第一話 冴えた頭が「夢じゃない」と答えた
――――どうしろと?
天を仰いで、俺――
ただ今、絶賛困惑中である。そりゃもう俺の中の俺という俺が一斉に息を吐き出すくらい困惑している。息の吐きすぎで窒息死しないよう気を配りつつ、このどうしようもない状況を整理する。
まず、ここは大自然の中だ。人体で言うと胃の辺りだろうか。周囲には立派な竹とかタケノコとかがニョキニョキ生えていて、うっかりすると方向感覚を失いそうになる。竹林、と呼ぶのが丁度良いかもしれない。
何となく雨後のタケノコという言葉が頭に浮かぶ。タケノコっていうのは、俺が思っているよりもあちこちに生えているもんらしい。
次に、俺は自分が今どこにいるのかさっぱり分からない。遭難状態だ。
スマホで帰り道を調べようとしたが、流石に自然の力には勝てなかったというか、まだまだ人類の及ばないところがあるんだなというか、えーと、つまり圏外だった。圏外表示なんか久々に見たもんだから、絶望ついでにちょっと感動してしまった。そんな場合じゃないんだけど。
で、一番の問題は…………起きたらこんなことになっていた、ということかな。
いやわからん。なんだこれ。寝る前にリスポーン地点設定ミスったとしか思えないレベルで見知らぬ場所なんですが。
記憶を呼び戻してみるが、やはりリスポーン地点の設定を間違えたとかそういう記憶は無かった。あってたまるか。しかし、他にこの状況を納得させられるほど都合の良い記憶も見つかってくれなかった。ノーヒントを強いられてしまったようだ。
直前の記憶だと、確か俺はいつも通り高校に向かっていたはずだ。天気は曇りだったかな。やる気が出なくて
ちなみに、スマホによると今の時刻は午前九時ちょっと前だ。遅刻が確定した訳だが、果たして遅刻で済むのかは不明である。というか、こんなことに巻き込まれた後に学校なんか行く気にならない。
それはそうと、現在時刻が九時前ってことは、俺は通学路で意識を失ってから、大体一時間でこの場所まで移動したってことじゃないか。誰かに車で連れ去られたとしても、移動距離はせいぜい六十キロとかそのくらいのはず。ここがどこだかは知らないが、その程度の距離だったら案外何とかなるだろう。
そもそも連れ去られた上に竹林に放置されるような
何はともあれ、この場に立ち尽くしていても仕方がない。俺の知る限り、近所に何キロ四方にも広がる巨大な竹林は存在しない。いずれかの方角に歩いていけば、いずれ舗装された道に辿り着けることは間違いない。
とりあえず……出口がありそうな予感がする方に行ってみるか。
緊張と不安が分泌させた唾を飲み込んで、一歩踏み出した。それにしても、鬱蒼としているというか視界が悪いというか、自分がさっきまでどっちを向いていたかも分からなくなりそうだな。まぁ、ただ真っ直ぐ歩くだけだし、そんな困ったことじゃないと思うが――――――――。
ガッ
足が、地面から飛び出した何か硬いものに引っかかった。
意識が完全に周囲の景色に向いていたから、一瞬パニックになって、体勢を整えるのが遅れてしまい。
「っ
俺は、派手に地面に衝突した。
土やら草やらの自然な香りが鼻の辺りを漂う。痛い。実際の被害はちょっとした擦り傷と汚れだけだが、精神的には大打撃だ。こちとら、ついさっき勇気の第一歩を踏み出したばかりなんだぞ? それをお前、嘲笑うかの如く……!
「俺が何したって言うんだ……」
あまりの理不尽さに、つい言葉が漏れた。
間違いない。今日は人生でもトップクラスにツイてない日だ。誰もこの状況を説明してくれないし、助けてもくれないし、散々にも程がある。どうして俺はこんなクソみたいな人生を送っているんだろう? どこに文句をつければいいのか誰か教えて頂きたい。
いつまでも地面と抱擁している訳にもいかず、嫌々立ち上がる。上着に付いた土汚れを軽く手で払う。ああもう、この前買ったばっかの服なのに。
大きく溜め息を吐いた。本当に何なんだ、笑えない冗談はこの辺で終わりにしないか? もし夢オチなら早めに切り上げといた方が良いぞ。……でも、夢じゃないんだろうな、これ。疑う隙間も無いくらい全身が冴えてるもん。
どうしようもない現実に辟易していると、不意に背後からガサッと音がした。
風か、獣か。先に想像したのは後者だった。遭難中に熊と出くわして、死んだフリをするパターンにはいくつも覚えがある。そうじゃなくてもここは自然の中。獣と遭遇することなんて珍しくもない。
恐る恐る、身体を、ゆっくりと回転させる。
数えきれないほど重なった竹の向こう側に、影が見える。
人の形。
獣の皮とは違う、布を纏っている。
人間だ。
想像していた最悪の展開でなかったことに安堵すると同時に、この大自然の中で奇跡的に人と出会えた僥倖に感謝しつつ、俺は
「すいません、ちょっとお尋ねしたいことが……」
この際だから、同じ遭難者でも構わない。一人よりは二人だ。ぼっち歴の長い人生を送っているから、一人の方がずっと気楽なのだが、今は少しでも安心出来る材料が欲しかった。勿論、帰り道を知っている都合の良い人物であれば良いんだけど。
相手との距離が近付くほど、その輪郭や色がはっきりとしてきた。
学校の制服のようなブレザーに、桃色のスカート。
綺麗だ――――――――なんて甘い言葉ではなく。
「何だ、その、ウサミミ? 引っこ抜かれたいのか?」
「引っこ……っ!? い、いきなり何なの!?」
彼女の頭からぴょこんと生えた、ウサミミのことだった。
……盛大に尋ねることを誤った気がする。いや、だって、いや? 思うじゃん? 竹林でいきなりウサミミ生やした女子高生みたいな人とエンカウントしたら、俺じゃなくても思うじゃん? おかしいのは俺ではなく、このコスプレ少女ではないか? まあ一般論でね?
自己弁護してる場合じゃない。
折角出会えた(明らかに常識人じゃなさそうとは言え)人なんだから、失礼を働いたのはまずいだろ。一応謝っておくべきだよな。
「いや、すまん。気が動転していて。悪かった」
「そ、そう……そういう時もあるわよね……」
本当に俺が悪いのか甚だ疑問だが、今は黙っておこう。しかし、何故ウサミミを……?
「って、そうじゃなくて。実は道に迷っていて、道案内を頼みたいんだ」
「それくらいなら別に……ってその手、怪我してるじゃない。治療しないと」
指摘されて、先程転んで右手を擦ったことを思い出した。ちょっとヒリヒリする程度の傷だから、完全に意識から外れていた。
「この程度なら放っときゃ治るよ」
「駄目よ、そのままにしておいたらばい菌が入っちゃうわ」
「別にばい菌くらい」
「そういう考え方は良くないわね。丁度すぐ近くだし、治療してあげるわ。ついてきて」
俺の返事も聞かず、彼女は東か西、あるいは北か南に歩いていく。そっちがどの方角なのかも、その先に何があるのかも全く分からんが、とにかく付いていけばいいらしい。
彼女を信用すべきか熟考したが、ここで無理に断るのも逃げるのも悪手のように思えて、消去法的に俺は彼女のあとをついていくことを決めた。
未だ説明の行われない現実に、嫌気が差した。
何だか流されているような感じがする。
現実逃避気味に、再度「これ、本当は夢だったりしないかなぁ」なんて考えてみたが、即座に、冴えた頭が「夢じゃない」と答えた。つまりはそういうことらしい。俺はこの現実に従うしかないのだ。
「はぁ……」
気の進まない足を、言い聞かせるように前に動かした。
頼むから、これ以上おかしなものは出てこないでくれよ? と祈りながら……。
実生活でゴタゴタしていて書き途中で消してしまったものを、いちから書き直すことに致しました。よろしくお願いします。