「ん?」
召喚の翌日、雁夜は目覚めた瞬間に感じた。
「……爺が消えたか。まあ当然か。しかし、あの爺を消すとは恐ろしいスキルだ」
彼が住む家には家中くまなく臓硯の蟲が蔓延っており、常に監視の目にさらされていた。その視線が一晩で全く感じなくなったのだ。
「忘れてはいけない。明日は我が身だ」
そう、彼はバーサーカー。道理は通じない。マスターであっても粛正されない保証は無いのだ。
その後、臓硯が消えたことで調教から解放された桜と話をし、初めて一緒にご飯を食べ、ほんの少しだが桜の表情が和らいだかのように思え喜ぶ雁夜。しかし、表情には出せない。何故なら
「………………………」
そこにいるだけで威圧感が凄まじいスターリン。彼を前にしては旨い飯も味が無くなる。ただ唯一救いだったのは
「ふむ、少女よ。名はなんという?」
「桜…………」
「そうか、では桜。何がしたい?一緒に遊ぼう」
何故か桜を相手にするときにはまるで父親であるかのような温厚な表情になるスターリン。子供相手であればああなのだろうか?そう考えた雁夜の心を読んだのかどうか分からないが
「
「了解しました」
この時雁夜は本気で遺書を書いた。
その夜。隠しきれぬ震えと共にスターリンが使っている部屋を訪れた。この屋敷は広く、大人が一人過ごせるような個室は有り余っている。しかも彼が好む窓の無い頑丈な部屋がだ。
コンコン
恐る恐るノックする雁夜。
「ああ
快く承諾され部屋に入ると
「!?」
驚愕した。一応彼のことは調べてはいたもののそれでも雁夜は驚愕した。何故ならそこは明らかに狭くなった部屋。家具のせいではない。部屋そのものが狭くなっているのだ。壁と天井は塗り固められ隙間や段差が一切無いのっぺりとした表面に。しかもなにかを隠せるようなスペースを徹底的に潰したのだろう。死角が存在しないように配置された家具。まさしく彼という人物像が滲み出る部屋に改造されていた。
「これは………」
「
「はい」
「では、話をしよう。いやなに、信じないだろうが粛正したりはしない。粛正してしまえば私もこうして存在していられなくなるからな。だからもう少し落ち着きたまえ」
「はい」
落ち着けるものか!雁夜がそう思うのも無理はない。何といっても側近を粛正し、粛正担当も粛正し、地位が高ければ粛正、挙げ句の果てには遠吠えした盲導犬でさえ粛正するような男だ。粛正しない理由があっても落ち着けない。
「まずはそうだな。こうして話をしていることさえも私をよく知る
「はい」
彼がバーサーカーたる所以。それは凄まじいまでの人間不信。それに加え被害妄想、パラノイアと三拍子揃った狂った男。それこそが彼がバーサーカーのクラスになった理由だろう。しかし、だからこそ疑問が生じる。
「
「!………了解しました。ではまず、何故こうして意思疎通が出来ているのですか?あなた様のクラスはバーサーカー、狂化があるはずですが………」
「同志書記長で良いぞ
「はっ、では失礼します………」
無断でステータスを除き見ればどうなるか分かったもんじゃない。それゆえ今まで見てこなかったのだ。そして彼のステータスを見て再び驚愕する。
「このステータスは………」
「うむ、私にもよく分からんが、どうやら生前よりもこの体は強いらしい」
そこに並ぶステータスは軒並みC。現代の英霊としてはバーサーカーであることを加味しても凄まじいステータスだ。それに狂化のランクは驚異のEX。つまり
「狂化のランクはEX。こうして普通に意思疎通は可能だ。尤も資本主義の犬に出会えばどうなるか分からんがな。無論
EX。それは規格外を示す文字。規格外故にこうして普通に意思疎通は可能だが、おそらく彼の逆鱗に触れれば普通のバーサーカーとは比べ物にならないほどに狂うのだろう。
「また、我々は引き合った。それゆえこうして出会っている。だから私は君を
狂化を除いても彼の人間不信は凄まじい。その上でこうして話をしてもらえるということは、スターリンが雁夜をある程度信用できているのだろう。
「まさか私が他人を信用できる日が来るとは思わなかった。その点だけでも私は
流石のスターリンも完全に信頼することは出来ない。それでもこうして話が出来ていることは生前の彼の部下が見たら卒倒するだろう。
「で、他に質問は?夜は長い。何でも答えよう。だから繰り返すが………隠し事だけはしてくれるなよ?」
雁夜はこの時Aランクのカリスマの恐ろしさを実感した。
その後雁夜は
「どうして桜ちゃんにはあんなに優しいんだ?」
「あの年頃の少女は表裏がない。加えてあの桜という少女は心が壊れかかっている。ああいうのは裏切ったりしない。隠し事をしないからな」
スターリンの意外な側面を発見し
「どうして召喚に応じてくれたんだ?触媒は無かっただろう?」
「
「チャーチルか………」
「それと
「ああ、俺がこの戦争に参加した理由は二つ。桜ちゃんをあの爺から救うこと。そして時臣に復讐することだ」
「そしてそのうちあの臓硯とかいう男は消えてしまったと」
「ああ、ところで………」
「なんだ?」
「その、粛正した人間はどうなるんだ?」
その瞬間スターリンのオーラが変わる。思わずその質問を後悔する雁夜。しかし
「私にも分からん。どこかで祖国のための労働に勤しんでいるのだろう」
「そうか、もう戻っては来ないんだな?あいつは相当しぶといぞ。なんたって数百年は生き長らえている妖怪だ」
「今まで粛正からそのまま帰ってきたものは一人もいない。安心したまえ」
雁夜は納得した。英霊のスキルは生前の逸話に基づくものがほとんどで、今まで帰ってきたものがいないということはあの粛正というスキルから戻ってこられるものは一人もいないということだ。それがスターリンの粛正という概念だ。
「最後に聞いておかないといけないことを忘れていた」
「何だね?
「同志書記長が聖杯に望む願いは?俺の願いはほぼ達成されているし、聖杯を手にするということはあの時臣への復讐も完了しているということだ」
「聖杯への願いか………うむ、あれで飲むウォッカはさぞ旨いのだろうなぁ」
「?」
思わず固まる雁夜。つまりどうしても聖杯で叶えたい願いは無いというのだ
「何を驚いている?
「………なるほど。分かりました。ではこれからもどうぞよろしくお願いします。同志書記長」
「ああ、よろしく頼むよ
「?」
「
「!?」
やらかした!雁夜はそう感じた。不味い不味い不味い……
「何、気にするな。こうして気安く話せる人間がいるというのも新鮮で良い。だからな」
スターリンはたっぷりと間を取り
「
その言葉に首が折れる程の勢いで頷く雁夜であった。