テンポ良くいきたいなあ…
どうやら最近は映画に縁があるようだ。
現場となるキネマシネマの看板を見上げながら藤花はどうでも良いことを考える。
普段なら仕事中にそんなことは考えないが今回、藤花はただの付き添いだ。
現場責任者は七海で虎杖にこの仕事で何を教えるのかも七海に委ねられている。
上映終了後に従業員が清掃に入った時に男子高校生たちの変死体を発見したらしい。
それを受けてやって来た警察が現場を見て警察の領分ではないと判断をした結果、
虎杖は七海からの簡単な説明しか受けていないが藤花は七海と共に伊地知から詳細を貰っている。
今まで虎杖がやっていた任務──現場にいる呪霊を祓って終わりなものよりは単純なものではない。だが、一歩先にいくのには十分なものだ。
……やっぱり、私は必要ない気がする。
内心そんなことを思いながら藤花は七海と虎杖の後ろに続いて現場に足を踏み入れる。
休憩所も兼ねているのだろう。
テーブル席に座ったスーツの二人組の片方がじっと通り過ぎる七海たちを見る。
私たちを呼んだ警察だ。刑事と言った方が良いのだろうか?
今回のように遠巻きで見ている分には良いが中には噛み付いてくる奴らもいるのだ。
呪術師はマイノリティな存在だ。
私たち術師にとっては呪霊の存在は当たり前で、それに伴った被害について不思議に思うことはない。
でも、一般人である彼らは違う。現実にはない空想のような現象に理解なんて示せない。
彼らがやれることは精々、見なかったことにするか、それに関わっている人間をバケモノだと指をさすことのどちらかだろう。
今回出会った刑事たちが噛み付いてくる人間でなくて良かった。
対応が面倒なことこの上ないし、それを初めて目の当たりになる虎杖も含めて気分が良いものではないから。
「見えますか?」
現場であるシアターの入り口で七海は珍しい形をしたサングラスのブリッジを上げて問う。
それは一歩後ろにいる藤花に対してではなく、隣でじっと宙を睨んでいる虎杖に対してだ。
「いや、全然見えない」
虎杖は難しい顔のままキッパリと言う。
「本当にあるの?残穢ってヤツ」
藤花の講義によって虎杖は残穢の存在は知っているが実際に見たことがないためか半信半疑だ。
現場に呪霊、被害をもたらした術師──呪詛師がいない場合は現場に残された痕跡を辿って追跡する。
残穢と呼ばれるそれは術式を行使すれば必ず残る痕跡だ。指紋と同じように残穢も人によって違う。特に呪詛師を相手にするならば残穢は絶対に見ておかないといけないものだ。
今まではそれが出来なくても問題ないものだったがこれからはそうはいかない。
なので、七海はまず虎杖に残穢を見るように促す。これが出来なければ調査が始まらない。
五条から虎杖の教育を任されているので出来るまで付き合うつもりだがあまりにもダメだった場合は付き添いで来た藤花に任せて先に行くことも考えている。
「先輩は見えてんの?」
「当たり前でしょう。初歩中の初歩ですよ」
目を凝らしても全く変わらない景色に虎杖は藤花にも確認をするが藤花はなんてことのない顔で地面にある虎杖には見えないナニカを目で辿っている。
そこに藤花たちが言う残穢があるのだと虎杖は察してもう一度見るがやはり何も変わらない。
それを横目で見た藤花はまあ、素人だから仕方がないかとため息をつく。
藤花のため息に現場に入るまで意気揚々だった虎杖の気分は下がる。
少年院で自分は弱いことを思い知った。
五条先生と藤花先輩から呪術について何も知らないことを学んだ。
それでも前に比べれば強くなっている。
順調に強くなっていると思っていたが先輩たちが初歩中の初歩で躓いていることにもどかしさを覚える。
「いいですか?残穢は
思わずいつもの流れで口を出した藤花だが今の藤花は付き添いに過ぎない。
最初に言った通り、今回の現場責任者は七海で虎杖に物を教え導くのも七海の役目なのだ。
余計なことをしたかと眉間のシワが僅かに深くなる。
「ええ、玉蟲さんの言う通り残穢は
七海はそのことに何も言わず虎杖に目を凝らすように促す。
半眼で唸っていた虎杖だったがようやく残穢を見れたようで見えたと嬉しそうにする。
「当然です。見る前に気配で悟って一人前ですから」
「まあ、ズブの素人から素人に毛が生えた程度には進歩しましたね」
「もっと褒めて伸ばすとかさぁ…ないの?」
それに対して七海たち二人はキッパリとした反応で虎杖は思わずぐぬぬと唸ってしまう。
「褒めも貶しもしませんよ。事実に即し、己を律する。それが私です」
「…褒めてますが??」
先輩、それは褒めているとは言わないと虎杖は思わずツッコむ。
「二人ともシビアだなあ…」
別にシビアではないのだがと物申したい気分になる藤花だが調査を進めようとしている所に割って入る必要はないかと言葉を飲む。
「さて、ここからは別行動を取りましょう。玉蟲さんは中を、私と虎杖くんは外を見ます」
今回の件に関係がありそうな呪霊の気配は複数ある。
大雑把に分けると七海が分けたように中と外。
一つずつ順に対応するよりも七海が言ったように二手に分かれて行動した方が遥かに効率的だ。虎杖に物を教えながらだと尚更。
七海からすれば付き添いとは言え一級呪術師が同行しているのにそれを使わない手はない。
藤花も同じ立場ならそうするのだから七海は何も間違った事は言っていない。
ただ、一つ藤花の心情を除けば。
通常ならば、七海が提案するよりも先に藤花が提案してさっさと行動に移していただろう。
朝と比べると格段に良くなっているが平時と比べると不調であることには変わりない。
足手纏いにならないと判断して──実際に不調でも遅れを取らないレベルだ。ついて来たがそれでもあまり離れたくないのが正直なところだ。
だが、このことを二人に言うつもりがない藤花にはそれを却下する理由がないのだ。
それにさっきのように余計な口出しをしてしまうかもしれないので別れて行動することは別の意味で好都合でもあった。
「……まあ、そのくらいならば」
「…藤花先輩、何かあった?」
渋々と言った藤花の様子に気合を入れて先に進もうとしていた虎杖はきょとんとした顔で聞く。
「何もないですよ」
藤花は虎杖の方を見ずに答えてシアター内に足を踏み入れた。
自身の持つ珍しい術式が原因なのか藤花は探知や解析が他の術師に比べると秀でている。
建物内にいる呪霊が何処にいるのかはもう分かっており、後は祓うだけだ。
さて、やるか。
いつもならスティレットを脳天に突き刺して倒しているが今はなるべく動き回りたくない。
気配からしてそこまで強くなさそうだし、対人用の術式にあたる蟲だけでも十分そうだ。
そう判断した藤花は呪力を身に潜ませている蟲たちに供給して呪霊を喰らうように命令を下す。
手始めに喰らうのはシアター内を彷徨いている呪霊たちだ。
ぶぶぶと羽音を鳴らしながら飛んでいく蟲たちを一瞥して藤花はゆっくりと後を追った。
「はぁ…」
呪霊にしゃぶりついている蟲たちを横目に藤花は出入り口近くの席に座って一息つく。
今頃、七海は屋上で虎杖に戦い方の一つでも見せているのだろう。
術式を持っていない虎杖には出来ない戦い方だが今後の戦いの参考くらいにはなるだろう。
呪霊に関してはこの程度に遅れを取るほど弱くないから大丈夫だろう。
技術はまだまだ未熟で及第点ギリギリだが逆にそれで他にはない持ち味を出している。
「…?」
別れた二人について考えていると呪霊の何かに違和感を覚えた。
しゃぶりついている蟲たちに離れるように命令を下して呪霊を調べる。
蟲に肉の大部分を喰われ、骨を晒している呪霊。
なかなかにグロテスクな光景だが呪術師であり、蟲使いである藤花にとっては見慣れたものだ。
よくよく呪霊を見ると違和感は大きくなる。
例えばその晒している骨は何処か見覚えがある物だ。
まるで教科書に載っていたり、理科室でよく見かけていそうな────
「……」
藤花は頭に該当する部分に手を置いてこの呪霊の術式を解析する。
もともと隠そうとしていなかったのかその結果は直ぐに出た。
バイブ音が鳴り、藤花は仕舞っていた携帯を開く。
七海からの電話だ。
「はい」
『玉蟲さん、報告したいことがあります』
いつも固い口調な七海だがなんとなくいつも以上な気がする。
無理はないかと藤花は目の前の呪霊を見下ろす。
『私たちが戦っていたのは──』
「──人間、ですよね。こちらも確認しました」
そう、この呪霊は人間なのだ。
正確には人間を無理矢理、改造して呪霊になったモノと言った方が良いだろうか?
恐らく形を変えられるまでは生きていた。
今回の事件の発端である男子高校生たちの延長線上に当たるものだろうと藤花は考える。
「詳しい原因を調べるために持って帰りますか?」
『…ええ、身元を調べるのにも必要ですから』
電話を切った藤花は目の前にいる呪霊を一瞥して他の倒した呪霊にも目を向ける。
一通り倒し終えた後、蟲たちは呪霊をしゃぶり尽くしていた。
この蟲たちは術者の呪力を糧にするだけではなく、他の呪力や血肉も糧にする。
蟲たちにとっては攻撃は捕食と同義なのだ。
この術式の術者である藤花にとっては見慣れたモノで、藤花の術式である蟲がどのような存在であるか知っている七海は内心思うところがあるだろうが何も言わないだろう。
だけどつい最近まで一般人だった虎杖は違う。
普通の呪霊だったらちょっと引くぐらいで特に思うことはないだろう。
でも、この呪霊たちは人間だったモノだ。
七海の雰囲気から虎杖にはこのことはもう伝わっている。
虎杖の倫理観はそこまで狂ってはいない。
形を無理矢理、変えられた上に蟲によって貪られたこの姿を見せるべきではないだろう。
虎杖たちがこちらにやって来るまである程度、見えを整えるなりなんなりした方がいいか。
今日は戦う予定でもなかったので持ってきたものは最低限だ。
こうなると分かっていたら楽に切り刻めるアレを持ってきたのに。
証拠隠滅も含めてこの短時間では大して出来ないがやらないよりかはマシだろうと藤花はため息を着きながら袖に隠し持っていたスティレットをくるりと一回転させて逆手に持つ。
そしていつの間にか側にいた蚊のように細長い口器と何かを限界まで溜めたようにパンパンに膨らんだ赤い腹を持つ蟲にスティレットを突き立てた。