ワンピース、ドンキホーテ兄弟のSS。
ミニオン島での最後の対話、訣別の刻。

コラソンが何故ドフィを「バケモノ」と呼んだのかを自分なりに考えて、こういうことだったらいいな……と書きました。

pixivにも投稿してます。

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サイレントケージ

血の因縁の終焉の地、ミニオン島。

 

空が暗いのは夜だからか、それともサングラス越しの視界のせいか。

絶え間なく降りしきる雪の紗幕越しに透けて見えるのは格子状に張り巡らされた無数の糸だ。

 

銃口から立ち上る硝煙が次第に薄まって消えていくのを見るともなく眺めていたが、やがてそれにも倦んで血まみれのボロ雑巾と化した男へ無感動な視線を投げる。

雪の中に仰向けに倒れた、ハート柄の開襟シャツの男。

さんざん弾を撃ち込まれたフェイクファーは無残にちぎれ不吉に羽根を散らしている。

脱力しきった四肢を投げだし、大の字に寝転がる様は雪遊びに疲れ果てたガキのようにも見えるが、全身に穿たれた弾痕から流れだす大量の血が、男が瀕死の状態であると雄弁に告げている。

 

ドンキホーテファミリーの幹部、コラソンことドンキホーテ・ロシナンテ。

俺の血を分けた弟。たった一人の家族。

……いや、正確には家族だった男。

 

息を引き取るまであと数分しかもたないだろう男を過去形で処理し、暗澹たる天を仰ぐ。

灰色の曇り空を幾条も放射線状に切り裂く糸。

ダイヤモンドの硬度と鋭さを誇る糸の始点を辿れば俺の五指に行き着く。これは俺が悪魔の実の特殊能力で生み出した鳥カゴ、だが実際の用途を考えると棺桶といったほうがしっくりくる。

そう、こいつは柩だ。

我が弟ドンキホーテ・ロシナンテの為に、俺自ら編み上げた[[rb:特製の柩 > サイレントケージ]]。

 

胸は殺伐と乾いて何も感じない。肋骨の奥の心臓は虚無に冷えている。

そりゃそうだ、何せこれが初めてじゃねえ、二番煎じの二の舞だ。

あるとしたら倦怠感と徒労感、ほんの少しばかりの失望だけ。

そう、俺は失望していた。

こんな奴を信じた事に、実の弟だから、ただそれだけの理由で信じるに足りない男をファミリーに迎え入れた浅はかすぎる己の失態を。

処刑は鉛弾に限る。これは俺の信念だ。

 

「……同じ顔で死ぬんじゃねえよ」

 

まったく、親父とよく似てる。

そのまぬけづらは俺へのあてつけか?

「なあロシー、お粗末な死に様だよなあ。クソ面白くもねえガキの茶番だ。体中穴ぼこだらけでいいザマじゃねえか」

四肢を貫く焼けるような痛みがぶり返す。

四方から放たれた矢が肉を抉り体を貫く、筆舌尽くしがたい激痛がまざまざと甦る。

無能な親父ともども窓から吊られて矢の的にされてる間中、ちびでひ弱なロシーは狂ったように泣き通しだったっけ。

足元には轟々と唸る業火が迫り、炎の舌に舐められた裸の足裏には火脹れができて、わざと致命傷を避けて打ち込まれた矢が激痛を訴えて、やめて痛いのやだもう死にたい死んじゃいたいとヒステリックに泣きじゃくる弟の声が鼓膜を刺して、まったくアレは笑える地獄だった。

 

あの時の事を思い出したかロシー?

あの時の痛みと憎しみを少しでも思い出して死ねたかロシー。

 

血と汗と涙と洟水と、体中の穴という穴からどばどば体液を垂れ流して悶絶する俺達に浴びせられる情け容赦ない罵声と嘲笑と暴力、手に手に槍やナイフや鍬や棍棒を振りかざし怒り狂う下下民どもの慟哭。

唾吐かれて石もて追われゴミ溜めでゴミのようにゴミを食い漁って、それで自分も人間サマでございって澄ましこんで生きていけるか?

人の形して人から外れたものは神でなくば異端、異端でなくば神。

俺は元々神だった。そして人に堕ちた。聖地マリージョアを追われてからの迫害と流浪の歳月に学んだのは俺の親父がどうしようもなく甘く愚かな馬鹿だということ、神だろうがバケモノだろうが刺されりゃ痛いし撃たれりゃ血を流すという当たり前に屈辱的な現実、天竜人のままなら知らないですんだ無力の烙印。

 

人間なんざクソ喰らえ。

神なんざ吐き気がする。

 

人にも人以上の存在にもなれねーなら悪魔になるしかねえと、干からびて黒ずんだ親父の生首をぶらさげて、天竜人に嗤われながら心に決めた。俺に髪を儂掴みにされた干し首にはうるさく蝿がまとわりついて、お上品な天竜人は大袈裟に眉を顰め、扇子で口をおさえてえずいたものだ。

テメエは本当にあのクソふざけた無能の親父とそっくりだ、どこをとっても胸糞悪ィほど生き写し、おしめがとれねえ甘ちゃんだ。

テメエに都合いい妄想を美化して現実とすり替えたあげく天竜人の地位を捨て家族をド底辺に突き落とした親父とおんなじつんぼのめくら、安全圏のだれかが騙る理想におんぶにだっこしてるだけ、一体理想と妄想にどんだけの差がある、それが一番てっとりばやく悪夢と手を切ることのできる特効薬だから、つまるところ憎しみ以外の事で頭を一杯にできりゃなんだってよかったんだ、なあそうだろロシーそうなんだろう。

 

お前は正義と契約し過去を克服した。

俺は復讐と契約し過去を征服した。

 

そうやってそれぞれのやり方で過去を殺して、憎しみを飼い馴らし、悪夢を従えようとした。

そうやって俺の中の地獄とどうにかこうにかやっていこうとした矢先にお前の裏切りが発覚したんだ、親愛なる弟ドンキホーテ・ロシナンテよ。

 

俺とお前には同じ血が流れている。

同じ憎しみに呪縛されている。

頭のてっぺんからつま先まで、俺の血に溶け込んだ憎悪がお前の魂を毒してないなんて事があるか?

 

引き鉄は重くも軽くもなかった。ただ引き鉄そのものの重さだった。

命を担保にした鉄屑には美化も誇張も必要ねえ、この重さこそが絶対にして唯一の存在証明だ。

ずっと前に生き別れた弟がひょっこり帰ってきた時は単純に嬉しかった。もうとっくにどっかでくたばってると思ってたから奇跡が起きたとがらにもなく浮かれてあいつの肩を抱いて祝杯を上げた、パーティーの間中ロシーはむっつり黙りこんでちびちび酒を啜っていた、貧乏くさい飲み方だった、こいつにはいちから酒の飲み方を教えてやらなきゃなとその時肝に銘じたっけ、俺のファミリーで二代目コラソンを張るならそれにふさわしい振る舞いを仕込まなきゃな、こいつや仲間と組んで成り上がって世界をぶっ壊せるなら悪かねえ、俺達を虐げ続けた世界をめちゃくちゃに踏みつけて踊り倒す、白亜の豪邸でふんぞり返ってる豚どももスラムのごみ溜めでごみを食ってるゴミどもも世界中誰も彼もが俺の掌の上で踊り明かす、この世界全部を鳥カゴにしてくそったれた運命ごとぐしゃりと握り潰す、このドンキホーテ・ドフラミンゴ様こそ世界最高にして最強のエンターティナー、てはじめにドレスローザに凱旋だ、簒奪者に下剋上かまして華々しく王位に返り咲く、全市民に王の復権を祝わせ七日七晩底抜けの馬鹿騒ぎをする、もう誰にも二度と俺を国から追い出させたりするもんか、平和ボケした市民どもに吠え面かかせて地獄を見せる最高に愉快で痛快なショウの封切だ……

 

「ドフィ?」

 

仲間が俺を呼ぶ。仲間にしか許さない愛称で呼ぶ。

そういえば、ロシーの野郎は最後まで俺をドフィと呼んだっけ。

バケモノだの破戒の申し子だの罵ったその口でドフィと、ガキの頃から親しんだ愛称で呼んだっけ。

最期の最後まで。

 

 

引き鉄にかけた指からふっと力が抜け、銃をたらす。

 

 

ああ、

俺をドフィと呼ぶ奴がまた一人いなくなった。

俺がこの手で消した。

 

 

ロシーは雪に埋もれたまま動かない。死んだのか生きてるのかこの距離からじゃわからない、どっちでも構やしない。

ロシーの上に音もなく雪が降り積もり、体の下に滲み出した血だまりを淡く染め変えていく。

 

「ロシー」

 

感傷はない。同情もない。

凪いだ静寂の中、過去からの残響を拾って、抑揚なく惰性でくり返す。

 

いいトシこいて俺達は互いを愛称で呼び合ってた。

いつだったかベビー5に「若とコラさんて仲いいね。フツウの兄弟ってみんなそうなの?」と無邪気に訊かれた事がある、あの時俺はなんて言ったか、ああそうだこう答えたんだ、「だって長くて面倒じゃねえか」と。ドンキホーテ・ロシナンテとドンキホーテ・ドフラミンゴ、並べると間抜けさが際立つ名前だ、俺の親父は将来を読む頭もネーミングセンスもなかった、けれどファミリーの連中にドフィと呼ばれるのは悪くなかった、馴れ合いじみた掛け合いは俺が昔失って今も失い続けてるなにかを補ってくれたから、少なくともそんな錯覚はできたから……ああ違うな、ロシーは口がきけねーから呼び合ってたんじゃねえ、でも筆談する時でさえわざわざドフィって書いたんだご丁寧に、そっちのが字数の節約になるのは事実だが……

 

今日、十数年ぶりにこいつの生の声を聴いた。

一人前に声変わりしてた事にまず驚き、銃を向け合う緊迫した状況も忘れ、他人事のように呑気に感動した。

図体はでかくなっても俺の中のロシーは子供のまんまだったから。

少し掠れているのは大怪我で消耗したせいか煙草の喫いすぎで喉が潰れたせいか、兄貴の贔屓耳じゃなけりゃ実にいい声をしていた。俺の記憶にある甲高いボーイソプラノとは似ても似つかない、老成した諦観を秘めた妙に分別くさい声だった。

 

ロシーは俺の事をずっとドフィって呼んでやがったのか。

俺がいない時、いない場所でも、ドフィって呼んでやがったのか。

だから俺と銃をつきつけあった時も咄嗟にドフィと口走った、俺がいつもあいつをロシーと呼ぶように、あいつは俺の目をまっすぐ睨み据えてドフィと叫んだ。

 

『ローはお前にゃ従わねえぞ、ドフィ』

 

だろうな。あいつはそんなタマじゃねえ。

知ってるよそんなこと。まったくお前は無駄死にだ。おかげでとんだ無駄足だった。

 

 

訣別の銃声は重ならなかった。

引き鉄を引いたのは俺だけだ。

ドンキホーテ・ロシナンテは殺られ損だ。

蛮勇には制裁で報いる、それがファミリーの血の掟だ。

 

 

「……行くぞ」

「コラソンの死体はどうします?」

「ほっとけ。こいつはもうコラソンじゃねえ」

 

天を仰いで倒れた男の顔に目をやる。

息があるのかないのかわからないが、悪趣味なピエロメイクを施した顔には、安らかとさえ形容していいだろう満ち足りた笑みが浮かんでいた。眉毛は凍り睫毛には霜が降り、濁り始めた瞳孔には涙がたまっている。

弛緩した手にはとうとう発砲されずじまいの役立たずの銃が握られている。

 

激しくなり始めた雪と虫の息の男に背を向け、フェイクファーを靡かせて大股に歩き出す。

ファミリーの仲間たちが中身のぎっしり詰まった宝箱を背負い追従する。

死体は回収せず捨てていく。お前はここへおいていく。

それにしてもひどく静かだ。世界が滅びた後みたいだ。鳥カゴには弔鐘も響かない。

仲間を引き連れ船へと帰還しつつ、無感動に呟く。

 

「……つまらねえ死に方をしたな、ロシー」

 

 

 

 

 

ドフィが立ち去っていく。配下に囲まれて遠ざかる背中が霞む。

もう視力も尽きかけで目もよく見えねえ。全身どこもかしこも痛ェ。ローはどうなった?無事か?頼む、無事でいてくれ。あいつは悪運が強い、だから大丈夫。どんな逆境に見舞われようがしぶとくしたたかに生き延びる、そして立派な医者になる。体の痛みだけじゃなく心の痛みもわかる医者、心の痛みもちゃんと診て治してくれる世界一の名医、最悪のクソみたいな体験を経て最良の医療を施す本物の名医。不幸が鍛え上げた胆力と確かな技術と知識、お前の腕前はピカイチだってこのコラさんが保証する。

ああ、お前がもうちょっと早くオペオペの実を食ってたら母上も死なずにすんだのかな。

ボロ板を組み上げただけの粗末な寝床で日に日に衰弱していく母上を思い出す。

俺達に心配かけねえよう痩せ細った顔で気丈に笑ってたけど、不衛生な環境で複数の感染症を発症して、血痰混じりの咳をしながら死んでいった。

オペオペの実を食ったお前なら母上の事も救ってくれたのかな。

いや、過ぎた事だ。母上はもういない、もう死んだ。でもローは生きてる、お前がこのさき生きのびてくれるだけで恩の字だ。憎まれっ子世にはばかる、珀鉛病とおさらばしたお前を止めるモノはもうなにもねえ、叩かれてへこむタマかお前が、さあのびのびと手足をのばして存分に世にはばかるといい、そして俺の叶えられなかった夢を叶えてくれ。

 

自由になる夢を。

憎しみから解き放たれて行きたいところへ行く夢を。

 

「く………」

喉の奥から血の塊がこみ上げてたまらずえずく。まだだ、もう少し、あとちょっとの辛抱だ。俺が死んだらナギナギの実の能力もご破算になる、ローが宝箱に潜んでるってばれちまうから……

俺はあいつを生かす。その為に死ぬ。

薄れゆく意識の彼方、ロシー、ロシーと誰かが俺を呼んでいた。

父上でも母上でもない、俺をその愛称で呼ぶ家族の中で今も生き残ってるのは一人だけだ。

 

ドフィ。

兄貴。

 

『テメエ医者だろ、なんでそんな酷え事が言えるんだ!!』

 

ローの事が他人と思えなかった。

伝染病だというデマを信じ込んでローを忌避し中傷する医者や看護婦や患者や野次馬ども、その目にゃガキの頃俺たち一家を迫害した連中と同じ差別と偏見と憎悪が滾っていた。

俺はローが可哀想で可哀想でたまらなかった、こんなちっちぇえナリで、今にも折れそうな手足で、やせっぽっちで、大人に守られて当然のひよっこのくせして、ひとりぽっちで世の中を呪うしかないローに胸が痛んでたまらなかった。

世の中も医者も大人も、だれもこいつの味方になっちゃくれねえ。

だったら俺がこいつの味方になってやる、世界を敵に回そうが体を張って守り抜く、こいつの魂を殺そうとする連中からコラさんの意地をまっとうして守りきってやる。

最悪の環境から生まれる無類のクソみたいな目つきをしたローは、ガキの頃の兄貴にそっくりで。

あの時もっと力があれば兄貴の暴走を止められたのに。

父上にむかって銃を構えた兄貴の前に躍りでて庇えばよかった、両手を突っ張って通せんぼすりゃよかった、兄貴にとびかかって張り倒しゃよかったんだ。

 

そうしたらきっと、何かが違っていた。

俺があの時ほんの少し知恵と勇気を振り絞っていたら、ドフィも父上も最悪の決断をせずにすんだ。

 

『私が父親で、ごめんな』

父上はドフィに殺されるとわかっていた。わかった上で抵抗一つせず、微笑んで受け入れた。

自分はもうどうしようもないが、せめて子供達だけは生かそうとして。

父上は最後まで笑っていた。愚かだが優しい人だった。俺はそんな父上が大好きだった、どう頑張っても憎めるはずがなかった。父は一縷の希望を託した、自分の首をさしだせば子供たちの帰還が許されるのではないかと願をかけた。

ドフィの復讐は最初から許されていた。

だって、父上は笑ってたろ。ごめんって、最後に笑っただろう。

ドフィに引き鉄を引くよう悟りきった沈黙と優しい笑顔で促したのは父上本人だ、そうするより他にマリージョアに子供を受け入れさせる道がなかったから、自分の命を擲って俺達の生きる道を繋ごうとした。

ドフィが親父の首を持ち帰ればひょっとしてと考えたように、いやそれを上回る切実さでもって、愚かだが聡明な父上はその「ひょっとして」に先回りして賭けた。

たとえ息子の手を汚し父殺しの原罪を背負わせることになっても、愛する息子がよってたかって嬲り殺されるよりは絶対にマシだと信じて。

父上はひとの善意に縋れる人だったから。

 

 

あれからずっと悔やんでいる、寝ても覚めても気も狂いそうに悔やみ続けている。

 

 

聞いてくれロー。

俺は嘘をついた。

 

 

『心優しい父と母からどうしてあんなバケモノが生まれたのかわからない』

 

俺はそう言った。

 

『あいつはニンゲンじゃない』

 

薄汚い路地裏で、そう吐き捨てた。

 

だってさ、無理矢理にでもそう思わなきゃ実の兄貴を殺せねえだろ。

バケモノとでも思わなきゃ、殺せる訳がねえだろ。

 

大人はずるいから、そうやって嘘をついて、しばしば自分をだます。

なあロー。

身内をバケモノと蔑む俺はお前の目にどう映った。バケモノに見えたか。

それなら成功だ。

俺は、俺こそバケモノになりたかったから。

人の痛みも心の痛みも何も感じねえバケモノになれたら、何の躊躇いもなくドフィを殺せる。

引き鉄の重さを感じずにすむ。

 

 

ドフィをバケモノよばわりしたら天国の両親が哀しむ。

たったふたりきりの兄弟なのに喧嘩はおやめなさいと、あばら屋に寝たきりになってもしばしばそうしてたように、母上が困ったように窘める声が聞こえてくるんだ。

俺達はたったふたりきりの兄弟。今じゃたったふたりきりの家族。

だからこそ俺は、ドフィを止めなきゃいけない。

弟として家族として、ドンキホーテ・ロシナンテの責任を果たさなきゃいけねえ。

ドンキホーテ・ドフラミンゴを愛しているからこそ、すべてをかけて否定しなきゃいけねえ。

 

 

「……がっ、ふ……」

 

 

ドフィはニンゲンじゃない、かもしれない。

悪魔の実を食ってからはバケモノに近くなってるのかもしれねえ。

 

 

でも、俺の兄貴だ。

ゴミ捨て場で腐った残飯をかきこんでる時も暴漢に襲われて遊び半分で殴り殺されかけた時も磔で火炙りにされてる時も身を挺し庇ってくれた、俺のドフィだ。

バケモノだろうが悪魔だろうが俺のたった一人の兄貴である事実をなかったことにはできないし、誰になんと言われようとそれだけは譲れない。ドフィが皆に忌み嫌われるバケモノなら俺もバケモノになりゃあいい、兄弟おそろいのバケモノになってクソみたいに殺し合えばすがすがしく笑って相討ちになれる……

 

 

なあローどこにいるロー、少しでも遠くに逃げてくれるといいんだが。お前は賢くてすばしっこいからきっとうまくやってるよな。だったらもう少しだけ聞いてくれ、意地悪な神様から文字通り出血大サービスで執行猶予をもぎとってくれ、いままでさんざん俺達の運命を弄んだんだ、最期の最後くらいちょっとばかしおまけしてくれたってばちはあたらねーぞ。

 

俺は引き鉄を引けなかったんじゃない、引かなかったんだ。

自分の意志で、そうした。

 

たとえ自分が殺される事になってもドフィを殺すよりイイと思っちまった、お前を生かす時間稼ぎができりゃそれでいい、その一瞬の思考の隙が結果として生死を分けた。

ドレスローザを救いたい気持ちもドフィを止めたい気持ちも誓って本当だ。

でも俺は、ドフィを止めたいだけで、殺したいわけじゃねえんだ。そんなのはいやだごめんだ、どうして俺が母上との約束を破ってドフィを手にかけなきゃいけねーんだちきしょうワルふざけも大概にしろよ神様しまいにゃ泣くぞサイレントで。

 

 

ああ、もう泣いてるか。

 

 

こめかみを伝う熱い涙が点々と雪を溶かす。

マジ痛ェ。しゃれになんねえ。煙草喫いてえ。でもがんばる、あと少しだもんな。

 

 

「ロー……」

 

 

虚ろに見上げる空に覆い被さっていた鳥カゴが消滅する。

ドフィが港を発ったのだ。

 

 

ああ……行っちまった。

何故だろう、安堵よりも寂しさが勝るのは。

何も遮る物のなくなった天からはらはらと雪が舞い落ちる。

 

 

「ド、フィ」

 

 

喉に詰まった血の泡に噎せ、断末魔が濁る。

 

俺に鉛弾を撃ち込んだ時、アンタ、なんであんな哀しそうだったんだ?

相変わらずの無表情の鉄面皮、切れ上がったサングラスに素顔を遮られていても狂ったように引き鉄を引き続ける姿は痛々しくて、哀しいほどに孤独で、ヤケを起こして全身で咆哮を上げているようだった。

慟哭のような銃声を聞きながら、感情を押さえこんだドフィの顔を見ながら、俺はボンヤリと笑っていた。

バケモノはあんなカオしねえよ。

俺にはまるでだだをこねてるガキのように見えたけどな。

壊すことしか知らなくて、壊すことでしか憎しみを解き放てなくて、だからアンタは殺すことでしかひとを許せないんだ。

 

 

あれじゃあ憎めねえよ。

俺がちゃんととどめをさせるように、もっとしっかりバケモノになってくれよ。

 

 

「ぐはっ、」

 

 

アンタが可哀想だ。

 

 

「……っ、ふ……」

 

 

可哀想だよ。

 

 

 

 

 

ローにやさしくしたように、アンタにやさしくしてやりたかった。

ごめんな、ドフィ。


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