霧が晴れるように、意識が取り戻す。
瞼を開けると、見慣れない天井がそこにあった。
視線を横に動かすと、自分が、これまた見慣れない和室で寝ていたのだと分かった。淡く差し込む太陽の光が、今が朝だと伝えてくる。
「…………ここどこ?」
寝惚けた頭でそう呟いてから、数秒。昨日の記憶が蘇ってくる。あぁ、そうだった。神隠しに遭って、何やかんやで幻想郷で暮らすことになったんだったな。
大きく欠伸をしながら、身体を起こす。
段々と感覚が明瞭になっていく。微かに感じられるよその家の匂いが、俺に現実を思い出させる。
「夢じゃなかったのか……」
昨日、散々味わってきたことをリピートした。寝て起きたら、いつも通りの日常が戻っている……なんて夢オチは無さそうだ。あれだけ肉体的にも精神的にも疲弊して、全部夢でしたというのも嫌なもんだが。
今日は確か、霊力の使い方を教えてもらうんだっけ? 空を飛ぶとか言ってた記憶がある。
「んー……」
枕元に置いておいたスマホで、時刻を確認する。六時になるちょっと前くらいだ。普段の起床時間と比べると、かなり早い時間に起きたな。昨日は疲れていたし、早く寝たからだろうな。健康的で良いんじゃないか?
いやまぁ、眠いけど。
このまま二度寝したい。
永琳達には、別に何時に起きろとか言われてなかったしなぁ。だったらこのまま二度寝しちゃっても……良いよね?
「寝よ」
布団を被って、横になる。
ああぁあぁ……最高……二度寝する時の幸福感、背徳感、全てが最高。夢の世界の入り口に立ってる感覚がたまらん……。
…………。
「おっはよー、起こしに来たよ!」
てゐがノックもせずに、大きく音を立てながら部屋に入ってきた。
やかましそうなのが来た。もうちょっと寝ていたかったのに。……あと一分くらいは、寝てるフリで時間を稼げるか……? などと思考を巡らせていると。
返事も待たずに俺に近付いてきて、てゐは布団を鷲掴みにして
……敷布団ごと。
「うおおっ!?」
当然、その上に寝っ転がっていた俺は、追い出されるように布団から転がり落ちる訳で。
全く予想していなかった衝撃に咄嗟に対応出来るはずもなく、無様に身体を畳にぶつけた。
「っ……痛ってぇ……」
「おはよう、朝だよ」
「……おはよう、てゐ。人を起こす時はもっと丁寧に優しくするべきだと思うぞ」
「えぇ? これが兎の伝統的な起こし方なんだけどなぁ」
絶対嘘だ。
既に口元がニヤニヤしてるもん。
「……まぁいいや、それでどうした? もう朝飯の時間か?」
「うんにゃ、お師匠様が用事があるみたいだったからさ、顔洗って行ってきなよ。寝癖も酷いし」
指先で、明らかに変な方向に曲がった髪を摘む。確かに酷い寝癖だ。元々、言うことの聞かない髪質をしているので、割と日常茶飯事なレベルだが。
「分かった。……ちなみに、顔はどこで洗えば?」
「こっちだよ。案内してあげる」
無理に覚醒させられた
風が肌を掠る。つい先程まで布団で温められていた身体には、外の風は寒すぎる。熱が引いていって、どんどん頭が冴えていく。もう二度寝をする気分にはなれそうにないな。
てゐに教えてもらった洗面所で、顔をバシャバシャと洗い、寝癖をある程度直す。完璧に直すことはどうやっても出来ないので、まだちょっと髪が跳ねているが、仕方無い。
そうして身嗜みを整え、てゐに永琳がいるという場所まで連れて行ってもらう。
普通の家なら外周を一回り出来そうなほどの距離を歩きながら、改めて永遠亭の広さを思い知る。今更ながら、自分がここに居候することになった事実を疑ってしまいそうだ。俺、本当にここに住んで良いのかな。身の丈、おかしくないかな。
「多分この部屋にいると思うから、それじゃね」
案内が済むと、てゐは駆け足でどこかに消えていった。動物みたいに動きの激しい奴だ……って、兎だったな、あいつは。
それはそうと、何の用事なんだろう。こんな朝っぱらに呼ぶくらいなんだから、緊急ないし早めに伝えておきたいことなのだろうが。話すことは大体話したように思うんだけどな。
扉をノックして、入室する。
「失礼しまーす」
「あら、霜夜。おはよう」
「おはようございます」
中に入ると、永琳が椅子に座って、机の上で紙に何か書き込んでいるのが見えた。事務仕事でもしていたらしい。朝早くからよく仕事なんか出来るな、俺には無理だ。
「まだ起きるには早い時間だけど……何か聞きたいことでも?」
「え?」
永琳が、まるで奇妙なものでも見るかのような目で俺を見つめた。
とてもじゃないが、今から用事について話そうとする人の目には見えない。
……あれ?
「いや、永琳が俺に用事あるって、てゐから聞いたから、何かなーと……」
「? 特に無いわよ?」
…………あれれ?
「……あぁ、騙されたのね」
「えっ?」
「もう少し寝てても良かったのよ? 昨日は疲れたでしょうし、まだここに来て二日目なんだから」
「えっ……と……?」
てゐは、永琳が俺に用事があると言って俺を起こしに来たが、永琳は用事なんか無いと言って、それどころか二度寝をしてれば良いと……。
ふむふむ、アーハン? なるほどね……。
――――――あの野郎、とっ捕まえて毛皮を剥いでやる!!
★★★
朝食を食べ終わると、鈴仙に声をかけられた。
ちなみに、てゐには逃げられた。逃げ際に「早起きは三文の徳って言うじゃん? むしろ、私は二文をお礼に貰ってもいいと思うんだよね」などと供述していたので、反省は見られなさそうである。
「それじゃ、早速やるわよ」
「へい」
腹ごなしの運動、もとい霊力の特訓だ。
場所は永遠亭の庭。庭と言っても、小さい公園くらいのスペースは優にあるから、身体を動かすには充分だろう。
肩を回したり柔軟をしたりして、準備を整える。こんなことになるんだったら、制服の下に体操着を着てくるべきだったな。尤も、昨日は体育の無い日だったし、そもそもこの状況を予測するなど無理な話なんだが。
「まずは霊力を覚醒させることからね。手を出しなさい」
「手を?」
「とりあえず、私の力を流し込んでみようかなと。身体で一度、力の流れを理解すれば、自分の霊力の流れも把握しやすいと思ったの」
確かに、瞑想なんかでゼロから覚えるよりは、実際に身体で体験した方が分かりやすい。永琳に光弾を見せられた時のように。
言われた通りに手を差し出すと、指先を掴むようにして、手を重ねられた。
細く小さい、女の子の手だ。柔らかい感触で指先が包まれる。……自分と違う体温って、何でこう、むずむずするんだろうな。
「行くわよ、集中して」
その言葉の直後、指先から何かが流れてくるのを感じた。血液が流れるように、全身に行き渡っていくのが分かる。熱や痛みは無い。意識して初めて気付けるような淡い感覚だ。
「慣れない感覚だな」
「最初はね。じきに馴染むはずよ」
意識を集中させ、力の流れをより鮮明に感じ取る。どうやら、流し込まれた力は、体内を循環しているらしい。
鈴仙の手が離れ、流れがストップする。しかし、身体の内側にはまだ力が残っているのが何となく分かった。自分のものでは無いが、これが霊力とか呼ばれるものなのだろう。
「どう? ちょっとは感覚的な理解が深まったんじゃないかしら」
「そこそこ。俺自身の力については分からないけど、今貰った分が身体に残ってるのは分かるな」
そう言いながら、手のひらを観察してみる。ここから、この力を消費して光弾が出たりするんだよな。こんな感じで、力を集中させたりして――――――。
「えっ」
「え?」
そう、軽く意識すると。
手のひらの上に、小さな光弾が出現した。
開いた口が塞がらない。
言葉が出てこない。
どうリアクションするべきなのか、さっぱり分からない。
「えーっと……」
しばし、沈黙が流れて、ようやく結論が出る。
即ち、『無かったことにしよう』
永遠亭の敷地外の方向に身体を回転させ、ソフトボールを投げる要領で、光弾をどこかに放り投げる。光弾は大きく放物線を描いて、竹林の彼方に消えていく。想像以上に吹っ飛んだから、探しに行くのは難しいだろう。そもそも残るものじゃなさそうだが。
……まぁ、これで一件落着ということで。
「よし、次は何をすれば良い?」
「いや、スルー出来ないわよ!? ああもう、頑張って段取り考えてきたのに、早速崩れたじゃない!」
「そこはまぁ、無かったことにして、予定通りに」
「それが出来たら苦労しない!」
難儀な奴だ。スルースキルを身に付ければ、小さい問題なんて気にせずに生きていけるというのに。
驚いているのは、俺もなんだが……いやだって、まさか本当に出来るとは思わなかったよね。ちょっとした軽いノリじゃないか。俺は悪くない。
「はぁ……じゃあ次は、自分自身の霊力の認識かしら。まだ私が渡した分が残っているはずだから、ちょっと時間を置く必要があるけど。それまで何させようかな」
「今みたいに弾を量産して、消費を早めるのは?」
「それでもいいかもね。どうせ段取りは滅茶苦茶になったんだし……」
そんな恨めしそうな目で見られても。
とにかく、残量をさっさと光弾にしてしまおう。
先程と同じく、手に意識を集中させ光弾を生み出す。案外呆気なく出来てしまうので、拍子抜けというか、想像していたものとのギャップに悩まされる。こんな簡単に出来て良いのだろうか。
そして、被害の出ない方角に向かって投げる。そういえば、霊力は思念によって操作可能って昨日聞かされたな。これ、いちいち投げる動作をしなくても、念じればどっか飛ばせたりするのかね。ちょっと試してみよう。
出現させた光弾への意識を、上空に向けてみる。
「うわっ」
その思念に応じるように、光弾がビュンと放たれる。思った通り、考えただけでも動かすことが出来るようだ。いちいち投げるよりは、こうやって飛ばした方がずっと楽だな。
何だか、魔法使いになったみたいで面白くなってきた。今日はまだ初日だし、この程度のことしか出来ないが、いずれはメラ〇ーマやギガブ〇イクなんかも放てるようになるのだろうか? レベリング欲がむくむくと湧いてくる。もし幻想郷にメタル系のモンスターがいるのであれば、即刻狩りに行きたいところだ。
「……ほんと、簡単にやるわね。まだ序の口とは言え、こんなあっさり出来るなんて思わなかったわ」
呆れた表情で鈴仙がぼやく。
「……もしかして、俺って才能ある? 天才児? 千年に一度の陰陽師か?」
「自分で言うことじゃないでしょ……少なくとも、並の人間よりは出来ていると思うわ」
俺には大した才能など無いと思い込んでいたが、ここに来てとんでもないもんが開花しちゃったもんだな。どうせ目覚めた才能なんだから、もっと伸ばしてみたい。
「そうかそうか、いやぁ、楽しい。物事が上手く運ぶと気持ちが良いな」
気分が良くなってきて、徐々に光弾の生成速度が上がる。
ババッと空に弾を放った時の、何とも言えない快感が堪らない。もっとだ、もっと試したい。
「あまり調子に乗ると痛い目見るわよ? 急に力を付けた最初の頃は特に」
「大丈夫大丈夫、制御も慣れてきたし」
なんて言いながら、何発もの光弾を空に撃ち込む。
ちょっと物足りなくなってきたな。もっとこう、派手にやりたい。今は一弾ずつ飛ばしているが、複数個同時に生み出すことは可能なのだろうか? それなら回避の難しい弾幕を展開することが出来そうだが。……ちょっとやってみるか。
力の流れを意識して、複数箇所に力を集中させてみる。一つに集中させていたものを分散させるだけだから、それほど難しくは――――――――。
――――ドオォォォォォォン!!!
「ギャアアアァァァッ!?」
「きゃっ!?」
……轟音が周囲に響き渡った。土煙が舞い、衝撃が大気を駆ける。
全身に電流のような痛みが走ったのと、不意に訪れた衝撃に体勢を崩して、地面に背中を打ちつけた。
「うっぐ……背中……背中が……!」
何が起こった? と一瞬混乱して、すぐに理解する。爆発したのだ。原因は……言うまでも無く、俺が弾幕を張ろうとしたからに他ならない。たまたま庭に埋められていた地雷が爆発したとかで無ければ、間違いなく俺の仕業だ。
幸い、爆発の被害は少なく、屋敷にまで及ぶものでは無かったが、至近距離で爆風を受けた鈴仙的には「良かった」で済まされたくないだろう。
ウサミミをしおしおにして咳をしながら、鈴仙が言った。
「けほっ、けほっ……だから言ったのに、もう」
「えっと…………すみません、調子乗りました……」
「やっぱり堅実に訓練した方が良さそうね、またこんな爆発されたら困るもの。今後、勝手に変なことはしないように、分かった?」
……返す言葉も無い。
今日の教訓、調子に乗ると酷い目に遭う。
これからはもっと慎ましく生きよう……。
そこそこ書いてきたなぁ、と思うと同時に、まだあまり話が進んでないなと悩