竈門炭治郎になったけど妹まで同類だった 作:シスコン軍曹
辛い。苦しい。怖い。
厭夢によって眠らされ、その度に覚醒のために自殺する。
きっと、こんな追い詰められた状況でなければできないだろう。
だが、一瞬でも覚醒の為のタイミングがズレれば、その先に死が待つ。一秒たりとも無駄にはできない。
「……くっ‼」
「なっ――」
倒れる寸前で起き上がった炭治郎に、厭夢が驚きの声を上げる。
炭治郎は厭夢に刃を振るうが、厭夢の身のこなしに軽く躱される。
そして、再び血鬼術を掛けられ、夢の世界に送られた。
また、斬る。己の首を。
起き上がり、鬼へと駆ける。眠らされる。死ぬ。起きる。眠らされる。死ぬ。起きる。
同じことの繰り返し……炭治郎は自分の精神がすり減っていく音を聞いた。だが、それでも止まらない。止まれない、止まるわけにはいかない。
炭治郎を動かすのは、憎しみでも正義の心でもない……ただ、単純な怒りだ。
許せないという思いが、炭治郎に一歩を踏み出させる。
「……え」
再び眠らされた。
だが、そこは先ほどまでの夢とは決定的に違っていた。
荒らされた家。血濡れたリビング。死に体の家族。
「なんで助けてくれなかったの?」
片足の無い妹が、何も映さない瞳で、抑揚のない声色で言った。
「私たちが殺されてる時、何してたの?」
妹の言葉に、炭治郎はただ立ち尽くすしかなかった。
不意に、部屋が暗転し、妹ではなく姉が立っていた。
姉は鋭い目つきで炭治郎を睨みながら、呪いの呪文でも唱えるかのように言った。
「お前は何のためにいるんだ。屑が、お前が死ねばよかったのに」
その瞬間、炭治郎の怒りは、頂点を越えた。
「……ふざけるな」
どす黒い炎が、すり減った精神を焦がす。
現実の炭治郎は、顔色の白さが失せ、視線だけで人を殺せそうなほど強烈な目付きで、厭夢を睨んでいる。
「言うはずがないだろ、そんなことを! 姉さんが、美優が‼ ふざけるのも大概にしろッッ‼‼」
怒声を上げ、屋根を蹴り、厭夢に向かって刃を振りかざす。
「三流演出家が……図に乗るな―――ッッッ‼‼‼」
心の底からの罵倒とともに、厭夢の頸を跳ね飛ばした。
宙を舞う頸が、鈍い音を立てて屋根の上へと落ち、頭と泣き別れした胴体が崩れ落ちた。
それを冷めた視線で流し見ていた炭治郎は、ふと我に返る。
(……待て、一撃? たったこれだけで倒れるのか……?)
那田蜘蛛山の時の十二鬼月は、もっとずっと強かった。
水分神は、累との戦いのときに使用した乱舞よりも攻撃力が弱い。だからこそ、あっさりと片付いたことに違和感を覚える。
そして何より、冷静さを取り戻したから分かることがあった。
(まだ……あの悍ましい気配が消えてない。奥の車両から……)
「あの方が」
「――ッ⁉」
どこからか、あの忌々しい声が聞こえた。
幻聴ではない。やはり、戦いはまだ終わっていない。
炭治郎は、瞬時に周囲を警戒する。
そんな彼に構わず、声はどこからともなく木霊する。
「柱に加えて耳飾りの君を殺せって言った気持ち、今凄く分かったよ」
声の主は、ずっと炭治郎の近くに居た。
屋根の上に転がる厭夢の頭部が、ひとりでに会話を続けていたのだ。
だが、その声には僅かにいら立ちが帯びている。
「存在自体がこう、とにかく癪に障る感じぃ」
「なっ――」
夢から何度も目覚めることに驚いていた厭夢とは逆に、今度は炭治郎が言葉を失っていた。
厭夢の胴体が肉の塊に変質し、屋根に根を張った。触手のように伸びて、頭部を天高く持ち上げる。
「何とか間に合ったよ。……そう、そう言う顔が見たかった」
頸を斬ったのに、鬼が死なない。
突然の事態に驚き、困惑する炭治郎を眺める厭夢は、ねっとりと笑みを浮かべる。
「うふふ。頸を斬ったのにどうして死なないのか、教えて欲しいよね? でも、ダーメ。俺は君が凄い嫌いだから、何も教えないよ」
そう言うと、厭夢の頭部が触手に呑み込まれ、消える。
残った触手は、炭治郎を列車から突き落とさんと牙を剥いた。
「チッ!」
思わず舌打ちしながら、炭治郎は触手を両断する。
(まずい、どうしてだ。考えろ……間に合った? 何かを待っていたのか?)
触手を捌きながら、思考を加速させる。
何かあるはずだ。厭夢が行った頸を斬っても死なないカラクリが。
しかし、考えてる間にも触手は次々と襲ってくる。
(……前提を誤るな。鬼は日輪刀で頸を斬ったら死ぬ。さっきので死ななかったってことは、あれは頸じゃない……頸じゃない?)
手応えのない鬼。倒した後も感じる邪悪な気配。鬼の言葉。
全てを照らし合わせ、結論を出す。
「……そうか。お前は待っていたんだ。列車と完全に融合する瞬間を! さっきのは囮、本体じゃない!」
「――あれぇ? もう気づいちゃった?」
炭治郎の背後から声が聞こえた。
振り返ると、厭夢が屋根の中から文字通り顔を出していた。
「そう、君と余計な話をしている間に、融合を完全に終えた! この列車すべてが俺の血であり肉であり、骨となったんだ!」
「――ッ⁉」
「その顔! 分かってきたね? つまり、この汽車の乗客が二百人余りが俺の餌であり……人質だよ」
全身から嫌な汗が噴き出る。
厭夢の言葉に嘘はないだろう。だが、それ故に不味い。
今この瞬間にも、鬼の血鬼術に掛かり眠ってしまった乗客が、消化されるかも分からない。
「ねぇ、守り切れる? 君一人で、この汽車の端から端までうじゃうじゃとしている人間たち全てを、俺にお預けさせらるかなぁ?」
「くっ――!」
炭治郎が日輪刀を振りかぶるが、その時にはすでに厭夢の頭部は屋根の中に消えていた。
「……まずい、まずいまずい‼ 煉獄さん‼ 善逸、伊之助ーっ‼ 起きろォォォォォォォーーッ‼ 攻撃されてる‼ 早く‼」
自分一人で全員を守ることなど到底不可能。
ならば、頼るしかない。
炭治郎は風の音で掻き消されないよう、全力で叫び続けた。
「オオオオオオウォォォオオオ‼」
猛々しい雄たけびとともに、屋根を突き抜けて何かが現れた。
猪の頭、半裸の肉体。刃毀れし、鋸のようになっている日輪刀。
「ついてきやがれ子分共‼ ウンガァアアア‼ 爆裂覚醒猪突猛進‼‼ 伊之助様の、御通りじゃアアア―――ッッッ‼‼‼」
嘴平伊之助。
ここにきて、頼もしい味方の増援だ。
「伊之助! この汽車は鬼と融合している! もう安全な所が無いんだ‼ まずは眠らされている人たちの安全を確保するぞ‼」
炭治郎の言葉に、伊之助が体を震わせる。
だが、それは恐怖からではない。むしろ、歓喜と闘争心が湧き溢れる。
「やはりな……俺の読みが正しかったんだ! つまり、俺が親分として申し分ないということ!」
そういえば、と炭治郎は思い出す。
列車に乗る前から、伊之助はやたらと列車に戦意を燃やしていた。
単純に未知への興味からだと思っていたが、もしや無意識に鬼の存在を察知していたのか?
すると、伊之助は自分の開けた穴から再び車内に戻る。
「行くぜ。獣の呼吸【伍ノ牙 狂い裂き】‼」
カァァァァという独特な呼吸音とともに、車内をいつの間にか覆い尽くしていた四方八方の触手を切り倒す。
さらに車内を駆け回り、一度で捌き切れなかった触手を次々切断し、乗客を器用に避けて、止まることなく刃を振るい続ける。
「どいつもこいつも俺が助けてやるぜ‼ 須らくひれ伏し、崇め讃えよこの俺を‼ 伊之助様が通るぞォオ‼」
行く手を阻む戸を、肉の壁ごと蹴破り、高らかに叫んだ。
「車内は大丈夫……か?」
伊之助一人で大丈夫なのだろう。
別に、伊之助の実力を疑っているわけではない。だが、いくら何でも一人と言うのは無理があるだろう。
だが伊之助が起きているなら、他のみんなも目覚めているのではないか?
「――ッ‼ くっ‼」
考えていると、触手が攻撃してくる。
よく見れば、列車が厚い肉の塊に覆われ、すっかり変形していた。
炭治郎は次々迫ってくる触手を斬りながら、悩み続けた。
禰豆子は、乗客に襲い掛かる謎の触手を迎撃していた。
いつの間にか発生していたそれは、鬼の気配を放っていた。
禰豆子は乗客を守る為に拳を握り、血を零す。
「血鬼術、爆血‼」
紅蓮の炎が、禰豆子の拳に灯る。
「――
禰豆子の剛腕によって放たれた炎の拳が触手を焼き尽くしていく。
すぐさま再生しようとしていた触手だが、一向に傷が治らないことを不思議がっていた。
それもそうだろう。禰豆子の血鬼術には、鬼の再生を阻害する力がある。ある意味、親殺しともいえるその力は、人を守る為に振るわれていた。
「ハァーッ‼」
だが、出血するうえ、血鬼術は禰豆子の体力を多く消費させる。
それでもなお力を使うのは、単純の計算の上での行動だ。
禰豆子一人で乗客全員を守り抜くのは至難の業。なるべく敵の手数を減らす必要があり、その結論が再生阻害だった。
「くっ――⁉」
暴れ回っていた禰豆子を、複数の触手が絡めとる。
凄まじい力を持って、禰豆子の全身の骨をバラバラにしようとした……その時。
「雷の呼吸【壱ノ型 霹靂一閃――」
稲妻が車内を縦横無尽に駆け巡る。
「――六連】」
遂には禰豆子を縛っていた触手を細切れにし、雷は禰豆子の目の前で着地した。
「禰豆子ちゃんは、俺が守る」
「……善逸さん?」
「ぐがー」
禰豆子の目が点になる。
善逸は眠っていた。眠ったまま戦っていた。
いや、起きて戦う方が珍しいだけであり、普段からこうなのだ。
今までは極限まで精神を追い詰められ、気絶する形で意識を失っていたが、今回は鬼の力で強制的に眠らされている。
端的に言えば、今回の鬼の血鬼術と善逸は相性抜群だった。
「……そうだ」
禰豆子は思いついたように、善逸の刀に自身の血を流し、燃焼させる。
すると、鮮やかな黄色に輝く日輪刀が朱く染まった。
爆血刀。禰豆子の血鬼術によって日輪刀が熱せられ、発動する炎の刃。
善逸が迫る触手を居合斬りで両断すると、再び触手の再生が鈍る。
「行きますよ、善逸さん!」
「――ああ。雷の呼吸【壱ノ型 霹靂一閃】」
「爆血蹴り‼」
赤い雷と、炎を纏った蹴りが、列車を揺らした。
霹靂一閃と爆血……爆血一閃?