東方明夜郷   作:ヨモナ

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第六話 ただいまで良いんだよな?

「ただいま戻りました」

「やっと戻ってきた……歩きすぎて足がパンパンのパンパンマンだ……」

 

 三ツ星レベルに美味い蕎麦を昼食に頂いた後、俺は午前中と同じく鈴仙の仕事について回った。その内容については、これと言って特筆すべきことは無いな。強いて言うなら、待っている間にスマホのバッテリー残量が七十%になったことくらいだろう。

 

 日が傾き始めると、里の様子が仕事終わりムードになってきて、便乗するように俺達も帰ることになった。どうせ里まで来たんだからと、帰り際に鈴仙が甘味処で団子を奢ってくれたのだが、これもまた美味かった。俺の舌は無事幻想郷の食文化に馴染んでくれたようである。

 

 で、行きはよいよい帰りは怖い……なんてことは無く、来た時と同じく半刻ほどかけて永遠亭まで戻ってきた訳なんだが。

 

「おかえりー鈴仙」

 

 ……玄関に見知らぬウサミミ少女がいた。

 背丈は子供くらいで、頭にはふわふわのウサミミを生やしている。鈴仙の耳をネザーランド・ドワーフに喩えるならば、こちらはホーランドロップだろうか? そういえば、鈴仙は月の兎って言ってたっけ? どちらも同じウサミミだが、種類が違ったりするのだろうか。

 

「あっ、てゐ! どこ行ってたのよ」

「鈴仙が出掛けた後はずっとここにいたよ。お師匠様に呼ばれてね」

 

 どうやら、ここの住民の一人(一匹?)らしい。外見から察するに、この子も妖怪なのだろう。

 てゐと呼ばれた少女が、俺の顔を興味深そうに眺めてくる。ジッと見つめるほど面白い顔はしていないはずだが。……してないよな?

 

「あんたがお師匠様の言ってた人間? ふーん、へぇ、ほぉ」

「多分そうだろうな……俺は佐倉霜夜、今日からここに住まわせてもらうことになった。よろしく頼むよ」

「ん、私は因幡(いなば)てゐ。この竹林の所有者よ」

 

 ……自称所有者っぽいなぁ、何となくだけど。見た目はちっこいが、腹に一物ありそうな雰囲気がする。

 

「で、こんなところで何してたのよ」

「ちょっとそいつの顔が見てみたくて。ほら、こんなことって珍しいじゃん? どんな奴なんかなーって」

「こんな奴だよ。もっと面白い見た目の方が良かったか? 福助みたいな」

「そんな顔の奴は毎日見たくないかな……でも、もうちょっと幼くて背が低い方が良かったわね。それなら女装とか着せ替えとかさせて遊べたわー」

「お、恐ろしいこと言うなよ……」

 

 ナントカちゃん人形じゃあるまいし。つーか、女装て。尊厳を破壊する気かこいつは?

 

「用事はそれだけ。それじゃ後でね」

 

 自分が平均身長くらいの高校生で良かったと心底安堵していると、てゐはぴょんぴょん跳ねるように屋敷の奥へと消えていった。本当に用事はそれだけだったようだ。

 おっかない幼女だった。奴には極力隙を見せないようにしとこう。

 

 しかし、もうそろそろ夜か。結局学校はサボったままになってしまったな。もう行くことは無いんだろうけど。……そういや、俺って外の世界でどうなってるんだろう? まだ神隠しに遭って一日も経っていないから、そこまでの騒ぎにはなっていないだろうが、事件化した時のことを考えると憂鬱になるな。最悪、顔写真付きでニュースになったりするかもしれん。

 

 一番の懸念は母親だ。あの人は俺に愛情の欠片も抱いちゃいないし、俺もあの人に対して家族らしい感情を向けていないから、ホームシック的な問題は回避出来ているのだが……あの人、プライド高いしコンプレックス押し付けてくるヤバい人格してるんだよなぁ。俺というストレスの矛先を失ったアレが、どんな暴れ方をするか……考えたくねぇや。あっちで何が起ころうと今の俺には関係無いことだし、気にしないでおこう、うん。

 

 ……ドライだなぁ、俺。

 神隠しに遭ったことを不幸に思うべきか、神隠しに遭ったところで嘆くポイントの無いクソみたいな人生を送っていたことを幸運に思うべきか、悩ましい。家族との縁も半ば強引に切ることが出来たし、どっちに考えるべきなんだろうね。

 

「あら、おかえりなさい」

 

 自嘲気味に現状を振り返っていると、ひょこっと輝夜が姿を現した。

 

「ただいま戻りました、輝夜様」

「ただいま……ただいまで良いんだよな?」

「合ってるわよ。おかえり、鈴仙、霜夜」

 

 今日から帰る度にこれを言うことになるのかとむず痒さを感じながら、返事をする。赤の他人に言うには気恥ずかしい挨拶だ。「ただいま」なんて何年も口にしてなかったし。

 

「貴方達が出て行った後、今後について永琳と話し合ったわ。永琳から貴方が普通の人間でないことは知らされているでしょう? それに関しても、ちゃんとした知識を身に付けさせておくべき、とかね」

「あぁ……そんな話してたっけ。自覚出来るようなポイントが無いから実感全く無いけど」

 

 何なら半分くらい忘れてた。

 改めて我が身について振り返ってみるが、やはり超能力や魔法なんてものと関わった経験は無いし、思い出せば思い出すほど俺がいかに平凡であるか思い知らされる。

 本当に俺にそんな力があるのだろうか……今更騙されてるなんて考えられんが……。

 

「力には『目覚め』というものがあるのよ。貴方にはまだそれが訪れていないだけ……って、いけない。その話はお夕飯の時にする予定だったわ」

「『目覚め』ねぇ……結構興味あるし、夕飯の時間に期待しておくよ」

 

 状況が状況だから素直に興奮出来ないでいたが、あれから何時間も経過して落ち着いてきたのか、ちょっとだけワクワクしてきた。昔と比べるとかなり性格が歪んでいるとはいえ、今でも空想の世界に憧れる少年の心が残っていたらしい。

 

 昔懐かしい箒に跨り悠々と空を翔る魔女の姿を思い浮かべていると、タイミングを探っているような声で鈴仙が言った。

 

「それじゃあ、私は荷物を片してきますね。失礼します」

 

 タッタっとその場を離れる鈴仙を見送る。またブレザーに着替えてくるのだろう。……着替えで思い出したが、俺って今、この制服一着しか持ってないんだよなぁ。その辺も後で家主達に相談しないと。こんな女ばっかの屋敷で、着た切り雀になるのはまずいだろう。俺だって異性に不潔と指をさされれば精神にダメージが入るのだ。

 

「んじゃ俺も…………俺は何すれば良いんだ……?」

 

 鈴仙に便乗して立ち去ろうとして、この後の予定がまっさらだったことに気付く。里から帰った後のことは決めてなかったんだったな。

 

「お夕飯まで時間があるし、私と遊びましょうか? 将棋とか囲碁とか色々あるわよ?」

「将棋も囲碁もルール知らないけど、いいのか?」

「ということは私が先生ね。みっちり指導してあげるわ」

 

 体育会系かよ。俺は専ら文化系だから、優しくしてもらわないと拗ねるぞ?

 にしても、将棋に囲碁か。どっちも俺とは縁の無いゲームだ。オセロみたいな簡単なルールだったら覚えやすいんだが、そうじゃないから縁が無いんだよな。

 

「お手柔らかにな」

「ふふん、教える側に立つのは新鮮だわ。いつもされる側だもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……という訳で、輝夜の部屋にお邪魔して将棋をすることになったのだが。

 

「詰みよ」

「っああ、無理無理無理! どうやって勝つんだこれ!?」

 

 案の定、惨敗。盤上では、手加減の「て」の字も無い蹂躙が繰り広げられていた。

 駒の動かし方やルールを教えてもらったは良いが、まるで勝てる気がしない。勝てると思った数手先には詰まされている。今なら、サンドバッグの気持ちがよく分かる。

 

「ふふふ、熟練者相手にしては頑張ってる方ね」

「熟練者が初心者ボコすなよ……弱い者イジメは犯罪なんだが?」

「手加減はしてるわよ。一応」

「加減が足りてないな、それは……。なぁ、ハンデとしてそっちは手を使うの禁止にしないか? ついでに足も禁止にしよう」

「どうやって駒を動かすのよ。舌でも使わせるつもり? いやらしい……」

「そうじゃなくて!」

 

 勝手な妄想で俺を変態扱いするなよ!?

 

「それはそうと、初めてやったにしては中々良いじゃない。飲み込みも早いし、あと数十年も練習すれば私と良い勝負が出来るようになるかもしれないわ」

「一生勝てないって意味だろそれ……」

「さて、どうかしらね」

 

 クスクスと笑う輝夜。

 その笑みには、永遠かかっても勝てる気がしない。

 

「負け続けで疲れたでしょう? 休憩しましょうか?」

「是非そうさせてくれ。普段使ってない脳味噌を酷使したせいで、ちょっと疲れた」

 

 息を吐きながら、伸びをした。今日は神隠しに遭ったせいで、信じられない話を受け入れさせられたし、里とその道中で普段の何倍も歩いたし、本当に疲れた。だいぶ疲弊したし、時間的にも、もう現実逃避がてら泥のように眠りたいところだ。あぁ、でも、夕飯の時に何か話すって言ってたな……うへぇ。

 

「そういえば、里に行ってたのよね。どうだった?」

 

 疲れた様子を見てか、輝夜がそんなことを訊いてきた。

 

「どう、ってなぁ。俺の住んでたところと比べると、昔っていうか……一瞬タイムスリップでもしたんじゃないかって思ったよ。でも鈴仙に連れて行ってもらった蕎麦屋と甘味処の食べ物は美味かったな。飯が美味いのはいいことだ」

「楽しんできたのね、私を置いといて」

「何で不満そうなんだよ。ま、その分疲れたがな。遠かったし、人も多かったし」

 

 終始里の住民から変な目で見られたし。

 

「一番驚いたのは道中でのことだが……鈴仙って月に住んでたんだってな。月に兎が住んでるなんて、正直今日一番の驚きだったかもしれん」

「へぇ……ちなみに、私や永琳も元々月にいたのよ? どう? 驚いた?」

「月の兎の後に聞いちゃインパクトに薄れちまうな」

「む、嘘でも驚きなさいよ。つまんないわ」

 

 頬を膨らまされても驚けねえよ。リアクション芸人になるつもりは毛頭ない。

 驚きと言えば驚きだけどな。月の兎に、月の民か。鈴仙が妖怪なのだから、この二人もきっと何らかの特殊な人間なのだろうと踏んでいたが、本当に特殊な人達らしい。

 

 衝撃! 月には実は人や兎が住んでいた!ってね。最後に人類が月に足を着けたのは、何十年前のことだったか。どうせこんな世界に来てしまったのだ、いつか月に行けることも期待していいかもしれないな。丁度、目の前に元住民がいるんだし。

 

「どっちかって言うと、月から降りてきたお姫様と将棋してる自分の方に驚きだよ。人生何があるか分からな…………ん、月の……?」

 

 喋っている最中に、ある三つのキーワードが繋がった。

 

 月。

 お姫様。

 そして、輝夜。

 

 聞き覚えがある。

 授業でやった覚えがある。

 

 なよ竹のかぐや姫……竹取物語だ。

 いや、確かあの話は、かぐや姫が月に帰って終わったはずで、お伽話だ。ノンフィクションじゃない。そう咄嗟に否定するが、即座に、俺にとっての現実が既に変貌してしまっていることを思い出す。

 

 ということは?

 

「……なぁ、輝夜。もしかして、昔複数の男に求婚されて、断る為に無理な難題を出したことがあったりしないか? 蓬莱の玉の枝がどうのこうの……」

「急に随分懐かしい話をするじゃない。えぇ、あるわよ。千年くらい前だったかしら」

 

 マジだ。

 マジで言ってるのか、この姫。

 マジだから言ってるんだろうけども!

 

「前言撤回。今日一番驚いた……ええ……かぐや姫って実在するのか……マジか……」

「面白いくらい驚いた顔するわね。でも、お伽話になってるくらいだし、それくらい驚くのが普通かしら?」

「俺じゃなかったら大騒ぎしてるところだよ……かぐや姫とご対面なんて。文学者だったら半狂乱で喜ぶんじゃないか?」

 

 しかし、彼女が()()かぐや姫だとすると、納得出来る部分もある。何よりその容姿だ。今この時代であっても、男に困ることは決して無いであろう美貌。何人もの貴公子が、それを自分のものにしようと奔走し狂わされたのも頷ける。

 ていうか、一体何歳なんだよ。お婆ちゃんとかいう次元を超越した年齢じゃないか?

 

「失礼なこと考えてない?」

「いえ、全く」

「そう、良かったわ。もしそうだったら、どんな罰を与えていたことやら」

 

 おい、輝夜に求婚した五人の貴公子! お前が結婚しようとしたこいつ、案外やばい奴かもしれない! 一瞬殺意がオーラになって見えたんだが!?

 

「それはさておき、何だかんだ馴染んでくれそうで安心したわ。鈴仙ともちょっとは打ち解けたようだし。あの子、結構警戒心強いから心配だったのよ」

「そうか……? まだ互いに距離あると思うけど」

「そうよ。昼間より空気が柔らかくなってるわ」

 

 空気の硬さなんて俺には感じ取れないが、主人が言うんだからきっとそうなんだろう。嫌われてないなら良いんだが。

 

「あとは私とも充分に打ち解ければ完璧ね。……ということで、さぁ、再開するわよ。引き続き将棋か、別のゲームか、好きな方を選ばせてあげるわ」

 

 ……その後、鈴仙が夕飯が出来たのを知らせに来るまで、輝夜と五目並べで対戦し続けた。

 

 ギリギリ半分は勝てた。

 今度から輝夜とは五目並べで戦おう。サンドバッグにされた恨みが返せそうだし。

 

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