現に微睡み、藤波に堕ちよ   作:小夜夏

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タイトルをつけるセンスが欲しい。


捨参:回収しに来ただけ

 

 

「……いない」

 

荒波だった気持ちをどうにか沈めた藤花は思わず放置してしまった虎杖たちと合流しようと河川敷に戻ったのだが肝心の二人の姿が見当たらない。

 

今回の任務は些か面倒事が多い。今の虎杖の実力では例の呪霊と遭遇したら太刀打ち出来ない。

だから虎杖には単独行動は禁止だと口を酸っぱくして言ったはずだ。それなのに……

 

「あのバカ…!!」

 

待機だと言ったのにどこをほっつき歩いているのか。

藤花は額の血管を浮き上がらせながら虎杖に電話をかける。

なお、突然離れて虎杖を一人にさせたことは完全に棚に上げている。

 

『藤花先輩?どうし──』

「今どこにいるんですか?」

 

慌てることもなく呑気に電話を出た後輩に藤花は有無を言わさず居場所を問う。

 

声は地を這うように低い。おまけに虎杖には見えていないが今の藤花は綺麗な笑顔が張り付いていた。

 

あ、これはヤバいやつ。

 

流石の虎杖も藤花が怒っていることを察した。

そう言えば待機って言ってたなと映画談義に夢中のあまりにすっかり忘れていたことを思い出す。

 

「えーっと…あのあと順平の母ちゃんに会いまして…」

『それで?』

 

絶対零度な声に虎杖は電話を切りたくなったがそれだけはダメだと根性で折れそうになる心を支える。

今、電話を切れば確実に闇討ちされる。

 

あの先輩は力が弱いがその分を他に注いで不意をついた攻撃や受け流すことを得意としている。

たまに先輩と手合わせをするが背後からの急襲が暗殺者のそれと分かっているのに未だにうまく対応出来ない。

 

「は、話の流れで順平ん家で晩飯をご馳走になることになりました…」

『待機と言ったはずですよね?』

 

これは待機だと言われたことをすっかり忘れてホイホイと順平たちについて行った虎杖が悪い。

 

「……すみません」

 

自分に非があったことは確かなので素直に謝った。

 

 

「はあ〜〜…吉野順平の家にいるんですよね?」

 

電話越しからもしょげていることははっきりと分かった。

それに人様の家でいつまでも説教しているわけにはいかない。

 

重いため息をついて虎杖に今いる場所を改めて確認する。

そうですけどと返された返事に絶対にそこにいろよと釘を刺して電話を切った。

 

もともと吉野順平から話を聞くために結果的とはいえ家の前で待ち伏せしたのだ。改めて家の場所を聞く必要はなかった。

どんな経緯で一緒に晩ご飯を食べることになったのかは知らないが少なからずバカな後輩が迷惑をかけているのは事実だ。バカを回収するついでに菓子折の一つでも持っていかなくては。

 

一度、寄り道する必要があるな。なるべく近い場所にあるといいけど…

 

住宅街にそういう店がないことは分かっているが話を聞くだけと思っていたのでその周辺についてはそこまで詳しくない。

確認しようと携帯を開くと伊地知から所在を問う連絡があった。

 

「あっ」

 

伊地知がマッチポンプで放った蝿頭は三匹。

一匹は虎杖が捕まえ、もう一匹は藤花が捕獲して持っている。最後の一匹については放置したまますっかり忘れていた。

途中で伊地知がどこかに行ったと思っていたが藤花たちの代わりにそれを今まで追っていたのだ。

これは後輩のことを怒れない。

 

……説教は程々にしておこう。

 

とりあえず虎杖は今、吉野の家にいて自分もそこに向かっていることを伊地知に伝えて虎杖と合流することにした。

 

 

◇◆◇

 

 

「ど、ど、どうしよう…!」

 

一方その頃、虎杖はオロオロとリビングを歩き回っていた。

 

「どうしたの虎杖くん」

 

電話に出てから様子がおかしい虎杖に吉野は訝しみながらも出来上がった料理を並べていく。

 

「途中でどっか行った先輩がいただろ?」

「うん…それがどうしたの?」

 

虎杖の言葉に頷きながら話題の中心となった人物を思い出す。

 

見た目の印象はキツそうな人。

虎杖の呼び方から年上だと分かっているが最初見たときは年下だと勘違いしてしまいそうなほどの小柄だ。

でも顰めっ面な表情やまとう雰囲気がそれを打ち消す。むしろ、学生でないと言われても納得しそうだ。

制服を着ていたし、虎杖自身が先輩と呼んでいたのそれは無いが。

 

あとは自分に差し出された掌は黒い手袋で覆われており、彼らと出会うきっかけともなった担任を冷めた目で見て存在自体を無視していたことから潔癖症かもしれない。

 

「こっち向かっているって…」

「ふーん…え?」

 

あの担任、言動もあれだが、見た目もあれである。と担任をディスっていると思わぬ情報が出た。

誰が、どこに向かっているんだ?と虎杖を見ると真面目な顔でもう一度教えてくれた。

 

「先輩がこっちに向かっている。ついでに怒っている」

 

要らない情報を付け足してくるな。

恐らく、河川敷から離れたことに怒っているのだろう。

待機って一方的に言ってたし、絶対それが原因だ。

 

彼女のようなタイプの人は学校でも会ったことはないがきっと怒らせるとまずいことになるだろう。

能天気な虎杖すら顔色を変えてオロオロしているレベルだ。絶対そうだ。

 

どうする?

なんか理不尽に巻き込まれた気がするけどあそこから離れることになったのは、怒る原因を作ったのはこちらだ。

 

”先輩”に虎杖を差し出せば全て解決することは分かっているがここまで気が合う人を進んで差し出したくはない。

 

「二人とも顔を青くしてどうしたの?」

 

二人でどうしようかとうんうん唸っていると片付けを終えたのか母さんが顔を出した。

 

「母さん…えっと、その…虎杖くんの先輩が」

「あら、もう一人追加?まあ、鍋だからどうにかなるでしょ」

 

どう言えばいいのか迷いながらなんとか言葉を絞り出していたが母さんはもう一人やってくるのかと勝手に納得した。

いや、確かに一人来るけど…そういう感じじゃないんだよ…。

 

「とりあえず先に食べてよっか」

 

僕たちの様子を見れば分かることなのにどう考えたらそんな結論になるんだ。

相変わらず母さんは能天気だ。

 

 

◇◆◇

 

 

なんとか菓子折を見繕って吉野家に向かう途中、七海から殴り込みの結果が届いた。

虎杖を回収してから伊地知と合流する予定だったが負傷しているようなので伊地知にはさっさと七海のところに行ってもらうことにした。

 

こちらは負傷も何も無いので高専の人間に気を付けながら適当にタクシーでも拾って帰れば良いだろう。

 

再び戻ることになった吉野家の前で一呼吸してチャイムを鳴らす。

出てきたのは吉野順平ではなく、彼によく似た女性──きっと彼の母親なのだろう。

 

てっきり、出るのは吉野だと思っていた藤花は突然の母親の登場に思わず一歩下がりたくなるが、踏み止まる。

 

「バカな後輩が迷惑をかけたようで…これ、お詫びの菓子折です」

 

虎杖たちから虎杖の先輩が来ると知っていたのでチャイムが鳴った時にその子が来たのだろうと思った吉野の母──凪はすぐに扉を開けた。

そこに居たのは虎杖と似たような制服を着た少女だ。

きっと彼女が虎杖たちの言う先輩なのだろうと思いながらも随分と小柄なんだなと言う感想が出た。

 

彼女は一瞬、驚いて視線を彷徨わせていたがそれも数秒でやめて持っていた紙袋を凪に差し出した。

 

「別に良いのに…。さ、上がって。あなたも食べていくでしょ?」

 

差し出された菓子折に虚を突かれた凪だったがせっかく持ってきた物を受け取らないわけにはいかないだろうと受け取った。

 

凪は藤花を招き入れようとしたが藤花は少々気まずそうに目を逸らすだけで動こうとはしない。

 

「……虎杖くんを回収しに来ただけですので」

 

虎杖と同じように食べるものだと思っていた凪は藤花の遠回しな拒絶にどうしようかと考える。

先に食べていたが夕食はまだ始まったばかりだ。

 

自分から誘ったとはいえ、最近学校に行かなくなった息子が珍しく友達を家に連れてきたのだ。

どんな子か気になるし、本人たちも楽しそうにしているのでもう少しいて欲しいと言うのが凪の本心だ。

だからと言って虎杖を迎えに来た彼女をそのままにしておくわけにもいかないし…

 

「そう。じゃあ、せめて惣菜でも持っていて。悠仁くん、ある程度食べたけど男子高校生ならまだまだ足りなさそうだし」

 

凪は少し悩んだ末、帰すことにした。

彼女が帰りたがっているのが何となく分かったし、今日で虎杖たちとの関係が切れるわけではないのでまたの機会を設ければいいと考えたからだ。

 

だが、帰すことに決めたがそのままでは座りが悪いのでせめてと言った形で夕食を虎杖たちに渡すことにした。

二人では食べ切れるか微妙なところだったのもあるが。

 

「それは…ただでさえそちらに迷惑をかけてるのに」

「いいって。私のお節介なんだから。詰め終わるまででいいから中に入って」

 

凪の提案を断ろうとしたが勢いに負けた藤花は渋々家の中に入った。

リビングでは吉野と虎杖が喋っていたが凪が戻ってきたのに気づくとその後ろに続いて来た藤花に視線がいった。

 

「藤花先輩…えっと…」

「……。吉野くんのお母さんがご飯を持たせてくれるそうです」

 

気まずそうに視線をウロウロさせる虎杖に藤花は何も言わずに玄関先で決まったことを伝える。

先輩、怒ってなさそう…?と思ったが言外に礼を言えと圧をかける藤花を見て虎杖は慌てて凪にお礼を言う。

あとは夕食後に一緒に映画を見る予定だった吉野に軽く謝って後日にしようと約束した。

 

「わざわざ誘ってくれたのにすみません…」

「いいわよ。外せない用が出来ちゃったとかそんな感じでしょ?また来てくれればいいし」

 

使い捨ての容器に詰められた惣菜を玄関先で受け取った藤花はとってつけたような社交辞令を言う。

社交辞令だと分かっているはずなのに彼の母親はなんて事のないように言う。

 

「またな!順平」

「…うん」

 

別れの挨拶をする吉野たちを見る。

途中であの男に気づいたせいで話を聞くことはできなかった。

家には何も知らない彼の母親がいたこともあって聞けずじまい。

せめて玄関に出たのが彼だったなら手早く聞けたのにと言う思いがある。

 

七海の殴り込み(調査)の結果から相手が生きていたとしてもすぐに動くことはないだろう。

 

明日の朝あたりに接触して聞くか…。

 

そう結論づけた藤花は吉野親子が家の中に戻るのを確認してから虎杖に肘鉄を軽く入れる。

 

「気が合ったからって仕事も忘れてホイホイついて行くなんてバカなんですか?」

「うう…それはホントにすみません…」

 

吉野が今回の一件と関係ないことは分かったがそのあとに藤花たちに何も言わずに吉野の家に行ったのは流石に悪かったと反省している。

 

「でも、最初に仕事ほっぽり出してどっか行ったのは先輩…」

「怪しい気配があったので追っただけです」

 

お前とは違うと藤花は前屈みになった虎杖にデコピンを食らわす。

 

「アダッ!!…怪しい気配ってどうだったの?」

「……別に。今回の一件とは何の関係もない奴でしたよ」

 

悲鳴を上げながら虎杖は追っていった結果を聞く。

藤花は一瞬、あの男との別れ際を思い出して忌々しそうに吐き捨てるように言った。

 

藤花の機嫌が急に悪くなったのでどうしようかとしばらくの間無言になったが、藤花が近くに来たタクシーを呼び止める。

 

「高専に戻りますよ」

「あれ、タクシー?伊地知さんは?」

 

タクシーに乗り込もうとする藤花に虎杖は思わず、疑問を言う。

今日は虎杖、藤花、伊地知の三人で行動すると決めていたはずだ。

伊地知は藤花と別れる前にいつの間にか消えていたが。

自分は連絡を取っていないが藤花のことだ。すでに連絡はしているだろうから合流して帰るのだと思っていたのだ。

 

「ああ、七海さんが負傷しましたので伊地知さんには先に高専に戻ってもらっています」

「え?」

 

なんてことないように言った藤花は虎杖の反応を待たずに車の中に乗り込み、高専の住所を運転手に伝えた。

 

 

 

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