二度目の爆発はシャレにならないので、しばらくの間、大人しく地道に自分の霊力について意識することにした。イメージトレーニングのようなものだ。思念で光弾を飛ばせてしまうオカルトな世界だから、そこそこ効果はあると思う。
不思議なもので、こうしていると感覚が身体に馴染んでくるのがよく分かる。今まで分離していたものが、徐々に一つになっていく。俺の中に眠っていた霊力が、活動を始めたのだと知覚する。
光弾を具現させない程度に霊力を集中させたりして、軽く霊力操作も試してみる。これが結構難しく、制御するのに苦労する。あの爆発の原因は、この制御を大きくミスったからだろう。エネルギーを光弾という形に抑えられず、破裂させた結果なのだと納得した。やっぱり、何事も基本が大事だな。段取りを誤れば、大事故を招く。肝に銘じておこう。
ふぃ、と息をついた。地味な作業だが、実感はある。派手なことをするのが一番楽しいんだが、こういう着実な努力も悪くない。
「……うん、そろそろ次のステップに移っても大丈夫そうね」
「おう、任せろ。次は爆発なんかしないぜ」
「次やったら土に埋めるわよ」
……うっかり暴発しないよう注意しておこう。まだ土葬されたくない。
「光弾の練習はまた今度ね。次は飛行訓練。ただの人間が上空から落下なんかしたら、骨折じゃ済まないから、しっかりと基礎を固めて安全第一で行くわよ」
「安全第一か、理解した! ヨシ!」
ただ霊力を操作するだけなら、失敗したところで爆発程度で済むが、空はまずいだろうな。もし飛行途中で制御がきかなくなって墜落したらと思うと、ゾッとする。五メートル程度でも充分危険なのだ。それが何十メートルともなれば、命は無いと考えて間違いない。
慎重にいこう、慎重に。
「まず、どうやって空を飛んでいるかの説明だけど、一番主流なやり方は、霊力で身体を動かす飛び方ね。さっき、光弾を飛ばしていたでしょ? あんな風に、身体を霊力で支えて飛行するの」
「身体を支えるって……相当なエネルギーが必要じゃないか? 理屈は粗方理解出来るけど、普通に難しそうだな」
「大した消耗じゃないわ。たかが一人浮かすくらい」
たかが一人って。五十キロ超えた生き物をたかがって。
水を噴出して浮遊するレジャー……アクアボードの映像を観たことがあるが、とんでもない勢いだった記憶がある。人間を浮かばせるには、あれくらいのエネルギーがいるはずだ。
……霊力、やばいな。
「じゃあ、試しに飛んでみてくれないか? 一回どういう風に飛ぶのか、確かめておきたいんで」
「構わないけど……一応、離れた位置からね。出来るだけ遠くからね」
それは、離れていないと危ないという意味だろうか。まぁ、人間(鈴仙は人間じゃないが)を宙に浮かせるほどなんだし、相応の衝撃があっても不思議じゃないか。ヘリコプターだって風が凄いらしいし。
「結構距離を取らないと危ないのか?」
「いや、そうじゃなくて……近くだと見えるじゃない」
「? 見えるって、見たいからお願いしたんですが」
「見たっ……!?」
何を言ってるんだ、こいつは? 会話が成立してないような。
キュッと身構える鈴仙に疑問符を浮かべて、数秒。
「…………あっ、違う! そういう意味じゃない! そっちが見たくて言ったんじゃないよ!?」
気付いた。
鈴仙がスカートを穿いているということに。
「そ、そうよね、もしそうだったら脳天に弾丸を撃ち込んでたわ、驚かさないでよね」
そうだよな、スカート穿いたまま空飛んだら見えるもんな。真下にいたら見放題だもんな。離れないと駄目だよな。……変態の烙印を押される前に気付けて良かった……。
すぐさま鈴仙から可能な限り離れる。チラリでも見たらアウトだ。絶対に誤解を招かないくらい離れた方が良いな、何なら肉眼じゃ見れない距離から双眼鏡で……いや、それ逆に犯罪者っぽいわ……。
「これくらい離れれば大丈夫だよな……」
「……じゃあ、軽く飛ぶわね」
合図を送ると同時に、鈴仙の身体が重力から解き放たれ、音も無く、気体が上っていくように、ふわりと宙に浮かぶ。
「おぉ……」
思わず感嘆の声を漏らした。手品や錯覚なんかじゃない、ガチの空中浮遊だ。近くでよく観察してみたいところだが、今日のところは諦めよう。性犯罪者にはなりたくない。
鈴仙が、パフォーマンスと言わんばかりにその場で回転したり左右に移動したりして、身軽さをアピールする。割と自由に動けるようだ。やろうと思えば、サーカス団のような動きも出来そうだな。
「こんなものかな」
そして、華麗に着地。見事だ。
「すげぇ、空を自由に飛べてやがる」
「誰でも出来るわよ、これくらい」
人類は普通、ナントカコプターを頭に装着しないと空を飛べないんだよ。
幸運なことに、俺はそうじゃないらしいがな!
「よし、最初は何をすればいい? 何でもやってやる」
「急にガツガツやる気出してきたわね……そんなに空を飛ぶのが楽しみだったの?」
「そりゃ勿論、人間一度は空を飛ぶことを夢見るからな。翼をくれという歌もあるくらいだし、誰だって楽しみになるって」
あと、翼が生えるエナジードリンクもあるな。飲んで翼が生えたことは無いけど。
「意欲があるのは良いことだけどね。張り切りすぎて爆発されるのは御免よ」
「それは、はい、反省しております……」
そう俺を咎めてから、鈴仙は練習方法について詳しい説明を始めた。
理屈は既に聞いた通り、要するに霊力による身体の操作だ。光弾を放つように、自身の身体を飛ばすのだ。ただし光弾と違って、こちらは常にその操作を意識する必要がある上、身体全体で霊力を使わなければいけない。
たとえばの話だが、光弾を一つ作るのに必要な霊力の量を百としよう。
俺の身体には、百五十の霊力が循環している。頭と胴体に二十五ずつ、左右の腕と足にも同様に、それぞれ二十五ずつ霊力が分散していて、合計百五十だ。
その状態で、俺が手から光弾を出現させるには、身体全体に流れる霊力を一点に集中させ、手の霊力量を二十五から百以上にしなければならない。要は、頭や胴体にある霊力を手に移動させなければならないのだ。
では、この状態で、両方の手から同時に光弾を出現させるには?
答えは『出来ない』 その時点で循環している霊力量が百五十しか無いのだから、当然な話だな。
ここで言いたいのは、霊力の消費する範囲や箇所が増えるほど、循環する霊力量を求められるということである。
「じゃあ、循環する量が足りなかったら、その分増やせば良いと?」
「そういうことね。私もそうだけど、普段は最低限の量……というか、自然な状態で保っているのが普通だと思うわ。空を飛ぶ時や、戦う時だけ力を解放するって感じね」
いつもは時速四キロで歩いているけど、急いでいる時は時速十キロで走る、みたいなもんだろう。
という訳で、最初にするべきことは、循環する霊力量の増大だった。集中するところを一点から身体全体に切り替えるだけだったので、これは案外簡単に出来た。イメージトレーニングの成果だな。
続けて、身体を霊力で支える練習である。光弾を飛ばすのとは違って、あくまで浮かさなければならないので、慎重にやれとのこと。まぁ、俺の身体がパチンコの弾丸のように、ぴょーんとどっか飛んでいく光景を想像すれば、指示に従わない理由はどこにも無かった。逆バンジーはちょっと怖いしな。
いきなり身体を浮かすのは危ないから、右腕だけから始めることにした。右腕から力を抜き、思念を発する。イメージは浮力、飛ばすよりも穏やかな上昇を意識した。
それに応じるように、右腕が徐々に上がっていく。言うまでもなく、筋力で上げているのではない。霊力で支えているのだ。
「おぉ、腕が引っ張られる」
「全身で同じことをすれば、宙に浮けるわ。変に意識して、すっ飛んでいかないよう気を付けなさい」
「分かった。そう、晴天のように穏やかに、砂時計のように緩やかに……」
「何よその呪文……」
脳裏に広大な平原を浮かべ、イメージを鮮明にしていく。
ベクトルを地面へと向ける。
ある程度意識が集中すると、不意に足裏の感覚が失せた。重力によって大地と接していたはずの靴から、あるべき感触が消える。
「っな!?」
一瞬、バランスを崩しかけて、変な声を上げてしまう。
そして、自らを支えるものが、両足から霊力へと置き換わっていることに気が付いた。
地面に足が届かない。浮遊感が全身を覆う。体重が身体のどこにもかかっていないという、奇妙な感覚に、一瞬目眩を起こした。
「う、浮かんでる?」
ふわり。
俺の身体が宙に浮かぶ。
「や、やばい、飛んでる俺、思ったより怖い!」
身体を支えるものが霊力だけで、物理的な安心感が一切無い。意識を逸らすと、地面に落下してしまうんじゃないかと恐怖を覚えた。
高度が段々と上昇していく。気付くと、靴が鈴仙の腰ほどの高さにまで達していた。およそ一メートル、飛び降りたらそれなりに衝撃が来るだろう。
しかし、どこまで上昇するんだ? 自分でも制御が…………えっ?
「意識さえはっきりしていれば平気よ。次はゆっくり横に移動を……」
「待って、ちょっと待って」
鈴仙の言葉を遮る。
そうこうしている内に、目線が屋根に届く程に高くなる。
「助けて下さい」
「……何? 怖いの?」
「いや、違くて……」
下を見た。
大体、頭から地面まで四メートルくらいだろうか? ちょっと飛び降りるのに躊躇する高度になってきた。高いところは好きだが、飛び降りるのはそれほど好きじゃない。
「…………これ、高度維持するのってどうやるんですか?」
身体は今も上昇を続けている。
おっと……そろそろ本格的に骨折しそうな位置まで来たな。
………………。
「ちょっ……たっ、助けて! やばい! 風船みたいに飛んでいっちまう!! 鈴仙助けて!! 助けて下さい!!」
「な、何やってるのよあんたは!? さっきから変なことばっかりしてーーーーっ!!」
★★★
「ゼェ……ゼェ……つ、月まで飛んでいくところだった……」
「はぁ……はぁ……そんな訳無いでしょ……」
浮上を続ける身体を鈴仙に引っ張ってもらい、どうにか地上まで戻ってきた。
あぁ……地面だ……踏みしめる大地があるって素晴らしいことなんだな……。
「悲鳴が聞こえたけれど……調子はどうかしら? ウドンゲ、霜夜」
「……あっ、お師匠様」
膝をついて大地を味わっていると、永琳が様子を見に姿を現した。悲鳴が聞こえたのなら、大方察してそうだが。
「今は丁度壁にぶつかったところだ。浮遊は出来るようになったんだが、高度維持が難しくてな。上に行き続ける問題が発生しちまった」
「面白い失敗の仕方をするわね。これもある種の才能かしら?」
「んな笑いのネタになりそうな才能はいらん」
宴会の一発芸くらいにしか使えねえよ。宴会なんて参加する機会も予定も全く無いけども。
永琳は俺と鈴仙の顔を交互に見ると、ふむと顎に手を当てて言った。
「一回、高所から突き落として下に行く感覚も覚えるのもありかもしれないわね」
「ありじゃないよ? ライオンの子育てじゃないんだから、そんな気軽に突き落とされちゃ困る」
「冗談よ」
お前のその真面目な顔からは冗談らしい朗らかな感じが全くしないんだが?
選択肢としては無しじゃないと思ってそうだ。……崖には近付かないでおこう、いつ背中を押されるか分かったもんじゃない。
「それはさておき、上昇が止められないというのは、恐らくおかしな意識やイメージがあるからでしょうね。浮かび続ける何かを考えながら力を使っているんじゃないかしら」
「まぁ……確かに浮力をイメージしていたような」
「ぴったりなのが目の前にあるのだから、そちらを使えばいいのに」
「目の前?」
辺りに目を向ける。特に変わったものは見つからない。どれもこれも、浮くには不自由そうだ。
どれだ? と永琳に目を向けると、永琳は指をある方向に指した。
「ウドンゲと一緒に浮いて、ウドンゲに合わせるようにすれば簡単でしょう?」
その指の先には、鈴仙がいた。
盲点だったが、言われてみればそうだ。俺が目指しているのは、鈴仙が見せてくれたような自由自在な飛行。彼女の動きをそのまま真似ればいいんじゃないか。
「私ですか?」
「貴方がある高さまで浮いて、霜夜がその高さに合わせて浮遊する。イメージするには分かりやすいと思うわ」
「そ、それだと、その、スカートが……」
「見えないくらいの高さなら大丈夫よ。彼は強引に見ようとするほど性に忠実じゃないでしょう?」
ちらっと永琳が俺を見た。
全くもってその通りだが、それは俺を紳士と思ってくれているのか、或いはその度胸すら無いと思われているのか、ちょっと考えなくもない。……いや、紳士だからね、俺は。
「……そうですね、あんまり気にしても失礼ですし……」
渋々半分、納得半分といった様子で、そう返事をした。
鈴仙が、若干俺を警戒する仕草をしながら、五十センチほど身体を浮かせる。
大体の高さを目で把握して、俺は再び霊力を集中させる。今度は浮力ではなく、目の前にいる鈴仙をイメージしよう。あんな感じに飛ぶことを想像して、霊力を身体全体に行き渡らせる。
フッと俺の身体が宙に浮かび上がり、鈴仙の目線と同じくらいの高さでホバリングを始める。
「高度は……多分、維持出来てるか?」
「えぇ、上出来よ。それじゃあウドンゲ、もうちょっとずつ高度を上げていきなさい。霜夜はさっき言った通り、ウドンゲに合わせて」
鈴仙の身体がゆっくりと上昇していくのを追いかけるように、俺も高度を上げる。なるほど、何となくコツが掴めてきた。下手に浮力など余計な力を想像するより、歩く時のように自然に意識することが大事っぽいな。「あっちに行こう」くらいの軽い意識で良いらしい。
それなりの高さまで上がったので、地上に戻る。
「ふぃ、案外上手くいったな……」
「そりゃあ、お師匠様のアドバイスだもの。上手くいかなきゃあんたに問題があるわね」
「問題児で悪かったな。ともあれ、助かったよ永琳」
「どう致しまして。それじゃあ、またしばらくしたら様子を見にくるから」
俺のお礼に軽く答えると、永琳は長居することも無く、足早に屋敷に戻っていった。
突然現れて助言を与えてくれる……ゲームのお助けキャラみたいな奴だったな……。
「……で、次は何を?」
振り返って、鈴仙に問う。
「一気に新しいことをしても、思わぬ事故を引き起こしそうだし……今日のところは、これくらいにするわ。後は反復練習でもして、今日得られたものを確実に身に付ける為の時間に。あ、念押しするけど、余計なことはしないようにね?」
「分かってるよ……痛い目を見る趣味は無いんだから」
こうして、ちょっとしたトラブルもあったものの、どうにか命を保持したまま特訓初日を終えることが出来た。
体力がごっそり持っていかれたが、霊力の操作と飛翔の仕方を覚えられたのは大きな一歩だろう。この非常識な今の生活に、適応していっているのを実感する。かつての常識が段々と剥がれていっているのが、ほんの僅かに恐ろしかったりもするが。
変化していくのが怖い、というか。
しかし、それ以上に楽しんでいる自分がいるのも事実だった。退屈で何の面白味も無い人生が、かくも空想と入り混じったことを面白がっているのだ。
まぁ、この複雑な感情については、気が向いた時にでも整理するとしよう。
今は、明日は何を得られるのか期待するだけにしておくべきだ。
他に考えることがあるとすれば……昼食と夕食と、入浴……それと、睡眠のことくらいか。
……飯のことを思い出したら、急に昨日里で食べた蕎麦が食べたくなってきた。何か、こっちに来てからちょっと単純な人間になったような……いや、気のせいだな、俺はもっと知的で落ち着いた人間だったはず、食欲などに踊らされたりはしない……はず。