竈門炭治郎になったけど妹まで同類だった 作:シスコン軍曹
無限列車内部は、驚くほどに静かだった。
異様な出で立ちと雰囲気を纏っていた鬼殺隊の四人も、座席の上で眠りこけている。
だが、眠っているのは彼らだけではない。
見れば、車内の
幾らなんでも、これはおかしい。人が眠る瞬間など個人差が出るだろうに、全員が同じ時間に同時に眠るというのは奇妙な現象だ。
「……何、コレ……?」
その異様な現象を、禰豆子はただ一人、呆然と眺めていた。
彼女は今まで、炭治郎の背負っていた箱に入っていた。だから、血鬼術発動の
禰豆子は焦りながら、鬼殺隊に四人を起こそうとする。
「ちょ、起きてお兄ちゃん! 善逸さん! 伊之助! えっと……あ! 煉獄さん!」
一瞬、名前の分からない誰かがいたが、すぐにそれが炎柱であることを思い出す。
しかし、今回の敵はそれほどまでに強力なのか。柱ですら手玉に取られるほどに……。
というか。
「何この状況。こっちの方が意味不明」
何故か、煉獄は眠ったまま少女を締め上げており、他にも鬼殺隊の三人に縄で腕を繋いで少年少女が隣にいる。
ハッキリ言って、理解不能だった。
禰豆子は兄のほうを見た。
「……お兄ちゃん、泣いてる……?」
炭治郎は何かをうわごとのように呟きながら、ボロボロと涙を溢していた。
悪夢でも見ているのだろうか。もしや、それが敵の力なのだろうか。ならば、自分はまずどうしたらいいのか?
考えて考えて考えて……結論に至った。
「燃やそう」
……決して、正気を失ったとかそう言う訳ではない。
禰豆子の血鬼術・爆血は、鬼に関する者のみを焼き尽くす性質を持っている。よって、人には一切危害がない。
人を守るという、禰豆子の信念を映し出した力だ。
禰豆子は自信の手首を裂き、血を流す。それを燃やして、炭治郎を炙った。
「……早く起きてよ」
竜也は、いつものように日常の中に居た。
妹がソファーの上でテレビを見て、姉が家事をしている、その風景を見ていた。
そして、悩んでいた。
(どうする……俺に出来るのか、そんなことが?)
炭治郎に示された脱出方法を前に、竜也は一向に動けずにいた。
それもそうだろう。その脱出方法は、とてもじゃないが実践しずらい。リスクもある。
だからこそ、竜也は一歩を踏み出せないでいた。
「――ッ⁉」
だから、だろう。
それは、間違いなくきっかけになった。
「お兄ちゃん⁉」
「ちょ、竜也⁉ 大丈夫か!」
「……禰豆子の、炎……?」
突如、竜也の体が紅蓮の炎に包まれた。
驚くほど燃え盛っているのに、周囲には引火せず、竜也を温めている。
火は、間もなくして消えた。
だが、そこにもう、白銀竜也はいなかった。
「えっ、お兄、ちゃん……?」
「……どう、いう……?」
姉と妹は、竜也の変化に戸惑っていた。
若干赤が混ざる黒い髪。額に出来ている大きな痣。黒い制服の上から羽織る緑と黒の羽織。腰に携える日輪刀。
そこに居たのは間違いなく、鬼殺隊・竈門炭治郎だった。
「これは……そっか。お前も待ってるのか」
何かを確信するように、炭治郎が呟く。
突如姿を変えた兄に、美優は戸惑いながら問いかけた。
「……お兄ちゃん、なの……?」
「……ごめんな、美優」
「……えっ?」
突然、悲しそうな表情をする炭治郎が、謝りながら美優を抱き寄せた。
美優は焦りや恥ずかしさよりも先に、困惑で胸を埋め尽くした。
「守ってやれなくて、ごめんな」
「……お兄ちゃん?」
「……でも、今度は守る。
分からない。
何を言いたいのか、何も伝わらない。
なのに、何故だろうか。今の彼を止める気になれない。
「……お兄ちゃん。どこかに行くの?」
「……うん」
「……ちゃんと、『ここ』に戻ってくる?」
「……ごめん」
「…………そっか」
炭治郎の言葉に、小さく頷く美優。
「……まったく、お前らは……」
そんな二人を、華が纏めて抱き寄せる。
「……義理だからってなぁ……ダメだろう? ほ、んとに……!」
華は、泣いていた。
きっと、分かっているのだ。もう、二人と一緒に居られない、この幸せが終わることを。
それは、二人も同じだった。
美優は泣きじゃくり、炭治郎は懺悔の言葉を叫ぶ。
「ごめん……! 守れなくて……本当に‼」
「……もういいんだ。お前にはいくところがあるんだろ? ――なら、行って来い!」
「言っとくけど、負けたら承知しないからね!」
涙を拭い去り、華と美優は精一杯のエールを送った。
「……ああ!」
二人の応援を背に、炭治郎は家を出た。
たくさん、ありがとうと思う。
たくさん、ごめんと思う。
でも、戻れないと分かってしまったから。
進むしかないから。
せめて、その道が明るくなるように。
絶望のゴールじゃない、希望への活路を開く刃を振るう。
「行ってきます」
玄関の扉を閉じると同時に、炭治郎は、己が日輪刀で自決した。
「……うっ」
「あ、起きた?」
最悪の気分で、炭治郎は目を覚ました。
やはり、夢とはいえ自殺するというのは精神的に良くない。
くらくらする頭を抑えながら、炭治郎はゆっくりと、重い腰を上げる。
「……禰豆子、大丈夫か? さっきのは……」
「あれ見て」
禰豆子が突如、通路の方を指差す。
言われたとおりに、炭治郎が視線を向けると、
「……はい?」
煉獄が、一人の娘の首を締め上げていた。
その剛腕を持って、軽々と少女を持ち上げていた。
「ちょ、煉獄さん⁉ それは流石に……あれ? 何だこの縄……?」
手首に違和感を感じ、炭治郎が目線を落とす。
右手には、焼き切れた縄が括りつけられていた。これも敵の仕業なのだろうか。
見れば、煉獄だけでなく、善逸や伊之助の腕にも巻かれていた。その縄の先には、他のものと同じように眠る少年少女がいた。
だが、彼らはどちらかと言うと魘されており、悪い夢でも見ているかのようだ。
「禰豆子、縄と一緒に、三人を起こすんだ。俺は鬼を――」
「う、ああああああ‼」
「なっ⁉」
煉獄に締め上げられていた少女が、苦しみから解放されるや否や、炭治郎に向けて鋭い刃先を持つ
咄嗟に娘の一撃を回避し、禰豆子を脇に抱えて炭治郎は距離をとる。
警戒を怠らずに、低い声で問いかけた。
「……何のつもりだ?」
少女の呼吸が荒い。相当焦っているようだった。
額から冷や汗を滝のように流し、白い肌は精神の不安定さが滲み出ているのか、青白くなっている。
体を震わせ、怯えながらも憎しみに満ちた目付きで、炭治郎を睨んでいた。
それを見て確信する。この少女は、自分の感情に従って動いている。これは、彼女の意志なのだと。
「邪魔しないでよ! あんたたちが来たせいで、夢を見せてもらえないじゃないっ‼」
「……」
ふと、視線を逸らす炭治郎。
よく見れば、彼の背後に善逸と伊之助と繋がっていた子供たちが立ち塞がっていた。
同じく錐を持って、今にも炭治郎を射殺さんばかりの殺意を向けていた。
「何してんのよ、 あんたも起きたなら加勢しなさいよ!」
三つ編みの少女は、炭治郎の前の座席で座っている、やせ細った青年に怒鳴り散らす。
「結核だか何だか知らないけど、ちゃんと働かないなら、あの人に言って夢を見せてもらえないようにするからね‼」
罵声を浴びせられた青年は、無言で立ち上がった。
だが、隈の濃いその瞳には、三人と違い一欠けらの敵意も殺意も、憎しみすらもなかった。
そんな少年に、炭治郎は逆に困惑した。
恐らく、この子供たちは、鬼と共謀している。自分たちを殺すことを条件に、鬼にあの夢を見る血鬼術を掛けてもらおうとしているのだろう。
「分かるよ」
炭治郎が、ぼそりと呟いた。
「俺も居たかった……あの夢の世界。とても幸せで、満たされた……」
心からの言葉だった。
実際、炭治郎は戦いを、現実を諦めようとするほど、あの夢に心酔していた。
しかし、それと同時に分かった、学んだのだ。
失ったモノは、絶対に戻らない。どれだけそっくりに見せても、心はどこか虚しさを感じ取って、満たされた器を破壊する。
美優が描いた絵を見た時もそうだった。何故か見ていると、苦しさを感じる思い出。
きっと、無意識に理解していたのだ。自分の、何よりも大切な思い出が、第三者によって穢されていることに。
「でも、それじゃ、いなくなった人たちに胸を張れないぞ。彼らは、今の俺達を、決して認めてくれない」
「! ……うるさい」
「もうやめよう。これ以上は駄目だ。今からならやり直せる」
「分かったようなことを、言うなァァァァァァァァァアアアアアアアーーッ‼‼」
絶叫とともに、三つ編みの娘は錐を突き刺さんと、両の腕を振り上げる。
だが、炭治郎はその錐を掴み返し、万力を持って握りつぶした。鈍い、砕けるような音とともに、錐がひしゃげる。
それを見た三つ編みの娘は腰を抜かし、通路に尻もちを搗いた。背後の二人も、それを見てすっかり戦意を喪失している。
炭治郎は、最後に残った青年に目を向けた。
頬は痩せこけており、肌も色白。恐らく、長い間外に出てこなかった弊害だろう。
結核。それは現代でも多数の死者を出している感染症だ。大正の世では、治すのは困難……否、ほぼ不可能だろう。
それなのに、青年は戦おうとしない。錐を捨て、炭治郎に道を譲るかのように、通路の脇に佇んでいる。
「凄いな、貴方は……」
炭治郎は青年に、心からの称賛を送った。
自分は誘惑に負けた。胸の中にいるもう一人の自分が、竈門炭治郎が叱咤しなければ、きっと戻ってこれなかったと確信している。
だからこそ、少年の行動に尊敬の念を抱いた。
しかし、結核の青年は首を横に振る。
「僕だって、きっと……貴方の心に行かなければ、こんなことはしなかった」
「えっ……?」
「行ってください……どうか、気をつけて」
いきなり礼を言われ、戸惑う炭治郎だが、すぐに顔を引き締め、無言で頷く。
「禰豆子、この四人を守ってやってくれ」
「……いいの? この子たちは……」
「ああ。何かあっても、責任は俺が取る。……じゃあ、行ってくる」
「あ、ちょっと待って!」
禰豆子に呼び止められた炭治郎が、振り返ろうとし、
「――!」
「……えっ?」
耳元で囁かれた言葉に、炭治郎が驚きを見せる。
「それって……」
「わざわざ私が辞書引いて調べたんだから、感謝してよね! ま、頼まれたから仕方ないし?」
「……変わらないな、お前は……なあ、
一瞬、禰豆子は何を言われたのか理解できなかった。
「この戦いが終わったら、ちゃんと話をしよう」
そんな禰豆子に構わず、炭治郎は列車の外へと向かった。
「……お兄ちゃん?」
――病を患う青年は、つい先ほどまでの出来事を思い出していた。
血鬼術で、ある青年の精神世界に介入した時だ。
最初は、見た事もない建物や車、空を飛ぶ鳥のような何かや、待ちゆく人が猫背になって一心不乱に見つめる板に戸惑いを見せたが、すぐさま心を切り替えて果てを目指した。
そして、青年は見えない壁へとたどり着いた。
途端、鋭い目つきで懐から錐を取り出し、壁へと突き立てた。
空間に裂けめのようなものができ、青年は中へと侵入した。
そこは、混沌とする異世界だった。
ある所では煉獄の如き炎が燃え盛り、またある場所では湧き水が噴き出していた。ある場所では雷が落ちて雷鳴が轟き、ある場所では獣が走り回る。
ある場所では美しい花が咲き誇り、またある所は霧に覆われ、ある場所では竜巻が吹き荒れていた。
空は黒い雲で覆われながらも、所々虫食いのように穴が開いていて、太陽の光が差し込んでいた。
どこまでも矛盾に満ちた世界で……そこは、地獄と天国を両立していた。
そんな世界が、何処か幻想的で……青年は、ただ呆気に取られるだけだった。
青年は、『精神の核』という、人間の心の原動力を破壊するために行動していた。
自身が抱える病、結核。その苦しみから逃れるために、夢に逃げようとしていたのだ。
『……』
……だというのに、少年は一歩も動けなかった。『精神の核』を見つけようと思うことも出来なかった。
ただ立ち尽くすだけだった青年……だが。
『……――ッ⁉』
見た。
異世界でただ一人……一匹で、世界を守護するかのように静かに佇む銀色の竜の姿を。
恐らくは、この無意識領域の化身だ。
すると、竜も少年に気づいたのか、のそりと起き上がり、少年に近づいていく。
『……』
『……』
竜の顔が、青年の鼻先まで迫った。
青年は僅かに上ずった声を上げるが、次の瞬間、竜に衣類を咥えられ、背中に乗せられた。
『? 君は、何を……』
竜は無言のまま、遥か上空に向けて飛び上がった。
途轍もない速さなのに、風を一切感じない……不思議な飛行だった。
あっという間に、彼らは雲を抜けた。
穢れ一つない太陽が、青年を出迎えた。
『……なんて綺麗なんだ……』
ぽつりと言う。
すると、竜はまたしてもどこかへ向かった。
暫くの間飛び続け……そして、何かが見えてきた。
ボロボロの塔だ。
石造りで、至る所が欠けていて、雲を突き抜けるように聳え立っている。
その頂上に、竜は着陸した。
『これは……宝箱?』
塔の頂上、その中央に、鍵の掛かっていない箱があった。
竜はその宝箱の後ろに行き、体を休めた。
青年は、恐る恐る宝箱を開いた。
『! ……これは……』
それは、一枚の絵だった。
目の前にいる竜とそっくりな生き物が中心に描かれ、他にも無意識領域と同じ現象があちこちに描かれている。
直感的に、青年は察した。これが、あの緑と黒の羽織の少年の『精神の核』なのだと。
あの少年を形作っているのは、たった一枚の絵だった。子供が描いたものなのだろう。一流の絵師が見れば、駄作だと破り捨てるかもしれないソレ。
しかし、結核の青年には、これ以上に尊い絵はないのではとすら思えた。
『……どうして、僕をここに……?』
だからこそ。
竜の真意を測りかね、少年は問いかけた。
竜は答えず、ただジッと少年を見つめている。
『……まさか、信じているのか? ……僕は、これを壊す為に来たというのに……⁉』
青年は狼狽した。
だって、あり得ないだろう。あって間もない、それどころか、本来は敵である自分を信じ、この場所に連れてくるなんて。
竜は微動だにしない。青年がどんな結論を導こうとも、それを受け入れると言わんばかりに。
『……ぁあ、どうして……!』
青年は、己のしようとしたことへの恥ずかしさから、膝を折って蹲ることしかできなかった。
――青年の意識が、現実に浮上する。
「……優しい貴方、どうかご武運を……」
いつの間にか、塔から青年の姿は消えていて。
代わりにとばかりに、そこには竈門炭治郎が佇んでいた。
無言のまま、澄み渡る空を眺めている。
「……よかった、貴方が道を踏み外さなくて」
竜が、炭治郎に頭を差し出す。
それに答えるように、炭治郎は竜の頭を撫でる。
彼らはまるで、竹馬の友のように分かり合っていた。
「……竜也には、無理をさせてばかりだなぁ……」
炭治郎は、
白銀竜也が原作知識を僅か二年で喪失したのには、明確な理由があった。それは、竈門炭治郎による介入だ。
彼は、竜也が知識だけに頼り、経験が追い付かなくなることを恐れた。
一寸先は闇、という言葉がある。未来はどれだけ知っていても、完全にその通りにはならない。
だからこそ、いざという時に対応できるよう、未来を分からないようにし、竜也を鍛える必要があった。
竜也は見事炭治郎の願い通り……いや、それ以上の成長を遂げた。
だが、それでも人の記憶を奪うという行為には罪悪感はある。知識があれば簡単に乗り切れた場面もあっただろう。
それでも、炭治郎は自分の行いに後悔はなかった。
「頑張ってくれ、竜也……」
竈門炭治郎の祈るような言葉は、空へと溶けていった。
Q:つまり、どういうことだってばよ?
A:竜也君が原作知識忘れたのは炭治郎が干渉して記憶を封印したってこと。
危険だけど、土壇場で強い人間にならないとやっていけないからね。必要な犠牲でした。
Q:なんで禰豆子は知識あるの?
A:禰豆子が奪うことをしなかったから