ありがとうございます。
拙作ですが頑張りますので、応援よろしくお願いします。
光の収まりを感じとり、ゆっくりと目を開けた。視界に映し出された景色はどう見ても、さっきまでいた教室じゃない。
真っ先に飛び込んできたのは巨大な壁画。
後光を背負った金髪の中性的な顔立ちの人物が、背景として描かれている雄大な自然を、包み込むように両手を広げた様が描かれている。
一見すれば神々しい壁画だ。しかしコナタは全く別の感想を抱いた。
(気色悪りぃ……)
まるでこの世界は自分の所有物だと主張しているかのようだと、薄ら寒い不快感を感じたのだ。長く見続けるのも精神衛生的によろしくないので、早々に絵を視界から外した。
「「あ、あの……コナタ/お兄ちゃん……?」」
「ん? …………あっと、悪い」
真下からハジメと恵里の声が聞こえ、二人の声がした方に目を向ける。
そこには頬を赤く染め、自分の顔を見上げる二人の顔。なんか距離近いなぁと思ったら、庇うように抱き寄せたのを忘れていた事にようやく気付いた。
今すぐ何かが起こるようなことはなさそうなので、軽く謝りながら力を緩めて解放する。解放された二人は恥ずかしそうに居住まいを正しながらも、表情はどこか嬉しそうだ。
「皆混乱して動けない中で、君だけは咄嗟に僕達を庇おうとするなんて……。やっぱりすごいよ、コナタは」
「ほんとだね。お兄ちゃんと一緒だと、すごく安心する」
「……なははっ。そりゃ褒めすぎだ」
彼があの時最小限の混乱で済んだのは、毎夜の体験のおかげだ。不可思議な体験を経験済みだからこそ、あんな謎の現象が起きても、二人を庇うため咄嗟に動けたのだと思う。
(長年苦しめられてるものに“おかげ”なんてのは、ちょっとばっかし複雑な気分だ……)
二人はだいぶ落ち着いてきたのか、コナタの制服の裾をちょんと摘みながら周囲を見渡し始める。そして壁画に目が行くと、ハジメは冷や汗を一筋流し、恵里は顔を顰めて絵から目を逸らした。恐らく先のコナタと同じ感想を抱いたんだろう。
コナタも気を取り直し、改めて辺りを見回す。
どうやら自分達は巨大な広間の最奥にある、台座のような場所の上にいることが分かった。台座の上にはコナタ達だけでなく、あの時教室にいた皆の姿もある。もちろん香織達も一緒だ。
あの時は本当にギリギリで、香織まで庇う余裕はなかったため、彼女の無事を確認出来てホッとした。
さらに観察を続けると、彼等の乗る台座の前で三十人近い人が、まるで祈りを捧げるように両手を胸の前で組んだ格好で跪いていた。
何かの正装なのか、金色の刺繍があしらわれた白い法衣で統一され、黄金の錫杖をその脇に置いている。恰好から見て教会の人間だろうか?
その内の一人、法衣集団の中でも一際豪奢で煌きらびやかな衣装を纏った、七十代くらいの老人が進み出てきた。
「勇者御一行様。ようこそ、トータスへ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
そう言って、イシュタルと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せる。
厄介事の臭いしかしない状況に、コナタは人知れず溜息を吐いた。
程なくして、十メートルほどのテーブルが幾つも並ぶ大広間へと通された。上座に近い方に先生と光輝達四人組が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。コナタは最後方で恵里とハジメが彼を挟むように席に着く。
全員が席に着くと、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドが入ってくる。こんな状況でも思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在のようだ。クラス男子の大半がメイドを凝視している。
地球産の某聖地にいるようなエセメイドや外国にいるデップリしたおばさんメイドじゃなく、正真正銘、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドだし仕方ないことではある。
しかし男子は、いい加減女子の視線に気付いたほうがいい。目が絶対零度の冷たさを宿してるから。
だらしない顔を晒す男子の姿に、香織が「まさか南雲君も……!?」と気になってる人物に目を向ける。
隣に座る雫も香織の様子に気付いたのか、「まあしょうがないわよね」と苦笑を浮かべながら、釣られたようにコナタを見やる。
しかし予想に反して彼女達の目に映ったのは、メイドには一切見向きもせず、鋭い双眸にイシュタルを映すコナタの姿だった。
((南雲、君……?))
まるで今すぐにでもイシュタルを射殺さんとせんコナタの威容に、香織と雫は彼に別の誰かの影を見た気がして、思わず息を呑む。
「コナタは美人メイドさんに見惚れないんだね?」
コナタから目が離せずにいると、タイミングよく恵里がコナタに話しかけた。それにより恵里の方へ意識が向いたおかげで、コナタから感じた威容が薄まった気がした。
息苦しさを感じる。そこで初めて、自分たちが呼吸すら忘れてコナタを見ていたことに気付いた。
「確かに美人とは思うが、初対面のどんな人間かもわからん奴に見惚れたりしねえさ。そもそも可愛い顔なんて、毎日お前らを見てるから慣れっこだし」
「「…………ばか」」
「なんで馬鹿呼ばわりされたの、俺……?」
(見間違いかしら?)
さっきまでの威容が嘘のようなアホっぽい会話をしている彼を見て、先ほどの何者かの影は見間違いだと考えることに決めた雫。隣を見ると、どうやら香織も同じような考えに至ったのか、平時の彼女に戻っていた。
「うぅ……ハジメちゃんと恵里ちゃん……南雲君とどんな話してるんだろう。……なんか顔赤くなってる? 一体何を言われたの……!?」
「香織……あなた……」
……ちょっと調子が戻りすぎてやいないだろうか?
通常運転に戻った香織に呆れ顔を浮かべる雫。
(でも……)
恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな表情を浮かべるハジメと恵里。その様子を見て香織程ではないが、彼等がどんなことを話しているのか気になりやきもきしている自分がいることに、雫は少しの戸惑いを覚えた。
(……まあ、私だって女の子なんだし、そういうことにだって興味は持つわよ! うん!)
そうして誰にともない言い訳をして戸惑いの感情を誤魔化し、差し出された飲み物を、少しだけ感じる胸の靄を一緒に押し流すように口に含んだ。
全員に飲み物が行き渡ったのを確認したイシュタルが話し始めた。
話を要約すると、ここトータスという世界には、大きく分けて人間族、魔人族、亜人族の三つの種族がある。
この三つの種族の内、人間族と魔人族は何百年も戦争を続けている。
魔人族は個の能力に優れていたが個体数が少なく、人間族はこれに数で対抗することで戦力は拮抗していた。
しかし最近になって、どういうことか魔人族が魔物を使役する
「あなた方を召喚したのは“エヒト様”です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という“救い”を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、“エヒト様”の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
大方、信託を聞いた時のことでも思い出してるのか、イシュタルが恍惚としたキモイ表情を浮かべる。
なんでも人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。
勝手な理由で拉致られた上に、なにが悲しくてジジイの恍惚顔なんぞ拝まなきゃならんのだ、と怒りを募らせるコナタ。差し出されたクソまずい紅茶擬きを、熱々の状態で鼻から注ぎ入れてやりたい衝動にすら駆られる。
だが、怒りに身を任せても実りは無いと、クールダウンして状況を冷静に分析するよう努める。
(ヤバいぞこの世界。あのジジイの恍惚顔と説明を聞く限り、この時点で教会の人間が狂信・妄信的な信者であることは、ほぼ確定だ。こんな奴ばかりとは思いたくないが、人間族の九割以上が信徒とか、かなり歪んだ世界じゃねぇか)
この世界の歪さに戦慄してると、一緒に召喚に巻き込まれた畑山愛子先生が突然立ち上がり、猛然と抗議を始めた。
「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある先生だ。百五十センチ程の低身長に加えて童顔なこともあって、見た目はよくて中学生にしか見えない。
理不尽な召喚理由に怒りを顕わにするが、如何せん迫力がなさすぎる。本人は背後に猛虎を背負ってるイメージなんだろうが、どう考えても無理がある。なんなら普通の猫の威嚇の方が迫力があるぐらいだ。
現にクラスメイトは「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」とほっこりした顔で愛子を見る。和んでる場合ではないというのにだ。現状を理解できてないのか、できてるけどしたくないだけなのか……。
なんにしても無駄な足掻きだと、彼等は次のイシュタルの言葉ですぐに思い知ることになる。
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」
イシュタルの言葉に場が凍り付いた。
「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」
「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということですな」
「そ、そんな……」
その言葉を最後に、愛子が脱力したように椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始め、広間内は軽いパニック状態だ。
イシュタルはこの間、特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていた。目の奥には侮蔑が込められているように見える。「エヒト様に選ばれておいて何故喜べないのか」とでも思っているのかもしれない。
この世界の人間でもないのに、この世界の神に選ばれたなんて理由で喜ぶわけがない。普通に考えれば分かる事だ。しかし盲目的に神を信仰する教会の連中には、そんな普通の思考すらとんと浮かばないのだろう。
狂人に頭のどうこうを問うても意味はないが、イカレてると思わずにはいられなかった。
「ん?」
コナタがイシュタルとエヒトの身勝手さに怒りを抱いてると、手を握られる感触。手を握ってきたのはハジメだった。握る手が小刻みに震えている。
「ハジメ、大丈夫か?」
「……ご、ごめんねお兄ちゃん。で、でも……もうちょっとだけこうさせて?」
「ああ。落ち着くまで握ってればいい」
コナタの顔を覗き見るハジメの瞳は不安に揺れていた。周り程パニックにはなってないが、やはり怖いことには変わらない。
いくらオタクで創作物が好きとはいえ、ハジメだって普通の女の子なのだから。
「まったく、ハジメは怖がりさんだね~」
そうしてると恵里が茶々を入れてきた。「やれやれ」と肩を竦めてハジメに生温かい視線を送っている。
ハジメは「うっ……」と唸ると、頬を僅かに赤らめた。
「し、しょうがないじゃない……。不安なものは不安だもん……」
「別に責めてはないよ。僕はただ、怖がってるハジメかわいいにゃ~って思っただけだから☆」
「……え、恵里は不安じゃないの?」
「僕? ……不安じゃないって言ったら嘘だけど、なるようにしかならないからね~。僕はハジメのかわいい姿を見て気を紛らわすとするさ」
「うぅ~……っ! ……恵里はいじわるだよ」
「あははっ、ごめんごめん!」
恵里にいじられ、不貞腐れたようにそっぽを向くハジメ。恵里が苦笑しながら謝る。
一見ハジメをからかってるだけにしか見えなかった恵里の行動だが、ハジメの不安を和らげるためにやったことだとコナタはすぐに察した。その証拠に握られた手の震えが治まってる。いい感じに気が紛れたということだ。
恵里は嫌いな者には中々容赦ない性格をしているが、その分身内には甘い。自分だって不安なのに、ハジメの不安を拭うのを優先する辺り本当に甘い。甘くていい子である。
「へ? こ、コナタ……?」
恵里の手を握る。握った手は先程のハジメ同様震えていた。やはり無理してたようだ。
「お前達は俺が守る。絶対に生きて帰るぞ」
静かにそう言うと、恵里とハジメが頷き、手を握り返してきた。
未だパニックが収まらない中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放って置くなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無碍にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」
何を根拠に大丈夫と言ってるのか分からないが、無駄に歯を光らせながら、光輝が自信満々に参戦を宣言した。すると光輝のカリスマは遺憾なく発揮され、生徒達は“絶望の中に希望を見つけた”と活気が戻ってくる。
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」
「龍太郎……」
「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」
「雫……」
「えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」
「香織……」
いつものメンバーが光輝に賛同する。
「なんかベタな演劇を見てる気分だよ……」
「まあ、実際天之河のノリはそんな感じだもんな」
ともあれ、クラスで最も影響力が高い四人が参戦を宣言した。これにより、後はもう子ガモが親ガモの後ろをついて歩くが如く、自然と他の生徒達も賛同する流れが完成した。愛子が涙目になりながら「ダメですよ~!」と訴えるが、既に彼らに聞く耳はなさそうだ。
一種の現実逃避だと、コナタは彼等を見て思う。人という生き物は未知の恐怖に対面した際、解決策を示せる他者に思考停止で従うという心理的性質を持っている。それが明確な根拠など無い虚像の希望だとしても、それに縋ることで崩れそうな精神を守ってるに過ぎない。だから深く考えず光輝に追従した。戦争に参加するとは何を意味するのかも理解しようとせずに……。
目だけを動かし、視線だけでイシュタルの姿を捉える。視界に映るイシュタルは、やる気ムード高まる場の雰囲気に満足そうに頷いている。
(狸ジジイが!)
内心でイシュタルに毒づく。
コナタは気づいていた。イシュタルが集団の中で光輝が一番影響力を持つことを見抜き、光輝がどんな話に反応するのか、どんな言葉に食いつくのか、逐一観察しながら説明していたことを。
その誘導に、光輝はまんまと嵌った。
人間族の悲劇を語ってた時、魔人族の冷酷非情さ、残酷さを強調して語ってる時なんか特に分かりやすい反応をしていた。
七十もの年月を重ねてきた老獪な教皇からしてみれば、光輝という年若く
(天之河は、先生がなんであんなに怒ってたのか分かってねえのか? 分かってないんだろうな……)
迫力がなかったから、そこそこに聞き流したのかもしれない。戦争は言い換えれば殺し合い──命の奪い合いだ。だから愛子はあんなにも怒った。自分は年長者で先生だからと、生徒にそんなことをさせるわけにはいかないと、自身の不安や恐怖を必死に押し殺して……。
光輝は真っ先に参戦を宣言したが、彼の覚悟はかなり中途半端なものだろう。いざ魔人族を殺すとなった時、恐らく彼は殺せない。憶測にはなるが、種族は違えど、魔人族は自分達と同じ──意思を持った“人”だろうから。でなければ戦争など起こるはずがないのだから。
まあそもそも、端から自分達に選択肢はないので、結局やることは変わらないわけだが……。
戦争参加を拒否すれば、狂人達が何をしでかすか分かったものじゃない。ただ、碌でもない結果になるのは確実だ。元の世界に戻れず、この世界の知識もない以上は、現状狂人連中の庇護下に入らねば生きる術がない。つまり雫が言った通り、今はそれしか道がないのだ。なら、今は大人しく従う他ない。
ハジメと恵里に目を向ける。
(俺の大切な家族……)
彼女達の命を、絶対にこんな世界に奪わせやしない。奪わせてなどやらない!
彼女達を無事に元の世界に返す為なら、我が身全てを懸ける。
(この手を……いや、全身を血で汚すことになろうと構わねえ。俺は止まらねえ!)
そう、密かに決意を固めた。
コナタ=ハニトラ絶対引っかからないマン
コナタは初対面の女性にはまず心惹かれることはない。それがたとえ、一国の王女や傾国の美女だとしても。もし誘惑でもしてこようものなら、逆に警戒心が一気に跳ね上がり敵意にすら昇華する。
今回は最初からイシュタルには警戒心がMAXだった。そこに男心を利用するためにハニトラ要員のメイドが出てきたことで、それを手配したであろうイシュタルに一気に敵意ましましに。その様子を香織と雫が目撃という流れ。