かなり間が空きましたが、連載再開します(前回投稿が去年という事実から目を逸らしつつ)。
あと、ちょっと
人間というのはどんな土地でも生きていけるもので、気付くと幻想郷に来てから一週間が経過していた。最初の頃は、未知の生活にあれこれ杞憂を抱いたものだが、今は心配という心配も無く、穏やかな精神状態で幻想郷での日々を送れていた。
一年の長さと比べれば「まだ」と言えてしまう程度の短い時間しか経っていないが、霊力を扱うのにもそこそこ慣れてきた。永琳や鈴仙に言わせれば、弱小妖怪から逃げられる程度の有って無いような実力らしいが、戦闘力皆無の一般人として生きてきた俺的には驚きの大進歩である。ていうか、妖怪から逃走出来る実力って充分凄くないか?
慣れてきたと言えば、人間関係――あいつらは種族的には人間じゃないんだが――も、安定してきたように感じる。とりあえずだが、この一週間でお互いに性格は知れたと思う。つまりそれは、あいつらに俺のクズが本格的にバレたってことなんだが……まだ何も悪いことは起こってないから、気にする程のことでもないだろう。
俺のクズさって、所詮小物のそれだし。邪悪な奴に比べたら可愛いもんだ。
ともかく、鈴仙や輝夜達とは最初よりもずっと気軽に話せるようになったし、順調と言って差し支え無いかな。たまにてゐ率いる兎軍団がちょっかいをかけてくるのも、きっと順調だからに違いない。
……そう思わないとやってられない。
と、言った感じの毎日が過ぎて、本日。
今日は、鈴仙に竹林の地理を教えてもらうついでに、里に行くことになった。勿論、遊びに向かう訳では無い。俺の地理感覚を養う為である。
俺もいつかは里に用事が出来ることもあるだろうしな。どこに何の店があるだとか、そういうことは覚えておいた方が良いに違いない。
それと竹林だ。霊力の特訓の都合で永遠亭の敷地外に出ることがあるのだが、頻繁に方向感覚が狂わされて、難儀させられている。鈴仙がすぐ近くにいるので迷子になることは無いが、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなった時の、あの全身の血液が急速に冷えていく恐怖は幾度も経験したいものではない。
その恐怖を払拭する為にも、一刻でも早く地理を把握したいのだが……。
「なぁ、鈴仙。ちょっと聞いて良いか?」
「どうかしたの?」
竹林の中を飛んで移動しながら、鈴仙に訊ねる。
「気のせいじゃないと思うんだけど、この竹林、前と若干景色が違わないか? 違和感を覚えるくらいなんだが、様子が微妙に変わっているような……」
「竹の成長は早いからねぇ。気付いたらすぐ伸びてるし、景色もすぐ変わるわよ」
「……そんなん、どうやって道を覚えろと?」
「慣れじゃない? 私も感覚で覚えてるしね」
頭にGPSを埋め込みたくなってきた。
★★★
「えーっと、どっちに行けば良いんだ……?」
里に到着して、しばらく後。俺は鈴仙に頼まれたおつかいを遂行するべく歩いていた。エコバッグとして渡された籠(まず、幻想郷にレジ袋なんて無さそうだが)を揺らしながら、目当ての店を探す。
鈴仙は里に着くやいなや、薬を売りにどこかに行ってしまった。まぁ、一緒に行動しても仕方無いし、手持ち無沙汰なのも退屈だったから、用事を頼まれて良かったのかもしれない。暇潰しをしようにも、スマホはこの前充電が完全に切れてしまったし。
どのみち圏外でほとんど役に立たなかったとは言え、ここ一年で最も身近だったアイテムが、うんともすんとも言わなくなったのは地味に心に来たな……所詮物だし、そんな落ち込んでもいられないんだけども。
指示された買い物は、何種類かの調味料と本である。
鈴仙曰く、「姫様が読書の秋に備えて何か本を読みたいそうなので、喜ばれそうなものを選んでこい」とのこと。俺のセンスに委ねたのか、それとも万が一お気に召されなかった場合に俺を言い訳にするつもりなのかは知らないが、丁度良さそうなものを選んでやろうと思っている。
ああいう性格の人が、一体どういう内容を好むのかはさっぱりだが。古今和歌集でも渡しておけば良いのだろうか。逆に最近のゴシップ雑誌なんかも面白がるかもな。この
「鈴奈庵、だったか」
教えられた本屋の店名を呟いた。入り口に店の名前が書いてあるはずだから、近くに行けばすぐに分かると言われたが、中々見つからない。
こうやって自力で探してこそ地理感覚が身に付くものだと分かってはいるが、正確な地図を書いてもらってから別れるべきだったと後悔する。頼りも無く彷徨うのは割と体力と精神を消耗させるのだ。
鈴奈庵は、本を貸し出したり印刷や製本をしたりする貸本屋らしい。取り扱っている本は、外の世界から流れてきた外来本……つまり俺にとっては一般的な書籍がメインなんだとか。特別変わった本が並んでる訳ではなさそうで、ちょっとがっかりしたのは内緒だ。
つーか、マジでどこだ? その辺を歩いてる村人Aに道を尋ねてもいいんだが、相変わらず俺の格好は少し目立つようで、あまり自分からアクションを起こす気にならない。注目を浴びてる時に変なことはしたくないというか。
そんな気分的なもので、このまま探し続けるのもなぁ……と、葛藤していると、背後から少女の声がこちらに向かって飛んできた。
「道に迷っているんなら、私が案内しようか?」
声が自分に対して発せられたのに気付いて振り返ると、黒い服装を身に纏い魔女帽子を被った金髪の少女が、ニヤリとした目で俺を捕まえていた。
明らかに面倒臭い輩の目だ。聞こえなかったことにして先に進んでしまおうか……。
そんな俺の訝しんだ視線に気付いたのか、少女は弁明するように自己紹介を始める。
「おっと、失礼したな。私は
「それはどうも。それで、何の用で?」
仕方無しに相手をする。名乗られてしまったのだから、もう逃げられはしまい。
しかし、妖怪退治の専門家とはまた変わった奴が出てきたな。ここではそれが普通なのだと、半笑いで言葉を飲み込む。
「道案内だよ。鈴奈庵に行きたいんだろう?」
「まぁ、そうだけど……案内されたって謝礼なんか渡せないぞ? 手持ちの金銭は預かってるものだし」
「おいおい、私がそこまでがめつい奴に見えるか? これでも巷じゃ清廉潔白で通ってるんだぜ」
清廉潔白な奴は自らそれを主張しないと思う。警戒するほど悪い奴には見えなさそうだが、何も企んでいないようにも見えない。
「ただ、案内の途中でちょいと話を聞かせてもらおうと思っただけさ。さっき、薬売りと親しげに会話していただろう? どういう関係なのか興味があってな」
「それくらいだったら答えてもいいけど……大した関係じゃないぞ?」
「交渉成立だな。じゃあ行こう、鈴奈庵はこっちだ」
フッと笑って、魔理沙は俺が歩いてきた方角に方向転換する。どうやら、道を真逆に間違えていたらしい。案内をしてもらって正解だったかもしれないな。俺はあまり勘が良くないようだし。
にしても、どうして俺とあいつの関係を訊きたがるんだろうか。もしかして、鈴仙のファンとか? 確かに薬売りをしている時の鈴仙の姿はミステリアスに映ることがあるから、そういう女子人気があったとしても不思議ではない。
「早速だが、あの薬売りとはどんな関係なんだ?」
「さっきも言ったけど、普通……の関係だよ。色々あって、薬売りの家に世話になっていてな。居候ってところだ」
「永遠亭に? 外来人を飼うなんて、また変わったことを始めたんだな、あそこは」
「誰が飼われ……いや、実質飼われてるようなもんかもしれないけど……!」
否定出来ない自分に哀愁を覚える。輝夜に遊びの相手を頼まれることが頻繁にあるので、ペットという表現も強ち間違いでないような……心はまだ人間のつもりだが。
「って、俺が外来人だって、やっぱ分かるのか」
「そりゃな。そんな格好してれば誰だって気付く」
「だよなぁ……もうちょっと周りに合わせた格好した方が良いかもしれん」
などと言ってみたが、どうしても里でよく見かける和装はあまり着る気になれない。一応、永琳からは何着かの無難な衣服を借りているのだが、今日だって着てきたのは慣れた高校の制服だ。
何だかんだ言って、この格好が一番落ち着くというのもあるが……やっぱり、和装は時代劇のコスプレみたいで抵抗がある。ましてや、そんな格好で里に出るなんて……俺には無理だ。
「しかし、いくらあいつらがおかしな連中だとしても……ただの外来人を飼うってのは引っかかるな。実験体としてなら別だが……」
「怪しい薬の治験もやってないよ」
まだ、な。
何だと思われてんだあいつら。過去にどんなことやらかしたらここまで言われるんだよ。
「ということは、連中の気まぐれの善意か、あるいはお前自身に飼われるような事情がある訳だ」
「……後者だな。聞いたところじゃ、俺は外の世界に帰せないくらい危ない存在なんだとよ。自分が火薬庫だっていう自覚はほぼ無いが」
「へぇ、面白いな。外来人なら何度も見たことがあるが、生きてるのに帰れなくなった奴は初めてだ」
「死んで帰れなくなった奴が何人かいたのか……まぁ要するに、神隠しで幻想郷に迷い込んで帰れなくなったから、何かの縁ってことで永遠亭に居候させてもらってるだけだよ」
大体こんな感じだろうか。俺自身、現状に至った原因についてはさっぱりなので、喋れることと言ったらこの程度だ。詰まるところ、俺は神隠しという爆弾イベントに未だ流され続けているという訳である。
もう少し、自分から事態を動かしたいものだが……ま、しばらくは無理か。
「ふむ、なるほど…………でも、それにしちゃ普通の人間にしか見えんなぁ。何がどう危ない存在なのか分からん」
「俺も同じ感想だよ。永琳に訊いても曖昧な返答しかしないから、全く理解出来てない」
そういえば、鈴仙は最初俺を外の世界に帰そうとしていたから、そのことに気付いていなかっただろうけど、永琳は最初に会った時から……いや、俺と顔を合わせる前から色々と知っているようだったな。思い返してみると、何か重大なことを隠してるんじゃなかろうかと疑念を抱いてしまう。
まぁ、あの人は鈴仙や俺では到底及ばない領域に達してるだろうし、そういうのは空気か何かで察することが出来るのだろう。大体、俺を騙して何か得があるとも思えない。それに、言っても仕方の無いことだってあるだろう。
「……騙されてるんじゃないか?」
「無いとは言い切れないけど、疑心暗鬼になってもな。結局頼る宛も無いんだし」
「まぁ、悪事に利用されるようだったら紫が黙ってないだろうしなぁ。というか、そういうのを真っ先に利用しそうなあいつが放っている時点で疑うだけ無駄か」
魔理沙が口にした名前には聞き覚えがあった。確か、幻想郷の賢者の一人なんだっけ。神隠しはそいつが起こしているのだと、ここに来た初日に永琳が言っていたような。
「とは言っても、やっぱり違和感を覚えるな。事情が上手く飲み込めん」
「気になるんだったら、その紫って奴に訊いてみたらどうだ? 俺を幻想郷に連れてきたのも多分そいつだろうし、疑問を解消するくらいのことは知ってると思うぞ」
「気になるっちゃ気になるんだが、その為にわざわざあいつに会いに行く気にはならないな……アレがどこに住んでるのかも知らないし」
……八雲紫って、そんな会う気にならないような人物なのか?
「ま、その内ひょっこり宴会に顔を出すだろうから、覚えてたら訊いとくよ」
考えても無意味だと結論付けるように、魔理沙はそう答えた。
どうやら、こいつのスケジュール表には妖怪が参加出来るような怪しい宴会があって、そこで八雲紫と顔を合わせる機会があるらしい。妖怪退治の専門家を名乗っていたくせに、妖怪とワイワイやるのかよとツッコミを入れたくなる。猟師と猪が肩組んでデュエットしてるようなもんじゃないのか、それ?
ともかく、八雲紫と接触出来る場が存在するってのは有り難い情報だな。今のところ、そいつの助けがいるようなことになる予定は無いが……いざという時の情報として覚えておいて損はしないだろう。
八雲紫は宴会で会える、と脳にインプットしていると、隣を歩いていた魔理沙が不意に立ち止まった。
「っと、到着までの良い時間潰しになったな」
彼女の声で、今いる場所のすぐ近くに、俺が探し歩いていた店があるのだろうと察する。顔を上げ、周囲を見渡すと、真横に「鈴奈庵」と店名を主張する、少し広めの建物があることに気付いた。
鈴仙から聞いていた通り、近くに行けばすぐに場所が分かる親切設計だったな。こうも大きく店の名前を書かれれば、子供にだって理解出来る。俺は近くにさえ行けなかった方向音痴なのだけれども。
魔理沙は一仕事終えたといった調子の良い声で、俺に道案内の終わりを告げる。
「着いたぜ。ここが鈴奈庵だ」