東方明夜郷   作:ヨモナ

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第五話 ここは日本のどこなんだか……

 鈴仙を頼りに、竹林を進む。どこを、いつ見ても、似たような景色が続いていて、ふと背後を見ても、自分が本当にそっちの方から歩いてきたのか不安になる。

 

「遭難しそうだな、迷路かこの竹林は……」

「迷いの竹林なんて呼ばれてるくらいだし、実際遭難する人は結構いるわね。何だかんだ外に出られるケースも多いけど」

「それは良かった。ここで骨になるのは嫌だからな」

 

 どうせ骨になるんだったら、ネカフェにでも置いてもらいたい。万が一幽霊になったとしてもネットで時間を潰せるからな。物に触れられる前提だが。

 

「鈴仙は迷わないのか?」

「迷ってたら案内なんて出来ないわよ。地理を熟知してる訳ではないけれど、里と永遠亭の行き来くらいは問題無いわ」

「まぁ、そうか……」

 

 しかしどこまで続くんだろう、この竹林は。まさか東京ドーム何個分みたいな、広大な竹の群生地だったりしないよな? それこそ森や山並の広さだったりしたら、体力が足りる自信が無い。人並みのスタミナは有しているはずだが、何時間も歩き詰めに歩けるほど鍛えられちゃいないからな。というか、鍛えたことなんて一度も無い。

 

「ところで、里にはあとどれくらいの時間で着くんだ?」

「大体半刻(はんとき)もあれば着くと思うわ。貴方の足だと」

「半刻って言うと……一時間か。許容範囲っちゃ許容範囲だけど、足が痛くなる距離だな。あの屋敷はどうしてそんな人里離れた不便なところに……って、妖怪が里にいるのはまずいんだっけ? だったら奥地でもおかしくはないか」

「そうは言っても、永遠亭に――あぁ、お師匠様は医者もやっているんだけど――患者として人間が訪れることなんて珍しいことじゃないわ。評判も良いしね」

 

 さっき、里の人間は薬の製作者が人間じゃないことを知らないと言っていたな。素性を隠して互いに利益を得ている訳か。やっぱり、どこかでちゃんと事情を訊いておかないといけないな。

 

「奥地にあるのは、また別の理由。昔は隠れ住む必要があったからね」

「姫様なんて呼ばれてたくらいだしなぁ。俺には想像もつかないような深い事情があるんだろう」

 

 偉い貴族の末裔とか? そもそも、彼女達はどうして幻想郷に住んでいるんだ? うーん、ミステリーだ。世の中は謎で満ちていることを実感する。

 

 なんて、暇潰しにちょっとした雑談を交わしながら歩いていると、向こう側の影の数が少なくなっていることに気付いた。目を凝らすと、竹と竹の隙間から、竹林でない風景が覗けた。

 

「やっと竹林から出られるのか……広かった……」

「里までは、もうちょっとかかるけどね」

 

 それでも、ようやく竹林以外の環境に出られるのだから、嬉しいことには変わりない。脱出出来たところで家に帰れないとは言え。う、気が重くなってきた。

 竹林を抜け、黄土色の道に出る。

 

「この道を真っ直ぐ行けば里ね」

 

 そう言いながら、鈴仙が笠を被り直して、長い髪と耳を上手く中に隠す。

 里の近くまで来たから、気を引き締めたのだろう。

 

「ねぇ、ちゃんと隠せてるかしら?」

「器用に仕舞うな……ぱっと見た感じ、隠せてるぞ。ちょっと耳がはみ出てるような気もするが、気のせいだな」

「そ、ならいいわ」

 

 空を眺めながら、里を目指す。竹林の中は、光を遮るものが多くて薄暗かったから気が付かなかったが、太陽が出ていたらしい。俺が家を出た頃は曇っていたはずだ。いや、そもそも場所が違うからか? ここは日本のどこなんだか……。

 

「そういや、薬を売ると聞いたが、薬局にでも売りに行くのか?」

「移動販売よ。置き薬もやっているから、そっちの補充もあるわね。他には……鼠の被害が多かった時には鼠除けを売ったりしたわ」

「鼠除け? きびだんご、もといホウ酸団子でも作ったのか?」

 

 薬売りが鼠除けねぇ。似合わないというか、畑違いな気もするが、薬の知識を応用すればそういうのも作れるのかね。

 

「そんな原始的な代物じゃないわ。月光で発電して、鼠の嫌がる超音波を発する優れものよ。実際に効果も認められたしね」

「月光で発電って……月程度の光で充分な電気が作れるのか? 太陽光発電ならよく見聞きするが」

「作れるのよ。月の科学をもってすればね」

 

 科学の力ってすげー! とでも考えておこう。俺みたいなパンピーには、そんな最新鋭の技術はよく分からん。熱心にそういうニュースを調べていたことも無いしな。まぁ、科学番組くらいはたまに観ていたけど。

 

「って、月?」

 

 鈴仙の言葉を飲み込もうとした瞬間、喉にソレが引っ掛かった。

 

「それは……月光を利用しているという意味か?」

「そのままの意味よ。月の科学力は地上とは比べものにならないから、霜夜の常識じゃ理解出来ないかもね」

「いや待て、違うところで理解出来ない。その……月ってのは、あの、地球の衛星のことを指してる、のか?」

「指してるわ。私はそこに住んでいたのよ」

 

 あらゆる感情が神経を走った。馬鹿げてる。そんなふざけた話も、それを真実として受け入れようとしてる自分自身も。

 月に兎、ぴったりだ。昔から月で餅を()くのは兎と決まっている。

 勿論、実際は月に兎などいない、という上での話だったが。

 

「勿論、幻想郷と同じく、普通は外の世界からは見つけられないけどね」

「じゃあ、俺が何も考えずに月を眺めてた時も、そこに兎が住んでたってことかよ。……どうなってんだ、この世界は。幻想郷だけが特別なんじゃなかったのか、俺が住んでた世界にも、知らないだけで……」

 

 頭が痛くなりそうだ。

 俺が知らないだけで、世界は迷信とされてきたもので満たされてきたのだろう。もしかしたら、近所に妖怪が住んでいた可能性だって無いとは言えない。神社に神様もいたかもしれない。

 

「……考え方が百八十度変わっちゃうなぁ……」

「外来人には、そのくらい変わるくらいが良いんじゃない? 全く違う生活を始めるんだし」

「まぁなぁ……」

 

 どのみち、そうなるしかないんだろう。

 自分が自分でなくなりそうで、少し恐ろしいが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩きすぎで足の疲れが鈍くなったのを感じていると、ようやく里と思しき場所に到着した。内外を分かつ和風の大きな門が見える。そこを潜った先に里があるのだろう。

 門を通り抜け、里に入る。

 

「うお……これは……」

 

 思わず声が漏れた。

 里と聞いていたから、現代のようなマンションだとかビルがあるとは思っちゃいなかったが……眼前に広がる街並みに、タイムスリップしたかのような錯覚を覚えた。

 

 辺りを見渡すと、江戸や明治に建てられたような、木造の背の低い建物が(いらか)を争っていた。まるで時代劇のセットだが、紛い物とは全く違う空気が漂っている。人間の営みの為に作られたからだろう。

 

「今は何時代だったかな」

(ほう)けてないで、早く行くわよ。観光は後々ね」

「ん、分かった。置いていくなよ?」

「里に不法投棄なんかしたら怒られちゃうじゃない。しないわよ」

 

 俺は要らなくなったゴミか何かか?

 

 鈴仙の隣で、キョロキョロと建物の雰囲気や里の住民の様子を窺う。住民の服装は、建造物と同じく江戸や明治によく着られていそうな和装が目立つ。彼らの会話に耳を(そばだ)てると、言葉は俺の使うものと特別違ったりはしていなかった。方言らしい方言も聞こえてこないから、意思疎通に不自由することはなさそうだ。

 

 それはそうと、すれ違った後に俺を気にする奴の多いこと。やっぱ目立つんだろうな。格好からして不自然だし、観光客のように首をあっちこっちに回している様も不自然に映ったのかも。……もっと大人しくしておこうか?

 

 己の振る舞いについて省みていると、鈴仙が不意に立ち止まった。

 

「っと、流石にあんたは外で待ってた方がいいかしらね。いちいちお客さんに余計な説明をするのも大変だし」

「建物の中に入るのか? いるだけ邪魔だろうし、外でぼんやりしてるよ」

「声をかけられても、変なのについていっちゃ駄目よ?」

「ガキじゃないんだから……」

 

 俺に親みたいな注意をして、鈴仙はすぐ近くの民家に入っていく。

 することも無いし、スマホでも弄って時間を潰すか……相変わらずの圏外表示だが、通信を必要としないアプリくらいだったら使えるだろ。充電もまだ余裕あるし。

 って、今気付いたが、充電切れたらどうするんだこれ? 充電器もモバイルバッテリーも持ってないし、(ここ)にそんな現代的な機械が売ってるとも思えない。つーことは、今のバッテリー残量イコールスマホの寿命ってことか。慎重に使わないとな。

 

 …………まぁいいや、ゲームしよ。

 切れたらその時はその時だろ。どうせいつかは尽きるんだし、だったら有効に活用すべきだよな、うん。

 

 ダウンロードしてあった暇潰しアプリを起動して、しばらくそれに熱中していると、鈴仙が戻ってきた。

 

「……何してるの?」

「スマホで遊んでた。電波が届いてないから、出来ることは限られてるけどな」

「あぁ、外の世界の機械ね。ここじゃかなり珍しいから、そんなもの持ってると目立つわよ?」

 

 俺としては非常に好ましくないんだけど、今更なんだよね、それ。もう開き直っちゃったよ。

 

 そんな感じで、鈴仙が仕事を果たしているところを呑気に眺めながら、里を動き回る。置き薬を利用しているお宅は結構多いらしく、かなりの数の民家を訪問した。何十軒も家を回るって言うのに、よくあんな巨大なつづらを担いでられるな、と感心する。

 

 移動途中、里の住民から薬を求められることもあった。その時にちらっと見たのだが、どうやら幻想郷では、俺の知らない硬貨が流通しているらしい。つまり、折角貯金した小遣いはここでは使えないということである。……俺の一万円札がただの紙切れになっちまったんだが?

 

 心の中で涙を流していると、鈴仙がちらりと太陽に視線を向けてから、俺に言った。

 

「そろそろお昼頃ね。折角だし、どこかで食べてく?」

「一応言っておくけど、金なら無いぞ」

「そのくらい出すわよ。気にするようなら、いつか返してくれれば良いわ」

 

 太っ腹だな。俺なら絶対に人に食事なんて奢らないというのに。

 

「じゃあお言葉に甘えて」

「蕎麦で良い? すぐ近くに良い店があるのよ」

 

 蕎麦はそれなりに好きだ。毎年大晦日には、グリーンのたぬきで年越し蕎麦を味わっていたしな。一人で。

 でも、俺の口に合うかどうかが心配だな。別にグルメという訳ではないんだが、普段食べていたものが、大体カップ麺だったりコンビニ飯だったり、健康に仇なす系統のものだったから、こういう田舎の料理を舌が受け付けない可能性がある。よく、郷土料理という名のゲテモノ飯を聞くしね。流石にそこまでのものは滅多に出ないと思うが。

 

 とは言え、まさか蕎麦がクソ不味いなんてことはないだろう。良い店と言っているし、大ハズレじゃないことは間違いない。

 ま、そこそこの味は期待しておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、美味い! 滅茶苦茶美味いぞ、この蕎麦!」

「そんな大袈裟に蕎麦食べる人、初めて見たわ……」

 

 ……今まで食べた蕎麦の中で一番美味かった。ごめん、疑って。

 




執筆中に、ホウ酸団子についてGoogleで検索したのですが、そしたら、YouTubeの広告欄に、ゴキb……の関連商品が大量に表示されるようになりました。閲覧注意モノです。どこにキレればいいんでしょう、これ?
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