ナーベラルがちょっと勇気を出すだけ   作:モモナベ推進委員会

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3話

「───では確認を。出発後は北上し、森には入らず周辺を沿って東に向かい村まで向かう。最長三日、徒歩移動の護衛依頼。ンフィーレアさん、間違いありませんか?」

 

「はい、間違いありません」

 

 

 依頼内容を一つずつ確認していく。

 

 昨日の大暴露の後、俺とナーベラルの間にあった壁はなくなったように感じた。

 ナーベラルは以前より、俺に笑顔を見せてくれるようになった……気がする。

 今までは常に気を張ったような、そんな表情ばかりだったからなんとなく嬉しい。

 

 あの後はナーベラルと簡単な設定のすり合わせを行い、組合で依頼を獲得してきた。

 

 

『うっ、さっぱり分からん……。ナーベ、読めたりしないか……?』

 

『申し訳ありません、全く読めません……』

 

 

 俺達は二人とも文字が読めないのがはっきりし、この際受付に正直に話して依頼を貰おうとしたのだが、そこに彼ら『漆黒の剣』が声をかけてきた。

 俺達に街周辺のモンスター討伐依頼への同行を頼む、という話だった。

 

 

『初めまして。僕が依頼させていただきました』

 

 

 そこにンフィーレア・バレアレという少年が俺達に指名依頼。

 指名依頼が名誉なことであるとも言われたが、先に討伐依頼を受けてしまったため、間が悪かったということで断るつもりであった。

 名誉だからと先約を蔑ろにすれば、金で動く俗な男と思われかねないという判断からだった。

 

 そこで俺はカルネ村までの護衛として彼らを雇い、そこに道中モンスター討伐という形にしてはどうかと提案し、これから依頼開始というわけだ。

 

 

「モモン氏は慎重であるな。冒険者として見習いたいものである!」

 

「ちょーっと慎重すぎねぇか? 危険性の薄い場所の往復なんだし、もっと気を抜いていいだろ」

 

「ルクルット、彼らは初めての依頼。このあたりの地理だってまだ把握してないでしょうし、仮に熟知してたとしても確認は大切だろ」

 

「依頼主の認識と冒険者の認識が食い違ってるなんてよくあることだ。その点、モモンさんの行動は極めて正しい」

 

 

 うむうむ、どうやらこの行動は間違っていないらしい。

 何事も報告・連絡・相談は大切だからな! 

 特にクライアントと下請けで認識が食い違えば……納期……仕様変更……ウッ、無い胃が痛む。

 

 

「それでは出発しましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このあたりから危険地帯に入ります。モモンさん、周囲の警戒をお願いします」

 

「了解しました」

 

 

 太陽が頂点を過ぎた頃、進行方向には鬱蒼とした原生林が見えてきた。

 今まで開けた平原を進んできたというのもあってか、日差しの差さない暗い森が、より一層ほの暗さを醸し出している。

 

 今の所はモンスターも現れず、至極順調に旅は進んでいる。

 道中、ルクルットがナーベラルをナンパ、それを無視するという事が何度かあったが、大きなトラブルは発生していない。

 

 

「なぁに心配いらねぇって。俺が目であり耳であるなら問題ナッシング! なぁ、ナーベちゃん。どうよ、俺凄くない?」

 

(こいつも懲りないなぁ……)

 

 

 既に何度も手酷く振られているというのに、この男はしつこくナーベラルにいいかっこを見せようとしている。

 彼らより遥かに強いことを隠している身としては、些か以上に滑稽に映ってしまう。

 

 

「この下等生物(ヤブカ)は───ッ」

 

 

 ああ、またそういうこと言う……と少し先の未来を想像してげんなりする。

 が、何を思ったのかナーベラルはぐっと言葉を引っ込め、至極嫌そうな顔ではあるがこう言った。

 

 

「……ならば精々、口だけではなく役に立つ所を見せなさい」

 

「! ヘヘッ。任せてくれよ!」

 

 

 それを受けたルクルットは、おっしゃやるぞーっ! と意気揚々と張り切っている。

 

 正直に言うと、かなり驚いた。いや驚いたなんてものじゃない、聞き間違いかとすら思った。

 あの、あのナーベがだぞ!? 人間相手に毒舌を吐かず、あまつさえ焚きつけるようなことを言ったんだぞ!? 

 

 

【ナーベ、その調子だ。良い言い回しだったぞ】

 

【あっ、ありがとうございますッ!】

 

 

 思わず<伝言>まで使って褒めてしまったが、それに見合うだけのことをナーベラルはしたと思っている。

 ナザリック大侵攻が人間が起こしたこと、俺が元々人間であることを打ち明けたこと、これらがナーベラルの人間に対する認識を若干だが変えたのかもしれない。

 

「つっても、あんまり出番はこねぇと思うがな。出るときは出るが、この辺でモンスターが現れるってことは滅多にねぇし」

 

「どういうことです? ここからが危険であると……」

 

 

 さっき聞いた話と少し違うじゃないか。

 そんな疑問を持っていると、ンフィーレアがフォローを入れる。

 

 

「モモンさん、ここからカルネ村の間は森の賢王という強力な魔獣のテリトリーなんです。他の魔物もそれを恐れているからか、あまり出てこないんです」

 

「ほう、魔獣……興味深いですね……」

 

 

 聞けば森の賢王は魔法も使うらしく、ここいらでは本当に恐ろしい魔獣として伝わっているらしい。

 森の奥地に生息している為目撃情報こそ無いが、遥か昔から伝わる伝説だそうな。

 

 ゆくゆく思い返すとと、ユグドラシルには『鵺』というモンスターがいたことを思い出す。

 なるほど、正体不明、かつ強力な魔法を使う存在としては合点がいく。

 ユグドラシルの天使がいたのだ、モンスターがいても不思議ではない。

 

 思考にふけっているとそれを怖気づいていると勘違いしたのか、ルクルットが軽い口調で言い放つ。

 

 

「うんじゃ、いっちょ仕事してナーベちゃんの高感度上げるとするかねぇ!」

 

「……チッ」

 

「眉1つ動かさず舌打ちしたのである……!」

 

「器用ですね……」

 

 

 ……やっぱり褒めたのは早計だったかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 陰鬱な原生林の中を、一考は黙々と歩く。

 アンデッドの体からは老廃物が出ず、照り付ける日差しも苦にならない。

 こればっかりはアンデッドでよかったと思える。

 

 

「みんな、そんなに警戒しなくたって大丈夫だって! 俺がしっかり見てるからさ! ナーベちゃんなんか俺を信じてるから超余裕の態度だぜ?」

 

「あなたじゃありません。モモンさんがいるからです」

 

 

 人間への認識が変わったとしても、流石にこういう手合いには慣れていないだろう。

 ナーベラルの眉間に皺が寄り、このまま放置では良くないことが起こるという確信を覚える。

 労うつもりでそっと肩に手を置くと、かなりその雰囲気と表情が和らいだように思える。

 

 

「なぁー、ナーベちゃんとモモンさんは恋人関係なの?」

 

「……ッ!」

 

(げぇっ、このバカ!)

 

 

 なんてことを聞くんだこいつ! 

 マズい、下手なことを言う前に対応しないと! 

 

 

「ルクルットさん、私達はそういう関係ではなく───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そうなれたら、いいなぁ、なんて……

 

「……えっ」

 

 

 えっ

 

 

「……ッ! も、申し訳ありませんッ! あまりに烏滸がましい発言でしたッ!」

 

 

 自分が無意識に発言したことに気づいたのか、ナーベラルは顔を()()()にして即座に頭を下げる。

 

 

「あ、ああいや不敬とかではなくだな。ナ、ナーベ! その、なんだ。それは、そのぉ……」

 

 

 NPCのことだから怒って冷静でなくなると思っていただけに、意表を突かれた。

 えっ、うそっ、ナーベはアルベドとかシャルティアみたいな感じじゃなかったハズなんだが。

 ヤバい、なんか急に恥ずかしくなってきた。骸骨なのに顔が熱いような気がする。

 

 

「なるほど、男女の二人旅ですからね。深くは詮索しませんとも、ええ」

 

「あーあ、ナーベちゃんはモモンさん狙いなのかぁ。仲間って言ってたのに、はなっから勝ち目無しかー……」

 

 

 振られたにも関わらず口元はしっかり弧を描いているルクルットと、全部わかってますよみたいな悟った笑顔のペテルがこちらをみている。

 やめろ、そんな目で見るな。デミウルゴスみたいな笑顔をお前がするな! 

 

 

「ペテルさん、ルクルットさん。変な勘繰りはやめていただきたい。ちょっと、何ニヤニヤしてるんですか! 我々は別にそういうのじゃありませんよ!」

 

「さぁ、楽しいお話はそこまでにして、警戒はしっかりね」

 

「ちょっ、待っ」

 

「分かってるぜー。今のところは問題なさそうだ」

 

 

 訂正しようにもなぁなぁで話が流れ、もはや取り返しがつかなくなってしまった。

 ナーベラルを横目で見ると許されざる失態をしたと考えているのか、落ち着かない表情でこちらを伺っている。

 

 

(モモン殿、どうやらお二人は複雑な関係の様子。しかし! ここはナーベ女史に男を見せるのであるっ!)

 

(何微笑んでんだこの糸目……!)

 

 

 思わず悪態が胸の内をついて出るが、ちゃんと上司として対応してやれとでも言いたいのだろう。

 まぁ、部下の失言……いやもちろん好意は嬉しいが、迂闊な発言のフォローはしておくべきだろう。

 

 

「あー、そのだな、ナーベ。その……」

 

「……ッ」

 

 

 .......えっ、好意を口に出してしまった部下を諫める言葉ってなんだ? 

 気にするな、とか? いやナザリックのシモベ相手にそれは無理だろう。

 マズい、早くしないとナーベラルが頭を下げっぱなしで馬車に置いて行かれてしまう。

 えぇいままよ! 

 

 

「その、ナーベ」

 

「っ、はい!」

 

 

 

 

 

 

お前の気持ちは、う、嬉しかったぞ……

 

 

 あっ、なんか違う。

 まるで俺が告白を受け入れて照れてるみたいな言い方になってるじゃないか! 

 いやそりゃ、ナーベラルみたいな美人相手なら照れてもなんらおかしくはないが、今言うべき言い方じゃなかったような気がするぞ!? 

 

 

「くーっ、ナーベちゃんを射止めるモモンさん、羨ましいぜ!」

 

「まったくだ。あんな美人さんとの二人旅、何もないわけがない」

 

「二人とも下世話。……まぁ、ナーベさんの恋が報われそうなのは、素敵なことだ」

 

「うむ、良きかな! 未来ある二人に幸あれ、であるな!」

 

「ハハ、羨ましいです。……いいなぁ、僕もいつか……」

 

「~~~~あまり人をからかうのは感心しませんね……ッ!」

 

「やべっ、ごめんごめん! ちょっとからかうつもりだっただけだって! おっ、俺は前の方で索敵するから!」

 

 

 言うや否やルクルットはすたこらさっさと馬車の前方に走って行ってしまった。

 まったく、俺らを引っ掻き回すだけ引っ掻き回してすぐ逃げるなんて……

 

 ……まぁ、でも。

 

 

「……ハハッ。あぁ、こういうのも楽しいな。なぁ、ナーベ」

 

「うぅ、御方の前でなんという発言を……顔から火が出そうです……」

 

 

 冒険っていうのとは少し違うが、こうして軽口を叩きながらの雑談っていうのもしたかったんだ。

 そう考えると、不思議と彼らをどうこうしようという気持ちが起きてこない。

 

 何より、ナーベラルが命を持って~とか言わなかったことが少し嬉しかった。

 あまり仰々しくされると辛いと言ったのを覚えてくれているのだろう。

 

 

「……ナーベ、ありがとう。一緒にいるのが、ナーベでよかった」

 

「有難き……いえ……うぅ……」

 

「どうした? 何かあったら遠慮なく言ってくれ。今の私達は仲間なのだからな」

 

 

 それにナーベラルはアルベドみたいにグイグイ来ないから、そういう意味ではすごく助かる。

 彼女ではこの旅は……と思っていたが、うん、ナーベラルを連れてきてよかった。

 今ならそう思える。

 

 そう考えているとナーベラルは、穏やかというには少しぎこちない微笑みで言った。

 

 

 

 

 

 

 

「……どう、いたしまして、モモンさん」

 

 

 無い心臓が、跳ねたような気がした。

 

 

「ッ!! ……ああ! さぁ、馬車が離れる前に行こう」

 

 

 

 誤魔化すように進行を促したのに、気づかれてしまっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

((できればもうしばらくは、二人で旅をしたいなぁ……))

 

 

 お互いにそう考えていることに、気づくことはなかった。

 




 アイデアだけだったものをどうしても形にしたく書いてまいりましたが、これより先は何も考えておりません。
 ですので、この作品はここまでとなります。

 お読みいただき、誠にありがとうございました!

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