強いぞ!一夏君! 作:じょんそん
「皆さん、おはようございます。皆さんのクラスの副担任を務める山田麻耶と言います。よろしくお願いしますね」
教壇に立つ女性教師はとにかく何もかもが緩かった。精一杯引き締めているつもりなのだろうが表情はふにゃふにゃしているし、服装もサイズを間違えているのか胸元が露わになってる。
こんな人が教師で大丈夫なのだろうか、とほんの少しだけ一夏の胸はざわついた。
教室の端には山田とは対照的にスーツをビシッと決めた女性が立っている。クールな印象を持つ彼女がホームで泣きそうになっていたあの姉と同一人物とは誰も思わないだろう。
「織斑先生も自己紹介を…」
山田に促され、女性は落ち着いた歩調で教壇へと上がる。ギラリと刃物の様な鋭い視線でクラス中を睨みつけ、
「貴様達の担任を務める織斑千冬だ。よろしく頼む」
途端に教室中からワッと声が上がった。山田の微笑ましい自己紹介を能面の様な顔で見つめていた先ほどまでの姿は何処へ行ってしまったのか、一夏はクラスメイト達の熱狂ぶりにただただ驚くばかりだった。
「千冬様ァァァァァァァ!」
「お目にかかりたいと思っておりましたァ!」
悲鳴じみた声を上げる女子達の気持ちもわからなくはない。千冬はかつて世界一をその手に掴もうとした英雄的存在なのだ、誰しもがそうなりたいと望む理想と言ってもいい。
だからこそ、歓喜する女子達を見ながら一夏は気まずさを覚えていた。
「落ち着け喚くな静かにしろ。良いか物好き共、学園にいる間はみっちりしごいてやる。良いな?」
『はぁぁぁぁぁい!』
ドスのきいた声色で、えげつない事を言ったというのに女子達は怯むどころか更に歓声をあげた。まるでアイドルと熱烈なファンの様なやりとりに一夏は苦笑いしながら、家ではぐーたらしている姉の姿を脳裏に思い浮かべていた。
「えー、それでは自己紹介を…」
それにしても周囲には本当に女子しかいない。一夏はいわば白一色のキャンバスに投げ込まれた赤い絵具、否が応でも目立つし何より異質な存在と言えるだろう。
何より女子の園に多感な男一人というのは中々来るモノがある。助けを求めたいところなのだが、それも叶わないのだから辛い。
けれど一夏は幸運だった。幼なじみである箒は同じクラスで、今は窓際の方から最前列にいるこちらを見つめている。モノレールで出会ったセシリアも同じクラスらしく後ろの席に座っているらしい。ほんの少しだけ、知り合いとクラスメイトになれた事が一夏は嬉しく思えた。
※
「一夏さん、同じクラスですわね。わたくし、とっても嬉しいです」
朝のホームルームを終えるとセシリアがニコニコと笑いながら一夏の机までやってきた。クラスの各所で「ちっ」と舌打ちの音が聞こえた気がした。
「俺も嬉しい。なにぶん、居心地が悪くて……」
「そうですの? さっきの自己紹介、胸を張っていてとても凜々しかったですが」
「いやあ、そんな……」
胸を張っていたというのは緊張して息をめいっぱい吸い込んだ結果なのだが、一夏は頷く事も首を振る事も出来ず気まずそうに頬を掻く。セシリアは会って間もないというのに非常にフレンドリーで、ほんの少しだけ距離感を掴みづらく感じる。
「そうそう、モノレールでのお話の続きなのですが」
「続きって、ああ、友達になるって話。うん、全然OK。俺、急に入学する事になったから色々分からない事ばかりなんだ。セシリア、代表候補生なんだろ。雑誌でインタビュー載ってたよな?」
「お読みになったのですか? わたくしのインタビュー……」
「ちゃんと読んだ訳じゃないけどな」
実際、あの雑誌を目に留めていなければモノレールでセシリアと言う心強いクラスメイトと繋がる事は難しかっただろう。一夏は自分をよくやった、と褒めてやる。
セシリアは顔を赤らめ、気まずそうにモジモジしている。そういえばインタビューのタイトルは『期待の少女』とかなんとかで、かなり俗っぽい印象を受けた。もしやあまり話題にして欲しくなったのだろうか?
「ごめんな、なんか。あんまり話したくない事だったよな」
「いえ! お気になさらずに。ともかく、代表候補生であり貴方の先輩でもあるこのセシリア・オルコット、全力でお手伝いいたします」
改めて、とセシリアが手を差し伸べてくる。礼儀正しく、穏やか、何より優しげなその眼差しに一夏はどきりとしながらも手を握り返した。すべすべとした肌越しにセシリアの体温が伝わり、胸がドキドキと早鐘を打ち始める。
「おほん、おほん。オルコット、少し良いかな?」
しばらくずっと握手をしていたらしい。聞くからに機嫌の悪そうな声の方を見ると、箒がまた見るからに機嫌の悪そうな顔つきでセシリアを睨んでいた。モノレールの時もそうだったが、箒はセシリアに相当敵意を抱いている様だ。
今度ばかりはセシリアもムッと眉をひそめ、
「何か?」
「織斑を借りたい。良いか?」
「……借りるだなんて。そもそも、一度もわたくしは一夏さんをモノ扱いしていませんわよ」
「言葉尻を、捉えるな」
「分かった箒、行こう」
今にも一触即発の空気に一夏は慌てて椅子から立ち上がる。箒の眉間の皺が僅かに緩まるのを確認すると手をぎゅっと掴み、セシリアに「後でな」と言ってその場から逃げる様に去った。
※
「箒、なんだってそうセシリアを目の敵にするんだよ。良い娘じゃないか」
「さっき話しただろう。奴は信用できない、それどころか何を腹に抱えているのかも分からんのだぞ」
「その根拠は? 女狐だとか言ってたけど、お前はちゃんとその証拠あるんだろうな?」
「そ、それは……」
一夏は箒が何をしたいのか、さっぱり分からずつい問い詰める様な言葉を投げかけてしまった。箒は見るからにしおらしくなり、目線を苦しげに逸らす。
「すまない。証拠は、ない」
「じゃあ、そんな噂話を真に受けてセシリアに噛みつくなって」
「いや、しかし……うむ、そうだな。見ていた限り、単に親切なだけな様だ。……姉さんめ、嘘をついたな」
ごにょごにょと箒は申し訳なさそうに呟く。最後の辺りがよく聞こえなかったが、反省はしてくれた様だ。一夏はホッと胸を撫で下ろし、成長した幼馴染みを頭から爪先までじっくりと観察する。
とにかく、可愛らしかった。相変わらず茶色の髪をポニーテールにしているが、気のせいか髪の艶が小学生の頃より綺麗に見える。もしかしたら気付かなかっただけで昔からこうだったかもしれない。思わず一夏は手を伸ばし、俯く箒の頭を撫でていた。
「む!? む!? お、おい一夏、突然なんだ!?」
「え? いや、綺麗な髪だからつい……すまんすまん」
顔を真っ赤にし、裏返った声で箒が叫ぶ。ハッとして一夏は手を離した。つい触ってしまったが箒は年頃の少女である。髪は女の武器だ、不用意に触れて良いものではない。千冬の髪はボサボサであまり綺麗とは言い難かったが。
「お前という奴は、全く、度しがたい……!」
箒はゆでダコの様に赤面しながら撫でられた頭を両手で抑え、恥ずかしそうにする。その仕草も可愛らしく、一夏は口元を思わず緩めた。
「良かった。箒、元気そうだな」
「……そういうお前もな」
最後に二人で話したのは引っ越しの日。慌ただしい中でほんの数分だけ言葉を交わしただけであった。お互いにもう二度と会えないのではないか、と言うくらい泣きじゃくったものである。
だから、こうして思わぬ形で共に変わらず成長し再会できた事が本当に嬉しかった。
「この前の剣道の大会、優勝してたな。動画を見たんだ。すぱーんって一発!懐かしいなぁ、俺もあれを食らってダウンしたよ」
「み、見たのか? あの試合を?」
「当たり前だろ!全部見た。幼馴染みの晴れ舞台なんだから、ちゃーんと見ないとな」
「そう、だな。ああ、そうだ……ありがとう。私も、お前をテレビで見たよ」
「……」
つい会話が途切れてしまう。箒はしまった、と言わんばかりに口元を抑える。
「セシリアの事なんだが、後でちゃんと謝っておくよ。変な態度を取って悪かったと……その、お前が心配だったんだ。一人で女達に囲まれる訳だから、何かあったらと」
「そんな心配はいらなかったな。だって、俺は一人じゃない。箒がいるんだから」
「は!? う、うむ! そうだ。お前は一人ではない、そうだぞ!」
そう言って箒は誇らしげにぐっと右手を突き上げた。
―――――手首には、異様な籠手があった。