東方明夜郷   作:ヨモナ

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第四話 逃げられないなと察した

 まず、絶句した。

 長く伸びた黒髪が、作り物のように艷やかでありながら、極めて自然に俺の目を引く。少女のあどけなさと、女性の艶めかしさを両立させた目鼻立ちに視線が向かう。普段、美人に対して特別にものを抱くことなど無かったが、今は違った。整いすぎている、それこそ次元の違う美貌を目の前にした気分だった。

 たとえ俺が女性であったとしても、同じ反応をしただろう。正直、見惚れてしまいそうだった。俺が異性に飢えていなくて良かったな、と密かに安堵する。

 

「って、あら、あらあら」

 

 彼女の双眸が俺を捉えた。背中が固まる。もしかしなくとも、鈴仙の言っていた姫とは彼女のことだろう。違うとしたら、その姫は今すぐ彼女に姫の座を明け渡すべきだ。

 ゆっくりと近付かれて、興味津々に、顔を覗かれる。近い。互いの息が交わりそうな程に。咄嗟のことに、思考がパンクしそうになった。なに? なんなの? 距離感ってものを知らないのかこいつは!?

 

「ふぅん」

 

 そう呟いて、顔を離す。

 ……変に疲れた。もう少し、自分の容姿を正しく認識した上で人と接触して頂きたい。お陰で寿命が三十年くらい縮んだ気がする。

 

輝夜(かぐや)、初対面の異性にそんな近付くものではないわ」

 

 永琳が軽く(たしな)める。そう、その通りだ。もっと言ってやれ。世の中には、この程度でもコロッと恋に落ちてしまう男がいるんだぞ。俺は違うけど。

 

「そうね、ちょっと馴れ馴れしくしすぎたわ。ごめんなさいね」

「いや、別に構いませんけど……」

 

 謝られても困る。どう対応すれば良いんだ?

 輝夜と呼ばれた少女は、少し楽しそうな様子で俺に訊ねる。

 

「それはともかく貴方、外から迷い込んできた人間ね? 私は蓬莱山輝夜(ほうらいさんかぐや)、この屋敷の主よ」

「あっ、俺は佐倉霜夜って言います……外来人らしいです……」

 

 姫だとは確信していたが、主の方だったか。いや、主で姫なのか? まぁ、敬っておこう。うっかり逆鱗に触れて追い出されないよう、細心の注意を払わないとな。

 

「そう、よろしくね、霜夜」

「あっ、よろしくお願いします、輝夜さん……輝夜様?」

「……そんな卑屈にならなくてもいいのよ? 輝夜で良いわ、仲良くしましょう?」

「いやでも……ええと」

 

 視線を横にずらした。いつ俺の汚い口調が飛び出すかと考えると、会話もままならない。いっそお口チャックして黙ったほうが良いのではないだろうか……その方が皆、心穏やかでいられる気がする。

 

 彼女達の容姿を見て、ふと思う。

 

「……俺、ここにいて良いのかな」

 

【挿絵表示】

 

 

 輝夜がずば抜けて美人なのは言うまでもないことだが、鈴仙も永琳も、一般的に見れば美人の部類に入る。普段、テレビで見かけるアイドルや女優に劣らず、というか、それ以上かもしれない。

 対して、俺は? よく女っぽい顔をしていると言われること以外には、特に目立って悪いところは無いと信じたいが……彼女達の隣に並んで見劣りしないかと言うと……見劣りしまくりだ。とてつもなく不相応な空間にいるような気がしてならない。

 

 そんな俺の不安を感じ取ったのか、永琳が俺に言う。

 

「色々と心配なのも、恐れているのも分かるけど、もっと気を楽にしても大丈夫よ? 別に、生活基盤を脅しに貴方をいいように使おうっていうのじゃないから」

「あら、ということは、ここに住むのかしら?」

「えぇ、まぁ……そういう話になったんですけど……」

 

 面白いことになった、と言わんばかりに目を輝かせる輝夜。何がそんなに面白いんだろう。自分の家に変な男が住むっていうのに。俺が輝夜の立場だったら全力で拒否ってる。

 

「でも、本当に良いんすか? ……こんな男を住ませて」

「良いからそういう話になったのでしょう? 私は一向に構わないわ。だから、もっと普段通りの口調で接しなさい。これから一緒に生活するのだから、仲良くならないとね」

「はぁ……努力します」

 

 この人は俺に何を求めているのだろうか。初めて父親以外の男を見た系のお嬢様のように、結構積極的に接してくるから後退(あとずさ)り気味になってしまう。自分の見た目を理解しての行動か?

 

「ともかく……これからお世話になります。鈴仙、永琳…………輝夜、さん」

「どうして私だけさん付けなのよ、家主命令よ、仲間外れはやめなさい」

「たかがさん付けにそこまでするのか……? っと、まぁ……そう、だな。輝夜もよろしく頼むよ」

 

 仕方なく(そろそろ俺の比較的真面目口調モードが限界に達しそうだったのもあり)呼び捨てで呼んだ。異性を名前で呼ぶこと自体には、さして抵抗も違和感も無かったが、家主を呼び捨てにするのは精神的にきついものがある。ちょっと吐きそうだ。

 

「よろしくね、霜夜」

 

 そんな俺とは対象的に、輝夜はにんまりと微笑む。

 俺が惚れっぽい人間でなくて良かったと心底思う。尤も、誰かに恋愛感情を抱いたことなど一度も無いが……。

 

 思わぬ形で家主への挨拶を済ませると、永琳がパンと手を叩いて、注目を集めた。

 

「ある程度は話も纏まったところだし、ここで一旦お開きにしましょう。輝夜にはまだ説明していないことがあるから、ここに残って頂戴。ウドンゲは、丁度良いし霜夜を連れて里に薬を売りに行ってもらえるかしら」

 

 里。どうやら近くに里があるらしい。幻想「郷」と言っているんだから、そりゃ里の一つや二つあって然るべしだが。故郷をふるさとと読むしね。

 やっぱり、住んでいるのは妖怪だけみたいな恐ろしい里なのだろうか。轆轤首(ろくろくび)やのっぺらぼうが闊歩する街並みを思い浮かべてみる。……なんか行きたくなくなってきたな。お化け屋敷じゃないんだから。

 

 別に怖いとかじゃなくてね?

 

「分かりました。じゃあ霜夜、また外で待っててくれる? 準備してくるから」

「ん、分かった」

 

 そう言って、鈴仙はぱたぱたと歩いて、部屋をあとにした。

 俺もさっさと出るか……と、立ち上がろうとすると。

 

「霜夜」

 

 輝夜が俺を呼び止める。

 

「なん……何ですか?」

「だから、もっと砕けた口調で話してほしいのだけれど。距離を感じるわ」

 

 実際距離があるんだよ! 初対面だぞ!? しかもほとんど人と会話しない俺だぞ!? この距離をどうやって埋めろと言うんだ?

 

「いや、その、初対面の女性に失礼を働きたくないので……」

「でも貴方、さっきウドンゲに変なこと言ってたじゃない」

 

 永琳ぅぅぅ!! 何でそういうこと言っちゃうかなぁぁぁぁ!?

 それを聞いて、輝夜はあからさまに不機嫌な表情を見せた。あーあ、むくれてる。

 

「ふーん、鈴仙とは仲良くするのに、私とは仲良くしないんだ」

「そういうんじゃなくて……ほら世話になるところの家主に変なこと言っちゃ、まずいでしょう? 俺って喋るとロクなこと言わないから、出来るだけ他人を不快にしないように、ですね」

「遠慮される方が私は嫌ね。別にちょっとしたことで怒ったりしないわよ。何ならもう一度言っておきましょうか? ……仲良くしましょう?」

 

 俺はこの瞬間、あぁ、これは逃げられないなと察した。無難な関係で済ましたかったが、そうは行かせてもらえないらしい。厄介な姫だ、そこまでしてどうして俺と関わりたがるのか……。

 いやまぁ、仕方無い。ここまで言われちゃ普通に接するしかないだろう。諦めの境地だ。

 

「……分かったよ、でも、俺はそんな面白い話も出来ないぞ?」

「いいのよ、適当に話し相手にでもなってくれれば」

「それでいいならいいけど。じゃあ、言われた通り、鈴仙に里に連れてってもらうから、そういうことで」

 

 一段落ついたところで、外に向かって歩き出そうとして。

 

「あ、待って、さっき言おうとしていたことを忘れていたわ」

「って、何だよっ」

 

 今いい感じに話を終えられたと思ったんだがな。

 

「困ったことがあったら、いつでも頼ってくれていいわよ。遠慮なんかせずにね」

 

 どんな言葉が飛び出してくるかと身構えていたが、存外優しい言葉が出てきた。

 どうして俺なんかに優しくするんだろう。美人は見た目だけじゃなくて性格も良いのか? 姫と呼ばれていたし、性格も上流であっても何らおかしくはないが。

 

「まさに今頼ってる訳だし、今後もしばらくは頼りがちになるだろうが……まぁ、助かるよ。ありがとうございます」

 

 そう軽く返事をして、俺は部屋を出た。

 ……とりあえず、今は言われたことをしないとな。ええっと、出口はどっちだっけか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び手頃な竹に寄りかかって時間を潰していると、衣装を変えた鈴仙が姿を現した。

 紫を基調にした着物に笠を被り、背中にはやたらでかいつづらを担いでいる。本当にでけぇ、よくそんなもん持てるな。俺より力あるんじゃないか?

 

「その格好は?」

 

 気になったので、一応訊ねておく。さっきの服でも別に良かったと思うが。

 

「変装よ。妖怪だってバレたら大変だからね」

「……変装? もしかして、今から行くところって妖怪の里じゃないのか?」

「違うわよ、人間の里」

 

 妖怪とか神々が住まう土地だって聞いていたから、てっきり人間はいないんじゃないかと勘違いしていたが、そうじゃないらしい。

 

「里は安全ってことになっているからね。妖怪が入り込んだなんて知られたら大騒ぎだわ。この薬だって、買ってる人達は作っているのが人間じゃないことを知らないはずよ」

「なーんか、複雑な事情があるっぽいな。人間と妖怪の関係について、一度訊いておくべきか……」

「そうねぇ、特に永遠亭で生活するんだったら知っておくべきかも。もしかしたら私の代わりに薬を売りに行くこともあるかもしれないし」

 

 うげ、バイトもしたこと無いのに、薬売りなんて出来るかな。そもそも薬の知識すらほとんど持ってないし。商品名だけなら多少は答えられるが、幻想郷(ここ)じゃ何の役にも立たないよなぁ。

 

「ところで、人間の里だっけ? そこはどんなところなんだ?」

「どんなところと訊かれても……人間が住んでること以外に何かあるかしら?」

「つまり田舎か。その感じじゃ遊ぶところも少なそうだな」

 

 結界で隔離されてる土地だって言ってたから、近代的なものには一切期待出来ないだろうな。ゲーセンとか、コンビニみたいな()()()()な施設は無いと考えていいだろう。まぁ、全く遊ぶ場所が無いってことも無いと信じたいけども。

 

「行ってみれば分かるわよ。さ、行きましょ」

 

 恐らく里がある方向に向かっていく鈴仙を追いかける。女にこんな重そうな荷物を持たせたままでいるのはどうなんだ、と一瞬自己嫌悪に走りかけたが、妖怪だし俺より腕力があるに違いないと思い込むことによって事なきを得た。

 

 そういえば、これでようやく竹林から抜けられるのか。実際にはまだ午後にもなっちゃいないだろうが、ここまで来るのに随分と長い時間を過ごしたように感じる。きっと精神的な疲労のせいだろう。致し方ない、俺の人生は今日、かんっぺきにおかしくなってしまったのだから。

 これからしばらくは慌ただしい日々に難儀させられるに違いない。苦痛を誤魔化すために、楽しみでも見つけられたら良いんだけどな。何かないもんかね。

 

「里、ね……」

 

 しょうがない、ちょっと楽しみにしながら向かうとするか。

 




ようやく竹林を抜けられます。
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