現に微睡み、藤波に堕ちよ   作:小夜夏

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捨壱:まだ子供ですから

 

 

昨日に引き続き、同じ建物の一室を借りている。

通常ならば高専にある会議室などを使うのだが高専側では死んだことになっている虎杖がいるので高専とは縁もゆかりもない一般の公共施設だ。

 

この部屋を抑えた伊地知は虎杖を迎えに行って今はいない。

七海はホワイトボードに持って来た地図を貼った後にスペースを空けるために手前一列の机を後ろに寄せている。

虎杖を置いて一足先にやって来た藤花はその様子を腕を組んで机に軽く腰掛けて見ていた。

 

「これからどうするつもりなんですか?」

 

昨日のことを受けて藤花は七海がどのような対応を取るのかは予想出来ていたが敢えて聞くことにした。

 

「私は単身乗り込みます。玉蟲さんは虎杖くんたちと共に行動してください」

「…やはりそうしますか」

 

藤花は七海によって貼られた地図を見る。

地図に書かれた印はここ最近、行方不明になった者や変質死した者を表している。その付近にある矢印は『窓』が実際に確認した残穢の流れだ。

 

その矢印を辿っていくとある一点を指している。

呪霊の根城の一つだろうと考えつくがあからさますぎる。

高度な知能を持っているのなら残穢の痕跡を可能な限り消しているはずだ。それに加えて撹乱するという考えも思いついているはずだ。

それなのにそれをせずに根城の一つだろう場所を突き止めさせている。

 

随分と露骨な誘いなことだ。

 

そう分かっていても無視することはできない。

 

「ええ、それに今回の一件は虎杖くんには荷が重いでしょう」

「それについては同意見です」

 

根城ならば映画館で会ったような元人間の呪霊も沢山出てくるだろう。

既に人を、呪詛師を殺してきている私たちには然したる障害にならないが彼の場合、話は変わる。

 

虎杖はまだ、人を殺したことはない。

 

死について他と違った価値観を持つ彼にとってそれは短期間で呑み込むことはできないことだ。

もし、連れて行ったところで攻撃することに躊躇して動けなくなることは目に見えている。

 

本来ならば虎杖の成長を促すための任務で七海が先導するがその主体は虎杖のはずだった。

だが、予想していなかった方向になったため、予定を変えざる得なくなった。

 

即ち、即時殲滅による事態の解決。

一級術師の藤花と七海の二人が共闘すれば解決するだろうがそれは難しい。

藤花と七海が二人で行動し始めたら意外に察しの良い虎杖のことだ。なんだかんだ理由をつけて二人の元に行こうとするに違いない。

 

まだ会ったこともないが藤花たちは戦い始めたら虎杖に気を遣う余裕がないことは確信している。

それぐらいの手練れだと認識している。

 

虎杖が納得する理由もこの短時間で用意できない。かと言って伊地知だけでは虎杖を止めることもできない。

 

どちらかが虎杖と共に残り、もう片方が倒す。

それが藤花たちが用意できる最もベターな策だ。

 

「虎杖くんのフォローを頼みます」

「すんなり誤魔化されてくれると良いんですけどね」

 

七海の頼みに藤花はため息を一つついて伊地知が置いて行った資料に目を通す。

被害者たちの他に現場にいた一人についてだ。

 

資料と言っても昨日の今日なので大した情報は載っていない。

その人物の名前と住所、被害者たちとの関係くらいだ。

ついでに現場のカメラの映像を切り取ったのだろう画質の粗い顔写真もある。

 

七海は”調査”についてはそこまで進展していないと嘯くだろう。

そして”調査”を進めるために別行動を取ると言い、虎杖に違うことを振る。

その時に虎杖に振っても違和感がなく、さり気なく遠くにやるにはこれは打ってつけだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

報告会を終えて藤花は虎杖と共に伊地知が運転する車に乗り込む。

吉野順平──映画館にいた少年だ。の調査をするためだ。

 

七海に仕事を任されたからか虎杖はとてもやる気だ。

その調査は虎杖が思っているほど重要ではないし、なんなら虎杖を蚊帳の外にするために任されたと知っている藤花はなんとも言えなくなる。

 

車を走らせて遠目で吉野を確認した虎杖はどうやって話を聞くか伊地知に聞く。

 

「今回の場合は玉蟲さんの蟲を使っても良いのですが…よくある手法としてこっちを使います」

 

それを受けた伊地知は助手席に置いていた小さな檻を膝に持ってきて後部座席から身を乗り出している虎杖に見せた。

伊地知はあくまでも任務の流れを教えながらやる姿勢を崩さないようだ。

 

「それって呪霊?」

「『蠅頭』。四級にも満たない低級の呪いです」

 

檻に入っているのは成人男性の掌2個分あたりの肌色の生物が三体。

羽が生えているがそこだけは何故か白い。顔の方はゆるキャラの中でもキモカワと言われている方に近いものがある。

外に出たいのかそれぞれ鉄格子のすぐそばにいたり、ひっついている。

 

虎杖は檻に入れられた蠅頭をへぇ〜と見ていたが伊地知の言った言葉に疑問を持ったのか隣に座っている藤花へと顔を向けた。

 

「先輩の蟲って何?」

「腐っても名家ですから一応、一家相伝の術式があるんですよ。一言で言うと伊地知さんが言ったように蟲でそれを操ります。玉蟲の呪術師はその術式から蟲使いとして有名なんです」

 

なんてことのないように言う藤花に虎杖はそうなんだと思うと同時に藤花との鍛錬が脳裏を過ぎる。

 

藤花の術式を一回も見たことも聞いたこともなかった虎杖はその身のこなしからてっきり近接戦闘向けの術式だと思っていた。

まさか、その身のこなしとは全く関係ない術式だったとは思わなかった。

 

でも、先輩の動きって言葉に表すと蝶のように舞い、蜂のように刺すってカンジだからある意味あってるかも…?

 

「……。話を続けますが、人気のないところに出たらコイツに彼を襲わせます」

 

藤花の説明が終わったのを見た伊地知は話を続けた。

蠅頭を吉野に襲わせると聞いた虎杖は大丈夫なのかと驚いた。

 

「大丈夫です。蠅頭は人も殺せない呪いなので。せいぜい纏わりついてウザいとかちょっとした悪戯をされるくらいですよ」

 

強力な呪術が使えない補助監督が管理できるくらいなのでと藤花が補足説明をする。

 

蠅頭は本当に大したことが出来ない呪いだ。

どれくらいかと言うと寄ってきた虫を振り払う感覚で祓うくらい大したことない。

ついでに虎杖に置き換えると戯れに放った逕庭拳の最初のインパクトの時点で塵になるレベル。

 

伊地知は吉野の蠅頭に対する反応を見てどんな対応をするのか虎杖に教えていく。

 

「ここからは車を降りますよ」

「なんか自作自演みたいで気が乗らないなあ」

 

虎杖への説明も終わったので吉野を見失わないようにしながら近くのパーキングに車を停めた。

 

「馬鹿正直に言って違ったら痛い人間ですからね。こうやって実際に試す方が手っ取り早いですし、余計なことにならないんですよ」

「まあ、そうかもしれないけどさあ…」

 

虎杖は高専に行くきっかけとなった事件まで幽霊や呪いが実際に存在しないと思っていた。

その時より前に呪いが見えるかと知らない人物に聞かれたら間違いなく逃げるし、悪質そうだと思っていたら警察に突き出していた。

そういう意味では大したことない呪霊を襲わせて反応を見るという方法は間違っていないのだろう。

 

 

吉野が向かったのは閑静な住宅街だ。

藤花は住所の表記を見てそこが吉野の自宅付近だと気づいた。

 

一方、伊地知は周りに人がいないかとキョロキョロと確認して電柱の影にしゃがむ。

虎杖も伊地知に続いて中腰になる。

 

「良さそうですね。行きますよ、虎杖くん!!!」

 

周りに人がいないと確認した伊地知は持っていた檻を開く。

檻に視線を向けていた伊地知は植木の影に座っていた太っている男に気づかなかった。

気づいたのは近くにいた虎杖と表記からそちらに視線を向けた藤花だ。

 

「タンマ!!誰かいる!!」

「え?」

 

虎杖が声を上げたがもう既に遅かった。

今か今かと鉄格子にひっついていた蠅頭たちは勢いよく飛び出していった。

 

伊地知は飛び出していった蠅頭たちと空になった檻とを見比べて虎杖は常人離れた身体能力で吉野たちの方へ飛んで行った蠅頭を捕獲しようとする。

虎杖より出遅れた形となった藤花は袖に仕込んでいた千本を手首のスナップで投擲して蠅頭の羽を壁に縫い付けた。

 

壁側に寄りながら虎杖たちの方へ向かいその途中でさり気なく縫い付けた蠅頭を千本ごと回収する。

電柱にぶつかりながらも蠅頭を回収した虎杖は自分の奇行を弁解することもなく、ずいっと吉野に近づいて話しかけた。

 

「待て、今俺が話しているだろ!!」

 

失礼だなと言った様子で太った男──外村は虎杖を退けようとする。

 

「その割には彼はあなたと話したくなさそうでしたが?」

「なんだお前!?」

 

面倒な男だなと思った藤花は口元に手をやりながら会話に割って入る。

藤花が吉野たちを視認したのは遠目で、何を話しているのかは聞こえなかったが吉野の雰囲気は友好的なものではなかったため割って入っても問題ないと考えたのだ。

 

「あなたが良いのならば私たちの話に付き合ってもらいたいのだけど…どうかしら?」

 

藤花はまるで外村が元からいなかったようにスルーして吉野に笑みを浮かべながら提案をする。

虎杖のようにずけずけと言って引っ張っていってもいいが吉野本人が話を聞くと決めたとなればあの男も強くは出ないだろうと藤花は吉野が答えを出すのをじっと待つ。

 

「えっと…」

 

突然のことで何が何だか分からないがこれは渡りに船だ。

吉野はもう外村とは一言も話したくなかったので突然現れた少女の提案は怪しそうだがとても魅力的だ。

 

吉野は藤花が差し出した掌に戸惑いながらも藤花の胸元のボタンをさり気なく見る。

虎杖の胸にあったのと同じようなうずまきのボタンだ。

つい先日言われた言葉を思い出す。

 

────うずまきボタンをしている学生に会ったら仲良くするといいよ。

 

「子供が勝手に決めるな!!」

 

吉野の回想をぶち切るように外村が怒鳴る。

藤花が割って入ったことで隣で様子を見ていた虎杖だったが外村の言葉にカッチンときたのでなおも声を上げる外村に無言で近づいてズボンをずり下ろした。

 

「 」

「は?」

「くっ」

 

突然の奇行に三人の時が止まる。

その間も虎杖の手は止まらず外村を押し倒してドタバタとズボンを回収した途端、走り出してあっという間に角を曲がっていった。

外でパンツ姿を晒す変態となった外村は慌てて虎杖の後を追うが虎杖の常人離れした脚力に追いつくはずもなかった。

 

「なんだったんだ…」

「……。はぁー…」

 

そんな様子を見守る形となった吉野は呆然とするしかなかった。

藤花は眉間のシワをさらに深めてため息をついた。

 

「そんじゃ、行こうぜー」

「えっ、はやっ!!」

 

ついさっき角を曲がったばかりだというのに虎杖は一周して戻ってきた。

その手にはさっきまで持っていたズボンはなく適当な場所で放置してきたようだ。

 

「…虎杖くん、なんであんなことをしたんですか?」

 

頭が痛いと言わんばかりに頭を押さえた藤花はとりあえずワケを訊こうと虎杖に話しかける。

素直に引けばそれで良し。多少の口論になったとしても藤花は構わなかった。

だからこそ藤花はあの男に対してあんなに強気で言ったのだ。

 

「ええー?コイツがアイツ嫌いだから」

 

虎杖はガリガリと頭をかきながらなんてことないように言った。

 

「なんで…」

「なんとなく。あっ違った!?」

「違くないけど」

 

そんなこと言われるとは思っていなかった吉野は思わずじっと虎杖を見る。

 

「嫌いな奴にいつまでも家の前にいてほしくねーだろ」

「確かにあんな男が家の前で出待ちは勘弁してほしいですね」

 

虎杖がやったことは別にしてその言葉には一理あると思った藤花は同意して一先ず場所を移すことを提案した。

 

 

 




玉蟲さん家については追々パンダが解説してくれるはず!
きっと、たぶん、めいびー
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