東方明夜郷   作:ヨモナ

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前回のTIPSの分ではないですが、今回は少し長め(九千五百文字程度)です。……少し?
ついでに活動報告も更新したので、良ければそちらもご覧下さい。



第十二話 俺は一体どこにいるんだ……?

 

「…………どうすりゃいいんだ?」

 

 その場で立ち止まって、呟いた。

 現在地、迷いの竹林――――の、どこか。見渡す限り竹、竹、竹で、正確な位置を知る手掛かりは一切無く、その上、天高く伸びた竹に日光が遮られて、辺りは薄暗い。

 

 デジャブを感じる。確か、一週間くらい前にも、同じような状況に陥ったことがあったな。あの時はとりあえず出口を探そうと移動し始めたところで、鈴仙に出会ったんだっけ? 何だか懐かしいな。いや、そんな懐かしんでる場合じゃないんだけど。

 

 ひゅぅと風が吹き、周辺の竹が、まるで俺を笑っているかのように音を立てる。

 ……あぁそうさ、笑いたきゃ笑え。俺だって笑いたい事態なんだ。

 

 上空を見上げて、大きく溜め息をついた。

 

 

 

「どうして一人で帰るなんて言っちゃったんだよ、俺さぁぁぁ……!」

 

 

 

 佐倉霜夜、元高校生。

 絶賛迷子中である。

 

 くそ、あの時退屈に負けてなければ……っ!

 己の愚かさに嘆きつつ、およそ一時間前の出来事を思い返す。

 

 そう、集合場所で鈴仙と交わした会話の内容を――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴奈庵で本を借り、市場で調味料を買い揃えた俺は、鈴仙から伝えられていた集合場所に向かって歩いていた。

 

 場所は里の入り口となる門の前だ。万が一迷子になった際は、どうにかして探してやるから大人しくしていろと言われていたが、この調子なら、無事鈴仙に手間をかけさせることなく集合場所まで辿り着けそうだな。

 大丈夫、経路はちゃんと覚えている。

 

 そんな自信を裏付けるように、しばらくすると、見覚えのある門が遠くに見えてきた。あそこで鈴仙と合流すれば、おつかいミッションはコンプリートである。

 

 門に近付き、その傍らに寄りかかる。いやぁ、疲れた。道中どうなるかと思ったが、案外何とかなるもんだな。案内をしてくれた魔理沙には感謝感激雨あられだ、心の中で存分に感謝しておいてやろう。ふむ、褒めて遣わす。

 

 頭の中で、妄想の魔理沙が「ははー、有難き幸せ!」と返事をする。いや、あれはそういうことを言わなそうだな。誰に対してもフランクに接してそうだ。

 

 そうおかしなことを考えて、通行人に気付かれない程度に小さく笑っていると。

 

「……何一人で笑ってるのよ。おかしな薬でも飲まされたの?」

 

 ……大きな笠で顔を隠した鈴仙が、怪訝そうに俺を睨んでいた。

 

「いや、ちょっとな。さっき変わった奴に出くわしたんで……」

「変わった奴? まさか、変なのに騙されてないでしょうね?」

「騙されてないし、むしろ世話になったんだよ。霧雨魔理沙って名前の奴なんだが、知り合いだよな? よろしく伝えるよう言われたよ」

 

 と、魔理沙の名前を出すと、鈴仙はどういう訳か露骨に嫌そうな顔をした。

 ……あれ? その反応は予想外だったぞ?

 

「……もしかして、関わっちゃまずい奴だったか?」

「そういうんじゃないけど……何かと強引な人間だから、警戒しただけよ。企みが無いとも限らないし」

「俺の接した感じ、好奇心で近付いてきただけっぽかったけどな。深い考えは無さそうだったぞ」

「その好奇心が先行するタイプだからタチが悪いのよね……私、前に追いかけられたことがあるもの」

 

 兎追いし、ってか?

 妖怪兎を追いかけるとは、またアグレッシブな奴だな。

 

「人間相手にいきなり襲いかかったりはしないでしょうけど、注意はしておくことね」

「そう言うなら、一応。っと、そうだ。頼まれたもの買ってきたぞ。あと本もな」

 

 本を選んだのが、例の霧雨魔理沙だってことは伏せておこう。正直に喋って問題が生じるとは限らないが、万一生じては堪ったもんじゃない。終わった気でいるので、選び直しに行く気力が無いのだ。

 

「ん、お疲れ様。それで、この後のことなんだけど……私の方はもうしばらく時間が掛かりそうなのよね。ここで待ってても良いし、一緒に付いてきてもいいけど、どうするの?」

「そうか、だったらここで適当に時間を――――」

 

 俺がいても仕事の邪魔になるだけだろうから、ここで一人じゃんけんでもして時間を潰してるか……と考えたが、その時俺の脳裏に第三の選択肢が浮かび上がってきた。

 

 ちょっとした思い付きだった。特に深い考えも無ければ、その結果起こるであろう未来も見えていなかった。

 

 そして、俺は安易にその愚案を口にする。

 

「――――いや、先に帰ってみてもいいか? 来た道を引き返すだけなら多分、迷わずに永遠亭まで帰れるだろうし」

 

 妙な自信があった。

 竹林の正確な地理など当然把握していないし、把握出来る気もしない。しかし、ただ永遠亭に一直線に向かうだけなら、何故か出来そうな気がした。

 

 最初に人里を訪れた時は、徒歩での移動で、一時間程度の道のりだったが、今は違う。空を飛ぶことで、足元の悪さは完璧に克服されたし、単純な移動速度も格段に上がった。それでも多少は時間が掛かるだろうが、言ってもここから三十分かそこらで永遠亭まで辿り着けるはずだ。

 

 たかだか三十分の道のりで、しかも三度も通ったルート。

 まぁ、行けるっしょ! と、楽観的にそう思った。

 

 鈴仙は俺の愚考を聞くと、少し考える仕草をして、これまた楽観的に答える。

 

「そうね、これも良い機会かも……良いんじゃない? まだお昼だし、迷っても割と何とかなるでしょうし」

「っし、じゃあ俺は先に帰って、おつかいの成果を輝夜に見せてくるよ。また後でな」

「くれぐれも、私の方が先に帰った、なんてことにはならないようにね」

「そんな間抜けなことにはならないって。んじゃ、お先に失礼しまーす」

 

 籠をしっかり手に持ち、鈴仙と別れて里の外に出る。

 何だか、冒険にでも出かける気分だ。そういえばこっちに来てから、外に出る時は基本的に鈴仙が一緒だったんだよな。里の中では別行動をしてたけど、セーフティゾーンでのことを除けば、一人で外を出歩くのは神隠しに遭った直後以来か。

 

 ……なんか、子供に初めてのおつかいを頼むテレビ番組が頭に浮かんできた。

 丁度おつかいの帰りだし。

 

 地面を蹴り加速しつつ、霊力を解放して宙に浮き、その勢いを持続させたまま、竹林を目指し進む。どうせだから、自転車で下り坂を全力疾走するか如く速度を出して、風を切る感覚を味わいたいところだが、事故った時の代償が恐ろしいので、そこそこの速さにセーブしておいた。

 それでも自転車くらいの速さは優にあるけどね。

 

 空を飛ぶ力がチート能力であることを、改めて認識する。空を飛んでいるから地形を無視出来るし、結構な速度を出せるし、それに体力の消費も控えめだ。自転車で同じ速度を維持するのに必要な体力と比べたら、歩いているのと大差無いレベルである。

 これを知ったら、大抵の人間はもう元の生活には戻れないだろうな。すっげー楽だもん。

 

 などと、怠惰なことを考えていると、あっという間に竹林の入り口まで到着した。

 やっぱり速いな。サラマンダーより、ずっと速い!

 

 確か、来た時はこの場所から出てきたはずだ。ということはつまり、ここから一直線に進めば、永遠亭に到着するに違いない。

 

 うっかり竹にぶつかるといけないので、若干速度を落として安全性を確保してから、竹林に進入する。

 ……さて、さっさと帰って休むとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこなんだここ……俺は一体どこにいるんだ……?」

 

 竹林に入ってから、もう随分と時間が経ったというのに、未だに永遠亭の影も形も見えない。おかしい。絶対におかしい。道を間違えでもしてなきゃ、こんなこと起こり得るはずが無い。

 

 …………道、間違えたんだろうなぁ。完全に遭難状態だ。

 

 当ても無く彷徨いながら、一人で帰るなどと言い出したクソバカ野郎に怨嗟の念を浴びせる。常識的に考えて、こんな竹しかない土地で迷わず移動出来る訳ないだろうが。太陽の位置もよく分からない、ただただ広大な自然の中を、どうして自分一人の力で歩けると勘違いしてしまったのか、理解出来ない。

 

 ……どうしよっか。いたずらに移動したところで、事態は悪化するばかりだろう。運良く永遠亭を発見する可能性が無きにしも非ずとは言え、そんなことをしても、最悪の結末を迎えるだけに違いないと容易に想像出来る。

 

 何より、ここは『迷いの竹林』だ。素人が勘で歩いていい名称じゃない。

 (みち)はどこにも無いが、天然の迷路と言ってもいいだろう。それも超難易度の激ムズ迷路だ。

 

 ますます帰れる気がしなくなってきた。

 これが紙に描かれた迷路だったら、上から全体を見てルートを発見出来たのにな。一人称視点でやる迷路は難易度が高すぎて、俺には難し……いや、待てよ?

 

 そうだ、俺には上から見る手段があったじゃないか。いつも竹林の中を移動していたから、この竹だらけの空間を攻略して永遠亭を目指さなきゃいけないもんだと思い込んでいたが……上空に移動して、そこから俯瞰すればいい問題だったな。

 

 いくら竹がわさわさ伸びまくってると言っても、結構な広さの永遠亭の敷地内全てを覆い隠せる程ではないだろう。探せばすぐに見つかるはずだ。それに、そのまま上空を移動すれば、竹や地形に惑わされる心配も無い。

 

 何て素晴らしいアイデアだ。

 すぐさま足に力を入れ跳躍し、飛翔の態勢に入って天を目指す。

 普段は墜落した時のことを考えて、低空飛行ばかりしているので、少し不安もあるが、今ばかりは仕方無い。どうせ霊力が制御出来なくなって墜落なんて、まず起きることじゃないんだし。

 

 日光を遮っていた竹の葉を乱暴に突っ切り、竹林から脱出すると、日差しが視界に飛び込んできた。若干霧が立ち込めてはいるが、それでも下よりは充分眩しくて、久々の日光で目が痛くなってくる。

 

「やっぱ高いな……高所恐怖症じゃないけど、流石にまだちょっとビビるわ……」

 

 霊力でしっかり身体を支えているので、下手な命綱よりはずっと安全なんだが、ついここから落ちた場合を想像してしまう。下は地面だし、竹で衝撃も多少は緩和されると思うが……万が一、落下した地点に筍が生えていたらぶっ刺さって死ぬな。おぉ、こわいこわい。

 

 グロテスクな想像を振り払って、絵探しをするように、目を凝らして竹林を見渡す。多分、そう見つけるのに苦労はしないはずだ。上空を移動しながら、あちこち探していけば、すぐに発見出来るだろう。

 

 にしても、この竹林無駄に広いな……。

 

 

 

 ――――――ヒュンッ!!

 

 

 

「…………え?」

 

 不意に、どこかからボールのようなものが飛んできた。

 幸い、直撃することなく俺の真横を通過し、いずこへ消えていったが、当たったら何かしらのリアクションをせざるを得ない程度には勢いがあるように見えた。

 

 最初はサッカーボールが飛んできたと思った。しかし、こんな空の上までボールが飛んでくるはずないだろうと、すぐに次の発想に至る。

 

 即ち、それ光弾――攻撃であると。

 

 即座に光弾の放たれた方向に顔を向けた。誰が相手か知らんが、まずは顔を拝んでやらんことには始まらない。

 

 やや距離のある位置から、ふわふわと浮かびながらこちらの様子を窺うそいつの正体を、視界に収める。

 

 小柄で虫のような羽の生えた、一人――いや、一匹の女の子。竹林の中でも時折見かけることのある種族の容姿だ。見覚えの無い顔だが、そんなことはどうでもいい。問題は、そいつがどんな種族かということなのだから。

 

 正直、ホッとした部分もある。もっと恐ろしいものに襲われなくて良かったとか、弱そうな奴で助かったとか。可能なら、あまり遭遇したくないことには変わりないんだが。

 

 しかし、本格的な妖怪に襲われるよりがずっとマシな相手だった。

 

 そいつの種族は、妖精。

 自然があるところならどこにでもいるという、比較的危険度の低い連中だ。

 悪戯好きで頭の弱い、見た目通り子供みたいな奴らだと聞いているが……実際こうしてその標的になるのは初めてである。

 

 どうしたもんかな……。

 一応、光弾で弾幕を展開する程度の技術は会得しているから、今この場でその技術を披露し、戦闘に入ることは可能だ。だが、わざわざ撃ち合う必要性があるようには思えない。撃ち落とされるリスクもあるし、むざむざ危険に首を突っ込むのもいかがかと思う。

 

 あと、妖精とはいえ、小さい女の子に攻撃するのは俺の評判に響きそうで躊躇する。

 

 十秒にも満たない僅かな時間、睨み合うような構図のまま逡巡していると。

 

 

 

「ッぐふぅ!?」

 

 

 

 背中に、衝撃と痛みが走った。

 吹き飛ばされそうになるのを堪え、身体を循環する霊力量を増やして体勢を維持する。

 

 何だ、何が起こった。

 バッと振り返って、その正体を視認する。

 

 数匹の、少女の姿をした妖精が視界に映り、理解した。俺を急襲したのは、間違いなくこいつらだ。最初に姿を現した妖精は、恐らく俺の注意を引く為の囮だったのだろう。

 

 連中の顔や服装をよく見ると、ほんの僅かだが見覚えがあった。鈴仙と霊力の特訓をしていた時に、こちらを観察していた妖精が、彼女達とよく似た姿だった気がする。

 

 きっと、その時に襲いやすい奴だとでも思われたのだろう。仕方無い、霊力の扱いに関しちゃ、俺は未だ素人のまんまだ。そんな俺の訓練風景を観察していた彼女達にとって、俺はまさにカモのような人間……こうなるのは想定出来ることのはずだった。

 

「にしたって、こんなドッキリを喰らうとはおも…………って、まだ撃ってくんのかお前らっ!?」

 

 妖精達は、まんまと自分達の作戦に引っかかった俺を馬鹿にするかのような顔をして笑うと、続けて一斉射撃を始めた。

 

 大小様々な光弾が、弾幕となって俺に迫る。咄嗟に目視で弾の密度が低い位置に移動し被弾を免れるが、慣れない弾幕避けに、神経は既に金切り声をあげていた。

 

 正直、回避し続ける自信は無い。逃げた方が得策だろう。

 たかが妖精に遁走するのはちょいと情けないかもしれんが、つまらないプライドよりは命の方がよっぽど大事だ。

 

 加えて、俺の挙動がそんなにおかしかったのか、彼女達は哄笑(こうしょう)するのに手一杯で、油断しているようだし。

 

「きゃははっ! あの人間よわーい! 空を飛んでるくせにあんな……ぷぷっ、あはははは!」

 

 ……言い返したくなるが、無視だ無視。俺は大人だ、あんな子供の言葉に感情を揺さぶられる程幼稚ではない。

 あんなちっさいガキに何を言われたところで、俺の圧倒的大人の余裕は崩れない。

 

「ねー、男なんだしもっと強くなきゃ駄目だよねー」

「弱いし、顔は女の子みたいだし、ほんとは乙女なんじゃないのー?」

「んだとテメェら!! 上等だ、今から全員ぶっ………………っ、つ、次会ったらとっちめてやるからな!」

 

 割と気にしていることを突っつかれ、思わずキレかけてしまったが、ギリギリで押し留めたからセーフだ。今のはキレた内に入らない。俺はまだ大人だ。

 

 これ以上の会話は不要だろう。霊力のベクトルを下向きにし、竹林内部に向かって急降下する。

 

「あっ、逃げた!」

 

 竹林に突っ込み、追いつかれないよう、速度を出して奥に移動する。

 一度竹林の中に入ってしまえばこっちのもんだ。上からは竹が邪魔で見えないし、中は鬱蒼としているから隠れやすい。逃げるが勝ちとは、まさにこのことだろう。

 

 撒いたと確信したところで、地上に降りて一息つく。

 

「ふぅ、これで一安心…………じゃなくて、結局永遠亭見つからなかったじゃねえかよっ!!」

 

 で、叫んだ。

 そうだった。永遠亭を探す目的で空飛んでたんだった。

 

 ……でも、もう一回上に行くのはまずいよな。さっきの妖精連中と出くわしたら最悪だ。気持ち的に、あまりそれはやりたくない。

 

 ってことはつまり、地上から永遠亭を探さなくちゃいけないってことで……振り出しに戻ったって訳だ。

 

「はぁぁ……何でこうなるかなぁぁあ……」

 

 近くの竹に手をついて、己の無能さに絶望する。

 やることなすこと全部駄目だ。もしかしたら俺は、自分が思ってる以上に駄目な人間なのかもしれない。

 

「あー……その、困っているなら手を貸そうか?」

 

 色々ネガティブな感情が込み上げてきて項垂(うなだ)れていると、背後から声を掛けられた。さっきの妖精よりかは落ち着いた高さの、女性の声だ。声のトーン的に妖精ということは無いだろう。

 

 こんなところで誰かと遭遇するとは。もしかして、不運の後には幸運が待っているとかいうアレか?

 顔を声の主の方に向け、返事をする。

 

「実は道に迷ってまして……永遠亭ってどこか分かります?」

 

 見ると、相手は赤いもんぺを履いた、長い白髪(はくはつ)の少女だった。

 随分と色素の薄い少女だが、彼女も妖怪の一種なのだろうか。いや、それにしては友好的に話しかけてきたし……ちょっと色が白いだけの人間か? 幻想郷だし、そういう人がいてもおかしくないと思うが。

 

「永遠亭? もしかしてあんた、病人なのか?」

「いや、そういうんじゃないんだが……ちょっとした事情があって、あそこに住んでいてな。日が暮れる前に帰らないとどやされちゃうから困ってるんだよ」

「あそこに? そりゃあ大変だな。気苦労も多いだろう」

「えぇ、まぁ……」

 

 永遠亭って女ばっかだしな。それに加えて、俺はあまり社会生活が得意じゃないから、苦労していると訊かれれば苦労しているような。

 

 俺が曖昧に答えると、少女は憐れむように俺の肩をポンと叩いて、こう慰めた。

 

「……辛いことがあったら愚痴くらいは聞いてあげるよ」

「はぁ、そうすか……」

 

 なんだろう、この人。俺がそんな不幸そうに見えるのだろうか。

 

「とりあえず、永遠亭に帰りたいんだったな。付いてきな、永遠亭はこっちだ」

 

 GPSで位置を把握しているかのように、少女が迷いなく歩き出す。鈴仙といいこの人といい、どうしてみんなこんな竹しかないような場所で迷わず歩けるんだか……慣れと経験って、そんな超能力じみた土地勘を得られるもんだっけ?

 

 少女の後を追い、雑談がてら質問をする。

 

「ええっと……何さんでしたっけ?」

藤原(ふじわらの)妹紅(もこう)だ。妹紅でいいよ」

「妹紅か、よろしく。ちなみに、俺の名は佐倉霜夜。どうとでも呼んでくれ」

 

 どうやら、この少女は藤原妹紅という名前らしい。藤原と言うと、芸人の名前や日本史に出てくる藤原氏を思い出すな。ここ最近はテレビも観ていなければ、歴史の勉強なんかもしてないから、どちらもほとんど覚えてないけど。

 

「歩き慣れているようだが、妹紅はこの辺に住んでるのか?」

「そうだ。お陰で竹林の地理には熟知しているよ。迷い人を道案内出来る程度にはな」

 

 俺がこうして方向を見失って遭難している事実を鑑みるに、それはもはや熟知というか特殊能力の域に達しているような気がする。こいつは一体、どれだけ長い時間をここで過ごしたんだろう。何年か住んだくらいじゃ、そうそう身に付かなそうな能力だが。

 

「そういうお前は、どうして永遠亭に? 服装や雰囲気からして、外の世界から来たんだろう?」

「色々事情があって、帰れなくなりまして……永遠亭に住んでるのは、まぁ、あいつらの厚意だな。特に不自由も無く居候させてもらってるよ」

「……どういう事情があるかは訊かないが、忠告だ。もし輝夜とかいう奴に惚れたのが理由なんなら、あいつだけはやめた方が良いぞ。昔からそうなんだ、あいつに惚れた奴は皆ロクな末路を迎えん。さっさと諦めて元の生活に戻るのが吉だ」

 

 妹紅は俺が説明を端折ったのを何か勘違いして、おかしな忠告を始めた。確かに、竹取物語に登場した、難題を吹っかけられた五人の公達(きんだち)は、軒並みロクでもない結果を迎えていたが、俺とそいつらは何の関係も無ければ同じ相手に惚れ込んでいる訳でもない。とんでもない誤解だ。

 

「詳しく話すと長くなるからまたの機会にするけど、そういうんじゃないっての。輝夜を口説くなんて理由で幻想郷に居座ってたまるかよ。見目が特上なのは否定しないが、あいつと付き合おうとは思わないし、付き合えるとも思わん」

「む、そうか。誤解して悪かったな。それを聞いて安心だ、お前が真っ当な感性の持ち主で良かったよ」

 

 ……つまり、輝夜に惚れる奴は真っ当な感性をしていないと。あいつってそこまで言われる程ヤバい奴でもないと思うんだが、妹紅は俺の知らないヤバい部分を知ってたりするのだろうか? 聞きたいような聞きたくないような……いや、やめておこう。怖いから。

 

「恋慕するんだったら、鈴仙ちゃんにしておきな。輝夜よりはずっと真っ当だ」

「それも身の丈に合わないし、そういう感情は全っ然無いからな。そもそも恋愛なんてのは、もっとこう、生き生きした奴がやるもんだ。俺みたいなのは死ぬまで一人でじめじめ過ごすのがお似合いだよ」

「独り身も良いと思うが……お前くらいの年の奴はもっとギラギラしてるべきじゃないか?」

 

 万が一、もし俺がトチ狂って鈴仙に告白したとしても、「キモっ」と無下に扱われるのがオチだ。わざわざ辛い思いをする必要はどこにも無いし、俺はマゾなんかでもない。

 ていうか、お前だって俺とそう年は変わらんだろうに。

 

「っと、永遠亭が見えてきたな」

 

 雑談が続く程度の時間歩いていると、妹紅の言葉通り、永遠亭が竹の奥にあるのが見えてきた。俺はてっきり遭難してしまったものと思っていたが、妹紅にとってはこの程度大したことではないらしい。よくこんなあっさり永遠亭まで辿り着けるもんだと、つい感嘆の声を漏らしてしまう。

 

「凄いな、目印も無かったってのに」

「慣れてるからね。さ、ここまで来ればもう大丈夫だろう」

「おう、本当に助かったよ妹紅。ありがとな」

 

 命の恩人に礼を述べ、永遠亭に帰ろうとして。

 

「次は迷子になるんじゃな……あ」

 

 妹紅が、何かを見つけた。

 

 

 

「――――あら、早かったじゃない。鈴仙と一緒じゃないの……って」

 

 

 

 輝夜だ。永遠亭の敷地外にいるのはあまり見たことが無かったが、散歩でもしていたのだろうか。どこに行っても竹しか無いんだし、散歩しても楽しくなさそうだけど。

 

 それはそうと、輝夜は俺の後ろに誰か――妹紅がいることに気付くと、目を細めて、俺に言った。

 

「あらあら、どうしてあんなのと一緒にいるのかしら? 不思議ね。この辺は不審者がいるから、気を付けた方が良いと注意したはずだけれど?」

「いや、されてないけど」

「じゃあ今するわ。知らない人には付いていかないこと」

 

 無茶苦茶な。

 しかし、この態度……もしかしなくても、輝夜と妹紅はあまり仲がよろしくないようだな。あるいは犬猿の仲かもしれん。

 チラリと妹紅の方を見ると、あちらもあちらでそれを態度で示していたから、間違いないだろう。

 

「な? やめた方が良いだろ?」

 

 な?と仰られても。居候の分際で、家主の前でそんなことに同意してみろ。明日から、目が覚めた時天井の見えない生活を送ることになるぞ。

 

「どういう意味かしら?」

「霜夜に言ったんだよ。お前に惚れるのだけはやめておけ、ってな。まぁ、当人は()()その気は無いそうだから、言うだけ無駄だったがな」

「…………ふーん、そうなの、へぇ……」

 

 輝夜が俺を睨みつける。何故俺に火の粉を飛ばす、妹紅よ。

 

「い、いや、身の丈に合わないって意味だからな? 決してお前に問題がある訳じゃなくって、そう、俺なんかが惚れていい相手じゃないっていうことでね?」

「つまり、身の丈を理由に出来る程度ってことね。霜夜の言いたいことは分かったわ」

「何故そう解釈する!? だからそういうんじゃなくて……えぇ……?」

 

 こういう時、どう釈明すべきか誰か教えてほしい。女の望む返答ってのが全く分からない。

 

「まぁいいわ。所詮は小娘の戯言、私の美貌が通用しないなんて、ありえないもの」

「大した自信だな。…………はっ」

 

 嘲笑。

 両者の間に、重苦しい沈黙が流れる。

 心做し胸が苦しく感じる。この沈黙は心臓に悪い。

 

 ……あの、自分、さっさとやること済ませて休んでいいですか?

 

「……まどろっこしいな。もっとシンプルに行こうじゃないか」

「そうね、私も丁度同じことを考えていたわ」

 

 妹紅が口を開き、輝夜がそれに応えると、バチバチと、不穏な火花の音の幻聴が聞こえ始めた。

 

 嫌な予感がする。

 もしかして、さっさと逃げた方が良いんじゃないだろうか。いや、まさか逃げなきゃいけないような事態になんて……ならない、よな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霜夜、危ないから少し下がっていなさい。流れ弾に当たったら痛いわよ?」

 

 流れ弾!? 流れ弾って言った!?

 

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