 鬼のすることを認めろと、そう言うんですか……?」

 

 震える声でしのぶが言う。

 そこにある感情を、炭治郎はすぐに理解できた。

 

「……怒ってますか?」

「……えぇ、ええ! ……怒ってますよ、ずっと怒ってます。鬼に最愛の姉を惨殺された時から、鬼に大切な人を奪われた人々の涙を見るたびに……! 絶望の叫びを聞くたびに、私の中に怒りが蓄積され続け膨らんでいく。体の一番深い所、にどうしようもない嫌悪感がある……他の柱達もきっと似たようなものです」

 

 所々に怒りが滲め出て、語気が強まっていた。それを聞いて、なんとなく炭治郎は思った。

 きっと、それが本当のしのぶさんなんだな、と。

 本当は怒りをぶつけたい……今すぐ鬼を殺したい……そんな復讐心で溢れてるのに、何かが彼女を引き留める。

 それはきっと……。

 

「俺に託したい夢って……そのお姉さんとの……?」

「……はい。姉は、優しい人だった。鬼に同情していた。自分が死ぬ間際ですら鬼を憐れんでました」

 

 鬼殺隊は、鬼に怒りを、憎しみを持つ人が集まる。

 命を懸けてでも守りたいものを持つ者もいれば、命を懸けてでも鬼を殺したいと思う……それほど強い思いがなければ、務まらない。

 簡単に命を奪われる。だが、その度に人は憎しみを募らせる。

 負の輪廻が完成しているのだ。

 

「……私は、そんな風に思えなかった。人を殺しておいて可哀想……? そんな馬鹿な話はないです」

「そうですね」

 

 あっさりと肯定する炭治郎に、しのぶが困惑する。

 

「……え、でも……さっき、仕方のないことだって……」

「ええ。人を喰うことは仕方のない事です。……けど、悪戯に、悪意を持って人を傷付けることは許されない。人間にだって同じことが言えます。自分以外の生き物を傷つけていいわけじゃない……」

 

 炭治郎にとっての線引きは、そこだろう。

 人を襲うことに、悪意を持っているのか否か……それだけが、鬼を許せるか許せないかの違いだ。

 だから、炭治郎は否定しない。

 悪意を持つ鬼に悪意で対抗する……もしかしたら、意味のない事なのかもしれない。それは、怪物同士の諍いなのかもしれない。

 けど、憎しみも怒りも……心を持つ生き物が当たり前に抱く、当然の感情だ。それを否定するのは違う。

 

「だからきっと、どれだけ悲しい過去のある鬼がいたとしても、その鬼が悪意を持って人を傷付けたなら、償わないといけない……そして、やり直して欲しい」

「……やり直す……?」

「ええ……もし、生まれ変わりなんてものがあるなら、殺された鬼にも機会を与えて欲しい。人として、やり直す機会を……」

 

 勿論、悪戯に人を……他の生物を傷付ける罪は重いだろう。

 でも、だからこそ。その罪の重さを理解し、やり直すのが、生まれ変わるのに、一番大事な事だと、炭治郎は言う。

 

「……けど……」

 

 納得のいかなそうな顔をするしのぶ。

 そんな彼女に苦笑しながら、炭治郎は奇妙な結論を語った。

 

「鬼って言うのは、単純に生き物の事を現すんじゃないと思うんです」

「?」

「多分……上手く言えないけど、鬼は鏡なんですよ」

「鏡……?」

「はい。……俺達(にんげん)の心を映す鏡……俺達が鬼に対しどんな感情を抱くのか、明確に示すための」

 

 仮に、鬼がもう人を喰わないと誓い、本当にその手段があったとしよう。

 対面するのは、鬼に家族や恋人を奪われた鬼殺隊で、彼の手には日輪刀があり、しかし目の前の鬼は家族恋人の仇ではない。

 鬼は心を改め、改心しようとしている。さて、その剣士は鬼をどうする……?

 答えは二択……けど、この問いに間違いはないのだ。

 つまり、生かそうが殺そうが、それは人の感情次第……だが、どちらかを選べば、その剣士の本性が現れる……それだけの問いだ。

 鬼が善となる可能性を潰すか、鬼の悪を潰すか。

 

「だからきっと、しのぶさんのお姉さんは凄い人です……鬼が改心する可能性を、人と仲良くできる可能性を信じ続けた人なんですから」

「…………」

「……信じるだけなら自由です。例え裏切られるとしても……本当に裏切られるまでは分からないですし。……多分、分からないって言うのは、一番大事な事なのかもしれないです」

「貴方も十分、凄いですよ……。私はやっぱり……姉さんみたいになれないのでしょうか……?」

「それも、しのぶさん次第だと思います。……しのぶさんの導く答えを否定するつもりはないです。けど、どうせなら……しのぶさんが、お姉さんに胸を張れる生き方をしてほしいです。……お姉さんに、頑張ったねって言って貰えるような生き方を……すみません、偉そうに……」

「――いいえ、大丈夫ですよ」

 

 すると、しのぶは腰を上げ、立ち上がる。

 

「……ところで、随分と姉に詳しいですね。お姉さんでもいらっしゃったんですか?」

「…………えぇ、けど、俺の姉は……人間に……」

「⁉ ……すみません、私……」

「いえ、構いません。……だからだと思うんですよね。俺が鬼に対し否定的になれないのは、人間と鬼のやることに、殆ど差がないって実感してるから」

 

 炭治郎はよっこらせと、重い腰を上げた。

 

「……湿っぽくなっちゃいましたね。じゃあ、俺はそろそろ……」

「炭治郎くん」

「?」

 

 屋根を降りようとした炭治郎は、しのぶに引き留められ振り返る。

 

「えっ……?」

 

 しのぶは、()()()()()()()()

 いつもの微笑みは完全に消え去り、少し眉間にしわが寄っている。

 端的に言えば、怒っている……炭治郎は、そう感じた。

 

「やっぱり、私の……ううん、姉さんの夢は貴方に託すわ。私には叶えられない」

「えっと……しのぶさん……?」

 

 話し方まで変わっており、炭治郎はますます困惑する。

 

「しっかりしてよね。貴方はこれからも、禰豆子さんを守っていくんだから!」

「えっ、あ……は、はい!」

「よろしい。……ふふっ、どうでした? 昔の私は多分、こんな風だったと思うんですが……」

「え、あー、えっと……」

 

 しどろもどろになる炭治郎を、しのぶは面白そうに見つめている。

 

「それじゃあ、明日も頑張ってくださいね」

 

 そういって、しのぶはその場を去っていく。

 炭治郎は、しのぶのいた場所を呆然と見つめていた。

 

 




もうすぐ蝶屋敷編も大詰めですね
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